他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 14
8時42分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸1F 領主の間
「と、扉を破ろうとしています!!」
「命に変えても抑えろ!!」
「な、なにをやっとるか!!この腑抜けどもが!!」
豪華で堅牢な大扉を、先程から衝撃と轟音が襲っている。
領主の間に控えた数十名の領軍と守備兵は、扉を必死に抑えていた。
トイドは徹底的な抵抗を激しく指示し、ジョンは感情的に喚き散らす。
敗軍とは得てして無様だが、このような醜態は気分のいいものではない。
だが、当事者である彼らには、顧みるような余裕は残されていなかった。
それに、扉を打ち破ろうとする力も相当だ。なにせ向こうには、領主から離れていった領軍に守備兵が数百は付いている。わけも分からず領主の前に押し込まれた新兵や二等兵の集まりに何ができるのだろうか?
「うわああああ!!」
案の定、程なくして扉は打ち破られた。
その衝撃で扉は蝶番の部分から破断して、開いた勢いのまま飛ばされていった。
扉を抑えていた領軍と守備兵は為す術もなく飛ばされる。
領主の間へと入ってきたのは領軍の隊長格に守備兵の幹部。そして、最後にダン。
ダンはそのまま集団の先頭へと歩み出る。
ジョンは忌々しくその姿を睨みつけていた。
「…父上…いえ、”逆賊”、ジョン・ローディア。」
「…何をしに来た…」
ダンはあえてジョンを逆賊と呼んだ。それにジョンは、憎しみを持ったつぶやきで答えた。
しかし、今のダンがそれだけでたじろぐ訳もない。彼はそのまま話を続ける。
「王国への反逆行為と、国王が敵対を禁じた日本への侮辱行為。これらの罪状により貴様を捕縛する。」
ジョンはダンの言葉を聞くと、声を出さずに破顔した。
満面の笑みといえばそうだが、口角はいやらしく釣り上がり、目には光がない。
その不気味の悪い微笑みを浮かべてしばらく黙るジョン。
周囲がこの後の展開を読めずに戸惑っていると、彼は突然椅子から立ち上がり叫んだ。
「偉くなったものだなぁ!?」
その叫び声には憎しみが多分に含まれているが、ジョンは未だに笑みを崩さない。
それどころか、わざとらしい身振り手振りで自分の背後にある椅子を指してダンに言い放った。
「何を黙っている?お前は私を蹴落としてこの椅子に座りたいのだろう?」
ジョンの口調は忌々しく、表情には狂気さえ感じる。
しかし、その様相から出てきた答えが、ダンは顕示欲のために反旗を翻したという浅はかなものだった。
人とは自身が行う事柄を人も行うと考えやすいとは言うが、自身の父親がその最たる例であることをまざまざと見せつけられて悲しみさえ覚える。
ダンはそんな感情を押し殺して、努めて無機質に淡々と語った。
「…興味がない。そもそも、東方領の行く末は、”我々の”手からは離れている。」
「ほーう?…」
ジョンはその返答にさらに態とらしく首を傾げてきた。腹立たしいことこの上ない。
ダンは必死に堪えるが、ジョンの次の言葉でそれも限界に達した。
「つまりは、私達の東方を見捨てるということか!!大した主だなぁ!?」
「…そのきっかけを作ったのは貴様だろう!!!」
ダンの鬼気迫る叫び。東方領を破壊したのは紛れもなく、ジョンだ。
今まで周りの人間は誰ひとりとしてその事実を突きつけなかった。
領主という立場を重んじて、同時にジョンという人柄に煩わされないように。
だが、この状況ではそんな気遣いは無用だ。
ダンは彼の自尊心を消し去るべく、口撃を行う。
「問おう。貴殿はどうやって勝つつもりだった?」
「簡単だ。圧倒的な力を見せつけ、畏怖のもとに伝統と格式を確立する!!」
「なるほど。力か…で、その力はどこにある?」
「…周りを見ろ!!」
