統合会議 ~特異物群の世界に関する情報共有~
6月10日 9時03分 埼玉県秩父市 JHEL1F 大講堂
「ではこれより特異物群対応に関する統合会議を開始いたします。本日の全体進行は、私、針崎が進めてまいります。どうぞ、宜しくお願いいたします。」
中肉中背で特徴もない眼鏡の七三分け男性が、壇上左端の席でマイクに向かい宣言した。その発言に、講堂内にいる人間はまばらに拍手をする。久慈屋はしていない。なにもめでたいことがないのになぜ拍手しないといけないのか?という偏屈者特有の頑固さを前面に出していた。それに、見てみると拍手をしているのは一部官僚だけだ。JHELの研究者は誰も反応していない。これが人種の違いだと、久慈屋は意味もなくほくそ笑んだ。
一方で、進行役の国交省官僚の針崎は話を進める。
「本日の会議は2部構成となっております。午前の部は特異物群全体の情報共有及び確認、午後の部はそれらを踏まえて今後の対応の提言策定を目指します。」
会議の構成と目標の確認。一見当たり前のことをわざわざ口に出して無駄なように見えるが、これは存外に重要だ。なにせ、こういう地味な確認を怠ると、会議とは名ばかりの時間潰しになることが多い。これを重ねると、そのうち会議をしただけで仕事をした気になる無能ばかりになり滅ぶ。それを理解している久慈屋は、組織の長として一応効率には細心の注意を払っている。なので、会議は慎重に計画と進行を行うタイプだ。無駄な会議は許さない。
針崎の言葉に、若干名の人間が頷いて同意を示す。それに彼は定型な言葉を返し、速やかに会議を進め始めた。
「ありがとうございます。では、お手元の資料をご覧ください。」
「すでにご存じの方ばかりではございますが、一連の事象の流れを最初から追って確認していきましょう。まず、3月30日の爆発事故発生後、現場周辺に巨大な発光体が出現し…」
しばらくは確認が続く。爆発事故、発光現象、出現、調査、覚醒、初接触、初戦闘、そして怒涛の初会合に実務者会議、そして委託から他領訪問の日々…
久慈屋は報告を聞きながら、思い出をパラパラとめくる様に追体験していた。
9時32分
「…以上が、事象発生後から今日までの推移となります。次に、特異物群の世界がどのような成り立ちか、調査研究において確認された情報を確認します。」
「はい、ありがとうございます。ここからは、我々JHELにて進めてまいります。資料の6ページを開いてください。」
追体験と言ってもただの暇つぶしだ。人が話しているときの会議ほど、睡魔が襲ってくるものはない。だが、久慈屋は今壇上の真ん中に座っているため居眠りなんてしたら大失態だ。そこで脳内でアルバムや映像を繰り返い再生して意識をつなぎ留めていた。
その努力が功を奏し、なんとか乗り切った久慈屋。気づけば進行は古湊に移り、そして文化人類学班の丸内チーフが話し始めた。
大型スクリーンには特異物群の特徴をまとめた文字情報が表示される。
「まず、特異物群といわれる彼らの世界では、彼らが確認している範囲では数十程度の国家が存在します。」
今表示されているリストは、王国への聞き取り調査により判明している国家名だ。王国はそれなりに栄えている国家のため、繋がりも記録もそれなりにあった。だからこそ、今日の会議が開けていると言える。
会議はその国家に関しての簡単な説明に入っていた。
「しかしながら、このうち主権国家と言われるものはほとんどありません。故に3つの勢力に大別されます。日本に現れた王国、米国を中心とした地域に現れた帝国、そして、ユーラシア大陸の各地に出現した連合国です。」
スクリーンに表示されているリストではいくつかの国名が色付け表示へと移った。青が王国、赤が帝国、緑が連合国。そして無地が存在のみ把握されている国家だ。
だが、この説明はここまで。今この時は別の情報を共有する時間だ。段取りは重要である。
「各勢力の詳細は後程別途ご説明するとして、種族や生物的特徴という面をここでは掘り下げていきます。」
スクリーンの映像が切り替わる。今度は分割表示となる。そして、13の画像が表示された。丸内は端末は操作しながら説明を続ける。彼の説明と主に、画僧はめまぐるしく変わっていた。
