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当然の招聘 ~拒否~

13時41分 総理官邸5F

「では、私が進行を務めます。本日は、特異物群が保持する技術に関しての重大な情報が判明したためにその詳細を説明いただき、それを踏まえて今後の調査研究の進め方の大まかな方針に関しての助言を提示してもらうことが目的です。」

「はい、わかりました。」


中田副大臣が滑らかな口調で会合の開始を告げる。小豆色の椅子に掛ける面々は、一様にして表情が硬く空気は悪い。この場の主題、先ほどの騒ぎ、政権内部の小競り合い。その要因は様々だ。

中田が久慈屋たちへ顔を向け、彼らに説明を始めるよう促す。


「では、久慈屋博士、ウィンストン博士。今回の特異物群の保持する技術に関しての説明をお願いいたします。」

「わかりました…しかし、この場ではお断りいたします。」

「右に同じです。」


久慈屋の返答は簡潔で、政府側の面々は度肝を抜かれた。この発言は、先の数分間で久慈屋がはじき出した結論だった。もちろん彼自身の独断ではあるので、ほかのメンツがそれを知る由もない。だが、ジルはすぐに久慈屋の発言に即した言葉を続けたため、あたかも研究所側がしっかりとした基準をもって行動している印象を与えることに成功した。とはいうものの、空気は凍り付いたままだ。

全員が不満や憤りを隠さない表情を浮かべる中、天城官房長官だけが無表情で久慈屋を問いただした。


「理由をご説明いただけますか?」

「単純明快です。情報保護が不十分な場所では、お話しできる内容ではありません。」

「ここは官邸です。日本でもトップクラスに情報管理が行き届いています。」

「…本当にそうでしょうか?」


久慈屋は前傾姿勢になり手を組む。口角はやや上がり、薄ら笑いのような表情だ。彼はリラックスして話をしようという態度なつもりだが、もともと仏頂面がデフォルトの彼がそんな表情をするとき、人は大抵何かを企んでいると錯覚することが多い。

ただし、今回はそれが正しい。彼はここにいる面々に現実を突きつけようと決めていた。


「そもそも、昨日の話ではこの会合に参加する方は5名の予定だった。それが当日になり8名となり、参加者も定まっていなかった。この時点で極秘情報を扱うには適当とは言えませんね?」

「…続けてください。」


天城は厳しい表情を浮かべるが、久慈屋の言葉に反論することはない。この時点では彼の話を聞き続けようと思ったのか、それとも反論の余地がなかったのかは判別できない。だが久慈屋はそれ幸いとさらに笑い顔を強くして話し続ける。彼の笑いは、親しい関係であるジルや薫子が見ても邪悪だ。


「さらには、私達が官邸を訪れるということが、報道各社にダダ洩れとなっている。」

「それは、我々の失敗です。」

「そんな生易しいものではありません。私たちは機密情報をもとにした会合を行うためにここにいます。訪問するという情報が漏れること自体、あってはならないことではないのでしょうか?」

「…一理、ありますね。」


ここで宇賀野総理が久慈屋に一定の賛同を示した。そういえば、この”舞台”を開園してからというもの、宇賀野だけ一番読めない表情を浮かべていた。それが彼の強みなのだろう。久慈屋の話は佳境に入り、最後に改めて説明することを拒否する宣言を行い終わるはずだった。


「ゆえに、現在の官邸とこの会合の情報管理に関して、我々は重大な不信感を抱いていると言わざるを得ません。ですので、ご説明をお断りしま」

「話にならんな!!」


牟田が突然大声をあげて、久慈屋の話を遮る。部屋にいる面々は突然のことに彼へ顔を一斉に向けた。

久慈屋は嫌悪感を抱かずにいられなかった。牟田が研究所にいたころ、理事会で突然話を遮り、議論を脱線させるという行動をよく行っていたからだ。その帰結は大抵の場合碌なものにならないため、今の流れもその危険性を多分に含んでいた。

