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当然の招聘 ~存在を消したい人物~

13時05分 東京都港区赤坂 憲政党本部 党首執務室

「…わざと、ですか?」

「ええ。言ってみれば…お仕置き、ですかね?」

「お、おしおき?」


中田副大臣は天城官房長官からの返答にたどたどしくオウム返しをした。なにせ、つい2分前にこの後控えている”会合”の最後の参加者を伝えられたのだから。その人物は久慈屋たちが忌み嫌う牟田だったとあっては、ここ数か月の付き合いで彼らの性質というのを大分理解し始めていた中田にとって、騒動が起きないはずがないと不安を抱えるのは当然のことだ。

だが、それは懸念される問題の一つでしかない。中田は、牟田自身に問題があると考えていた。彼はそれを率直に天城へとぶつける。


「しかし…彼らに軋轢があったというのを踏まえても、牟田氏を招き入れるのは非常に…」

「不安ですか?最もですね。」


中田が言い終わる前に天城はぴしゃりと不安に賛同を示した。ならなぜなのか?中田が戸惑っていると、傍らでのんびりと緑茶を啜る宇賀野総理が会話に加わってきた。


「私も大嫌いですよ、彼は。利権に強権、金満香る密室政治。思想もなにもあったものではない、なんの生産性もない朽ちた政治屋です。」

「同感です。」

「…改めて伺いますが、なぜ?」


宇賀野の言葉も天城の発言を補強するものでしかなく、中田は困惑しきりだ。宇賀野と天城は現政権の2本柱ともいえる重鎮であり、中田自身もその能力に心酔している一人ではある。だが、ほとんどのやり取りを飄々と受け流して腹の内の読めない宇賀野と、発言は簡潔だが多くを語ろうとしない天城。このやや癖のあるやり取りには、不定期ながらも惑わされることが多い。


だがそれはこの2人の常套手段だ。焦っていらぬ言葉を紡げば不要な言質を与えるし、態度を悪くすれば、いつの間にか礼儀知らずという小咄がこの一帯数㎞の範囲に広がり仕事がやり難くなる。あらゆる策略を巡らせて濡れ手に粟を確実に実行する恐ろしい人達だ。


中田は10年近くの付き合いとなり、その術中をある程度把握している。

よって、ここでの一手はとりあえず黙ることだった。しかし、2人からは視線を外さない。

ほんの少しだけの間をおいて、宇賀野が再びお茶を啜る。そして湯呑をテーブルにことりと静かに置くと、組手を作りながら理由を語りだしてくれた。


「…見てみたいんですよ。彼らの”本性”を。」

「本性?」

「ええ。素直に考えてみると、彼らは色々と”規格外”なんです。」

「…つまり、あえて”嫌がらせ”をして、彼らの出方を見たいということですか。」

「そうですね。どのような搦手を使うのか、非常に興味があります。」


宇賀野はその理由を滾々と話す。今から6年前に世界を騒がせた”新理論”と”実用化技術”の発表を行った”彼ら”は、世界中から支持者と支援者を獲得して最高のコネと財力を持った科学者集団となった。

だが、その運営は並大抵の難しさではなかっただろう。なにせ人は欲に溺れる性質を持つ。権力を手にすればその使い方のみを日夜考えるようになり、財力を手にすれば海千山千の有象無象なハイエナが走り寄り、最初に持っていたものさえも奪い取っていく。

特に、ある日突然スターダムにのし上がってしまった者ほど破滅の道をひた走りやすい。久慈屋たちはその凡例となる可能性が高かったのだ。

にも拘らず、彼らは自分たちの技術を洗練させることだけに力を注ぎ、支援者からの申し出には迅速に対応し、世界中に広がる自身の組織をうまくまとめ上げていた。

破滅していく成功者を幾多も見てきた宇賀野は、彼らがなぜ大きな破綻を起こさずに今までやってこれたのかを知りたがっていた。そのための”試練”ということだ。


中田はその話を黙して聞くだけだった。飄々とした語りは相変わらずだが、内容には一片の狂いもなく、粗も見当たらない。それに、自身でも宇賀野が示した疑問の答えを知りたかったのだ。

さらに、天城が自身の興味の対象を付け加える。彼女はもう少し”上”の存在が知りたいようだ。


「…私としては、彼らの”胴元”こそ見てみたいですね。」

「…次世代研究財団…いえ、”ローゼンハイム”ですか…」

「はい。欧州の魔族。興味ありませんか?」


先ほどの久慈屋たちの成功談。その立役者は、エリーゼ・ローゼンハイムとみられている。

久慈屋やジルと会話した宇賀野に天城、そして中田は、彼らが科学分野では天才ではあることを理解していたが、実務的な部分ではほんの少しだけ疑問を抱いていた。しかし、その理由はある程度分かっていた。彼らには能力はあるが”経験”が見合っていない。恐らく、研究に集中できるために、煩わしい調整などは触れてこなかったのだろう。