「まず、いわゆる社会を構成する文明的な生活を行う知的生命体は、13の種族が存在します。始人、狼人、猫人、長耳人、兎人、栗鼠人、短身人、蜥蜴人、熊人、鹿人、魚人、草木人、巨人です。このうち、始人、狼人、猫人、長耳人、短身人、兎人が多数派を占めます。」
参加者には小さなどよめきが起こっていた。ここにいる人間は、全員が王国の人間と直に会っているわけではない。報道でしか知らない人間も多くいる。さらに、報道で出ているのも、特異物群の世界に生きる種族のごく一部だ。
「これらの種族はすべて言語にてコミュニケーションを取り、社会を形成して繁栄しています。価値観の相違を除いた知的レベルでは、我々と違いはほぼありません。」
丸内の説明は続く。ただ、そこでたまらず質問を投げかけてきた人もいた。例えば、環境省の官僚は”人”というのに大きく引っ掛かりを覚えたようだ。
「一ついいですか?すべてに”人”が付いているということは、人型なのでしょうか?狼や猫というのは目にしたこともありますが、そのほかの種族となると…」
「人型です。ただし、栗鼠人や蜥蜴人などは王国内でも極少数となるため、詳しい情報はあまりありません。」
丸内は彼の質問に淡々と答えた。見た目の違いはあれど、すべてが二足歩行の人型。これにはどよめきが少し大きくなる。なにせ、そんなことは”ありえない”からだ。それを問い詰めたのは厚労省官僚だった。恐らく、医師免許か歯科医師免許を持つ医系技官なのだろう。
「待ってくれ!人型ということは犬だの猫だのがヒトと混じったということになる!ありえないだろう!」
「…それは生物学チームから説明した方がいいでしょう。お願いします。」
丸内は説明を変わる。次に出てきたのは長髪で神経質そうな初老の男性だ。彼は遺伝学の天才と言われる伴博士だ。彼は声がか細いため、人よりも少しマイクに近づいてから説明を始めた。
「はい。えー、彼らの遺伝子配列を精査したところ、各生物の特徴的な因子配列が”入れこまれている”ことが確認されました。」
「…入れこまれている?」
「…おそらく、何らかの方法で…そうなるように作られたものと推測されます。」
喧噪はひと際大きくなった。おとぎ話の世界が現実に起こっていると大真面目に説明されたのだから無理もない。これには方々で様々な声が上がった。ある官僚は席から立ち上がり、伴に食って掛かる様に言った。だか彼は気弱そうな見た目とは裏腹に淡々と事実を述べた。
「誰が作ったっていうんだ!?目的は!?」
「それはわかりません。ただ、はっきりしていることもあります。遺伝子操作で完全な生命体を作成することは、現代の我々では技術的にも倫理的にもほぼ不可能です。故に…」
「こちらの世界の手によるものではない、ということだな…」
誰かが周りに聞こえる程度の声で感想を述べる。伴はそれを耳にすると、その方向を指さして強く頷いた。彼なりの全面的な肯定の表現だ。
その後に、少し息を整えてから説明をつづけた。
「はい。さらに、我々ヒトに一番近いと考えられる始人種でも、遺伝子に含まれる情報量が多い。そのため彼らは、環境や病原体などに対する耐性も強く、文明レベルからすると異常とも言えるほど長寿です。」
「…具体的には?」
「始人や獣人種の平民で70年、貴族で80から90年、長耳種や短身種では120年を超えます。」
まだ騒ぎは大きくなる。現代世界でやっと成し遂げた平均寿命80年を彼らはすでに達成しているというのは衝撃的な事実だ。これには厚労省の界隈から悲鳴に近い声が響いた。もちろん誰かがさらに疑問を投げかける。
「と、統計からして正しいのかそれは!?」
「目下調査継続中ではありますが、傾向としてはまず間違いありません。」
医療技術が未発達なのに無駄に長寿とされるのは、我々の世界でもよく聞く話である。ただこれはいわゆる神話上の”設定”である場合が多く、さらには暦が正確ではないために、例えば春夏で1年などという数え方の結果140歳と記録されているとされる例もある。だが、この世界の暦はこちらと同じ1年。さらに、星の動きと季節を合わせて算出されており、こちらの世界で言うグレゴリオ暦と変わらなかった。