一方で、牟田はつらつらと御託を並べ始める。彼は注目を集めると気分がよくなるタイプの人間だった。


「総理。これは彼らのとんだ詭弁に過ぎません。こいつらは、重大な情報があることをにおわせて、事故の責任を負いたくないだけなのです。」

「…何も知らない部外者が口を挟まないでいただきたいのですが…?」


久慈屋は軽く”苦情”を述べるが、牟田は一切取り合わない。彼は自身の認識に沿わない意見を無視する。そうして間違った結論に行き着くのがいつものパターンだ。

ただ、牟田が続けた話の内容は、久慈屋たちにある情報を与えるものだった。


「私は2つ目の議題に関して提案いたします。やはりここは、政府が組織した特別調査局を立ち上げ、彼らに対する調査研究活動を集約するべきでしょう。」

「…具体的には?」

「すでに、文科省で関係各所から人員のリストアップを開始しています。」

「…動きが速いですね。」


ここで久慈屋や薫子の表情が微妙に変わる。彼は文科省と組んでいるようだ。なにせ、あそこの役所は久慈屋たちが日本で研究所を立ち上げる際に相当いざこざがあった相手である。敵が多い霞が関でも、一番多いのはあの役所だろう。

大方、政治的な嫌がらせは牟田が行い、実務的な嫌がらせは文科省が行うという役割分担をしている。久慈屋たちはこの仮説を有力な筋書きであると認識し始めた。


気づけば、牟田は満足して話を終えた。その顔は自身と尊厳に満ち溢れた、一仕事終えた男の表情だ。きらきらと光っているような雰囲気があるが、それは彼が脂ぎっているだけだろう。

ここで、天城が再び久慈屋に問いかける。先ほどの牟田の提案についてだ。


「久慈屋博士。牟田さんはこのようにおっしゃっていますが、どう思われますか?」

「…それは政府による調査研究の集約に関してでしょうか?」

「はい。」


久慈屋は天城の問いかけをじっくりと、しかし素早く考える。正直な話、調査研究委託というのは久慈屋たちを事故の責任追及から遠ざける最大の理由となっている。それがなくなれば、あとは断罪の日々が始まるだけだ。それに、たった2か月とはいえ、その間に手に入った特異物群とのコネやその情報は、今後の世界では重大な意味を持つ。それらの特権を手放すのは非常にまずい。だが、ここでその目論見に即した返答を行うのは悪手だ。であれば、優等生的返答が妥当だろう。

久慈屋はもったいぶったような思案顔でひとしきりうなると、ゆっくりと答え始めた。

もちろん芝居だ。


「…そうですね。将来的には、そうするべきだと思いますよ。」

「ふんっ。最低限の見識は備えているようだな。」

「時期尚早であると思いますがね。」

「…貴様…!」


もちろん、釘をさすことも忘れない。それに牟田は怨嗟に満ちた言葉が漏れる。

自分の意見に楯突かれるのがよっぽど嫌なのだろう。

だが、空気はまだ久慈屋たちには分が悪い。そこで、最後の一芝居を彼は打つことにした。久慈屋は自身が座る椅子のひじ掛けへ、強めに手を置いた。椅子は布地のため大きな音が出るわけではないが、全員があまり声を発さない静かな部屋では十分な音響いた。それに続き、彼は不遜ともいえるような様子で宇賀野と天城に話し始めた。


「はっきり申し上げましょう。この情報はすでに世界を巻き込んでいる。それはよくご存知ですよね?」

「ええ。中田副大臣から報告は受けています。米国も英国も行動を開始したと。」

「はい。そこで考えてみてください。日本だけがおざなりな情報の扱いをしてマスコミにでも流れたら、どうなりますか?国辱以外の何物でもないでしょう?」

「…」

「無理矢理にでもお話をさせたいのであればご自由にどうぞ。ただし、それで世界を混乱に陥れた場合、関係各国へ申し開きを行うのは…あなたたちですよ?」


これはある種の演説だ。状況を理解させるというよりは、整理して優先順位をはっきりさせることを目的としている。機密情報を知る人間はそう多くない。ゆえに漏洩したときには、誰が漏らしたかまでの特定は難しいが、”どこが”漏らしたかは検討がつく。

そこで、管理責任を問われるのは、管理不行き届きをしでかした”組織”だ。

久慈屋の話を聞いた宇賀野と天城は顔を見合わせる。そして、宇賀野はちらりと外務大臣の顔を見た。外交の責任者である彼とその配下の外務省は、各国からの批判を受ける一番の矢面だ。宇賀野と視線を合わせた外務大臣は小さく頷く。

