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他領訪問~東方領~ 事後処理1

9時14分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸正面玄関

「ん~、やっぱいいよねぇ…」

「うん…馬車に乗る気無くすわぁ…」

「なに呆けてるんですか。着きましたよ?」


リリーとアミナは再び領都へと来ていた。その目的はある政令の発布。

この政令は、反乱騒ぎの発生後に王宮から緊急的に出されたものだ。

書面は王宮で作成された後、すぐに宮城戦闘団の作戦指揮所まで送られた。

そして救助されたリリーに手渡され、国王の名代としての資格を保持して、その発布を命ぜられたという流れだ。


ただ、彼女たちはあるものに魅了されていた。移動に使用した車両だ。

二人はすでに何回か自動車に乗ってはいるが、その度に振動が酷く長距離の移動では不快極まりない馬車と対比してしまう。

今彼女たちが乗っているのは陸自の1/2tトラック。居住性に関わる装備は大分削られてはいるが、基本的な機構の違いによりその差は大きい。

騒動がほぼ収まったと言える状況で、緊張から解かれたことにより、その違いを改めて実感するだけの余裕が出ていた。

しかし、その緩やかな態度に水を指すのが、車両を運転していた隊員。

彼は中々に厳格な性格らしく、彼女たちに物怖じせずに降車を促してきた。


二人は渋々車両から降りる。そんな彼女たちを一人の兵士が出迎えた。


「ウェスト伯爵令嬢、並びにフェルデン魔法大隊長。お待ちしておりました。」

「はい…えーと…」

「東方領軍団長のマクミランです…もっとも、今は市民軍団長ですが。」

「これは失礼しました。」


リリーが名前を知らないという非礼に対して軽くお詫びする。彼女は西方と王都周辺を中心に動いているため、他領の事情にそこまで詳しいというわけではない。東方領軍は先の帝国戦以来、戦士した指揮官や隊長格の穴埋めで組織改編がかなり激しかったため、団長といえども顔を知らないのは致し方無いと言える。

一方で、マクミランはそれを気にせず、むしろリリーを気遣うような態度で応えた。これは、先の事情を理解しているのに加えて、現時点の東方領では闇雲な礼節は無駄だと判断しているからだ。

リリーは気を取り直し、マクミランに目的の人物の居場所を尋ねる。


「で、”大将”はどちらに?」

「ええ、執務室で書類の整理をしております。」

「…書類?」

「…今後の東方領を治める方への引き継ぎを円滑にしたいと…」


リリーとアミナは顔を見合わせた。

王国軍では”軍事狂”として有名だったダンが、書類整理を行っている。

その事実は、いろいろな変心を実感させる。



9時20分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸2F領主執務室

「…なんだこの無茶苦茶な帳簿は…私が見てもひどいぞ…」

「…心中、お察しします…」


ダンは直近の領地運営に関する書類に目を通し、頭を抱えた。

体裁に数字、そして目標や指示。あらゆる記載が整合性を欠いていてその体をなしていない。帳簿に指示書、名簿に書付。その全てが管理という概念が存在しないかのような有様だった。

ダンは思う。自身が王国軍に行っている間、東方領はどうやって運営されていたのか?これは恐らく、行政官たちが自身の持てる権限の範囲内で血反吐を吐きながら”調整”を行っていたのだろう。


