チーム・レッド ~魔族の躍動2~
10時16分(JST-8) ドイツ連邦共和国 ボン 次世代研究財団本部1F 第一大会議室
「…よって、先の事故を引き起こした責任も鑑み、今回の事象対応に関する全ての責務を無償にて、我々財団とその代表である私が引き受けることを申し出ました。欧州議会及び各国の関係者各位では活発な議論を行っていただき、ここに欧州における超次元的事象調査を行う新機構責任者を拝命した次第です。」
朝早くから流れたある情報。欧州における一連の事象対応に関する統括機関設立の動きと、その代表に任ぜられるのがローゼンハイム家の長女という情報は、欧州の報道各社を動かすには十分なネタだった。30分もすると次世代研究財団本部事務局の電話がひっきりなしに鳴り始め、1時間経ったころには報道陣が集まり始めた。
もちろんこれはエリーゼの目論見通りだ。そしてリークから2時間弱経過したところで、人が十分に集まったと思われるのを見計らい、彼らを財団本部の講堂へと誘導した。
一部の勘のいいジャーナリストは、これが周到に仕組まれていることを理解していた。それでもその場にとどまったのは、今この情報を伝えることが、彼らの糧になると判断したからだろう。実に現実的だ。
現地時間10時過ぎから開始された会見は、エリーゼの独壇場だ。
早口になりすぎず、かといって冗長的にならない丁度いいペースで話すその言葉は分かりやすい。さらに気遣いや決意、さらに報道陣が欲しいとされる文言まで入念に割り振られていた。まるで写実絵画のモデルのような端麗なルックスの彼女が持つ雰囲気も相まって、ある種の洗練されたドキュメンタリー映画のような会見が、着々と進行していた。
「ローゼンハイムさん!先程対応に関する全ての責務を無償と申しましたが、具体的には!?」
「全てです。調査研究に必要な人材に経費、全てを財団が賄います。」
「それで事故に対する補償とするつもりでしょうか!?」
「いいえ。実被害を被った方には、日本支部が一切を行います。故に、実質的な補償とは別になります。」
「本当にできるんですか!?」
「ええ、我々ならば可能です。資金も人材も見識も申し分ありません。」
少々意地悪い質問にも、強い口調で簡潔に、そして断定して言葉を述べるエリーゼ。質問をしてきた記者は、答えにくかったり、あるいは繊細な問題をはらんでいる事柄を取り上げて”失点”を誘おうとする。だが、こうもきっぱりと答えられたのであれば、記者も質問のために挙げた腕をゆっくりと下げざるを得ない。かなり悔しそうだ。
「調査研究に関して、日本では財団の現地支部及び研究所が担っていますよね?欧州でもそうなるんでしょうか?」
「はい。現在、その対応に関しては日本が順調に推移しているケースと認識しています。であれば、成功例を踏襲するのは理にかなっているのではないでしょうか?」
「情報共有も行うということですか!?」
「もちろん。すでに日本政府とも情報共有体制を構築するという方針で一致しております。」
エリーゼの話は次の段階に移った。今後自分たちがその任にあたるとして、どのように進めていくのかという説明だ。一種のプレゼンとも言える。まずは、成功例を”トレース”することを示した。さらに、その擦り合わせも完了済みという点も付け加えて。
詳細を知りたい記者たちは、さらなる質問を行うために一斉に手をあげて、エリーゼの名を叫ぶ。しかし、彼女はそれを手振りでいったん制止した。さらなる”補足”を行うためだ。
「さらに、欧州に関してはロシアも機構参加を了承しております。」
「本当ですか!?」
「はい。直に情報が出るでしょう。」
今までは質問を行うために騒がしかった室内が、発表内容への驚きの声へと変貌した。
その様相は、ぽっと出の資産家令嬢が世界的機関設立の代表に任命されたと思ったら、ここ十数年、欧州と微妙な関係が続いているロシアを取り込んだという純粋な驚き、歴史の片隅に誰かしら一族の者がいるという謎のローゼンハイム家の力を垣間見れたという些細な野次馬のような反応、本当に了承したのかという懐疑的な視線あたりに大別できた。
その喧噪の中、ある一人の記者が手をあげて、すぐさま質問を叫ぶようにエリーゼへと問いかけた。野心的な彼は彼女の”展望”を聞こうとしたようだ。
「ということは、今後世界的な会議や機構の立ち上げも視野に入れてるのでしょうか!?」
「そこまでは我々だけで論じることは出来ません。」
エリーゼは淡々と質問に答える。彼女の真意を推し量るには、相応の技術が必要だ。
18時22分 東京都千代田区永田町 総理官邸3F 会議室(対策本部)
「…情報共有体制?」
「副大臣、初耳なんですが…」
「…いや、その…」
