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他領訪問~東方領~ 事後処理2

5月30日 11時01分 岩手県一関市 エルニア王国東方領 マリア村

「どうしてぇ!!なんでうちのグラーだけがぁ!!」

「…」


眼前で泣き崩れる初老の女性。ダンはそれを黙して見守ることしか出来ない。

臨時領主へと就任したダンが最初に選んだ公務。それは、今回の反乱で発生したユイツの犠牲者、グラーの遺族への謝罪だった。


元来、領主のような地位に就くものは謝罪をしない。領の防衛組織に属するということは、その全てを捧げるという誓約を行ったのと同義なのだ。その命を散らしたとき、それは名誉として昇華される。こうして無駄死には存在せず、英雄の吟二が保たれるという”システム”だ。


だが、今回は少し違う。本来であれば幾多の殉職者が存在し、一柱ごとに語られるはずのそれが、今回は一人しか出ていない。それも、前領主の蛮行によって。

ダンは正当な理由付けは困難と判断し、岩手県の山奥に出現していた彼の生まれ故郷へと足を運んだ。


ダンの周りの部下やリリーを始めとした王国行政関係者、さらに協力を仰いだ日本政府関係者全てがその意志に称賛を示した。故に、当初はその行動の正しさが彼の精神の安定に寄与していた。だが、事実を伝えられて泣き崩れるグラーの母親の様子を目の当たりにしたとき、自身の一族が背負う罪の大きさを改めて認識させられてしまった。


ダンはなんとか平静を保ちながら、予め用意していた言葉を伝える。


「…これは、ローディア家の罪です。言葉や行動だけでは償えるものではありませんが、そのすべてを持って対応する所存です。」

「…ダン様!…一つ聞かせてくれ…!」

「はい、なんなりと。」

「せがれは…グラーは、勇敢だったんだろう!?」


グラーの父親はまっすぐにダンを見据えて問いかける。その表情は気丈を取り繕っているが、目は充血して今にも涙が溢れそうだ。父親の涙というのが、どれほどの意味を持つのか。ダンはその重さをしっかりと理解していた。


ダンは彼の父親の言葉に答える。その内容は取り繕ったお世辞ではなく、ダンの率直な意見だ。


「はい。紛れもなく。あのような状況で唯一人、正しい行いを出来たということは、勇猛さ以外の何ものでもありません。」

「…領主様。心遣い、感謝申し上げます…!」


ダンの正直な表情と言葉。グラーの父親は一瞬だけ黙した後、ゆっくりと、そして深く頭を下げて感謝の意を表した。



11時54分 埼玉県秩父市 エルニア王国王都郊外

「皆様、ご着席ください。」


王都郊外に特設された数棟の天幕。それらは複数が連結できる業務用天幕(一般用)を使用した”特設会場”だ。


それらは主に二つの用途に分けられている。一つは、王都にいる貴族たちを招いた”昼食会”のための会場。野外であるためにその品目は豪勢ではないが、短期間にしては良く準備できたと言えるだけの水準は保っていた。


そして、もう一つには、大型スクリーンと数列並べられたパイプ椅子。

ここは”説明会会場”だ。貴族たちはまずこちらに集められた。招かれた人々の入場を確認した後、スクリーン横の演台に立った防衛省官僚の圃場が着席を促す。


貴族たちは慣れぬ会場の異様な手順に戸惑いつつも、割と素直に従った。なにせ、今回の催しは”王宮式典”の格が付けられている。共同主催とされた日本も同格であり、その令に従わないと後々面倒になることを表していた。


全員が着席したことを確認すると、圃場は話を続ける。


「…では、これより東方領都において発生した王国への反逆行為に対する日本の対応説明会を行います。」

「解説は私、木村が行います。えー、まず、夜半に我が国の隠密部隊が領都に侵入し…」


圃場の合図とともに、速やかに説明を開始する。実際の解説は、統幕の報道官が行った。説明会は王国の依頼により日本が行動した先の作戦に関する全てを、王国の重鎮である彼らに解説する目的だ。だが、作戦の第一段階である救助作戦には日本の防錆体制の機密部隊である特殊作戦群が大いに絡んでいるため、具体的な説明を避けなければならない。故に最初は写真と図解の口頭による冗長的な流れとなった。


だが、それだけでも一部の貴族は異様さを垣間見たようだ。なにせ、精密な航空写真を元に侵入経路と脱出経路を完璧に図解。さらに攻撃目標の選定も、人的損害を抑えるという目的を確実に達成しており、その精密さに舌を巻いていたようだった。


だが本番はここからだ。第二段階の説明には、映像がふんだんに使用される。

これが王国の求めた、”邪な考えを持つ輩への戒め”なのだ。


「第二段階は夜明け以降に開始。まず戦闘機の低空飛行による威嚇を行いました。」


最初に出された映像は、飛行中のF35Aから撮影されたものだ。宮城沖から始まったそれは、貴族たちが見たこともない速度で飛翔し、あっという間に領都上空に到達。そして一瞬で通り過ぎたかと思うと、急上昇して遙か上空へと登る。さらに洋上で旋回して再び領都上空へ接近。今度は領都の真上で上昇を行う。と同時に光の球を数個吐き出す。そこから程なくして領都の映像に切り替わり、数棟の建造物が爆破された。