あまりの惨状に頭痛を覚えたダンは、目を抑えながら呟く。


「しかし、これでは引き継ぎなど…」

「…頑張りましょう。私も最後までお供しますので。」

「すまないな…槍兵の貴様に書類仕事など…」

「いえ!元々私は商会の生まれですから慣れたものです。行政官が戻るまでの繋ですよ。」


ダンの雑務に付き合う兵卒。彼はダンの気遣いにも多大に謙遜しつつ、その助力を惜しまな強い意志を表してくれた。


「それでもだ。感謝する。」


ダンはそれに言葉と共に敬礼で応えた。兵卒もまた、綺麗な返礼をする。

使命感と緊張感がちょうどいい塩梅で交じる室内。

そこへ、扉を軽く叩く音が響く。

ダンはそれに対して速やかに答えた。


「なんだ?」

「ウェスト伯爵令嬢とフェルデン大隊長がお見えになりました。」

「…通してくれ。」


緊張した面持ちになるダン。彼は覚悟していた。

逆賊の子息として、その罰を受けるために。


9時31分

「東方領主ジョン・ローディアを、国王への反逆行為により罰する。領主資格を剥奪の上、刑罰の決定まで身柄の自由は一切認めない。」

「…謹んで、お受けいたします。」

「では、こちらに署名しろ。」


リリーは痛々しいほど厳つい雰囲気でダンに伝える。

彼はそれに静かに聞き入り、そして丁重な態度で応えた。

リリーが署名を命じると、ダンは政令の書面に筆を走らせる。


「…確認した。では、この政令は東方領で有効と認める。」

「承知しました。」


リリーはその署名を確認し、堅苦しい態度で言った。

ダンも緊張を崩さず、礼をして答える。

リリーは続けて、別の書面を取り出した。政令はもう一つある。


「さて、ではもう一つあるわよ。」

「…」

「…続けていい?」

「ああ…」


ダンは覚悟を決めた。もう一つは、恐らくジョンの企てに賛同した子息に対する処罰だろう。ダンはそれを止めようとしたとは言え、反逆行為は一族全処罰が原則だ。

領主である伯爵位は剥奪、一族資産は接収、ダンは平民に落とされて二人は父親と同じ状況となるのが適当だろう。

ダンはその言葉を硬い表情で待つ。しかし、リリーが述べた言葉は、予想外のものだった。


「東方領は、当面の間国王と臨時領主の共同統治とする。臨時領主には、反逆行為への抵抗の功績を認め、ダン・ローディアを指名するものとする。」

「…は?」

「…いや、そのままよ?臨時領主、おめでとう。」


リリーの締まらない続く言葉に、ダンは呆気にとられた。

子息に対する罪状はどこへいったのか?それに、その一人であるダンに臨時領主を任ずる。これまでの王国の常識からすれば異例すぎる判断だ。

ダンは少しずつ言葉を絞り出し、やっと理解を開始した。


「わ、私が…臨時領主…?」

「そうよ。だって、東方領のことよく分かるでしょ?適任よ。」


だが、ダンはあと一歩の理解が及ばない。なにせ、罰を受けることが明言されているのは現時点でジョンただ一人。それ以外に全く触れないとは異常だ。

ダンが戸惑いと責任の間で揺れ動居ている中、その心情を察したリリーが彼に覚悟を促す。


「…王国が危機に瀕しているのは変わらないわ。そこで勝手の知らない人間に領地運営なんて任せると思う?理解したら早く署名して。」

「…ああ、解った。」


リリーの一言で我に返ったダンは、その重責を受け入れて署名を行う。

先程は緊張に震えていたその筆も、今度は確固たる責任感により安定していた。

署名を終えると、ダンは丁寧にリリーへ書面を渡す。それを一目したリリーは、微笑みを携えながら彼に王の名代として言った。


「確認した。これにてこの政令は東方領にて有効となった。臨時領主ダン・ローディアは、領民と王国のために身を粉にして働くように。」

「…承知しました。この身が朽ちるまで、領地と王国に捧げる所存です。」


ダンは深く礼をする。

臨時領主。この困難なときに重責を担うことになったその運命を、深く噛み締めながら。



9時47分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸地階 官邸危機管理センター

「総理、領都に展開する部隊より領都完全掌握の報告です。さらに王国も臨時領主を指名して、その影響力を回復したとのことです。」

「…わかりました。」


防衛大臣の一言。深夜から重苦しい雰囲気に包まれていた危機管理センターの空気がガラリと変わった。宇賀野総理もまだ真面目な表情をしているが、その雰囲気に先程までの硬さは無くなっていた。


宇賀野はゆっくりと机に手をおいて、周りを見回した後に、はっきりとした口調で宣言した。


「作戦を終了する!」


瞬間、危機管理センター内に拍手が巻き起こる。今回の事態に詰めていた大臣たちは、後ろに控える官僚とその労をねぎらう。方や、隣同士の閣僚も手を握り、作戦の完遂を祝っていた。


宇賀野総理は天城官房長官から話しかけられた。彼女の表情も柔らかく、普段は敵味方に恐れられる鉄の長官と言われるものとは違っていた。


「…やりましたね、総理。」

「ええ、一時はどうなるかと思いましたがね…」


宇賀野は短くため息混じりに答える。長とその腹心の部下。それぞれにかかる責任は重く、途中に残酷な場面をはさみつつも、全作成工程を完了できた。その達成感は決して小さくない。


だが、これはまだ通過点に過ぎない。天城はすぐにいつもの気難しい表情に戻り、宇賀野総理への話を続ける。


「…さて、総理。これからが大変ですよ。」

「ええ。まずは国民に説明しなければなりません…お願いできますか?」

「はい。すでに準備は開始しています。10時過ぎには会見を行えるでしょう。」

「よろしくお願いします…ああ、そうそう。私は談話を発表しますので、そのように。」


天城はぎょっとした。談話とは、非公式で効力のない文章のことだ。しかし、立場のある人間が表明するそれは、その後の組織行動に対して多分な影響力を持つ。故に、文章一つを発表するにしても関係各所とのすり合わせや文言の選定などかなりの労力を要する。

宇賀野がそれを理解していないわけはない。つまり、これは命令だ。

だが、その意図をはっきりさせないといけないので、天城は念の為”確認”を行う。


「…そ、総理?談話を出すとなると、相応の準備が必要に…」

「そうですね。できれば今月中に出したいので、それまでに王国とも話をつけましょう。」「…一息つけるのはまだ先ですね。」

「ええ、お互いに。」


宇賀野はそれにいつもの柔和な雰囲気と、突き刺さるような意志を宿した視線を混ぜ込んだ表情で答える。天城はすぐに理解した。これは覆せない類のものだと。

ほんの少し諧謔のあるやり取りをした後、彼らは次の職務を行うために行動を開始する。



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