チーム・レッド ~右往左往~
13時24分 外務省内会議室(ワーキンググループ本部)
「…コナノフがそう言ったのか?」
「はい…あの、本部長…」
「…すまない。官邸から口止めされているんだ。特異物群の関係というのは。だが、それも難しいな…」
”前向きに検討いたします”という敗北宣言と共に、前田と萩原は外務省内の特異物群対策ワーキンググループの本部へと逃げ帰ってきた。すぐさまグループの責任者である本部長(局長)に話を上げ、その指示を乞う。
まだ大した役職のない2人にとって、局長級の官僚は相応に緊張する相手ではある。しかし、この状態ではそんな気遣いは足枷にしかならない。そこで萩原が勇気を振り絞って、情報を伝えるように具申した。
局長はかなり聞き分けのあるタイプだったのが功を奏し、萩原たちの意見を聞き入れて、官邸の対策本部から”秘密裏”に下ろされた情報を2人に伝え始めた。
日本に現れた王国という国家、それらが存在する世界の極々簡略的な成り立ち、王国以外の国家に関しての概略。そして、それらの関係。現在表に出ていない情報は多分にあった。前田と萩原は国家の手足の一部となり働く官僚故に、その情報の秘匿性というものは十分に理解したつもりではあったが、今までの認識は少し見積もりが甘かったことを思い知った。
だが、それに驚くだけでは何も進まない。彼らは局長の話す情報を整理し、そして事実を確認した。
「ということは、中国やロシアの特異物群と王国は友好国。」
「ああ。経済的にも文化的にも密接に繋がっている…いや…”いた”…かな。」
「であれば、2国の要請ももっともですね…」
「も、問題はそこじゃない、かと。」
前田はどちらかといえば快活で、若干バカ正直なところがある。そのためか、今回の問題の本質をすぐに見抜けなかった。それを正そうとしたのは、局長補佐である分厚いレンズのメガネを掛けた青年だった。
彼は存在感こそかなり薄いが、要所ではしっかりとした仕事をするため、年齢にしては若干高い地位にいる。
局長も信を置いており、彼の指摘を肯定するように2人へと問いかけた。
「そうだ。なぜ彼らはそれを知っている?」
「…まずいですね。」
萩原はすでに問題を理解しており、前田も指摘を受けて後に続く。そして、苦虫を噛み潰したような表情へと変貌するしか無かった。
現在、官邸と調査研究を委託されているJHELが、彼らに関する情報の殆どを握っていると思われる。その一部が、なぜか中露の知るところとなっているのだ。リーク元を探すのも一つの手では有るが、現状を鑑みると、漏れた情報により引き起こされた状況に対して行動するのが得策だ。
局長は小さな溜息をついたあと、椅子の背もたれに身を預けながら思考を巡らせて決断を下す。
「…報告をあげよう。まずは政務官だ。」
「わかりました。」
局長の指示で前田と萩原が動く。
ひとまず、外務省での特異物群実地対応総責任者となっている政務官のもとへと向かった。
13時39分 外務省政務官執務室
「…レッドチームが動き出したのか。」
「ええ。それも彼らは情報を持っています。」
「厄介だな…」
色黒で短髪の、やや声が大きく威圧的な初老男性である竪谷政務官は、執務室を訪れた前田と萩原を見据えて唸る。その内訳はこうだ。まずは、厄介な国が動き出したことへの警戒感。そして、そんなときに限って大臣も副大臣も所用で外しているという状況。普通であれば困難と取れるが、その2人とはもともと”別の組織”に属する竪谷は、逆に好機だと考えていた。主に、自分のキャリアにとって。
ここでうまく事態を収拾すれば、履歴に箔がつく。彼はそういうタイプだった。
「…さて、どうするべきだろう?」
「…考えられるのは2つです。」
「言ってみろ。」
ここはあえて官僚に意見を求める。官僚を信頼しつつ利用しようとする旧保守政党の人間らしいと2人は考えながら、彼の問いかけに応えた。対応は実にシンプルであり、日本単独で中露も巻き込んでやっていこうという剛腕路線と、ここはひとまず時間を稼ぎ、状況を見極めようとする慎重路線だ。
概要の説明を聞いた竪谷は、少し考えたのちに、いつもの大きな声で2人に指示を出した。
「ふむ…そうだな…中露が動いたとなると、情報は方々に出回っているかもしれん。お前らは北米局に聞け。」
「わかりました。」
前田と萩原は部屋を後にする。米国の動向を探ろうとするあたり、やはり旧来の保守派だという印象を抱いていた。
13時50分 外務省北米局
「まだなにもない?」
「ああ。気味が悪いよ。」
萩原の同期が北米局にいることもあり、突然の訪問もすんなりと受け入れてもらえたのも束の間だった。廊下に出て話を始めると、相変わらず米国の動きはないと、対応に出た田所が断言してしまい、方策が取りづらくなってしまった。
