当然の招聘 ~正面玄関は3階になります~
12時46分 東京都千代田区霞ヶ関
「…お前のせいだぞ?」
「えぇ!?なんで!?」
「お前があんなこと言うからだ!”変な因果”が回ったんだ!」
「科学者が非科学的なこと言わないでよー!」
久慈屋は慌ただしくネクタイを締めながらジルに八つ当たりしていた。
ジルは言い返しつつも、自分がこの状況を呼び寄せたのではないかと思い、ほんの少しだけバツが悪そうだ。
なにせ、霞が関料金所を出てすぐの財務省上交差点で赤信号にて停車すると、そのすぐ横に黒塗りのワンボックスが横付けした。この一帯ではあまりにもありふれた車種のため誰も気に留めなかったが、その車からチカチカと何かが光った。滅多に着けないネクタイに苦闘していた久慈屋が、その不思議な様子にふと顔を向けると、その光源がより一層強く解き放たれた。
そこで、彼らはそれが”報道関係者”で、その光が”フラッシュ”であることをやっと認識した。
一瞬理解が遅れたために全員が腑抜けた表情を取られた後、久慈屋たちが乗る車のカーテンが乱暴に閉められた。程なくして信号が変わり、法規に則った範疇で最大の初速で車が動き出した。もちろん振り切るためだ。
だが、天が彼らを見放したのか、今度は内閣府下交差点で再び信号に捕まる。
そして久慈屋の八つ当たりに行き着くというのが、この数分間の出来事だった。
つい先程の展開に、久慈屋やジルはどこか落ち着きを欠いた様子だったが、薫子はすぐに平静を取り戻し、淡々と状況を分析した。久慈屋もそれに倣い、なにが起きたのかを彼女に確認する。
「…しかし、官邸に付く前に報道が来るとは思いませんでしたね。」
「…ルコさん、これさぁ…」
「ええ、多分”リーク”ですね。それも結構大々的です。」
情報漏洩。これは実のところ、大体が”意図的に”情報を流していることによって発生する。
それは様々だ。例えば、国が何かの施策を打ち出そうという時に、世間の反応を見るためにわざと情報を漏らす。これも大まかなくくりではリークの1種だ。報道では”政府高官の話”とか、”首相筋”とかという情報源が最初に記載されていることが多いだろう。誰が漏らしたのかまでは載せず、組織として情報を流すことで、”様々な情報”が得られるのだ。
一方で、予期しないリークというのもある。これは、その情報を漏らした人物が属する”組織”の意思が介在しているかどうかの違いになる。予期しないリークは正義感だったり、敵対心だったり、果ては自身の有能さをアピールしたいがための自慢だったりと、その理由は様々だ。
さて、久慈屋たちの訪問に関してのリークはどうだろうか?
政府はわざわざ彼らが訪問するタイミングで報道各社を遠ざける行動をした。しかし、今や彼らの後ろには数台の車や単車が連なっている。官邸周辺での過度な取材は注意を受ける可能性もあるが、そんなリスクは一切考えていないようだ。流石に官邸が目前に迫ると距離を取り始めたが。
久慈屋たちはこの状況について考察を巡らせる。リークに過剰な取材攻勢、少し加熱しているのは否めない。
ここに至る経緯というもので、何か見落としてないものがないかを確認したかった。
「…もう一つ、考慮するべきことを忘れてた…かな。」
「そうですね…最近、”情報”がでなくなりましたからねぇ…」
「えー、じゃあ私達まんまと表に引きずり出されたようなもんじゃん。」
「…そうしたかった誰かがいるんだろうな。」
「誰でしょうね。」
久慈屋たちの車両は官邸へと入る。これが序章に過ぎないことは、誰の目にも明らかだ。
12時52分 東京都千代田区永田町 内閣総理大臣官邸3F 正面玄関
「えっ、なんで?」
「…ここまで統制が取れてないのは異常ですね…」
久慈屋たちは予想を超える惨状に、思わず顔をひきつらせた。
