理想主義者は夜に思う 〜アイヒマン商会〜
2025年5月1日 17時54分 エルニア王国エルパレス アイヒマン商会館3階
窓から夕日が見える。夕日そのものは、”世界”が変わっても代わらないらしい。
見え方はかつてとは違う。夕日は”地平線”の向こうへ沈むものだったが、今は”山間”へと消えてしまう。それを見て、男はここが今までの世界ではないことを改めて実感する。
長身で痩せ型の彼は静かに窓の外を見ていた。その目には力が宿っていた。それは顔の平凡さには不釣り合いな大きな瞳も相まって、ある種の威嚇のような雰囲気がある。
そこへ恰幅のいい桑年の男性が来た。呼吸も静かに窓をの外を見続ける男に話しかける。
「…ホランド、何を黄昏れている。そんな暇はないぞ。すでに”折り返し地点”は過ぎたのだ。」
壮年男性の言葉に、男はゆっくりと振り返り返答する。
「これは会長…そうですね。」
「…もう私の部下ではないだろう。だから会長はやめたまえ、”執政官”。」
桑年男性は軽いため息混じりに男に注意する。が、男は表情を変えずに言葉を返した。
「いえ、あなたは私の上司であり、良き理解者ですよ。」
「ふん…私はお前の”才能”に投資しただけだ。」
「ええ、だから慕っているのです。」
ベリウス・ホランド執政官とアイヒマン会長。このやり取りは二人の間では何度も行っている、いわば挨拶のようなものだ。それを終えた二人は、少し怪しさも感じさせる柔和な表情を浮かべながら再び窓の外に目をやる。すると、高度な技術で加工された”鉄”を用いる”鉄車”の列が視界に入った。どうやればあのような流線型を作れるのだろうか?それも寸分の狂いもなく。その技術は王国では到底存在せず、鉄鋼技術が発展した帝国でさえも難しいだろう。
長身の男はゆっくりと言葉を発した。
「…日本の調査団がお帰りのようですよ。」
「だな。しかし、あの”鉄車”は何時見ても奇怪な見た目よ。」
「”発達した技術”というのは、触れたことのないものからしたらそう見えるとか。」
「…それは、”あちら”の言葉かな?」
「ええ。面白いでしょう?」
二人は静かに笑う。凡人から見れば、その笑いはただの愛想笑い。隠された感情を読み取ることは難しいだろう。しかしその真意は、利益を求める悪人でもなく、力を求める野蛮人でもない。”一つの目標”を見据えて動く、不安感と期待感が入り乱れた複雑なものだった。
「ベリウス、そろそろ”仕事”にかかるぞ。」
「そうしましょうか…あ、でも会長。”仕事”ではありません。」
「…ではなんと呼ぼうか?」
「そうですね…”天啓”とでも言いましょうか?」
ホランド執政官とアイヒマン会長は商会館を出て歩く。その間にホランド執政官は街の様子をつぶさに観察する。まずは子供。今までより明らかに血色が良い。かつて相応の健康を保てるのは貴族か裕福な商会の子女と決まっていた。それが今では皆が元気に駆け回り、昼下がりには”日本の”お菓子を分け合い食べる。なんとも微笑ましい。
親の世代に目を移すとどうだろうか?その子供を見て同じように安心した表情を浮かべている。子供に十分な食料を与えられるどころか、しばらくはそのやりくりもしなくていいのなら尚更だ。ホランド執政官はその光景を2つの感情で眺めていた。
「…執政官としては、複雑な光景ですね。」
「まあ、王都には支援物資が十分に行き渡っている。君と私の”尽力”によりくすねようとする悪徳商人や組織も粗方一掃した。結果、”転移前”より社会不安が少なくなったらな。」
アイヒマン会長の忌憚のない意見に少しだけ表情をこわばらせる。耳の痛い内容で、さらに自覚しているのであれば、動揺しない人間は少ない。ただ、ホランドという男はそうそう心乱れるような人間でもない。それを証明するように、ホランド執政官はわざとらしくアイヒマン会長に問い直してみた。
