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スタッフミーティング ~罵詈雑言~

13時26分

「えー、来週の10日。政府対策本部や関係省庁を交えた統合会議を開催します。目標は、我々と政府の完全連携体制の構築です。」

「具体的には?」


久慈屋の淡々とした説明に、一人の所員が質問をする。その目には猜疑心が見え隠れしていた。

久慈屋が部屋を軽く見回すと、大体の所員が似たような感情を持っていることが理解できた。

彼は周りに聞こえない程のため息を吐き、思い切ってその”草案”を語った。


「…まだ提案段階ですが…各省庁選定の有識者チームを研究所に常駐す…」

「何を言ってるんだ!?」

「学問より政治に熱心な奴らと働く気は無いぞ!!」

「奴ら論文も書けやしないだろ!」


語り終えることができなかった。一斉に罵詈雑言が飛び交う動物園のような状況に様変わりしてしまったからだ。久慈屋はマイクを持つ手を下げて、頭を掻きながら呟いた。

彼の傍らでジルは、その様子を楽しそうに見つめていた。


「…そうなるかぁ…」

「こりゃひどいねー、ははっ。」


矢面に立たなくていい彼女は呑気なものだ。久慈屋は先程よりも大きなため息をつく。

しかし、ここで一旦収めないとこの喧騒は留まりそうにもないので、彼は机を叩きながら大声を張り上げた。


「静かに!静かに!!」


久慈屋の荒っぽい行動に、騒がしい面々は一応はその矛を収める。

だが、小さく漏れ聞こえる囁き声の雰囲気は、平穏とは程遠いようだ。

久慈屋が少しだけ平静を取り戻した部屋の様子を確認すると、少しだけ間をおいて全員に問いかけた。

彼の問いかけは、努めて穏便に事を運びたいという考えに即したものだった。

だが、この場では悪手だった。


「…そんなに嫌い?」


久慈屋がおどけたように手を広げて言い放つ。

一瞬の沈黙が通り過ぎた後、今度は先程よりも激しい喧騒へと突入した。


「当たり前じゃないか!!今の政府顧問は私の提言を握りつぶしたんだぞ!?」

「票対策の予算争奪の煽りで俺の研究分野が地獄絵図になった!!あの冒涜的悪行に手を貸した御用学者共は末代まで呪ってやる!」

「…権力争いで僕を研究所から追い出した恨みは忘れていませんよ…!」


収拾不能となった。久慈屋は諦めたように手を広げ、その雑言を受け止める。

だが、一部は完全に理性を失っているため言葉としての体をなしていない。

こういうときは真面目に受け取ることをやめるに限る。久慈屋はそう判断して、自身の椅子に腰を下ろした。

そんな彼に、最初は傍観を決め込んでいたジルも流石に声をかけた。


「…これは重症だわ。」

「まあ…学識のみで集めたから、大体は”お上”と拗れてるなぁ…」

「私達もね?」

「ま、ね…」


研究所に必要な人材を集める時。過去はあまりその考慮に入れなかった。

その分野での功績、発表している論文の精査、さらに著書の精読。それらで”秀逸”と判断した研究者に片っ端から声をかけたのだ。結果集まったのは、やれ政府に嫌がらせさせられただの、学会で暴れて出禁状態になっただの、大学から放り出されただの…つまるところ、”問題児”しか居なかった。

念の為言っておくが、全く無作為に選考したわけではもちろん無い。

例えば政治的に偏っている奴は駄目だ。

科学者という人種は、その類の事に中立なようで意外と”振り切ってるの”が多い。

久慈屋は”右も左も”大嫌いなので、人選から除外するのは当然だった。

もっとも、そういう研究者は”本業”が疎かになっているので一次審査も通らなかったが。

だが、この喧騒を見ると、その基準が相当に”緩かった”ことを考えざるを得なかった。

いや、”類友”というやつかもしれない。なにせ彼らの現在の長は久慈屋とジルだ。

二人もまた、世界中でその手の騒ぎを起こしてきた”前科”がある。


しかし、このままでは私怨と言うなの義憤に駆られた、頭が切れる野犬の群れが暴走しかねない。

そこで久慈屋はブレイクタイムを入れることにした。


「あー、皆様の事情はよくわかりました…少し時間をください。」


一言短く断りを入れると、彼らに背を向ける。それを見たジルと薫子も察して行動をともにする。その背中に触るささやくような話し声は気分のいいものではなかったが、真っ向から言い争いをするよりは遥かにマシだろう。