この官邸正面玄関には、報道各社の記者が常に詰めているのは有名な話だ。しかし、ここでは無秩序に取材をすることは良しとされていない。国や海外の重要人物も通過する場所ではとんでもない非礼となる可能性もあるからだ。報道陣も一部のフリーを除けば大体が会社員のため、雇用主や政府を怒らせるようなことはしたくないのが普通と言える。
だが、今の状況にはそんな配慮は存在していなかった。
コンマ秒以下の間隔で瞬くフラッシュ。怒号のような声。しかも驚くことに、規制線や取材エリアがまともに設定されていないような状況だったため、彼らはすぐさま久慈屋たちを取り囲んだ。
久慈屋やジルに薫子は、人混みを押しのけるように進もうとする。そんな彼らにはあらゆる”質問”が浴びせられた。
「久慈屋さん!本日はどんな要件で官邸に!」
「事故の謝罪でしょうか!?影響各所に対する保証ですか!?」
「特異物群の情報は無いんですか!!」
「事故の賠償額は1兆円以上と言われていますが、研究所で補填するんですか!?」
7割が事故、3割が特異物群といった感じだ。だが、今ここでわざわざ答えるような内容でもなく、想定問答も作っていないのでうかつに答えることもできない。久慈屋たちは黙って速やかにその場を離れることが得策だと考えた。だが報道陣もあとに引かない。頑なに沈黙を守る久慈屋たちに、その質問は感情的な内容へと変容していった。
「事故に対する謝罪はないんですか!?」
「社会にこれだけの混乱を起こして無言はないでしょう!!」
「ちょっと無責任じゃないですか!?」
徐々に久慈屋の苛つきが溜まり始めた。責任があることはわかりきっているが、今ここで何を述べても彼らは攻撃してくることが分かりきっている。土下座でもすればいいのかと思うが、どうせワイドショーで笑いの種にされるのがオチだろう。
彼らは市民の代弁者面をした正義の味方と思い込んでいる哀れな人種。
元々報道嫌いな久慈屋は、ドス黒い感情が徐々に顔に出てきていた。
状況は更にエスカレートし、久慈屋たちの進行方向にはツバを撒き散らしながら質問という名の暴言を撒き散らす害獣のような彼らが立ちふさがる。しかも、久慈屋たちが前に進むのを妨害するためか、彼らはジルの体を乱暴に押しのけた。不意の動作に思わず彼女は後ろに下がり、久慈屋に軽く当たった。
久慈屋は流石に我慢の限界だと青筋を立てながら彼らを睨みつける。普段はジルの軟派な態度に憤っていることが多いが、親友を乱暴に扱われるのは腹に据えかねた。薫子は気持ちを理解しつつも、久慈屋の肩に手をおいて自重を促すが、すでに彼は目の前の輩共を怒鳴りつける体制に入った。
醜悪な口喧嘩の火蓋が切って落とされようとしていた、その時だった。やっと助け舟が入った。
玄関の奥からスーツ姿でやや小柄の筋肉質な中年男性が飛び出してきて叫んだ。
「下がってください!ここでの取材は禁止されています!!でなければ取材資格を剥奪します!!」
久慈屋たちの前に飛び出してきた男性は、取材陣の前に立ちふさがる。そして彼らの中でもとりわけ”熱り立っていた”グループを中心に怒号を飛ばし始めた。取材陣も強硬な態度に反発するが、男性のあとに出てきた官邸の警備員や詰めているSPが出てくると、形勢不利と見て渋々矛を収めていった。
この合間に、久慈屋は少しだけ頭を冷やすことができた。そして自身の肩に手が置かれていることに初めて気づく。彼はその手の主である薫子の顔を一瞥すると、やれやれと言った表情で溜息を付いた。
程なくして、男性の誘導により玄関から脱出することができた。男性は名前を半部と名乗った。薫子はすぐさま彼が首相秘書官であると気づき挨拶をする。どうやら、彼が久慈屋たちを出迎えるために用意された”お留守番”のようだ。
一同がエレベーターホールに入ったところで、久慈屋が先程までの滾りを捨てるように言った。
それに半部が恐縮した表情で詫びを入れる。それは情報漏えいに対してではあったが、久慈屋の憤りはそこではなかった。そして、それは薫子やジルでさえも同じだった。