ダンの問いかけに、ジョンは一瞬だけ戸惑いながらも、すぐに立ち直って領主の間全てを抱え込むようにして大げさに腕を振り回した。
ダンは無言で聞き入るが、市民軍の何人かは嘲笑している。
だがジョンは一切気づかず、勇ましい言葉を並べ立てていた。
「この部屋には貴様のような傀儡ではない、私への忠誠心に満ちた一騎当千の精鋭たちだ!!彼らが束になれば貴様らも、日本とかいう蛮族もひとたまりもないわぁ!」
「…そうか。」
ジョンが自信満々に言った”最後の力”。ダンはその対象となった、数十名の領軍及び守備兵をゆっくりと見回す。王国軍で相応の地位に居た彼にとって、”兵士の顔”を確認することは容易かった。
だからこそ、この言葉をかけることで、現実が露呈することをしっかりと理解していた。
「ここにいる領軍及び守備兵諸君!現時点で東方市民軍に下るものは、その身の安全を保証しよう!!ダン・ローディアの名に誓い、王国及び日本が貴様らを害することはない!!」
領主の間に詰め込まれた領軍と守備兵の表情が一瞬で変わる。
あとはもうひと押し。
「その意志のあるものは、武器を捨てて退室!!正面玄関まで走れ!!」
ダンがその”方法”を宣言すると、早かった。
守備兵と領軍は短剣や槍、弓矢などの武具を一斉に放り投げると、一目散に領主の間から脱出していった。一部の兵士は、去り際に領主やトイドに恨み言を叫んでいる有様だ。
士気なんてものは存在していない。トイドは必死にとどまるように叫ぶが効果は無い。
ジョンはその様子を唖然と見続けるしかできなかった。
しばらくして、この部屋にはジョンとトイド、それにダンと彼の配下にある市民軍数十名のみが残った。
喧騒の消え失せた領主の間を再び見回すダン。
そして、ジョンに”思いやりのある言葉”をかけた。
「…さて、忠誠心に満ちた一騎当千の精鋭…だったかな?」
「く…くぅぅっ!?」
ジョンは悔しさのあまり、言葉にならない声を上げる。
額には青筋、目は血走って、歯ぎしりの音が聞こえてくる。
焦燥、悲観、憤怒、哀愁。あらゆる感情により、思考が妨害されているようだ。
彼はひとしきり唸った後、突然傍らにいるトイドを睨みつけて怒鳴った。
「トイド!?何をしておる!!長男として不出来な次男を成敗せんか!?」
「へ、へぇっ!?」
「行かんかぁ!?」
父親への深い忠誠心が仇になった形のトイド。ジョンの気迫にあてられて、渋々ダンの前へと歩みだした。
普通にやっても、ダンが負けることはない。だが、今のままではトイドに戦意が為さすぎるため、それを見透かしたジョンが暴走する危険もある。
故に、ダンはトイドを煽るためにある行動を取った。携帯していた武器を全て捨てたのだ。
さらに彼は、目の前に立ったトイドに腕を広げて合図を出す。
「…ダン、貴様…その態度は…」
「…わかるだろう?」
流石にトイドも癇に障ったようだ。兄として、弟に舐められた態度を取られるのは許せないのだろう。これは、もちろんトイドがジョンに似通った性格をしていることを踏まえての行動だ。
トイドは自身の短剣を抜くと、ダンのもとへと一気に走り寄った。
「ああああああ!!!」
覇気のない怒声とともに、大きく振りかぶるトイド。しかし、ダンは彼の動きを軽く躱す。
そして、トイドが体勢を崩すと同時に、拳を全力で後頭部に振り下ろした。
「びぃぇ!?」
トイドは間抜けな声を出して、床に顔をぶつける。
二つの衝撃で彼は気を失ってしまう。ダンはその様子を静かに見つめた後、後ろに控える領軍に指示を出した。
「…捕縛しろ。」
「はっ!」
気を失ったまま縛られたトイドは、引きずられて領主の間から出された。
ダンはジョンに向き直り、改めて彼に問い質した。
今度は、息子としての”最後の”願いだ。
「…父上、もう勝ち目はない。投降しよう。」
「う、う、うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!」
