ただの部屋 ~危険な福音~
21時20分
「…つまりあれか?彼らは”自然の理”から外れている?」
「我々の自然を是とするなら。」
「…魔法も、獣人も、人でさえも…」
「ええ。作られているとしか、思えないと。」
アダム、グラハム、中田。それぞれが複雑で、険しい表情を浮かべる。確認の口調も重々しく、言葉少なだ。久慈屋はそれに努めて淡々と対応するが、その気持ちは痛いほどよくわかった。
彼らと友好的な関係を築けたことにより、あらゆる情報を得るために必要な要素を日本は集めることができた。”検体”もその一つだ。唾液、毛髪、垢、そして髄液。調査や医療支援で集められたそれらは、研究所の設備や関係施設で入念に解析された。
結果、彼らの遺伝情報はこちらの常識では考えにくい構造を持ち、さらに役割が一切不明の謎の細胞まで発見された。後にこの細胞は、王都近縁の日本側医療支援拠点で魔法が発動された際に、同拠点内にある検体の細胞が一斉に活性化したことから”魔法に用いる細胞”であることが判明した。
さらに検証を続けた結果、獣人は人らしき生物を”基にして”各種族の要素を組み込まれており、魔法に用いる細胞を形作る因子でさえも、まるで”ねじ込まれた”ような様相であることが解った。
常識外れの事実の羅列に半ば恐慌状態になりつつあった医学・生物学チームは、なんとか平静を保ちながら多角的な視野に基づいた一番有力な仮説を提唱した。それが…
「…彼らは、キマイラ。」
「まるで神の御業だな…いや、悪魔の所業か?」
「科学者からするとどちらも大差ないぞ。」
グラハムのつぶやきに続くアダムの皮肉めいたセリフに、久慈屋は冗談を返す。
何らかの手段で、元来からいる生命に機能や他生物の要素を後付けする。
学術的にも、概念的にも正真正銘のキメラであるという説。
だが、これにはあらゆる問題を含んでいる。もし人工的なら、何が彼らを作ったのか?その手段を用いることができる技術力はどこにあるのか?そしてそのすべてを用いることができる存在は、我々の人智の範疇に収まる存在なのか?
一つの事実が判明すると十の謎が増えるという状態には、各々が苦い表情を浮かべるしかない。わからないということは、このような状況では相応な恐怖心を煽るものだった。
だが、久慈屋が言いたいことはそこではない。それに気づいたのは、この数時間で5歳ほど加齢した顔をしているアダムだった。
「…あっ!そういうことか!…」
「どうした?若いの。」
「…クジヤ。これは脅威と福音、両方の要素を兼ね備えているということだな?」
「…気づいたか。」
魔法や獣人の要素は、遺伝子に組み込まれている。であれば、種として交わることで”受け継がれる可能性がある”。これは、思ってもみないような形でのブレイクスルーが、この世界に起きることを意味していた。
「そうか…”魔法”という術を、我々の世界で取り入れられる可能性が出てくるのか…」
「もちろん、人道的観点を捨てることは言語道断です。しかし、可能性を考えると”彼ら”を見る目がさらに変わるでしょう?」
魔法を受け継ぐ、狼の嗅覚や聴覚を受け継ぐ、猫の脚力を受け継ぐ…そういった人類が、彼らと交流すればその可能性が高くなる。もし受け継がなかったとしても、情報があるというだけで取り込めるかもしれない。
であれば、その彼らを”有する”国家や地域が優勢となる。
「…なあ、これ”異世界人”の保有数で国力が変動する時代が…」
「有力な未来予想図だな。」
「…長生きはしてみるもんだ。」
「ただ、どんな形にせよ動くなら急いだほうがいいですね。なにせ”優位”は今だけですから。」
「…ん?どういう意味だ?」
「若いの。”彼ら”が現れたのは、”我々の土地”だけではないぞ?」
「…あー、レッドチームか…」
アダムやグラハムは、その未来をかなり具体的にイメージできた。国家運営に携わる彼らには、その程度の大局観は当たり前のように備わっていた。
しかし懸念もある。ユーラシア大陸の西はフランスから東は中国ロシアまで。広範囲に彼らは現れている。これらの情報は、彼らと関わりを深く持てば、そのうち分かることだ。
利用価値に気づいた国が、味方で居続けられる可能性があるだろうか?そもそも利害の一致しない国だったら?