「本当に何なんだ…」
「申し訳ありません。昼前になって突然情報がリークされたようで…」
「…問題はリークではありません。あの”騒ぎ”です。」
他領訪問完了後、それまでに比べると特異物群に関する情報量は減少の一途だ。現在は隠しても出る情報と出しても問題ない情報が尽きた状況だからだ。今回久慈屋たちがここに呼ばれた理由の情報は、現時点では決して表に出せないものばかりだし、新たなネタになるであろう特異物群に対する直接の取材は固く禁じられている。
ハイエナが口を開けていたら肉が入ってきたような時間が終わった今、重要人物の招聘はスクープになり得る情報へと変わった。それを踏まえると、多少の騒ぎはまだ理解できる。
だが、今の状況は不可解なことがあった。それは主に2つ。
まず”情報源”だ。この情報を手に入れられる位置にいる人間が、騒動が起こることを予見できないはずもない。さらに、政府は情報を漏らさないようにしていた。つまり、政府と敵対している、あるいはそうなってもいいと考えている者が情報源である。さらに、騒動と言っても最低限の秩序はある。先程の様相はそれもない。よって、焚き付けていることは明白だ。
久慈屋たちの憤りを隠さない雰囲気に、半部は恐縮しきりだった。
そこで、ジルは素朴な疑問を彼にぶつける。だが、その返答は中々に重かった。
「…返す言葉もございません。我々の責任です。」
「ねぇ…えーと、秘書官さん?」
「はい?」
「誰が騒がせたいのかわかる?」
「…我々は、”ここ”ではどちらかといえば嫌われているので…」
「あらー、それは大変。」
「…だから来たくなかったんだ。ここに。」
ジルは諦めたような乾いた笑いを顔に浮かべて、心のない感想を述べる。久慈屋は正直な心境を吐露した。
現政府は、新旧勢力の連立政権である。この性格上、それぞれの利権争いが後を絶たない。事故発生後の対応でもその様相はひしひしと感じていたし、若干迷惑も被っていた。だが、このような”直接的”な嫌がらせは初めてだ。日常的にそれを往なしている半部を始めとした政権スタッフはの心労は計り知れない。
久慈屋の吐露のあと、少しの沈黙を経て、彼が空気を変えるように言った。
とりあえずは、目先の課題をこなすことに集中しようという判断からだ。
「秘書官、本題に入りましょう。会合の流れは?」
「応接室で行います。参加者は8名です。」
「…多いね?」
「総理、長官、副長官に危機管理監…あとは防衛相、外務相、中田副大臣…」
「あと一人は?」
セオリー通りとも言える参加者の確認。最初は総理レク、つまり総理とその周辺だけを相手にしたものと思われたが、事が事なだけに人が増えたようだ。だが、一つ気がかりなのは最後の一人が誰なのか、半部が言い淀んでいることだ。久慈屋たちの訝しむ視線に、彼は観念したように言った。
「…わかりません。」
「へ?」
「有識者を招聘するらしいです。現在選考を行っています。」
半部は額に少しだけ汗を滲ませて答える。その内容ははっきり言って受け入れられるものではなかった。久慈屋は彼に嫌悪を隠さない視線を送ったあと、低い声でつぶやいた。それに薫子でさえも同調する。
「…気に入りませんね。」
「同感です。」
「…勘弁してください。我々も少し困惑してるんです。」
恐縮仕切る半部だが、久慈屋たちの憤りは本物だ。久慈屋はその煮え切らない態度に、彼の顔をまっすぐと見据え、腰に手を当てて威圧するように言い放った。背後では、隙間から久慈屋たちの姿を少しでも捉えようと報道陣のフラッシュが未だに瞬いていた。
「いいですか?今回の経緯は我々に落ち度があります。ですが扱う情報は高度に政治的で、世界的な影響のある機密情報です。しかし、場所が機密が担保されるか怪しい応接室で、開始まで30分を切った会合の参加者が固まっていないというのはおざなりすぎやしませんか?」
「…久慈屋さん、それは私が言いますよ?」
