当然の招聘 ~探り合ってメモが来て~
14時04分 東京地千代田区永田町 総理官邸5F 総理応接室
「では、部屋を移動しましょうか?」
「いえ。その必要はありません。ここで続けましょう。」
「やはりですか…久慈屋さん、あなた意外と政治家向きですよ?」
「全く興味がありませんね。私は平和に過ごしたいので。」
「…そうですか。手厳しいですねぇ…」
宇賀野がいつもの淡々とした雰囲気で久慈屋に問いかける。しかし、久慈屋もいつもの不愛想な返しに終始した。普通であれば咎められる態度ではあるが、宇賀野もこの程度のことで時間を無駄にするほど愚かではない。
彼はこの国の政治を担う人物だ。彼のスケジュール帳には本当に分刻みで予定が組まれている。この会合の残りも、あとせいぜい20分程度しかないのだ。
久慈屋もそれは理解している。手早く物事を進めるために、さっそく本題に入ることにした。
が、一つ重要なことを忘れていた。朗らかではあるが威圧感のある雰囲気を感じ取った彼はとっさに思い出すことができた。
「では早く始めま…あ、そうそう。その前にご紹介を。」
「はい?なんでしょう?」
「うちの新理事長です。」
「…ご挨拶が遅れまして大変申し訳ありません。」
薫子が立ち上がり頭を下げる。そして、滑らかな口調で自己紹介と理事長就任の挨拶、さらに政治的な窓口となることを遠回しに伝えた。彼女は久慈屋たちの組織で長らく重要な地位にいたものの、欧州本部の大ボスの側近だったために日本ではあまり知名度がない。だが、その経歴を聞いた宇賀野や天城は、海鳴薫子という人物の能力をある程度推し量れたようだ。
さらに、彼女自身も中々にコネがある。なにせ彼女は九州の名士の家系出身で、父方にも母方にもかなり高名な人物が連なっている。
例えば、この永田町にも繋がりの深い人物がいるようだ。
「海鳴…あの失礼ですが、伊集院先生とは…」
「はい。母方の従妹になりますね。」
防衛大臣が薫子の苗字を聞いてからしばらく考え顔になり、彼女の話が終わるころに思い出して確認をとる。どうやら、参議院に親戚がいるようだ。
政治の世界では、こういった繋がりというのが予想以上に重要になってくる。しかも、薫子は自ら語るのではなく、相手に気付かせる方法を取った。
久慈屋とジルは改めて彼女が来てくれたことに安心した。なにせ彼らは政には興味が沸かない。彼女の親戚が議員というのも今知ったくらいだ。
薫子が十分に自身のアピールをできたところで、宇賀野が音頭を取って話題を切り替える。早く本題に入らなければならない。
「…では、改めて…始めましょうか?」
14時24分
「以上が、先日に米国と英国の協力者に対して共有した情報になります。では、ご質問をどうぞ。」
「…」
久慈屋とジルがかなり足早に、しかし要点を詰め込んで説明を終えた。
結果、応接室の空気は再び重くなってしまった。中田から概要を聞いていた宇賀野や天城は詳細を知り考え込み、全ての情報に初めて触れた官房副長官に防衛大臣や外務大臣、危機管理監といった面々は絶句していた。
そんな中で最初に声をあげたのは天城だ。彼女はひとまずの安寧を欲していたようだ。
「では私から。帝国が保持していると思われる大量破壊兵器級の魔法に関して、王国は所持していないというのは、間違いないですね?」
「はい。現時点では。」
「…現時点?」
「残念ながら、体系化された技術というのは、どこかで同じ轍を踏む可能性があります。」
しかし、久慈屋は簡潔に現実を突きつけた。今現在日本国内にいる王国の面々が、破滅的な結果をもたらす魔法を手にしているかと言えば、NOだ。
だが、その術が魔法という彼らの中で確立された技術によりもたらされるのであれば、遅かれ早かれ誰かがたどり着くのは想像に容易い。例えば電話だってベルとエジソンがしのぎを削っていたし、核爆弾だってアメリカも英国もナチスも日本も開発を目指していた。こちらの歴史を辿れば、自ずと見えてくる流れなのだ。