国家に友人は無し。国という組織の性格を考えると、利益の確保に走るだろう。
この状況には、アダムもグラハムも行動を急ぐ必要があると考えていた。
「と、とりあえずだ。これは一分一秒でも早く報告を上げなければならない。」
「同感だ。我が国でも提案の是非を含め至急検討を行いたい。」
二人の発言に久慈屋は頷いた。
ハイリスクハイリターンではあるが、今世界を騒がせるこの事態から距離を置くのは得策とは言えない。
アダムは逸る気持ちをなんとか抑えようとするギラついた視線を久慈屋に向けながら、冊子を片手で持ち上げて言った。
「クジヤ、この冊子を持ち出させてくれないか?」
「できません。隠し通す気はありませんが、無秩序な漏洩は絶対に避けたいので。」
しかし、久慈屋も引かない。
情報管理の観点から、誰もが目を通せる書面で渡すというのは言語道断だ。それも3名分。
何の対策もされていない情報源を3つも外に出すというのは、情報を漏らそうとしているに等しい。
情報を漏洩させない原則は、”持たない、知らない、触らない”。これに尽きる。
それが叶わないのなら、この原則に即した状況をできうる限り作る必要があるのだ。
アダムは物言いたげに久慈屋を見るが、彼も情報管理には苦労しているのでそれ以上は言葉を発しなかった。だが、老練なグラハムは違った。
「…のう坊主。その”無秩序な漏洩”にあたらない条件はなんだ?」
「…”決断ができる人物”に伝え、体制構築を開始するまで…ですかね。」
「ということは、我々が報告するときは情報を出せる何かをくれるということだな?」
久慈屋がグラハムへ条件を伝えると、彼は久慈屋の手はずを正確に理解した。
少し口角を上げてニヤついた表情を浮かべながら久慈屋はポケットに手を突っ込むと、あるものを3つ、机の上に出した。それはUSBメモリだった。データのやり取りにハードウェアが使われることが少なくなった昨今では、あまり見られない代物だ。それが、この記憶媒体の使用が全盛期を迎えていた頃と比べても大きくゴツい風貌をしているのだから、なおのこと不気味さを覚えさせる。
久慈屋は一言二言だけ発すると、USBメモリに軽く触れ、机から落ちてしまわない程度の力でそれぞれのもとに滑らせるように投げた。
「こちらをどうぞ。」
「…これは?」
「”うちの”お手製暗号化機能付きUSBメモリですよ。このほうが便利でしょ?」
「あ、ああ。助かる。」
「感謝する。」
アダム、グラハム、そして中田はUSBメモリを手に取ると素早くそれぞれの懐やポケットにしまった。
それを確認した久慈屋は、USBメモリの使用法を説明する。
「後ほど連絡先を教えてください。この内容を確認する段階で連絡すれば、解除暗号を教えます。」
「わかった。」
「ああ、それと。申し訳ないですが、”予期せぬ場所”でアクセスが有った場合は、”端末もろとも”破壊しますので。」
「…その”予期せぬ場所”であることはどうやって判断する?」
「どこでお話するか、今決めてください。」
久慈屋の”警告”に一瞬全員が止まる。彼は真面目な表情で彼らを見続けるため、それが事実であることを認識して各々が来るべき場所を知らせ始めた。
おおむね全員、政府機関中枢のある場所だ。久慈屋は辺鄙な場所を言い出す人がいるかと思ったが、そんなことはなく少しがっかりしていた。
全員が必要なことを伝え終わると、部屋に沈黙が漂う。
この会の主催である久慈屋も、すでに話すことはない。
招かれた3人も問いただすことはない。それを確認すると、久慈屋は締めの言葉を述べた。
「では、最後に。この部屋で知ったことは、然るべきときまで”なかったことに”。」
全員が頷き席を立つ。
この会合が、今後長きにわたる特異物群との関係で初めての国際協調となった。
しかし、その存在を知るものは公に存在しない。なにせ、”なかったこと”なのだから。




