他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 13
8時17分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 東貴族街
「報告どおり、このあたりはキレイな町並みですね…」
「いわゆる高級住宅街ってやつだろう…」
二人の自衛隊員が、綺麗に舗装された石畳の道を歩く。両脇に立つ建造物は、どれも小奇麗で細かいところにきらびやかな装飾が見て取れる。西の庶民街や職人街のような、雑多で騒がしい様相とはまるで違う。元から生活に余裕のある貴族や大商人が住まう地区。
しかし、今は誰一人としてこの地区には居ない。つい先程、全ての住人は領都を逃げ出した。整然とした町並みも、この静けさでは不気味さを醸し出す一つの要素と成り果てていた。
「しかし、そんな区域でもほとんどの市民が逃げ出すとは…」
「ああ…よっぽどつらかったんだろう…」
彼らは要救護者の移送完了後、領都を出る民衆の第二陣や第三陣と入れ替わりで入城した。全員が小銃を携行して、事前の情報通りの区分けで各地区を巡回する。
ほぼ全ての市民が反乱に協力しないとは言え、破れかぶれな行動を取る輩もいるかもしれない。この巡回は、相応の緊張感を持って行われていた。
一人の隊員が懐から地図を取り出す。航空写真と、領都内部の協力者からの情報により作成された作戦行動図だ。巡回の経路を確認しながら、完了後の行動を考える。
「…えーと、あとはこの地区を確認したら、南門まで戻って待機…」
「しっ!」
もう一人の隊員が、突然手を掲げて制止を指示する。何事かと思ったもう一人は、その様子を踏まえて息を潜めながら、彼が見る方向に目をやる。
木樽がいくつか置かれた、食料品店のような佇まいの建物。その手前に路地がある。
目を凝らしてよく見ると、木樽の影に重なり、人形の影が小刻みに動いているのが解った。
すでにこの地区の住人は退去済みのはず。退去勧告後の安全は保証できないことも通達している。その状況で、路地に身を潜めるのは、極端な臆病者か、邪な目的を持つものであると相場が決まっている。
二人はハンドサインで行動を決める。その表情には、このような事態で略奪などの破壊行為が発生しなかったことへの安堵感が消え失せていた。
路地の側まで素早く近寄る二人。相手は気づいていないのか、荒い呼吸も隠さずにその場に留まり続けている。
二人はアイコンタクトにて息を合わせた。そして、一人が銃を構えて路地へと突入した。
「ひいぃっ!?こ、殺さないでくれ!!」
「…これは失礼しました。市民の方ですね?」
「あ、ああ!抵抗はしない!だから命だけは…!」
路地に居たのは、かなり上質な生地を使用した衣服に身を包んだ初老男性だった。
二人に極度に怯えた様子の彼は、最初の受け答えにもまともに取り合えない。
彼らは少し失敗したと思っていた。無抵抗な市民に銃を向けたとあっては、色々と厄介な問題になるかもしれない。
なので、努めて冷静に宥める形で対応するしかなかった。
「怖がらせてしまい大変申し訳ありません。我々は、市民に危害を加えるつもりは一切ありません。どうか、ご安心ください。」
「…ほ、本当に…?」
「ええ。」
二人の平身低頭な姿勢に初老男性はなんとか落ち着きを取り戻した。
そして、彼が伯爵のマーベリー卿であることをやっと聞き出せた。
自衛隊員はリストを照合する。要注意人物には上がっていない。
救護者である確認が取れると、未だに路地でへたり込むマーベリー卿に手を出して、避難誘導を開始した。
「さ、こちらへ。南門の外に救護所がありますので。」
「…あ、ありがとう…」
マーベリー卿は立ち上がると、彼らとともに南門へと向かう。
その道中、マーベリー卿は彼らが細かく扱う得体の知れない道具が気になった。
「ん?はい…そうか。解った。」
「…長引きそうですねぇ、これは。」
「…?」
無線の通信を聞いて、少し苦い表情を浮かべる自衛隊員二人。マーベリー卿は、彼らが扱っていた道具が何らかの情報をやり取りするものであることは理解し始めていた。
となると、気になるのはその内容だ。
マーベリー卿の視線に気づいた一人が察したのか、無線機を見せながらそれを教えてくれた。