久慈屋のはっきりとした説明により、怖気が強く出ていたほか面々の方々も発言する勇気を得られたようだ。次に防衛大臣が手を挙げて、強い口調で提案した。
「…であれば、魔法の規制に関して協議を開始するべきでは?」
「いえ、それはあまりにも性急すぎるでしょう。」
「私もそう思います。なによりも、”魔法”というのが彼らの生物としての機能に組み込まれており、技術と文化それぞれに深く根を張っています。その手の意見が表に出ると、彼らが態度を硬化させかねません。」
「しかし、魔法という存在に対して、安全保障上の問題は付きまとい続ける。なにせ物理法則に無条件で介在できる代物だ。正に全能だよ。我々の手に負えない。」
「…ですが、天城さんや久慈屋さんの意見ももっともです。彼らとの関係が抉れれば、我々が制御することはおろか、介在することさえも難しくなります。」
魔法の規制は、久慈屋を始めとした特異物群に関わる研究者の間でも、度々話が出るものだった。何せその有用性が多岐にわたるため、応用範囲があまりに広い。
軽い傷病であれば1時間程度で治癒、生物にとって必要な飲料水は多少なら数か月は自前で生成、木製扉程度であれば爆炎や暴風を巻き起こして破壊可能。
医療にインフラ、防犯に犯罪、そして戦争。あらゆる場面でその活躍の場が約束されている。だからこそ、この存在に畏怖を感じる者がいて当然だ。
だが、彼らにとってはその存在が当たり前なのだ。解析により彼らの体内に発現機構があることが判明している。そんなものを規制しようなんて、我々で言えば涙を流すなと言っているのと等しい。それに規制する術も持ち合わせていない。
故に、この手の議論は研究所で控えるように久慈屋は指導していた。王国人の多数が日本に友好的とはいえ、そうでもないものも少なくない。今は表面化していないだけで、そのきっかけをわざわざ与えることもないという判断からだ。
幸いにも、久慈屋の意見には天城や官房副長官に外務大臣が賛同を示してくれた。場の雰囲気としては穏便寄りとなっている。しかし、安全を守ることが職責である防衛大臣や危機管理監が懸念を示すのももっともだ。久慈屋や薫子が、強硬論を持つ側にも理解をする旨の発言を行い、彼らも矛を収めてくれた。
そして、全員が宇賀野に視線を送る。決断を行うのは、総理の役目だ。
「…この場ではひとまず棚上げでしょう。王国ともよく話し合う必要がある案件ですから。」
締まらない終わりではあるが、致し方ないだろう。今ここで無理に方針を決めるには危ない案件だという判断は正しい。若干煮え切らないながらも、全員がしょうがないという顔で溜息をついて頷いた。
次に口を開いたのは宇賀野だ。彼は外様の様子が気になるようだ。
外務大臣をゆっくり見やると、少しのんびりとした口調で問いかけた。
「…外務大臣。米国などの動きは?」
「相変わらず、静かですね。直に来るとは思いますが…」
「ああ、米軍からは少しありました。彼らの戦力評価を知りたいと。」
ここで思わぬ人から話が出た。防衛大臣だ。米国政府の動きは相変わらず遅いが、米軍は先の戦闘を見てその情報を要求してきたらしい。
この話に久慈屋は思わずぎょっとして話に割り込んだ。今の状況で”あの魔法”の存在が追加で知られるのは良くない。
ちなみに、この場ではちゃんとその存在を伝えた。さすがにここでも出し渋るのは悪手だろうという、久慈屋と薫子の判断だ。伝える際にはちゃんと”やらかした物理学者”がお詫びをしている。
「…待ってください、あの魔法の話は…」
「まだしていない。だが、直にホワイトハウスも知るだろう?」
「…米軍とホワイトハウスが一心同体と思いますか?」
「いいや。あまり大きな声では言えないがな。なにせ今の米政権は民主党だ。DCとニュージャージーの溝は開いている。」
あちらの政治事情もかなり厄介なようだ。なにせ現職大統領はちらちらと健康問題が取り沙汰されている。アダムは多く語らなかったが、水面下では”レームダック化”を見据えた行動を開始している野心家が多いらしい。
しかし、他国の問題をここでとやかく言っても何も始まらない。宇賀野は防衛大臣に続きを話すように促した。
