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ただの部屋 〜嵐の前の歓談〜

20時25分 埼玉県秩父市 JHEL地階 ”部屋”

「殺風景な部屋だが安全は保証されている。ここでは何でも話せるぞ?」

「…そのようだな…」 

「ま、”シチュエーションルーム”みたいなものだ。」

「あっちのほうがよっぽどまともだよ。」


アダムは久慈屋により部屋へと招き入れられた。広さは10畳ほどで、廊下と同じく打ちっぱなしのコンクリートの壁に床。天井には一組の蛍光灯と空調用ダクトのみ。電子機器の類は一切設置されておらず、コンセントさえも壁にない。唯一文明を感じさせるのは、会議机と簡素なオフィスチェアー。それにコーヒーやお茶が入れられていると思われる保温ポットくらいだろう。


地下の奥深く、数多のセキュリティを抜けた最奥にあるこの部屋は、世界のエネルギー事情をガラリと変えてしまう技術の開発と研究をしていた彼らが、その成果を”守る”ために作った、”お話”をするための”ただの部屋”だ。

最初は趣味半分でこしらえた部屋だったが、その研究内容を少しでも知ろうとした世界中の”愉快な仕事人達”の活動を垣間見たことで、冗談抜きに実益も兼ねてしまった経緯がある。特に、産業スパイでさえも窃盗に毛が生えた程度の罪にしか問えないこの国では、機密を守るための自己防衛策は重要だった。


だが、事故によりその種の重要性も薄れたかに思われたこの部屋も、新たに担うことになった業務の数々が”あらゆる可能性”を秘めていたために、新体制でもそのしっかりとその役目を果たしていくことになったというわけだ。


”ただの部屋”の新装開店第一弾とも言える今回の会合は、初っ端から友好国の関係者を交えての高度なものとなった。

部屋には久慈屋の他にはジルと中田副大臣、それに一人の老紳士がいた。

アダムは老紳士の事をよく知っていたようだった。


「…さて、で。見知った顔がいるな?」

「お、知ってるんだ?」

「…”FCO”の生き字引だぞ?DCで知らないやつは新人か役立たずだ。」

「…なら、自己紹介は省いていいかな?」


久慈屋とアダムのこそこそ話を確実に聞き取った紳士は、皮肉たっぷりな言葉を発する。

彼とは久慈屋も今日が初対面だ。最初に抱いた印象は、”神経質と高慢が具現化して服着て歩いてる”だった。

数十分前の久慈屋との会話でも多分に皮肉と嫌味を浴びせられた。つまるところ、正真正銘の”英国人”である。

アダムは小さく咳払いをして姿勢をただし、老紳士に手を差し出した。仕切り直しだ。


「…失礼、私はアダム・サリンスキー。大統領政策顧問です。」

「グラハム・ウォートンだ。仕事は言わなくてもわかるだろう。」

「…何時日本に?」

「3日前にこっそりと。可愛い親戚の顔を見たくてね。」

「ご機嫌いかがかしら、アダム。」


グラハムという老紳士は、”外務・英連邦省”の役人だ。80年代後半から、激動の英国の外務を現場で支え続けた老練な官僚らしい。数年前に定年を迎えたものの、なおも”ゴタゴタしている”英国では、その経験がほしいと言わんばかりに特別顧問に就任しているという話だ。

その実力は本物で、米国政界でもその名は知られている。


そしてこちらも例に漏れずジルの親類だ。久慈屋は彼女がその気になれば本国で政府要人になるくらい容易いんじゃないかと思えてくることが何回もある。というより、すでにそれに近い地位にいる気がする。アダムに手をひらひらと振ってしたり顔で挨拶するその様も、ある意味では余裕の表れに見えてしまう。

アダムがグラハムの皮肉に若干押されていると、中田が彼に手を差し出した。


「…はじめまして、サリンスキー顧問。中田です。日本政府で一連の事象の対策本部長を務めています。」

「ああ、よろしく。ナカタ氏も申し訳ない。挨拶が遅くなってしまって…」

「いえ。お互い忙しい身ですから仕方ありません。」


なにげにアダムと中田副大臣も初対面だ。アダムは気難しい老人を相手にする必要がなくなり、ほんの少しだけ安心してそちらに意識を向けた。

こちらは平和に挨拶を続ける。初っ端から皮肉と嫌味で応戦してくる英国人よりは、妙に下手に出る日本人のほうが、最初は話しやすいと言ったところだろう。もっとも、それぞれに長所と短所はあるが。

