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スタッフミーティング 〜ほぼ定刻の開始〜

13時07分 埼玉県秩父市 JHEL1F 中央管理室

「全員集まってますかー?もう始めますよー?」


古湊はマイクで部屋全体に確認を取る。

今現在、研究所で働く人員は総勢500名近くになる。

スタッフミーティングにはいくつかの”分類”があるが、今回は全員に参加を呼びかける大規模なものとなった。

よって、立ち見も含めてこの人数を収容できるのは、この中央管理室しかなかった。

アジア人に欧米人、数学者に物理学者、環境学者に地質学者、政治学者に民俗学者。多様な人種の様々な分野の専門家が一同に介する様相は見ものだ。なにせ、彼らは世間的には”変人”と言われるようなタイプの人々なのだから。


まだちらほらと管理室へ入ってくる人間もいるが大方集まったようだった。

ぱっと見でも、恐らく400人くらいはいるだろう。一筋縄ではいかない”天才たち”にしては、悪くない出席率だ。

管理室の中央付近、かなり大きめな白い会議机の前で、久慈屋はマイクを小さく引っ掻いてチェックする。

音響の確認が取れると、彼は突然ミーティングの開始を宣言した。マイペースの局地にいる学者先生達に合わせていると、会議が始まるより化石ができる方が早いとでも考えたのだろう。奇人変人の集う研究所の長である久慈屋もまた、そういう”類”の人種であることは言うまでもない。


「はい、じゃあスタッフミーティングを開始します。各々業務が山積みとは思いますので、速やかに進めていきます。」


久慈屋の言葉に、騒がしかった管理室は大分静かになった。

彼らに最低限の社会性が残っていたことに、久慈屋は少し驚いたように眉を動かす。

彼は少し間をおいて、話を始められる場を作ってくれたことに軽く感謝のジェスチャーを行った後、すぐに姿勢を変えて傍らに控える薫子に手を向けた。


「最初に、研究所の理事会体制が刷新されます。新理事長は、海鳴薫子さんです。」


薫子が立ち上がり会釈をする。まばらな拍手が部屋に響く。

なんとも微妙な雰囲気だ。ただ、薫子は全く意に介しておらず、いつもの通り微笑んでいるだけだ。

この様相の要因は彼女を知らず、彼女を疑い、彼女を侮っていることに尽きる。

拍手をした人間は、彼女をよく知っている人たちだ。全体の3分の1程度だろう。

なので、久慈屋は簡潔に紹介を行った。


「知らない方向けに説明しますが、彼女は財団総理事の右腕を長年勤めていました。非常に慈愛に満ちているように見えますが、侮ると酷い目に合うので注意するように。」


久慈屋の話す内容に、今度は乾いた笑い声が部屋に響いた。

今度は部屋の半分程度は反応を返した。しかし、彼の説明でその”資質”を見抜いたのも半分程度だ。

残りは彼の程度の低い冗談だと思っているようだ。あの笑い声がその証左と言える。

だが久慈屋はそこで説明を続けることはなかった。

これでわからないのであれば、あとは”身をもって知るが易い”と判断したためだ。

久慈屋は事務的な説明で最初の話題を終える。その後は、細々した連絡事項をさらりと上げた。


「理事長の就任に関しては、23日の理事会及び総会にて決定となる予定です。あとは、駆け足でざっくりとした予定を報告します。えー、来週から食堂が再開します。そして、再来週には”メインシステム”も完全復旧となります。」


食堂再開の下りで現時点で大きなどよめきが起こる。その後に話したメインシステム復旧はほぼかき消された。

この反応は無理もない。研究所周辺に飲食店は少なく、食事は割と大きな問題だったからだ。

福利厚生の一つではあるが、それがもたらす影響は相応にあるだろう。

久慈屋は十分にそれを理解しているが、あえてわざとらしい笑顔をつくりながら言った。


「…食堂再開の声援が一番大きいのは不問にしますね。」


今度こそ彼なりの冗談ではあったが、なぜか薫子を紹介した時の笑いのほうが若干大きかった。

久慈屋はいつもの仏頂面へと変わる。彼が”外した”ことにニヤつくジルの顔が視界の端に入った。

そんな彼女に睨みを効かせつつ、わざとらしい咳込みで久慈屋は話を続けた。


「では、次から本題です。以前から協議していたように、研究所の体制を改めます。」


久慈屋の言葉に、管理室は水を打ったように静かになった。

彼は周りを一瞥すると、まずはその”理由”から話し始めた。


「極めて残念な話ではありますが、先の事故により我々研究所は従来の活動を続けることが困難となりました。故に、旧体制のメンバーは多数が欧州、または北米に転属となります。これは周知のとおり、事前の面接により意志を確認した上での処遇になります。」