だがあの規模の組織でそれができるのか?かなり困難であるが、敏腕な人材がいれば行けるはず。そうすると、有力候補に挙がるのがエリーゼだった。

歴史はあるが資産家としては資産も多くなく、表舞台に出ることも少ないために至極地味といわれるローゼンハイム家。その現当主の長女が、歴史上でも、同家の家族史上でも最も表舞台に出てきているというのは、政財界の人間からすると非常に興味の湧く状況だった。

欧米の歴史にも造詣が深い宇賀野と天城も例外ではない。

彼らを突き続ければ必ず彼女が出てくる。そう踏んでいた。


「牟田氏にしろ、研究所にしろ、財団にしろ…一体何が出てくるのか。面白そうでしょう?」

「それに、我々はそれらと今後長らく付き合っていかなければなりません。」

「そう。今がいい時期なんですよ。」


宇賀野と天城はいい笑みを浮かべながら、中田に滾々とその有用性を説く。

一理あるとは思う中田だが、その笑みに獰猛な雰囲気を感じ取らずにはいられなかった。



13時25分 総理官邸5F 総理応接室

予期せぬ再開を果たした久慈屋たち。ぎこちない挨拶を終えると応接室内へと通された。

だが雰囲気は最悪だ。久慈屋は仏頂面で口に手を当てて、牟田の顔を見ないようにするために、壁と天井の間をにらみ続ける。ジルも彼の顔を見たくないのか、自身のスマホを取り出して弄り続けていた。あまりの露骨さに、部屋の片隅に控える秘書官も表情がこわばる。一方で、薫子は身動き一つせず、いつもの朗らかな笑みを携えたまま静かに待っていた。ただし、彼女も牟田の存在を視界に入れていない。


牟田も黙して待っているのは同じなのだが、一つ一つの動作があまりにも煩い。鼻を啜る、口をもごもごと動かす、机を挟んで対面にいる久慈屋たちにも聞こえるほど激しい鼻呼吸。時計を見たかと思うと貧乏ゆすりをはじめ、無駄にでかい体全体を小刻みに揺らす。

彼を視界に入れないように努めている久慈屋たちだが、ふとした視線移動では致し方なくそれが目に付く。まるで視界の端でちらつく蚊のようだ。


そんな謎の攻防戦をお互いが知らないうちに繰り広げていると、不意の事故のように牟田と視線が合うこともある。しかも、その対象が久慈屋だと、周りは嫌な予感しかしない。

久慈屋は内心、自身の失敗に酷くイラつく。だが、牟田も久慈屋も視線を外そうとしない。末期は殴り合い寸前の口論を繰り広げたほどの因縁がある相手だ。先に視線を外せば因縁をつけられるか、負けを認めることになる。と、お互いに思っていた。


その空気を変えるためかどうかはさておき、最初に口火を切ったのは牟田だった。


「…いやに、静かだな。」

「…今話すこともありませんから。」


久慈屋としては何も問題にならない返答だった。事実であるからなおさらだ。だが、牟田はいらぬことに固執するタイプだ。それが気に掛かると、問題がなくても問題にしてしまう。

案の定、牟田は久慈屋に小言を言い始めた。


「君は…相変わらずだな。」

「どういうことでしょうか?」

「その態度だよ。人を見下し、遠ざける。”機械”ばっかり弄ってるから、人として全く成長していない。」


牟田は久慈屋へ小馬鹿にしたような表情を送りつつ、これ見よがしなお説教を行った。しかしこれは久慈屋の導火線に火をつけた。特に機械ばかり弄っているからという下りは、彼が10代だったころから、気に入らない人々が彼に批判を行うときの常套句だったからだ。

…ただし、見下しているのは否定しない。牟田に限りそれは事実だ。


気づけば、ジルはスマホを懐にしまい状況を観察し始めていた。面白そうなことを察知するといつもこうなる。一方で薫子は意外にも何も反応を示さなかった。

これはそれが無駄であることを理解しての行動だった。

そして、周囲の様子に久慈屋は気づいていない。予想通り、彼は牟田から売られた喧嘩を買うことに集中していた。


「…ご存知ですか?大した技能も持たない醜聞で失脚した政治家を、世界でもトップレベルの財力を持つ研究所の理事長にさせてあげたのですが…彼は自分の実力でその席を勝ち取ったと勘違いされているようです。」