先程までざわついていたり、あるいは明らかに興味なさげにしていた貴族たちは、その映像を鬼気迫る表情で見つめる。そして、会場には映像と解説を行う隊員の声しかしなくなった。


「次に、UH-1Jによる降伏啓発ビラの散布を実施。しかし、敵方にその動きはなく、さらに降伏の意志を示したものの殺害を確認したため、攻撃ヘリAH-1Sによる限定的な攻撃を行いました。これにより、領主官邸の一部に損害が発生しております。」


続いてのヘリ部隊による行動。そして攻撃。これらは偵察ヘリOH-1の映像と、現地潜入部隊の映像が含まれる。上空を飛び回るヘリへの無力感に顔を青くするもの、領主の蛮行に呆れた表情を隠さないもの、そしてAH-1Sから放たれたTOWにより一瞬で倒壊する白塔が映し出されると、半分程度の貴族が驚愕の表情と共に怯えた叫び声を短く上げる。


その後の説明では領都の開門から庶民の保護、自衛隊の入場、橋梁の迅速な設置による部隊の領都内への迅速な展開…開始から半日で達成された鎮圧は、貴族の面々に相当なショックを与えた。


「説明は以上となります。続いて、質疑応答に…」


説明が一段落し、場の進行は再び圃場の手に渡る。そして、質疑応答の開始を告げると、全員が大声を張り上げた。その喧騒は凄まじく、PA装置で声が通るはずの圃場の指示もろくに判別できない。


なんとか場を宥めて、圃場は一人の貴族を指し示す。指名された貴族は立ち上がり、自己紹介も程々に質問をしはじめた。


「こ、国王領西方のロイド伯爵だ。貴殿は先程、領主官邸に瓦礫の山を作り出した攻撃を”限定的”とおっしゃった。では、そうではない攻撃はどれだけのものになるのかが知りたい。」

「条件により変動します。」

「例えば、あの空飛ぶ鉄籠の火球を全て放つと?」

「…恐らく、領主官邸は瓦礫となるでしょう。」


圃場は淡々と答える。ロイド伯爵はその返答に言葉を失くして、力なく腰を下ろした。

その様子を見た他の貴族が、さらなる質問をする。彼はこちらの”全力”を知りたいようだ。


「では、鉄籠も小舟も、あなた方の持てる全てを投入した場合はどうだろうか?」

「…四半刻のうちには領都全体が焦土となります。」

「そ、そんな一瞬で!?」


圃場は再び冷静に返答をする。この想定は、LJDAMによる空爆や、特科による砲撃を行った場合だ。そんな総攻撃は周辺地域への被害も甚大になるためまず行われないだろうが、この場では”政治的事情”をわざわざ述べる必要もない。