一方。ところ変わり東京。官邸内の会議室の一つに設置された対策本部では、関係省庁の官僚たちがテレビにくぎ付けになっていた。流れるのは英国の放送社が流すニュース。その内容はもちろん、現在ドイツでエリーゼが行っている会見だった。
会議室の中は騒がしくなっていた。なにせ、つい3時間前に降ってわいた欧州との情報共有という話は全く伝わっていない。永田町と霞が関にいる官僚や政府関係者でこれを知るのは、現時点では数パーセントにも満たないだろう。
奇麗なスーツを着こなす男女が走り回るのを後目に、久慈屋は座ってのんびりとテレビを眺めていた。これはある種の諦めだ。この状態にあっては、焦ってもしょうがない。
しかし、傍らで頭を抱えながら深いため息をつく中田副大臣は少し可哀そうではある。かといって、慰めの言葉をかける気はなかった。なぜなら、ちゃんと”言った”からだ。
「だから、忠告はしたでしょう?」
「いやしかし…本当に発表まで行うとは…!」
「言ったもん勝ち。彼女はこういう世界の生き抜き方を熟知してますよ?」
本決定ではない事柄を、決定事項として公表する。情報は流れた時点で、どんな素性の怪しいものでも”事実”としてしばらくは漂うという性質を利用している。やられた方はたまらないが、割とよくある手法だ。これで了承したと言われた側が否定すれば、それを発表した側の顔がつぶれる。双方が何らかの情報や協力を欲している場合、それは悪手。その後に関係構築を行うとすると、非常に面倒くさくなる。特に面子が重要視される政治的なやり取りでは猶のこと効果がある力技だ。
中田副大臣はその意図は理解していた。だが、やられるた場合の面倒さは初体験だった。そして、彼はあることに気付いた。会見で発表されたのは日本との情報共有だけではないことに。
「…待ってください…ということは、ロシアも?」
「…恐らく、返事は貰ってないんじゃないですかねぇ?」
「冗談でしょ…」
ここで中田は日本はまだ恵まれていることに気付く。なにせ、政府首脳に直接話をしているのだから。厄介なお隣ではあるが、とんでもない振り回され方をしたロシアには同情すら覚えると感じていた。
そこへ、外務省の野原がメモ書きを片手に久慈屋と中田が座る内閣府関係者の机にやってきた。彼は先ほどまで電話をしていたようだが、その内容を知らせに来たようだ。
「…しかし、彼女の荒業は効果あったようですよ。」
「…というと?」
「今しがた、中露両大使館から連絡がありました。共同部会の話は見送るそうです。」
中田は少し驚いて眉を上げて、深いため息を吐く。こじれるかどうかは一種の賭けだったが、何とか好ましい方向へと動いたようだ。彼は自身の深い実感を絞り出すように、久慈屋に呟いた。
「しかし、これで世界が本格的に動き出す…というわけですね。」
「いいえ。すでに動いているんですよ。」
久慈屋がしたり顔で決め台詞のような言葉を吐くと、中田はやれやれといった表情を返す。安堵感と徒労感が混じった妙な雰囲気が漂っていると、今度はジルがやってくる。
…いつの間に彼女は中座していたのか?その疑問とともに、久慈屋は話しかける。
「おーい、どこ行ってた?」
「電話くらいさせてよー。さっきからうるさくてさー。」
「…うるさいって?」
ジルの返答に久慈屋が疑問を示す。しかし、ジルはそれに答えるより先に、一人の官僚に声をかけた。
「あー、ノハラさんだっけ?日本外務省だったよね?」
「…ええ、そうですが…?」
「じゃ、はい。」
野原はジルの問いかけに不安を隠さずに答える。そんな彼のことなど気にせずに、ジルは自身が手に持っていたスマホを差し出した。少しだけ見えた画面からすると、どうも通話中の状態らしい。
しかし、ジルはそこで説明などを放棄してしまった。重要なところを省こうとするのは彼女の悪い癖だ。久慈屋は溜息を吐いてから、彼女に諭すように説明を促した。
「…ちゃんと説明してあげて…」
「ああ、グラハム・ウォートンが話したいって。日本の外交関係者と。」
「…わ、わかりました!」
ジルのあっけらかんとした説明に、野原は驚きの表情を見せた。そしてすぐさま焦りへと変貌する。英国外交の生き字引が話したいなど、そうそうある事ではない。
役職は持っているものの、関わる事態をある程度把握している野原は、ジルのスマホを丁寧に受け取ると、焦燥感が多分に含まれた会話を始めながら席を立った。
中田副大臣は、野原の後姿を見送った後、久慈屋に再び呟いた。
しかし、今度は先ほどの若干気の抜けた表情ではなく、真面目で程よい緊張感を持ったものだ。久慈屋もそれに合わせた表情で、彼のつぶやきに返答した。
「…確かに、認識が甘かったですね。」
「ええ。世界はもう動いています。それもけたたましい程に。」