つまり、あちらの世界で120歳なら、こちらでも120歳である。
伴の説明は続いていた。内容は長寿の理由へと移り始めていた。
「寿命や健康状態の良さという点では、生物としての完成度も影響が大きいですが、やはり彼らが使役する”魔法”の存在が最大の理由となるでしょう。」
「すいません。丁度話題が出たので、その魔法の詳細を知りたいのですが…」
誰かが伴の説明を遮る。そして一番最大の話題であろう魔法の説明を要求してきた。久慈屋が会場を見やると、その言葉にうなずいている人間が相当数いる。
彼は針崎と古湊に顔を向ける。2人は久慈屋の意図を汲んで頷いた。
久慈屋はそれを確認すると、マイクに顔を近づけて責任者として話題の変更を宣言する。
「わかりました。では魔法に移ります。魔法に関しては、性質上影響範囲が大きいため、我々でも専用のタスクフォースを立ち上げています。これはTF責任者のジ…ウィンストン博士からご説明しましょう。」
久慈屋に名指しされたジルは、少し落ち着かないような感じで左右を見る。そして、立ち上がり、マイクをもって声を発しようとした…ところですぐにマイクを口元から話す。その様子を見ていた久慈屋は何事かと彼女を見る。資料の確認をしていたようだ。確認を終えると、改めてマイクを口に近づけ、今度こそ説明を始めた。
「えーと、魔法調査班責任者のウィンストンです。まず、魔法に関する基礎情報の説明から…」
ジルが自分のラップトップを操作する。そしてスクリーンには略式化された図が書かれていた。ただ、その図が嫌にコミカルだ。言ってみれば、海外家具チェーンの言葉を使わない説明書に学術用語をれ込んだみたいな感じ。つまり、わかりにくい。
ただ、口頭説明があるのであれば、これでもなんとかなる。
「魔法は、特異物群の生命体が何らかの方法で放出する魔法の素となる粒子のようなものにより、物質の構成などに介入し、あらゆる物質の創造や各種反応の誘発を行うものであると、推測されます。」
「…推測?まだわかっていないんですか?」
ジルの説明はたどたどしかった。なにせ、魔法の発動原理については、彼らの体内に発動をつかさどる細胞があるという国家機密級の事実がある。これは絶対に漏らしてはならない。故に、それに勘づかれないようするために、言葉を慎重に選ぶ必要があったのだ。
その様子に、意地の悪い官僚はすかさずツッコミを入れる。だが、ジルも重々理解しているため、核心に触れないように説明を行った。
「…はい。この魔法の素となる粒子というのは仮説です。なぜなら、現段階で行った観測では、事象が発生するまでの間に一切の反応を示していません。」
「どういうことでしょうか…?」
ジルは少し下を向いて、適した用例を考える。自頭の良さですぐに思いつくと、左手を広げて説明を再開した。
「えーとですね、例えば手の上に小さな水球を出す魔法を使ったとします。もし水を生成するなら、その基となる物質を収拾したり、生成する必要がありますね?」
説明の途中で区切りを入れて、各々に確認を促す。何人かはそれに頷きを返した。それを見たジルは説明を続ける。
「その物質の収集や生成を行っているのが、この魔法の素となる粒子…面倒くさいので魔素粒子と呼称しますが、それのはずなんです。」
ここで勘のいい官僚の一人が気づいた。彼は手を挙げて発言権を要求する。それを見たジルは手振りで彼に発言の許可を出した。
「…あー、わかりましたよ。つまり、原子なり分子なりの物質に介在するにも何らかの反応があるはずなのに、それがないと。」
「はい。反応が無い状況というのは実質”無”なんです。無の状態というのは、想像で理由をつけるしかありません。」
禅問答のような返答だが、正しい答えだ。物理学というのは、仮説により発展し、観測により実証される。この魔素粒子というのはジルの仮説だ。だが、今この存在は映像だろうが電顕だろうがガイガーカウンターだろうが何にも反応を示さない。なのに、しばらくしたら実行結果が現れる。反応が無いのであれば観測ができないため、仮説の域を出られないのだ。