「本当に複雑ですね…以前の私の仕事は無意味だったのでしょうか?」
「…”意味”というのはな、後付して初めて日の目を見るんだ。」
「…慰められてしまいましたね。」
「慰められるような人ではないだろう、お前は。」
二人の間だけで成立する、言葉の隙間がやや多い会話を続けながら、目的の場所に到着した。
皮革で作られた天幕に入った二人を待っていたのは、物々しい雰囲気の男数名だった。
18時16分 エルニア王国エルパレス 王都内東部集積地詰め所
「概ね、予定通りですね。」
「はい。支援物資の供給はほぼ掌握しており、もうすぐ我々の”調整”で物資の流通を制御できます。」
ホランド執政官とアイヒマン会長の周りを取り囲むのは、三人の男たち。一人は弓矢を装備したできの良い皮防具に身を包む長身淡麗なエルフ、エゴン。無表情に支援物資の帳簿に目を通す中肉中背で眼鏡をかけた不惑の人間、エーメリッヒ。表面上は平静を装うがどこか落ち着かない目をしている小柄な而立のドワーフ、ギュンター。
場の雰囲気は、”王都全体に支援物資を安定供給する配給事業関係者の定例会議”…と言うにはいささか重い。会長は自分の書付を作成しながらエゴンに問う。
「ふむ…王国軍はどうだ?」
「は、末端は半分がすでに我々の手中です。”開始時”には指示通りに動くでしょう。」
「”使用品”の調達は?」
「問題ありません。王国軍の軽防具管理責任者も我々に賛同しました。」
二人のやり取りを聞きながら、自分の覚書に目を走らせていたホランドが静かに声を出す。
「…であれば、東方産の”備蓄”も含めれば”行動”には問題ありませんね…」
5人は静かにうなずく。計画に狂いはない。あとは不安要素の確認を行う。
ホランドはギュンターに質問を投げる。
「…王宮はどうでしょう?」
「…ほぼ我々の行動に気づいています。が、東方領主主導であると捉えているでしょう。」
ギュンターは東方領主付きの王宮政官だ。ホランドも執政官の身分を持っているので王宮の事情を調べられないわけではないが、権限の大きさは王宮政官には劣る。さらに、ホランドは支援物資配給事業の王政側責任者であり、王宮に長居していると仕事をしていないと見られてしまう恐れがある。なので、”色々と関わっている”東方領主の関係者である彼は適任だった。
ギュンターの報告では、予定通り東方領主を隠れ蓑にしていることに成功しているとのことだ。こちらも計画通り…と、各々が思ったところでギュンターが一言添えた。
「…しかし、一つ問題と言いますか…行動の予測が付きにくい勢力がいます。」
ギュンターの言葉に何人かが同様し、厳しい視線を彼に寄せる。その視線に怯えてギュンターは萎縮してしまった。その中でホランドだけが静かに、そして取り乱すことなく答えを言った。
「日本、ですか。」
「ええ。日本が物資を停止したり、武力を行使すれば終わりです。」
ホランドの言葉に、ギュンターは焦り気味に同意を示した。
現在、王国は日本のど真ん中に点在している状態だ。つまり、王政が依頼を出して日本が何らかの行動を起こせば、この計画は一瞬で消し飛んでしまう。
下手すれば、そのまま王国という存在が無に帰するのだ。
ギュンターを始めとした各々は一斉に表情を強張らせる。王宮が謀反を察知しているのであれば、日本と何らかの交渉をして行動を起こすの可能性は決して低くない。
しかし、ホランドは一切態度を変えずに、自信さえ感じさせる表情で全員に語りかけた。
「たしかに。しかし問題ありません。」
「ほう?それは何故だ?」
アイヒマン会長はすかさず説明を求める。会長自身は、ホランドの行動を読み解く技術をもっているので、ホランドの発言が正確であることを確認している。しかし、他の面々はそうではないので、説明を促しているのだ。
