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ただの部屋 ~利益と内憂~

「ふむ…悪くない提案だな。」

「ええ。入出国や滞在の取扱に関しての調整が難しいですが…」

「それを踏まえても、英国にはまあまあな利益がある。」


神経質な老紳士グラハムは、冊子を手にしながら言葉少なに語る。彼にされた提案とは、先の”執政官”の処遇だった。秘密裏に他国である英国に送ることで、王国が反逆者を追放したという自治的な行動と、日本が特異物群の人物を人道的に扱ったという”ポーズ”を両立する奇策だ。ジルの発案である突拍子もないこの策は、当初は関係各所から非難轟々に近い反応を返されたが、政府上層部は光明を見出してしまったらしい。”鶴の一声”によりあれよあれよと関係各所が集まって極秘作業部会が立ち上がり、叩き台となる草案が出来上がり、その対象国の優秀な外交官に反応を聞けるまでになっていた。


グラハムの反応はまずまずだろう。元々の気難しい表情が崩れることはないが、受け入れる可能性が無いものであればすでに一刀両断されているはずだ。今現時点ではそういった素振りも見せない。

それどころか、彼は提案の裏を問いただしてきた。相当に興味があるようだ。


「…しかしだ。日本の利益が読めない。」

「と、言いますと?」

「普通に受け入れるのであれば、大陸欧州でも構わんだろう。むしろ、この研究所はそちらのパイプのほうが太いと思うのだが?」

「流石に鋭いですね。」


グラハムの言うとおりだ。今日本政府はJHELに王国の調査を全て委託している。そのJHELの運営元である次世代研究財団は、本部がドイツにある。そこの大ボスである総理事長は、欧州でもかなり歴史ある名家であり、そこら中にコネがある。英国とのコネも無いわけではないが、お膝元のドイツを中心に話を進めたほうが筋が通るというのは、事情を知る部外者からすると当然なロジックだ。


もちろん久慈屋はその裏も表も理解している。そして、グラハムも同じだ。これはわからないのではなく、”どこまでツッコんでいいのか?”という確認なのだ。

この先は、その道筋を決めた大本である日本政府の人間が説明を行う。

中田は軽く手を上げて、グラハムに発言の是非を乞う。老紳士が鋭い目つきで彼に頷きを送ると、中田はハキハキと説明を始めた。


「それは私からご説明します。現在日本政府は、将来的な国際協調枠組みの構築を模索しています。そこで、英国には協力をお願いしたいのです。」

「…具体的には?」

「特異物群が出現した国家と、その隣接国という区分です。」

「…なるほど。我々には周辺国の取りまとめをしてほしいと。」


発案や実行は日本政府が行う。政府間での協議なのだから、それが一番だ。だが、話のスケールはかなり先を見据え、さらに広大だ。これはJHELや財団の意向だ。将来的には国際機関のようなものが立ち上がるかもしれない。

この手の集まりは大抵は、国際的な協調を標榜したただの利権取り合い組織であることが多い。つまり、”やらなきゃやられる”。

日本は、数奇な巡りあわせにより、一連の事象対応で現在世界最先端を走っている。今後もそれを保ち続けたいと考えていた。

その大局を切り抜けるために、その手の駆け引きで数百年のノウハウを持つ偉大なる英国を味方に引き込もうという算段だ。


久慈屋は、考えは悪くないがうまくいくのかは結構不安に思っていると思っているの頭の片隅に置いていた。その雰囲気に気付くのは、彼と長い付き合いとなったジルだけだ。その彼女が彼の微々たる表情に気付いてアイコンタクトをしてきたところを見ると、悪いようにはしないといいたいことが見て取れた。信用できないのはひとまず置いておこう。


グラハムは中田の説明に静かに聞き入る。ひとしきり説明が終わったあともしばらく沈黙が続いた。次に口を開いたとき、発せられたのはとりあえずは慎重な立場を説明したものだった。


「…しかし、これは多分に協議が必要だ。欧州各国との調整も必要になる。」

「その点はうちの総理事が手を貸しますよ。」

「ふむ…」


久慈屋はさらりとアシストする。ここで、久慈屋たちの研究所の運営母体が持つコネクションの活用を申し出ることで、相応な利益がグラハムとそのバックにいる英国政府にもあることを印象付ける。