「ああ、領主が官邸に立て籠もってるので、状況の報告ですよ。」
「か、官邸に?それは本当かね?」
「ええ。しかし、直に協力者の軍団が突破するでしょう。この騒動ももうすぐ終わりです。」
「…そ、そうか…」
マーベリー卿は考える。音と変わらぬ速さで駆け抜ける飛翔する小舟、上空に留まり続け、建造物を一撃で瓦礫にできるほどの火力を持つ空飛ぶ鉄籠。これらだけでも凄まじいが、一兵卒にしか見えない彼らの装備も異質であることが、ひと目で理解できる。
実のところ、マーベリー卿は先刻から自分たち敗因を何度も考察していた。雑に言えば、”知らなすぎた”ということに尽きるというのは理解している。だが、知れば知るほどその世界が異なるという状況には、二重三重の戸惑いを覚えていた。
彼はふと、一つの疑問が浮かぶ。確かに彼らの装備や技術は優れているかもしれない。しかし、人が動く以上、王国の軍事学でも流用できる部分がある。
それは”都市制圧の困難さ”だ。
「そ、そうだ。一つ聞かせてくれ。貴国は装備や武力こそ凄まじいが、制圧の手際が流石に良すぎると思うのだ。いくら領都内に協力者がいるとは言え…」
「ああ、それは多分…王国の隠密のおかげじゃないですかね?」
「…王国の隠密?」
一人の自衛隊員の説明に、マーベリー卿は静かに耳を傾けた。
日本の隠密が、王国の隠密を顧問として招き入れ、自身たちの基礎訓練を実施。
その後作戦行動へと組み込まれた。彼らは深夜に領都へと潜入し、都市の重要拠点の把握や工作活動に従事している。
マーベリー卿はその話で、一つだけ腑に落ちないところがある。
王国の隠密部隊とは、どれを指すのだろうか?
王国軍魔法大隊第7班?…話を聞く限り、規模が合わない。
政官局研究課…いや、あれは武人ではない。
情報収集に長けていた彼は、適当な組織を思い浮かべるがどれも当てはまらない。
ただ、先程から”噂にすぎない”とされていた組織の名前が脳裏をちらつく。
一方、説明をしてくれた自衛隊員は、彼の深い思案など気づかずに、その隠密の名を口に出した。
「えーと、たしかー…”王女の四肢”とか言ったような…」
「お、王女の四肢!?」
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか!?」
マーベリー卿は、その名前を聞いた瞬間に膝から崩れ落ちた。
二人の隊員は、その様子に慌てて体を支える。
王女直属の間者がいるというのが事実だった、彼らが日本と共同で行動している。
これらの事実は、彼に再び絶望を味合わせるには十分だった。
マーベリー卿が素直に避難しなかった理由。
それは、”焚き付けた張本人”であることが露呈した際の厳罰を恐れたためだ。
彼は南門につくまで、自身の足で歩ける状態には回復しなかった。
8時33分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸1F廊下
「というわけだ。ここで命を捨てるなぞ、王国の未来になんの利益もないんだ。」
「…わかりました。ダン様に従います。」
「…ありがとう。」
ダンは官邸に入ると、出会う領軍や守備兵に投降と協力を呼びかけていた。
このような場面での説得というのは難航するというのが相場だが、ダンがすべての状況を順立てて話して行動が無駄であることを整然と語ると、ほとんどの兵士があっさりと納得する。
「ダン様。領主官邸の掌握はほぼ完了しました。内部に居た守備兵や領軍もほとんどが無抵抗で我々に下っています。」
「無抵抗か…吉報とは言え、虚しくなるな…」
破れかぶれに抵抗されて双方に被害を出すよりは遥かにマシではある。
だが、亡国のような内情が目の前で行われることに、曲がりなりにも当事者であるダンは複雑な心境だ。
しかし、苦労もなく官邸を抑えられたのは事実。
彼らはこのフロアの奥にある重厚な扉を見据えて呟いた。
「…さて、後はあそこか…」
「ええ。あれは中から開けないようにシてますね。」
「…全く…」
この期に及んでも抵抗を続ける。正常な判断とは思えず、ダンは深い溜め息を吐いた。
しかし、すぐに気を取り直すと周囲によく通る声で呼びかける。
「よし、腕に覚えのあるものは集まれ。扉を打ち破るぞ。」