挨拶も一段落し、全員が席についたところで久慈屋が手を広げて言った。


「…さて、和やかなご挨拶は十分でしょうか?」

「ああ。で、次はスコッチでも開けようか?」

「それは後ほど。では、準備しますね…ああ、皆様はそこからお茶でもどうぞ。」


グラハムのちょっとした茶々を躱して、久慈屋は自身の後ろに置いてある箱を取りに行く。

他の面々は席で黙して待ったり、久慈屋の言う通り飲み物を取りに行ったりと様々だ。

久慈屋が箱を机の上においたところで、若干落ち着きのないアダムが思い出したように彼に話しかけた。

彼は、先日の騒動に”米国政府”として一言物申したかったようだ。

久慈屋は箱の中身を確認しながら、背中越しに会話を続けた。


「あ、そうそう。クジヤに言いたいことがあったんだ。」

「ん?なんだ?」

「なんで”うち”に協力仰がなかったんだよ。」

「…ああ、東方領の件ね。日本政府の意向だよ。まあ、状況的には日本単独で対処可能だった。米軍様のお出ましになるような事態じゃないさ。」

「そうか?結構面倒だったんだぞ、あれ。」

「…特使様は大変だねぇ?」


アダム曰く、米国は公式非公式問わずに協力を申し出ていたという。だが、国の申し出というのは得てして言外の目的があるのが常である。時と場合によってはそれも踏まえて巻き込むのもありだが、現時点では日本のみで片付けるという政府の意向が強くあったらしい。もっとも、あの件では久慈屋は渦中に居たために、そのあたりの話はまた聞きでしか知らない。故に表面的な対応に終止してその場を終えることにした。


会話を終えた久慈屋が箱を机の上に置く。アダムは持ち前の察しの良さで、その身を引いてくれた。久慈屋はふと中田副大臣に視線を送る。彼はそれに短い謝意の表情を示した。政府の内情は相当に複雑なようだ。


久慈屋は机に置いた箱から冊子を取り出した。片手で持ち続けるには少し重い程度の、かなり重厚なものだった。


「はい、この書類を回してください。ああ、まだ開かないでください。段取りがあるので。」

「…意外と分厚いな?」

「ええ。一部学術資料も入っています。あ、この文章はこの部屋から出せません。」

「…どうして?」

「機密ですから。表に”シュレッダー”、ありましたよね?」


情報の持ち出しも抜かりはない。政府機関御用達の高性能シュレッダーを1台、部屋の外に常設している。この部屋で行われる”話し合い”では、使用されるドキュメントは全て紙ベースだ。今目にしている人間しか見ることができず、終了後に全員立ち会いのもと塵にする。極めてアナログな方法だが、一番確実な機密情報管理手段でもある。

久慈屋が配布した冊子が行き渡ったことを確認すると、改めて話し始める。


「では、今回の”協議”の概要を説明します。まずは友好国へのご提案、次に同盟国への”憂慮するべき事項”の通達。そして、”特異物群”に関しての重大な情報の3つです。」

「…実に興味深いな。実りある話になることを望むよ。」

「…私はもうすでに嫌な予感しかしないんですがね…」

「弱いな若造。政界で渡り歩くにはもうちょっと余裕を持つんだな。」


アダムは概略を聞いただけで表情を曇らせて弱音を吐く。久慈屋は日本政府から委託を受けている調査研究組織であり、その彼が”同盟国”と言うことは、日本のそれを指す。つまり、アダムの母国だ。それに対して”憂慮”なんて言葉をつけられたら溜まったもんじゃないというのが彼の本音だ。

一方で、グラハムはまだ悠然と構えている。アダムに対して発破をかける余裕もある。これは完全に経験と年の功だろう。アダムも30代半ばではあるが、英連邦外交の生き字引たるグラハムからするとひよっこ同然だ。

しかし久慈屋はその様子を尻目に話を続ける。今この部屋で、アダムの表情がこの先好転することはないこと、グラハムの余裕も崩れるだろうことを知っている数少ない人物だからだ。いちいち構っていられない。


「では1つ目。友好国へのご提案です。」


久慈屋の言葉と同時に、各々が冊子を開いた。

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