だが、圃場の毅然とした態度と”無制限”を想定したイメージ説明は、貴族にそれ以上の言葉を紡がせる気力を消し去るには十分だったようだ。


「…他にはございますか?」


圃場が質問を募る。が、誰も手を上げないし、声も出さない。

しばらくして、圃場は説明会の終わりを告げる。


「…では、質疑応答を終わります。これで説明会は以上となります。では、あちらに昼食をご用意しました。立食形式となりますので、ごゆっくりとお楽しみください。」


係員の指示に従い、移動を促される貴族たち。全員が心ここにあらずという感じで、力なく席を立っていく。

圃場は演台上の書類を素早くまとめると、傍らに控える老齢の男性の元へと進んだ。

その男性…クロム卿は、圃場に対して苦言を呈する。が、その表情はどこか楽しげだった。


「…のう、若いの。ちと脅し過ぎだろう…」

「はて?それは、国王直々の願いだったかと思うのですが…」

「…ふっ。貴様、いい顔になってきたな。」

「ええ、まあ。色々有りましたから。」


当初はクロム卿の気迫に押されるしかなかった圃場。しかし、彼は今回の他領訪問の取りまとめを行ったことにより、鋼の心を手に入れた。

故に、小僧扱いが抜けきらないクロム卿の言葉にも、軽い皮肉を返せるだけの余裕が出てきていたのだ。


圃場はわざとらしい表情を一瞬浮かべた後、すぐに真面目な表情に変えてクロム卿にその後を託す。


「…さて、クロム卿。あとはお任せします。」

「ああ…なに。王都で急進派の先鋒だったロイドを見ろ。嘔吐しないのが不思議なほど狼狽しておる。」

「食事は事前に回すべきでしたかな?」


今回の騒動の遠因とも言える急進派。その勢いを蹴散らすための宣伝工作。

日本という後ろ盾を与えることで、王宮の影響力は多分に発揮されるだろう。

圃場はクロム卿の言葉に冗談で返す。この場に貴族が居たら、さぞ気分を害する事だろう。

二人は口角を上げた表情を送り合うと、すぐに会食場へと足を運んだ。



16時44分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 某所

「ああああああああああああ!!!!!…」

「なんだなんだ?堪え性のないやつだなぁ…」


ローディウヌのどこかにある、光の入らない小さな部屋。

中では兎耳の男に伏し目がちな男が、一人の青年に非人道的な行いを続けている。

青年は口恥から血泡を出し、手足は痛みにより小刻みに震えていた。


「なぁ…なんの権限があって私にぃ…このような…」

「…証言を元に、貴様の関係各所は全て調べた。物的証拠もある。それ以上の理由があるか?」

「何が証拠だ!!国王の不手際を隠すために私を贄にするのか!?」


反乱騒動における東方領都内の捜査活動は王国に一任された。これは二つの理由がある。一つは、未だに方針定まらない王国の自治権に対する配慮。もう一つは、日本が”責任回避”のために、王国の立場を尊重することを隠れ蓑にした。


よって、王国は東方領都内では従来の活動を行えた。と言っても、途中までは対して大事ともならなかった。協力貴族の筆頭だったマーベリー卿の証言により、他貴族の関係を洗い出し、その過程で”不穏な経歴”を持つ貴族が浮かび上がるまでは。


「…その証拠が、東縁波止場の壁の中から出てきたって言っても?」

「なっ!?…」

「だから言ったろ?”全て”調べたって。」


青年は兎耳の男の言葉に衝撃を受ける。彼が使用していた秘密文章の置き場。複数の浮浪者に小銭を払うことにより彼自身の動きを最小限で抑える体制だ。


だが、状況が大きく変わった今の王国では、従来の活動は役に立たない。だが、日常のルーチンと化したその行動を、彼はやめることが出来ず、命取りとなった。


「だ、だからといって痛めつけても!…そうだ!今ここは日本だ!この国はそのような行動を許さない!そうだろう!?」

「はぁー…君甘いよ。重要な文章を辺鄙なところに隠すわ、肝心なところで命乞いするわ…」

「ど、どういうことだ!?」


青年は言う。相応に調査能力はあるようで、日本がいわゆる”強化尋問”を行わないようになっていることを知っていた。だが、兎耳の男はそれに失望したような感想を述べる。彼とてある種の”同業者”であり、意識の低い青年の言動が許せなかったようだ。


青年は兎耳の男の言葉をいまいち理解できなかったが、伏し目がちな男の説明にその真意を理解する。


「この場所の存在を日本は知らない。君の罪状を日本は知らない。君の正体を日本は知らない…だろう?」

「そ、そんなことが許されると!」

「許されるんだな、これが。なにせ、”俺”も”君”も。存在しているとは言い難いからな?」


つまりは、衆目に晒されなければ、何も存在しなかったのと同義。もちろんそれは、詭弁ではあるが、どちらの世界でも通じる論理でもある。


青年は全てを理解して、自身に迫る結末を実感する。それが醸し出す恐怖は彼の奥歯をガチガチと揺らし始め、多少残存していた正気を急速に食い荒らしていった。

目から光がなくりつつある青年を静かに見据える兎耳の男。彼は淡々と、青年に語りかけた。


「さあ、たっぷりお話をしようじゃないか、男爵…いや、”帝国人”さん?」


翌日、謎に包まれていた帝国の情報が一部明るみになった。王国はこの情報を日本へと共有する。日本は王国に感謝の意を非公式に伝えた。


同時に、反逆に関する調査の中で、その渦中に巻き込まれることを恐れた協力貴族の一人だったリスベン男爵が、魔法で自らに火を放ちその生命を絶った。遺体は日本側でも念の為調査されたが、骨の髄まで炭化するほどの損傷により、自殺以外の可能性は考慮されなかった。この二つの報告は別ルートにより上げられたものであり、関連性を見出そうとするものは居なかった。



5月31日。宇賀野総理大臣は談話を発表する。内容を簡潔にまとめるとこうだ。

高エネルギー装置の重大事故から、非現実的とも言える各地への”異世界”の出現。世界規模の混乱の中において、日本は先駆けて彼らとの接触を成功させ、協力関係の第一歩を踏み出した。


その最初の行動が、他領訪問による王国の安定化である。西方、北方、南方、東方。日本各地に散らばった彼ら王国の険しい道程は始まったばかりだが、日本は訪問への全面協力を通じて、王国の未来を共に形作る決意を新たにすることを宣言した。そして、国王陛下との連名による、”王国平定文書”への署名を行ったことを発表する。


この文章は、非公式で政治的効力を発揮しないものではあるが、”国”として異世界の勢力と交わした最初の文章であるという、絶大とも言える意義が存在していた。宇賀野総理は、一連の行動において協力を惜しまなかった関係各所への短い感謝をもって、その会見を終える。



これは本当に、ただの始まりに過ぎなかった。彼らへの対処の先駆者となった日本やその”関係者たち”は、世界の荒波へと飲み込まれつつあるのだから。


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