しかし、グラハムはなおも慎重な態度を崩さなかった。だが、否定しない状態は続く。

まだ戸口は開いていると考えていいだろう。


「続きを聞いてから考えるとしよう。」

「…わかりました。では、次のページを開いてください。」


グラハムの言葉を理解した久慈屋は、すぐに了承する旨を示した。

さらにすかさず続きに入る。なにせ、その続きが一番の問題となるからだ。

特に、グラハムとの話の中では外野であることに努めて、眼鏡を拭いて待っていたアダムにとっては。


全員が冊子をめくる音がやむと、アダムの雰囲気がガラリと変わった。

その表情は驚きと恐怖に満ち、目を見開いて額には汗が滲んでいた。


次項の表題が視界に入り、脳の視覚野だかを介して言語野に達してその意味を理解し、交感神経だなんだを刺激して冷や汗という生理現象を催す。

わずか十数秒足らずで目に見える一連の変化を表したのだから、衝撃度合いが見て取れる。

ほんの少し裏返り気味の声で、アダムは久慈屋を睨みつけながら問いただした。


「…おい、ちょっと待て。」

「なにか?」

「なにかじゃないだろ!!なんだこの”大量破壊兵器規模の魔法存在の可能性”って!!」

「…それを今から説明するんだ。」



20時50分

「…現状、これらの提言は可能性ではあります。が、事象発生のメカニズムを解明する過程において、その存在はあるものと考慮するべきでしょう。」


ジルが手を広げて説明を終える。その表情はここでの自分の仕事は終わったといわんばかりに晴れたものだったが、主要国の官僚3人の表情は世界の終わりを提示されたかのように、悲壮感に満ちていた。


南方領主の証言により、王国や帝国などの異世界の国々がこちらの世界と融合してしまった”超次元的現象”を発生させるだけの”起爆剤”に、有力な説が加わった。

それは、JHEL爆発事故で発生したと推測される”対消滅”と同規模の膨大なエネルギーの放出が、”近い軸にある二つの世界”で同時に発生したために引き起こされたというものだ。発生確率は一般的な桁数では収まり切れない数値分の1ではあるが、現状では一番筋を通せる仮説となっている。


つまり、こちらで物理学や工学分野におけるブレイクスルーとなっていた久慈屋とジルたちの反物質技術と同等の何かが、”あちらの世界”にも存在しているということを示していた。その強大なエネルギー放出を行う技術を、米国に現れた帝国が持っている可能性があることも、こっそりと加えて。


説明の間、ネクタイをしきりに緩めたり、シャツの上のボタンをはずしたり、2リットル程度は入る水差しの水を飲み干したりと、様々な”焦燥”を表したアダム。その顔は現在、減量期真っただ中のボクサーのようにやつれていた。

が、タオルを投げることは許されない。彼には当事国の政府職員として、そして超大国の国民として、目をそむけたくなる現実と立ち向かう”義務”が生じてしまっているのだ。

久慈屋はそれを示すように、努めて表情を変えずに彼に問いかけた。


「アダム。というわけだが?」

「…誰か銃持ってない?ガバメントでもデリンジャーでもなんでもいい。頭を吹き飛ばしたい。」

「残念。この国は世界最高の銃規制国家だ。」


久慈屋はあえておどけた表情でアダムに答える。彼なりの勇気づけではあったが、こんな状況じゃなくてもその効果は期待できない発言内容に、アダムは怨嗟と悲哀に満ちた視線を送るだけしかできなかった。


一方で、グラハムは情報を集めることを主眼としたようだ。難しい表情をしながら、ジルにその”効果”を説明するように頼んだ。


「…なあ、ジル。君の計算が確かなら、北米で同規模の破壊が行われた場合の被害は?」

「ん~…運が良くて第二のバリンジャー。悪ければ人工イエローストーンかな?」


ジルの説明にアダムはとうとう頭を机に突っ伏してしまった。なにせ、それが炸裂したら最低でも直径30mの隕石が落ちるのと同等、下手したら地殻を吹き飛ばして新たな巨大火山を生成するなんて言われたら誰でも恐怖を抱く。

特に、米国は”自分たちの力が及ばない破壊兵器”が国内に存在したことはないため、その感情は否応にも粗ぶる。激しい感情の波は、人の精神力をクリティカルに削っていくのだ。