「で、防衛大臣。どのような報告を?」
「…価値のある報告はできないと前置きして、限定的な内容に留めています。もっとも、彼らも”上”が動かないからやきもきしていますよ。こちらに打開策を求めたのではないかと。」
防衛大臣の説明は、協力関係にあるとはいえども民間人である久慈屋たちがいることを考慮してか、かなり端折ったものになった。そりゃあ、米軍とのやり取りなんて機密しかないのだからおいそれと話すものでもない。
ただ、彼は厳つい雰囲気に似合わず気遣いのできる人物なようだ。あえて久慈屋たちのほうを見やり、わざわざ”特戦群の作戦内容は最高機密なのでもちろん明かしていない”と宇賀野に説明した。彼らの目の前であの魔法を使ったことを知ってのことだろう。
その他、非公式なルートを通じた軽い情報は出てくるが、どれも具体的な行動を起こしたという段階には至っていなかった。つまり、誰も動いていない。
天城がその状況を吟味してある推測を立てた。
「…総理、おそらく今は各国とも推移を見守っているのでしょう。」
「我々の、ですか。先駆者とは、こうも不安なものなんですねぇ。」
確実に言えるのは、今特異物群に対してあらゆる行動を実行出来ているのが日本だけということだ。公式な動きは鈍く、入ってくるのは真偽も怪しい非公式な情報ばかり。これはどの国も身動きが取れていないことを示していた。
今世界各国は、日本の次の行動を今かと待っている。成功すればその轍を歩み、失敗すればその道を避ける。宇賀野は先駆者と言ったがそれは良い言い方だ。
悪く言えばただの人柱だ。
さて、日本という”組織”はお前が先頭だ、自由に走れなんていわれると何もできなくなる習性を持つ。今の会合の膠着状態は、それを如実に表しているだろう。
ここで先陣を切りたくない理由は大体が責任を負いたくないという理由だ。
そこで、久慈屋がさっそうと手を挙げて宇賀野に提案をする。実のところ、これが彼らの”真の目的”だ。
「総理、ここでお話しするには不適当かもしれませんが、一つご協力をお願いしたいことがございます。」
「ほう?なんでしょう?」
「来週、我々研究所と対策本部、さらに政府と各省庁の人員を集めた統合会議を行うのはご存知ですよね?」
「ええ。報告を受けてますよ。」
久慈屋と薫子は要点だけを簡潔に説明する。それは、久慈屋たちが考えた特異物群へ対応するための全国的な協力システムを立ち上げることだった。特異物群の近くに事務所を多数立ち上げる。人材や財務、さらに実地的な対応は研究所及び財団が担当し、政府には構築における協力を行ってほしいとの内容だ
。
一見すると、研究所や財団が事故発生の社会的責任を重く受け止めて、一民間組織としては過分とも言える資産プールをもとにその汚れ仕事の一手を引き受けようと聞こえる。しかも、事故による直接的な損害への補償は別でちゃんと行う。言ってみれば社会に対する贖罪と奉仕の精神にあふれた行動だ。
だが目的はもっと利己的なものだ。久慈屋たちの組織が中心のシステムを構築してしまえば、彼らを無碍に扱えなくなる。事故への責任追及も、現在準備している破格の補償案を公表すれば霧消するだろう。この構想は、その計画の骨子となる。
「…ほう。あなたたちはどうしても主導権を握り続けたいのですか。」
「ええ。それに、そのほうが政府にとっても得策かと思います。」
「と、言いますと?」
「簡単に言えば、失敗すれば我々に責任を押し付けられます。」
もちろんリスクはある。何かあればすべてはその運営責任者がすべてをひっかぶる。
世間的にはすでに1度失態をやらかしているため、反発はあるだろう。ただ、これは久慈屋たちからの申し出で、しかも必要経費全てを持つという条件。生じる損害はかなり抑えられているはずだ。