2人の雰囲気を察した田所は、芝居がかったちゃらけた態度で話をつづけた。
「世界中が大騒ぎしてるってのに、うちは平穏なもんさ。」
「…しかしだ、先月に情報提供要請があったんだろ?」
「官邸がすでに渡してるはずだ。ほら、あの調査を委託されてる…」
「JHELか?」
「そうそう。あそこの報告書をもとにした書面を送ったらしい。」
米国からの動きは、日本が王都で”お祭り”を催した情報が世界中の報道各社で伝えられた直後の情報提供要請、青森の特異物群での特殊傷病者救護に関する支援要請に関する情報共有、そして宮城の反乱騒ぎに際しての戦力評価情報提供の3つだった。
その数の少なさもさることながら、外交的な接触ともいえないものばかりというのが異様さを物語っていた。最初の情報提供はホワイトハウスから連絡が来たものの、書面を送ってそれで終わり。張りきった北米局の出世頭たちは肩透かしを食らった。そのあとの青森や宮城の件では、結局主なやり取りは米軍と防衛省だった。部署ごとでも何をやってるかわからない官僚組織において、別省庁となると世界が変わる。ゆえに、関わることなど出来なかった。
「…で、それ以来また何も連絡が来ないと。」
「そういうこと。まー、今の大統領はハト派の中でもさらに大人しいからな。狼狽えてたりして。」
「まさか…」
現在、外務省内のワーキンググループや官邸の対策本部に宛がわれていた北米局の人員はちょっとずつ減らされ、独自のコネクションで細々と情報収集に努めるしかなくなった。対象の米国が動かないのだから無理もない。田所の話すように、今の大統領が穏健すぎるために行動できないタイプであり、最悪、レームダック…つまり”そこにいるだけのトップ”となっているのではないかとも囁かれているほどだった。
なんにせよ、今ここで動きを探ることや新たな局面を見出すことは出来ない。そう判断した前田と萩原は若干徒労感が混じった表情を浮かべながら、田所に礼を言った。
「じゃあ、邪魔したな。」
「いいさ。珍しく暇だからな。ああ、そうそう…」
「なんだ?」
田所は再び芝居臭い表情を作りながら、萩原たちに言った。
「表が静かなときは、大抵裏が騒がしい。そうだろう?」
「…ああ、心得てる。」
14時25分 外務省会議室(ワーキンググループ本部)
「決めては無しか…しかし、相変わらず、動かない米国か…」
前田と萩原は迅速に省内を巡り、何か情報や策はないかと調査をした。が、得られるものは対してなかった。前田の所属である中国・モンゴル第一課にも、萩原のロシア課にもだ。
外務省は北に中央、そして南の三棟からなっている。それぞれの往来は、特定の階にしかない渡り廊下を使う。そのため、省内を動き回るのはかなり大変だ。
おかげで、前田と萩原が会議室に戻った時には少し息が上がっていた。
会議室にはいつの間にか竪谷政務官も訪れていた。しかし、前田と萩原の話を黙して聞くだけで、今のところ大した反応は示していない。この手の人物が言葉を発しないと、逆に不安になる。一介の役人である面々は、少しだけ居心地の悪さを感じていた。
政務官の傍らで考えを巡らせる局長は、言葉を選びながらもある情報を話し始めた。
「…官邸は特異物群対応に関して、国際的な協調体制を独自に築こうとしている。」
「そ、それは…」
「そう。ここで彼らと不用意に手を組むと、主導権を奪われかねない。」
この話は、対策本部側では準備が進んでいるということを、”風のうわさ”で聞いているものは多い。だが、それなりの立場にいる人間からはっきりと言及されたのは初めてだった。将来的には数十か国が参加するであろう特異物群への対応。その体制構築で主導権を握りたいのはどの国も同じだった。これはすでに政争の域へと達しているのだ。
ここで萩原が意を決したのか、少し踏み込んだ発言をする。
この状況であれば、そう考えるのはもっともな内容だ。
「そもそも。我々下々のものが手に入れられる情報が少なすぎませんかね?」
「…もっともだ。」
発現した萩原は、自身の発言に賛同した人のほうに顔を向ける。それは竪谷政務官だった。やや扱いにくさのある人物が味方に付くと、色々な意味で警戒してしまう。萩原は竪谷の顔を見て、彼の言葉の続きを待った。
「ここは官邸に押し付けよう。情報を出さないのなら、我々だけで対処するべきではない。」
「…わかりました。」
まさか、官僚側の意見に立った判断をするとは。そう思ったのはまだ新人だ。
彼は連立政権を”組んでもらった”旧保守政党の人間だ。”押し付けよう”という言葉は、あくまでも自分と自分の組織の利益を考えたものだ。
こうして、官邸に中露の動きが伝えられることとなる。