健康に悪い沈黙が、少しの間部屋に漂ったのち。アダムはゆっくりと顔をあげてつぶやく。


「…大統領に報告しないと。」

「そうだ。アダム、報告する人を可能な限り教えてくれないか?」

「…は?」

「情報管理の鉄則。知っている人間をリスト化する。」

「…整理する時間を…」

「すまん、それはない。わかるだろ?」

「…わかった。まず大統領だろ、それに…」


必死に絞り出したつぶやきに、久慈屋は冷淡とも取れる態度で、彼がとる行動の詳細を教えるように返した。ショックを受けるのは重々理解できるが、それを処理するだけの時間もないというのが現実だった。アダム自身もプロフェッショナルであるため、多少の憤りは感じつつも、久慈屋のその意思を理解した。そして、自分がDCに戻った時、この話を知るであろう人間をあげていった。大統領、首席補佐官、次席補佐官、国家安全保障担当補佐官、統合参謀本部議長、国務長官。これらが、現米政権で最初に情報を知ることになるだろう人間だとアダムは言った。

久慈屋はそれを確認するように聞き入る。大体予想通りだ。


「…あとは必要に応じてだな。副大統領に国防長官…機密文章の取り扱い権限を持つ人間は、こういう情報にアクセスできる。」

「ああ、わかってる。これは確認だからな。」


久慈屋の言葉に、アダムは深いため息をつく。わかっているのに急かしてまで言わされたことに少し呆れたからだ。っそいてこの行動は、同時にアダムが情報管理をできる人間かどうかを試したものでもある。それらを理解した彼は、軽い恨み言を久慈屋に言う。


「…まったく…あ、ちなみに俺は権限を”持ってない”ぞ。」

「…すぐ持つことになるだろ?」


思い出したかのように言ったアダムの確認。アダムは大統領の副補佐官という立場だ。大統領と話すことはできるが、関係する政策以外の情報には触れることもできない。

だが、久慈屋はまったく気にしていない。彼がこの情報をもって国へ帰れば、昇進が決定することは明白だったからだ。アダムもその可能性は十分理解していたが、久慈屋の言葉で改めて実感して天を仰いだ。

しかし、彼も仕事人。すぐに態度を変え、仕事の話を始める。相手は”同盟国の政治家”だ。


「…ナカタさん、戻り次第日米での政府間協議を提案します。」

「ええ。私も速やかに上申します。」


中田もそれに短く答える。ただ、今は踏み込んだ話はできない。二人は決定権を持つ人間ではないからだ。火急の状態であっても、現時点では地に足をつけた態度をとるあたり、有能さを理解させられる。


彼らのやり取りがひと段落したところで、低く年季の入った声が久慈屋にかけられた。

その内容は、彼が初めて明確に示した”拒絶”だ。


「…クジヤ博士。現状では、先程の提案を受け入れられない。」


グラハムは久慈屋を静かに見据える。たしかに、流れを考えれば無理もない。魔法というわけのわからない力を使役する人間。それだけでも恐ろしいのに、その技術をもとに大量破壊兵器を作り出せるかもしれない。拒否するのは当然だ。

だが、彼は”外交官”。政府という地球で最大の組織単位の一員だ。その使命は、国家の利益を守り育てること。つまり、この発言は”この欠点を補う利点を提示しろ”という要求だ。


久慈屋はしっかりとその意思を感じ取る。事前にレクチャーを受けていたおかげで、政治の独特な駆け引きは頭に入っている。さらに、今この場は久慈屋たちのプレゼンという側面もある。この流れというのは、彼が考えたショーでもあるのだ。

久慈屋はグラハムに、自身を持った表情で言った。


「そうなりますか…しかし、次の議題を見てから判断しても遅くないと思いますよ。」

「…なるほど。では、続けよう。」

「そうしましょう。皆様、次です。」


グラハムもそれを理解した。久慈屋はその言葉を合図に、次の議題へと進む。

各々が三度冊子をめくると、また表題の書かれたページが現れる。

しかし、今度は久慈屋とジル以外の全員が驚きに満ちた表情を浮かべた。


「では、最後の議題。”魔法の発動器官と目される因子の発見と、彼らの成り立ちについての考察”です。」


誰もが、こんなにも早く魔法の原理を掴み始めたなんて思いもしなかっただろう。

久慈屋とジルが2週間程前に抱いた考えだ。


プロット整理と続きの構成に手間取ったり、体調が乱高下したりでペース落ちます

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