真面目な内容に、部屋に集う彼らの表情も少し固かった。

久慈屋は話を続けながら、会議机の右側に座る3人に手を向けた。


「開発本部第一課のアネッサ、第二課のアーミン、管理本部電力管理課のアンダーソンの三名には、これまでの尽力に多大な感謝を捧げます。」


久慈屋の発言が終わると同時に、まばらながら拍手が始まる。それは水面のように広がり、やがて大きな称賛へと変わった。紹介された3人は恥ずかしそうに席を立ち、それに感謝の意を示す。

彼らは以前の研究業務で多大な貢献をしてくれた科学者だ。もちろん、それぞれの分野の権威でもある。

知らない者も多いが、ここで場に合わせない行動をするほど野暮な集団ではなかった。


拍手は徐々に収まり、弾けるような独特の音がまばらになる。

3人が再び椅子に腰を下ろす頃には、若干のざわつきが残る程度となっていた。

久慈屋は話を続けられる状況になったと判断したようだ。


「さて、今後は4+2という組織形態へと大幅に変更を行います。現象検証、魔法研究、社会科学分野と医学分野の4つ、それに情報システム管理と政府連携の2つという形です。」


久慈屋の言葉と同時に、管理室のスクリーンにプレゼンテーション資料が表示された。

その内容を簡潔に説明すると、これまでの研究は大幅に縮小。事故の調査と付随して発生した”超次元的現象”…つまり、王国などが現れた現象の調査を担う体制に転換する。さらに、1ヶ月前後は付け焼き刃の仮運用だった王国などの”特異物群”に対しての調査研究体制を大幅に拡充し、それらの情報共有や調査補助を行うシステムを構築しつつ、委託契約のある政府との連携も強化するというものだ。


これらの体制変更は、研究所の設立時に掲げられた事業目的とは180度変わってしまう大きなものだ。

研究所は一応は法的手続きに則って設立された”法人”であるため、ある日突然その目的を”今日から変えます!”と宣言するだけでは、”色々な所から”怒られてしまう。

まず、理事会や社員総会を開催して変更を決裁する。それには、大規模な法人に分類される研究所では監事も4名いるので、彼らと”入念に”協議する必要がある。実に面倒だ。

それが滞りなく終わったとしても、次はその事業目的が記載された法的な文章である”登記”の変更を2週間以内に行わなければならない。

ざっくり言うと、理事会に監事、社員総会に役所…厄介な人や組織との折衝を、1ヶ月ちょいですべて片付ける必要がある。


実際の流れでは、その半分は薫子や顧問弁護士なりが中心となる。が、久慈屋も”色々な立場上”、全くノータッチという訳にはいかないことがわかった。この計画を方方と摺り合せているときに、肩書なんて持つものじゃないと彼は心底後悔していた。


久慈屋は新しい体制の説明をしながら、これらの調整を行ってきた憂鬱な日々を思い出し、漏れそうになるため息をどうにか堪えていた。

一方で、説明は滞りなく終わった。


「さて、以上簡潔に組織改編の通達でしたが、異議や質問はありませんね?」


何故か疲労感が増した表情で久慈屋は部屋を見渡しながら問いかける。

ここで異論を唱える声が上がらないことは百も承知だ。彼ら自身、ケチを付けても何も始まらないことは重々理解していた。この静寂がそれを物語っている。

しかし、久慈屋の心労が消え去ることはなかった。なにせ、次の議題が鬼門としか思えないのだ。

それはこの研究所に集められた人員の”背景”が、少なからず影響していた。



「…では、次の議題。政府との協議について…ですね。」



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