ただし、国も許可を出す以上相応の責任が生じる。そのための失敗時の”対応マニュアル”を薫子は作成していた。研究所や財団だけにその責任を負わせるための台本といったところだろう。薫子は自身のカバンから冊子を素早く取り出し、宇賀野たちの面前に広げて概略的な流れを説明した。政府の責任は最小限、財団や研究所が構築したシステムや事務所は譲渡。金銭的補償もあり。至れり尽くせりだ。
久慈屋たちにとってはハイリスクハイリターンなその内容に、宇賀野は思わず笑いだした。彼とて政治家の端くれであり、この手の周到な搦手は大好物だった。
「ははっ!いいでしょう。わざわざ泥をかぶってくれるということですか!」
「ええ。その代わり、色々と便宜を図っていただければ、と。」
「わかってますよ。もちろん、政府としては協力を行います。」
薫子や久慈屋、そして宇賀野と天城が笑みながら頷く。そして薫子がさらに輝かしい朗らかな笑顔を携えながら言った。
「…では、明日には”調整”を行いますので。」
「はい。ご報告お待ちしております。」
宇賀野は短く返す。その顔は絵にかいたような好々爺という表現がぴったりなほど平和で朗らかだった。
これはあくまでも今後の研究調査体制の方針を決しただけだ。
断じて、政治的策略や利益の受け渡しがあったわけではない。もちろん、一連の話の流れでは久慈屋たちが宇賀野ら政府へ何らかの”袖の下”を通すような言質も一切ない。非常に清廉で潔白な会合だ。天城も満足した雰囲気なのがそれを物語る。一部閣僚がしてやられたような表情なのは少し気になるが、今は突っつかないほうがいいだろう。
こうして、すべての懸案が片付き、あとは久慈屋たちの”帰り方”を相談しようとしたときだった。扉が2回ノックされた。そして、室内の誰の返答も待たずに、一人の官僚が入ってきた。
「会議中に失礼致します。」
久慈屋たちは少し嫌な予感がしていた。割と重要な話し合いが行われている部屋にそのまま入ってくるのはあまりない。それは彼が何かよからぬ報告を持ってきた可能性があることを告げていた。久慈屋は、それが自分たちに関係がないことを祈るばかりだ。
官僚はある閣僚のもとへと足早に近寄る。外務大臣だ。ということは、彼は外務省の人間だろう。この時久慈屋たちは少しだけ警戒を緩めた。外交的問題であれば、自分他意に関係がある可能性は低いはずだ。
「…総理に渡してくれ。」
だが、官僚からメモを受け取った外務大臣は、それを一瞥するとすぐに宇賀野へとそのメモを回覧させるように言った。やはり、嫌な予感がする。
官僚は宇賀野の傍らに素早く近寄ると、外務大臣に渡したメモを彼に再び見せる。
そのメモを手にした宇賀野は、内容を判別すると困り顔になって天城にそれを渡した。
非常に嫌な雰囲気だ。天城は無言でメモを受け取ると、難しい表情になって一言小さくつぶやいた。
「…そうですか。」
久慈屋たちはほんの少しだけ動揺していた。なにせ、自分たちの目の前で、情報が次々と手渡されて拡散されている。さらに、それを受け取った面々は、一様に難しい表情に変わっている。自分たちに関係が無くとも非常に居心地が悪い。それが、国の扱う重要な情報であろうものであればなおさらだ。
だが、メモを確認してから、少し黙って考え込んでいた宇賀野が発した次の言葉に、この部屋にいるほとんどの人間が驚きの声をあげた。
「大臣、これは久慈屋さんたちにも協力を仰ぎましょう。」
「えっ!?」
「えっ?」
まず声をあげたのは、宇賀野から提案をされた外務大臣だ。政府が対応しようとしている情報を、一民間人である久慈屋たちにすぐに知らせるというのは如何なものかという考えだ。そして、外務大臣のすぐ後に声をあげたのが久慈屋。外交的な問題なのだから、自分たちに関係があるとは思っていなかったためだ。
外務大臣はしばらく宇賀野へ無言の確認を行う。宇賀野の意思が固いとみると、大臣は天城に目線を映した。彼女は大臣に小さく頷く。それを確認した外務大臣は、小さな溜息を吐きながら、久慈屋たちにも聞こえるようにメモの内容を読み上げた。
「今、外務省に中露の大使館職員が訪問しています。要件は、中露が立ち上げる”特異物群”への対応会議に、日本も参加してほしいと要請しています。」