しかし、このままでは唯の”わからない”に等しい返答になる。なので、やり手科学者のジルは、希望的観測を入れることを忘れなかった。
「と言いましても、超精密観測機器での確認などは実施できておりません。今後の調査推移では、原理が判明する可能性も高いと言えるでしょう。」
だが、この返答には懐疑的という雰囲気があった。相手は霞が関の焔魔堂で鎬を削る官僚だ。こういう玉虫色の返答には慣れっこなのだろう。
しかしジルは気にしていない。この後の説明で、大騒ぎになることが解っていたからだ。
「…では、次に魔法の適用範囲です…ただ、この説明は一言で終えられます。」
そういうとジルは自信満々に人差し指を立てる。そして、はっきりとした口調で宣言した。
「魔法の適用範囲はこの世に存在する”全て”です。」
再びざわつきが講堂を包む。これは返答に対する驚きではなく、理解ができないという類のものだった。一人の官僚がゆっくりと手を挙げて、その真意を聞いた。
「…全て、とは?」
「推測の域を出ない分野もありますが、物質の創造が可能な時点でそれはこの世界を構成するすべての”要素”に介在できると仮定できます。」
「あの…もう少し具体的に…」
自頭のいい数名は、ここでその説明の意味を理解し、驚いた顔になった。だがまだ少数だ。なので、質問をした官僚は再び申し訳なさそうに聞いた。
それにジルは少し上を向いて考えて、先ほどの魔法の説明に移る経緯を思い出した。
「いい例が先ほどの”長寿”という点です。魔法は生物の細胞や細菌にウィルス、寄生虫といった病原体にまで広く作用させることができます。なので、彼らは医療技術が未発達な文明にありがちな軽度な傷病の合併症による死亡という例が極端に少ないのです…あ、資料の15ページに実例がありますのでご参照ください。」
ジルの雑な説明の傍らで、久慈屋は必死にサポートしていた。資料の該当ページを開いて、必死に指さしジェスチャーで伝えながら。彼女が気づいたのが説明の終わりかけだったために、やっと思い出したような間抜けな雰囲気になってしまったが。
だが、官僚たちは早かった。紙資料をめくる音が一斉に鳴り響き、すぐにやむ。
そして、ある人は技官に学術用語の意味を聞きながら、ある人は自身のラップトップで検索をしながら、そしてあるグループは全員で読み解きながらその資料の説明を読み進めた。その喧噪は徐々に大きくなり、意味を完全に理解した人間から大騒ぎになっていく。そして我慢できなくなった一人の官僚が、ジルにすがるような大声を放った。
「無茶苦茶だ!こんなの万能に等しいじゃないか!?」
「と、いうわけでもありません。」
「…え?」
ジルは予想通りという感じで笑顔を浮かべながら、その官僚に言った。
彼は少し動揺しながらも、ジルの言葉を待つ。
彼女はシミュレーション通りの返答を彼に行った。実に楽しそうだ。
「魔法を使役するには、術者が発動させたいと思っている事象の”原理”を、正しく理解している必要があります。例えば、水の生成であれば、水素の燃焼だったりという化学変化を理解している…といった感じですね。」
ジルの返答に、その官僚は少し考えた。確かに、全ての物理反応や化学反応を理解するというのは並大抵のことではない。だが問題はそこではない。
それは、”実現可能な方法が至極単純である”ということだ。
速やかにその結論に至った官僚は、さらに悲壮感を抱きながらジルに叫んだ。
「…ということは、知識を正しく得られれば本当の意味での万能になるんじゃないか!?」
ジルは最初は笑顔を浮かべたままだった。そして返答をするためにその発言内容を吟味する。すると、その官僚の言っていることの正しさに気付き始めた。
隣の久慈屋は遠くを見つめている。まごうことなき天才である彼女は、存外に抜けていることをよく理解しているからだ。
ジルは徐々に笑顔から思案顔へと変化し、わざとらしく口元に手をやり、意味ありげに斜め上を見ながら唸ったのち、はっきりと言った。
「…理論上はそうなりますね。」
ここで収拾が不可能となり、30分後には休憩によるクールダウンを挟むことになった。
会議開始から1時間でこの有様である。