「それは私のことか?」


牟田は身を乗り出し、低い声で久慈屋に問いかける。正に凄んでいるような雰囲気だ。彼のこの町でのコネの広さからすると十分な脅しなのだろうが、そんなものとは無縁な久慈屋には全く通用していない。久慈屋には、70近い図体と顔だけがでかい厄介なご老人が駄々をこねているだけにしか見えなかった。

久慈屋は突然足を組んで背もたれに身を放り出して手を広げる。やけに芝居がかった仕草をするときの彼は、相当に”キている”。

彼は牟田の質問に対し、最大限の皮肉として否定にならない返答をした。


「いいえ。”ご存知ですか?”と伺ったのですから、そのような他意はないはずですが…ああ、もしや自覚がおあ」

「いい加減にせんか!!機械を弄るしか能のない無能が!!」


ふざけた態度に発言内容。古いタイプの牟田が激高しないはずがなかった。

彼は勢いよく立ち上がると久慈屋に勢いよく指を指して怒号を飛ばす。その瞬間、久慈屋と牟田の間にある机には彼の唾液が飛び散った。久慈屋は自身まで飛ばなくてよかったと思いつつ、彼をさらに煽り始める。


「…この腐った町で30年近く生き抜いてきた経験を見込んだが、あなたがされたことといえば数十万するオフィスチェアにふんぞり返り、思い出したかのように研究所に役に立たない人材を送り込んでくるだけでしたね?あれでお仕事したつもりだったのでしょうか?」

「役に立たないとはなんだ!お前が使えなかっただけだろう!?」


彼が理事長だったころ、文教族としていろいろな人材を研究所にあてがってきた。最初は人不足もあって謝意を感じていたが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。そして、能力不足で契約を解除した三流学者が、研究所在籍を功績のように宣伝して、牟田の息のかかった民間企業に下っているのを確認したときに、それが経歴ロンダリングに使われていることが判明した。

久慈屋はその目的が判明するキッカケとなったある”自称エンジニア”を用例にだして、牟田をさらに攻撃した。


「高度な技能を要する場所に、タイピングもおぼつかない人が何ができると?…そういえば、そいつの名前は…信政だったかなぁ?」

「それは私の息子じゃないか!!」

「そうですか!ということは、無能なのは血筋ですかねぇ!?」

「貴様ぁ!?」


立場を利用した縁故採用。十分な職権乱用であり、終始振り回され続けた久慈屋には恨みつらみしかない。こうして、総理執務室などが集う官邸5階の一室で、見るに堪えない醜い言い争いが繰り広げられることとなった。


だが、タイミングがいいのか悪いのかわからないが、この場を確実に止められる立場の人間が入室してきたことにより、その醜態は終わりを告げた。


「騒がしいですよ。」


大きくはないがよく通る声。久慈屋や牟田がその方向を見ると、宇賀野たち会合の参加者一同が並んでいた。久慈屋はバツが悪そうに立ち上がり、短く謝罪を述べる。牟田はその図体からは意外なほどの素早さで宇賀野のもとへ駆け寄り、深々と頭を下げながら挨拶をした。


「…失礼いたしました。」

「そ、総理!ご無沙汰しております!」


ジルや薫子もいつの間にか起立をして、宇賀野たち政府閣僚一同を迎える。だが、先ほどまで久慈屋と牟田が激しい口論をしていたことにより、彼らの視線は非常に居心地の悪さを感じさせるものとなってしまっていた。

一番気にしていないように見えるのは、長たる宇賀野のみだ。


宇賀野が入り口から一番遠い、長机の短辺側の席に座る。それに続いて上座から天城や防衛大臣、外務大臣が続いた。

この応接室にある椅子は11で、参加人数に一つ足りない。そのせいか、中田副大臣は政府の中では一番肩書が下になるためどこからか用意された簡素なオフィスチェアーに座った。久慈屋たちは天城などの向かい側に座る。

牟田ももちろん来客なので久慈屋側の席になるのはずだが、政府側の席に座ろうとした久慈屋たちは思わず笑いを堪えた。中田から席を変わるように窘められた牟田は、不機嫌な表情を彼にぶつけながら席に腰を落ち着けた。

場が落ち着いたところで、宇賀野が淡々と話し始める。


「…さて、非常に盛り上がっていたところ申し訳ないですが、話を進めてもいいですね?」

「はい。我々は問題ありません。」

「わ、私もです!」


久慈屋たちが返答すると、それに被せるような声で牟田も返事をする。そこまで張り合わないといけないのかと、久慈屋たちは溜息をつきそうになっていた。

そんな雰囲気を察したのか、宇賀野は釘を刺してきた。醜態を見せる暇はない。


「最初に断っておきますが、”お互いに”過度な反応は慎むように。」


久慈屋は説明を開始するまでに出方を思案する。

ここは強気で行く場面だと、彼は決心を固めていた。


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