彼らのリスクヘッジは完了したようだ。宇賀野がすぐに久慈屋へ向き直り、淡々と問いかけた。


「…わかりました。久慈屋さん、どうすればお話いただけますか?」

「条件は2つです。まず、この応接室のような幾人が出入りできるような場所は不適当です。変更を希望します。」

「後ほど危機管理センターに参りましょう。で、あと一つは?」


この返答には久慈屋は少し喜びを覚えた。その様子を表に出すほど脇は甘くないが。

宇賀野の言葉には、ある種の確信を与えられた。そこで彼は、もう一つの条件を何の臆面もなく宇賀野へと告げることができた。


「牟田氏にはお引取り願いたい。彼は部外者だ。」


久慈屋の言葉に、ウシガエルのむせ返りのようなうめき声が聞こえる。もちろんその発生源は、排除を希望された牟田本人だ。怒りで顔が紅潮しているが、最初に久慈屋とともに醜態をさらした手前、強く出ることができない。

久慈屋が牟田を横目にやり優越に浸っていると、宇賀野が改めて確認をしてきた。


「…久慈屋さん。条件を拒否すれば、説明は断ると?」

「はい。このまま引き上げます。」

「その場合、調査研究委託の見直しも検討しますが?」


かなり直接的な脅しだ。久慈屋たちの立場を理解したうえで、宇賀野はその意図をしっかりと確かめようとしている。しかし、ここで怯んではいけないことは、久慈屋もさすがに十分理解していた。なので、彼も唯では倒れないことを示しつつ、宇賀野の問いかけに返答した。


「であれば、我々は事故調査のみに専念するまでです。」

「…それでいいのでしょうか?」

「致し方ありません。ああしかし、そちらもかなり困難な業務になりますので、もしかしたら情報管理が”行き届かない”かもしれませんね。」


宇賀野と久慈屋は、お互いの顔を見合いながら沈黙を続ける。大人の対応は不得手な久慈屋だが、”大人の殴り合い”なら負ける気はない。飄々とした表情を崩さない宇賀野からも、久慈屋と似たような意地が垣間見えていた。

実時間にして2分は立たない程度の静寂の後、宇賀野が小さく溜息をつく。答えが出たようだ。


「…わかりました。牟田先生?」

「は!総理、私が責任を持って全てを…」

「いえ、申し訳ないですが、本日はお引取りを。」

「…はっ!?」


牟田は思わず席から立ち上がり、間抜けな表情で静止した。彼はなぜか自身の勝利を疑っていなかったようだ。途中から風向きが変わったのは、彼以外の誰もが理解していたのに。

恐らく、すでに政治の現場から離れて数年経つが故に勘が鈍ったか、老齢ゆえの耄碌か、能力の低さからの慢心のどれか、あるいは全部といったところだ。

だが、この状況に抗うのが得策ではないという判断くらいはできたようだ。

溢れ出す怒りを必至に抑えつつも、総理だけに挨拶した。


「…し、承知しました。ここは、そ、総理の顔に免じて!」


彼が巨体を揺らしながらのそのそと退室した後、久慈屋たちは溜息を吐いた。

ジルに至ってはにこやかな表情を浮かべている。全てのやり取りを久慈屋に押し付けたからか、特等席で観戦できたことに満足しているようだ。

そして宇賀野が声をかけてきた。彼からも先ほどの謎の威圧感がなくなり、いつもの飄々としたつかみどころのない雰囲気へと変わっていた。


「しかし、よっぽど牟田氏がお嫌いと見えますねぇ。」


あまりの変容ぶりとこの問いかけ。久慈屋はある考えが頭をよぎり、彼に確認せずには居られなかった。


「…あの人、ここでは好かれてるんですか?」

「…いいえ?」


久慈屋の素朴な疑問に、宇賀野はとぼけたような表情で答える。久慈屋が周りを一瞥すると、何人かは肯定するように小さく頷いていた。

久慈屋は思う。初めから筋書き通りに動かされていたのではないかと。今の流れであれば、重要情報を握る人物が、それを盾にして邪魔な人間を排除したという説明がきっちりと当てはまるのだから。


ただ、久慈屋たちも目的が達せられたのだから問題はない。これは言ってみれば…”利害の一致”だ。


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