あとは、3人で”幹部会議”を速やかに行う。


「さて、どうしようか?」

「どうするもなにも…このままじゃ、来週の会議はバーリトゥード状態になるだけでしょ?」

「しかし、政府との連携は欧州でも体制構築が進んでいるんです。ここで日本がそれを出来ないとなると…」

「…俺らが外されるか。よろしくないな。」

「ええ。」


久慈屋自身、彼らの気持ちも十分わかっていた。毒にならない”向こうの先生”たちでは、薬を作ることも出来ないため何も決まらない。結果、誰の利益にもならない玉虫色の結論へと終始する。研究所は主導権を奪われ、事故への調査対応の責任のみを行う組織へと成り果てて、その長である久慈屋とジルは晴れて正式に”大罪人”となることができる。


しかし、今の状態で組織をまとめられないままだと、その最悪の結末を早めるだけだ。

恨みつらみを背負い込む知識人の集団をどう宥めるか。

彼らに近い人種である久慈屋やジルは、その方法がいまいち浮かばない。

だが、現実世界にしっかりと身を預けている薫子は、一つ思いついたようだ。

彼女は柔らかな表情を崩さずに、真面目な雰囲気で二人に質問した。


「…一つ確認です。彼らは政府と仕事することは拒否しないんじゃないでしょうか?」

「あー、なるほど。”敵”を排除すればいいのね。この界隈から。」

「そういうことです。」

「つまり、どうするの?」


久慈屋は薫子の質問でその解決策を見出す糸口を見つけた。一方、駆け引きを才能でねじ伏せるタイプのジルはまだ具体的なイメージを掴めていない。

そんな彼女に久慈屋は努めてわかりやすいように説明してあげた。


「いいか、彼らが敵と言っている役人や御用学者というのは、結局は権力に取り入る政治屋でしか無い。じゃあ、彼らはどうやって取り入っている?」

「…その最高権力たる政府の意向を汲んでいる。つまり…」

「政府の意向を変えればいい。俺ら独自の政府とのパイプを強化するんだ。」

「…久慈屋さん、正解です…変わりましたね。」

「…褒められちゃった。」


薫子の優しい教師のような微笑みと言葉に、久慈屋はおどけた表情を見せて冗談を言う。普段仏頂面の彼がとるその態度は、一種の不気味さをはらんでいた。


それはさておき、解決法はかなりシンプルだ。

例えば、政府と深く関わる科学者は、自身の肩書と見識を元にして、彼らの行いに対するお墨付きを与え、資金や社会的地位を確立している。


では、政府の行いは誰が決めているのか?それは近現代国家の政府を構成する政治家の方々だ。彼らが大まかな指針を示し、官僚が細かい準備や調整を行うことで、政府という、現世界における最大の組織は成り立っている。

つまり、政治家の意見を変えると、従者たる官僚や学者も意見を変えざるを得ないということだ。彼らがそれを強固に拒否すれば、立ち去る他ないだろう。

幸い、現政府とはまあまあなパイプが構築されつつある。これをさらに強化すれば、全てを丸く収められる…かもしれない。


ジルはその解決策を理解した上で、自分たちの仕事を考えて言った。


「となるとー…”私達(研究者)"の仕事ではないよね?」

「はい。”私達(事務方)”のお仕事ですね。」

「だね。じゃー、クジャ君。私達は?」

「…今の話をそのまま話せばいい。彼らの恨みも晴らせて一石二鳥だ。」


一つ注意するのは、この権力の意向を踏まえた仕事を行う学者という存在は、社会の仕組みとしてなんら問題はない。権力と権威は社会を動かす上で必要不可欠な要素だし、それに伴う”利益”のやり取りというのも、人の道を外れない限りあって然るべきものだ。そして、そういった社会構造の中で長年培われてきたノウハウやシステムを否定する気も毛頭ない。意味もなくそれを変えれば大混乱が起きて”社会全体”が不幸になる。


ただ、その仕組から少し外れただけで邪険にされるというのも、癪に障る。

我々は、能力はある。だがはみ出し者だったがゆえに、燻らざるをえなかった。

つまるところ、彼らの熱り立った反骨精神を満たすチャンスでもあるのだ。


久慈屋は静かに立ち上がり、彼らの方をゆっくりと見る。

そして、マイクを手に取り、しっかりとした口調で話し始めた。


「皆さん、おまたせしました…一つ提案があります。」


その後は、ある意味ではまた騒がしくなった。

しかし、その騒がしさは先程までの負の感情ではなく、やる気に満ち溢れた熱気のようなものだった。


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