スタッフミーティング ~正しき密談~
18時44分 埼玉県秩父市 JHEL3F 所長室
「乗りました、そのお話。」
「…即決ですね。いいんですか?」
スタッフミーティングをなんとか完了させた久慈屋たちは、中田副大臣との定期打ち合わせでその顛末を説明した。政府の方針と対立するであろうその内容は、その中の人である彼には耳の痛いもので労と思っていたが、その反応は予想外で二つ返事で協力を申し出てきた。久慈屋は流石に驚いて、その真意を問う。
中田副大臣は、眉間にシワを寄せながら、重いため息混じりに語り始めた。
「実のところ、政府内部の権力闘争も激化しているんです。」
「…ほう?」
「…詳しくお聞かせ願えますか?副大臣。」
現政権は、それまでの保守政党が分裂して出来た新保守政党が、旧来の保守政党と連立を組むことで構成されている。ちょくちょくその因縁ある関係性が、今回の問題への対処にも厄介な”デバフ”として作用していたが、安定化への道筋が見えた瞬間にその本性を表し始めた。
”特異物群”への対処には、超大規模でそれも長期にわたる対応が必要だ。それは別の視点で言えば、”多大な予算を付けられる事業が延々と続けられる”とも取れる。
ここで問題になるのは”リスク”だ。これまでは詳細な情報が不足していた。この状態では、どんな泥水をひっかぶるかわからない。政を生業とする彼らは、火中の栗を拾おうという者は稀有な存在だ。よって、今までは新保守政党を中心に”押し付けられていた”状況だった。
しかし今は違う。目ざとい連中は、それを鋭敏に感じ取り、行動を開始したようだ。
「なるほど。失敗の公算が高ければ押し付けて、成功しそうとなればその利を全力で奪いに来る。まあ、業の深い人々ですね。」
「ええ、全くです。」
久慈屋がさらっと事情を理解してまとめる。それに付け加えた皮肉に、中田副大臣は苦い表情で応えつつ、久慈屋たちをしっかりと見据えて”自分たち”の立場を説明してくれた。
「ただ政府の意向としては、現状では久慈屋さんたちとあまり変わりがありません。」
「問題は、議員の方々の動きと…」
「はい。なにせ、今回の事象では、地方が主となっているので…」
「選挙への影響が大きい、と。」
中田副大臣たちの動きが制約されているのは、政治家という人種の生態に帰結する。しかもなんとも時機が悪く、1ヶ月と3週間後には参議院の通常選挙が控えている。
状況が好転する兆しを見せた結果、選挙は通常通りに行われる公算が高くなり、誰も彼もが揃って動くため、前述の事情が複雑化した。さらに、今回”特異物群”が出現したのは大体が地方になる。人も金もなにもない地方にとって、それらを一挙に手に入れられるその存在は、脅威から命綱へと変わろうとしていた。あらゆる社会問題の中にある日突然降って湧いた”特異物群”。選挙ポスターのスローガンを作るには、十二分な題材だ。
中田副大臣の話を、柔らかな雰囲気を保ちつつ黙して聞いていた薫子は、ふと手を上げて発言する。それは中谷対するお願いだった。中田はまだ薫子という人間を知らないが、彼は存外に人を見る目があるようで、彼女の”異能”を直感で感じ取ったようだ。
警戒心を保った表情で、その言葉を聞き取る。
「…副大臣。一つ、情報をお願いできますか?」
「…はい、なんでしょう?」
「現政権の参院選候補者リスト。”身体検査”の結果付きで。」
「…何をする気で…ああ、言わないでください。聞きたくないので。」
頭が切れるというのは、時たま不幸を呼び込む。薫子が何か企みを考えていることを中田副大臣は正しく理解した。彼とて政治家であり、普段から次の選挙を意識した行動を心がけている。毎週末には地元に戻り、講演会の会合からまつりに忙しなく顔を出す彼は、その仕事を続ける必要条件を重々理解している。
薫子は、元の顔が朗らかに微笑んだような作りであり、どこからか醸し出す柔和な雰囲気により、一見すると怪しさというものは微塵も感じない。だが、その目の奥に潜む底知れない感情が、わかる人には得体の知れない恐怖感を抱かせる。ただ、中田副大臣は、それも正しく理解していた。彼女は、”ある利益”を与えようとしている。
自分たちの意向に沿った”環境づくり”を行うことに全く意義はないが、その手段には”自重”してほしいと、中田副大臣は考えていた。
薫子はそれも見透かしたようにさらに眩ささえ覚える微笑みを浮かべて彼に言った。
「ご安心ください副大臣。研究財団とJHELは、その”総力”を持って協力させていただきます。」
「…なんの話でしょうか?」
中田副大臣は努めてその真意を”無視”する。彼の社会人としての経験と本能が、この件に深く関わることを止めていた。その行動は理解もできるし正しいと、様子を黙して見ていた久慈屋たちは思う。が、この部屋でこの話をした時点で、全ては手遅れなのである。今後、中田副大臣は久慈屋たちの”親元”の底力を思い知ることになるだろう。
久慈屋はその約束された未来の情景を思い浮かべ、遠い目をしたアンニュイな表情を浮かべていた。
そんな彼のポケットを、スマホの振動が揺らす。久慈屋は素早くスマホを取り出し、その表示を確認する。
”ブラザーは3号車で移動中。予定通り到着見込み。”
久慈屋はその文章を確認すると、中田副大臣、次の仕事の時間が来たことを告げた。
「…お、来ましたよ。」
「いよいよですか。こちらも厄介ですね。」
「ええ。本当に。」
久慈屋と中田副大臣が席を立つ。薫子はそれを表情を変えず黙して見据えていた。彼女には、事前に”概略”だけ伝えているので事後報告jの予定だ。
彼らはこれから難しい事案を処理するための、最初の打ち合わせを行う。
ただ、その事案の内容は”世界を揺るがすことは間違いない”ものであるため、相応の準備が必要だった。
久慈屋は中田副大臣にかしこまった態度で申し入れた。
その言葉は、事情を知らないものからすれば、この忙しい中で何を悠長にやっているのかと思うかもしれない。
「では副大臣。研究所を”ご案内”します。」
案内しているように”見せたい”だけだ。