「…これは失礼。」
「まあ、私も同じ意見ですが。」
薫子は久慈屋に自分の役目であることを添えつつも、彼の意見に賛同を示した。そもそも、内容をトップが目にしたからこその招聘であり、その重大性は認識しているはずなのだ。にもかかわらず、直前にどこの馬の骨かもわからない輩をその場に入れ込もうとするのは、意識が低いと断罪せざるを得ない。
半部とて”プロ”ではあるからか、その問題性を理解していた。だが、彼には何も変えられない状況があるらしい。
「…申し訳ありません。私には現時点では何も言えません。」
「ええ、わかってます。」
半部の険しい表情を抱えた苦しい発言に、薫子が一定の理解を示したことを返す。だが、雰囲気は違う。彼らは誰が待ち構えているのか検討もつかず、不安と憤りだけが募っていた。
ジルはいつもの軽い雰囲気で首を捻る。ただし、目は真面目に思考を巡らせていることを物語っていた。
「…誰が来るのかなぁ?」
「有識者…本来であれば、その手の研究者とか専門家だが…」
「”この問題”にそんなものいませんね。むしろ…」
「”私達”がそれよねぇ。」
3人の短い問答では、答えは出なかった。なにせ、特異物群への実地対応は日本で久慈屋たちが殆どを行っている。否応にも経験も情報も現時点で自分たちが一番保持していると自負しているため、”有識者”なんてものは順当に行けば身内しか居ないはずだ。
半部はその会話を耳にはさみつつ、エレベータを呼ぶようにスタッフに指示を出す。少ししてエレベーターが到着すると、半部と彼の部下と思われるスタッフが素早く乗り込んで5階のボタンを押した。
久慈屋たちがあとに続いて乗り込むと、エレベーターの扉はすぐに閉じられ、ゆっくりと上昇を始める。正真正銘、誰もが疑う余地もない日本の中枢とあって、それなりに広く清潔感がある”鉄の箱”。
しかし、久慈屋たちの表情は固い。このあとの展開を見据えることが全くできなかったからだ。
「…さて、このエレベーターを降りたら…」
「…何が出てくるか?」
5階に着いたことを示すランプが着いてすぐ、その扉が開かれた。
13時04分 総理官邸5F 廊下
エレベーターを降りた久慈屋たちは、半部のあとを付いていく。狭くも広くもない廊下だが、行き交う人物はかなり多いために狭く感じる。この数ヶ月、世界を巻き込んだ異常事態に右往左往しているのは、どこも同じだった。半部の歩みが少し早くなる。どうやら、先行して到着した参加者が居たようだ。久慈屋たちが出会わなかったところ見ると、”別の入口”から入ってきたらしい。この時点で嫌な予感しかしない。
その人物は、遠目にも分かるほどの恰幅のいい肥満体だった。体を左右に大きく揺らしながら歩くその姿は、無駄に威圧感にあふれている。そして、久慈屋たちはそのシルエットと動きに見覚えがあった。
彼らがその正体に気づいたとき、思わず言葉が漏れてしまう。
「…冗談だろ?」
「…見たくない顔がいるねぇ…」
「ええ、全く。」
全員が良い感想を口にしない。それは過去が関係している。
かつて研究所を立ち上げる際に、日本国内の政治的コネクションを利用したいがために”理事長”にある人物を充てがった。しかし、私利私欲にまみれた行動の挙げ句、久慈屋を始めとした研究所主要人物と激しく衝突。権力争いが勃発した。
しかし、相手は40年以上永田町で生き長らえてきた屍のような相手だ。その手の争いはお手の物で、久慈屋は政争に負けた。そして研究所を追われようとしているとき、あの事故が起きた。そこで、その”前理事長”は、全ての責任を久慈屋のみに押し付けて職責を投げ出した。
つまり、久慈屋を始めとした現研究所のまごうことなき敵と言えるのが、牟田政也。眼前にいるその人だ。
彼は久慈屋たちの姿を一瞥すると、憎たらしい脂ぎった仏頂面で睨みつけながら、粗末な挨拶をしてきた。
「久しぶりだな、君たち。」