ダンの願いも聞き入れられず、ジョンは喚き散らしながら椅子にしがみつくようにして座った。
そして、赤黒く変色した鬼気迫る表情で、最後の抵抗を始めてしまったのだ。
「私は東方領主だ!!栄光ある王国の、伝統ある敢闘精神を体現する、東方領の、主なのだぁ!!」
なにも縋るもののなくなったジョンは、最後に領主としての地位にしがみついた。
椅子に座る行動は、その決意を知らしめるための行動なのだろう。
ダンはその様子を静かに見つめた後、彼にゆっくりとした口調で問う。
「…その気はないのですね?」
「二度も言わせるのかぁ!?」
「わかりました…」
感情を押し殺した無表情を浮かべるダンは、その頑な態度を見て決心した。
彼は懐からある道具を取り出す。これは先程、”隠密”から渡されていたものだ。
彼は教えられたとおりの操作を行い、それに向かって話しかけた。
「…”総員”、かかれ。」
ダンの声は、広さのある領主の間に響くには小さかった。
しかし、無線機を通じて伝えられた”合図”は、その建物の”上部”に佇む彼らを動かすには十分だ。
ほんの一瞬の間をおいて、領主の間の上部にある装飾窓が一斉に砕け散る。
同時にその窓からロープが垂れて、素早く人影が8つ、室内へと降り立つ。
彼らは緑の服に身を包むが、その雰囲気はどす黒いとさえ形容できる。
領主の前に現れた彼らは、目にも留まらぬ速さで武器と思われる道具を取り出して彼へと向けた。
そして、小さな破裂音が連続して領主の間に響き渡る。
射線にあるモノは全てが木片や瓦礫を撒き散らしてその原形を無くす。
時間にすれば2分もないが、その様子を見守るダンや市民軍のものは、非常に長く感じただろう。
しばらくすると、攻撃を行っていた一人が手をあげる。
すると、耳を劈く破裂音が一斉にやんだ。
M4カービンライフルの連射により、石壁には無数の穴が空き、周辺に飾り付けられていた調度品や絵画はただの屑と化してその価値を完全に喪失した。先程までジョンがふんぞり返っていた無駄に豪華な椅子は背もたれが跡形もなく消え失せている。
一方で、ジョンはすぐに身をかがめて、椅子のたもとで小さくうずくまり震えていた。
小さく嗚咽のようなものも聞こえる。どうやら相当に衝撃的だったようだ。
ジョンが生きているのはもちろん作戦のうちだ。入念な訓練をされた彼らは、”大きな的”以外を狙って打つなど朝飯前だ。それに、鉛玉の雨霰を間近に浴びせられて正気を保てる人間は、こちらの世界でも多くない。威嚇には十分すぎた。
少しの間沈黙が漂った後、緑の服の一人が突然ヘルメットを外し、さらに頭を覆う黒い目だし帽も脱ぎ去った。そこに現れたのは兎耳。ダンはその存在を知っていたが、他の領軍や守備兵はてっきり日本の兵士だけで構成された隠密だと思っていたのでざわめきが起こった。
兎耳の男はそんな様子を全く気にせず、ヘルメットの着用により折れ曲がっていた耳をいたわりながら、うずくまるジョンの元へと歩み寄る。
彼の近くに来ると、首後ろを掴んで彼を無理やり立たせると、ボロボロの椅子に投げるように押し込んだ。
そして、兎耳の男は”口上”を述べる。
「ジョン・ローディア。貴様には国王への反逆罪と王政令を反故にした罪がある。国王の名において、その身柄を拘束する。」
ジョンは怯えっぱなしで声を発することもままならない。しかし、すでに戦意は霧散していることは明らかだ。兎耳の男は、ジョンの鼻先まで顔を近づけて小声で確認を取る。
彼は顔こそ優男に見えるが、その雰囲気は冷酷さを隠しきれていない。
ジョンはそれにさらに縮み上がり、壊れた人形のように首を縦に降るだけだった。
兎耳の男は、ダン達の方を向いて捕縛を命じる。
ダンはそれに無言で答え、彼の後ろに控える領軍隊長格に無言で指示を出した。
ジョンは力なく捕縛を受け入れる。ダンはその様子を静かに見守っていた。