ホランドも会長の意図を汲み、態度を改めて説明を始めた。
「まず日本国の指針として、王国の安定を最優先にしていること。そして、日本を始めとしたこの世界の国家は”法令”や”文章”が国の上にあることです。」
「安定を最優先に…というのが支援活動ということか?」
「ええ。王政に主導による社会不安の排除に全面的に協力する…という名目らしいですよ。なので、支援物資の供給が止まることはありません。」
ホランドの言葉にまずギュンターとエーメリッヒが安心した表情をする。しかし、エゴンの表情は硬いままだ。彼は、”軍人”としての確証を欲していた。
「…日本の武力は圧倒的です。もしそれを我々に行使したなら、王都は一晩で瓦礫も残らないのではないでしょうか?」
エゴンは道路が整備される前の”物資空輸作戦”に王国側の警備隊として従事していた。そこで、大量の物資を運ぶ無数の”空飛ぶ鉄籠”を目の当たりにしている。
遠隔攻撃を得意とする弓兵の彼にとって、手を出せないはるか上空からの攻撃は恐怖でしかない。
それを間近で見た人間だからこその質問だ。この質問に再び場は緊張に包まれる。
ここでホランドは、より自信に満ちた態度を出しながら、エゴンの不安を払うために説明をした。
「それもありません。これは、”この世界の国家は”法令”や”文章”が国の上にある”というのが理由になります。」
「それは、どういう意味なのだ?」
会長がすかさず質問をする。流石に、この説明だけでは理解が及ばない。
ホランドは、”全てを説明するには少々時間が足りない”と前置きして、簡潔にその説明を行った。
「たとえ国家であっても、定められた規則や文章に真っ向から逆らうことはできない、ということです。」
「…それがなぜ、理由になるのです?」
エゴンの疑問は最もだ。日本という国は、武力を使うのに制限があるのだろうか?
彼らの価値観からすれば、到底理解が及ばない。
しかし、その価値観が通用しないことを、ホランドの説明を聞いた4人は実感することになる。
「実は、日本には武力行使を制限する法があります。つまり、彼らは我々に手を出すことはできないのです。」
「「おぉ…!!」」
本当に武力行使できない法令があった。その事実に全員が驚きと喜びを抱く。
これでほぼ全ての憂いがなくなったのだ。各々が計画の成功を確信する。
少々賑やかな雰囲気になりかけたところで、ホランドが手振りで静まるよう伝える。
そして落ち着くと、ホランドが計画の”段階移行”を説明し始めた。
「さて…計画はいよいよ最終段階へと移行します。よろしいですね?」
全員が頷く。もう恐れるものはなにもないという表情だ。それを見たホランドは説明を続ける。
「直に、王国の重要人物が四方領の安定と結束のために訪問を行います。国王に親しい人物が数名、王都を相応の期間離れるのです。」
「…して、誰が離れるかは検討がついているのか?」
会長の質問に、ホランドは絵に描いたような微笑みを顔に貼り付けながら応える。
「はい。リリー嬢とフェルデン魔法大隊長でしょう。」
ホランドの口から出た二人の名前に、場が再び色めき立つ。
「おお…!”二柱の魔法狂女”がいないのであれば、王国軍の弱体化は間違いないな…!」
「確かに!あの二人は一人で凡用な魔法兵500人分にも相当しますからね。戦力としてはかなり大きな変動です。」
王国の事情に明るい会長と、王国軍の人員であるエゴンはその結果に正直に喜ぶ。
エーメリッヒはホランドに素朴な疑問を投げかけた。
「…しかし執政官、なぜその二人が動くとわかったのでしょう?
「いえ、少し”誘導”してあげたのですよ。ね?ギュンター?」
ホランドの言葉にギュンターは少しビクつく。しかし、計画がうまく進行していることには安堵しているようだ。王宮令を発布できる王宮政官に”疑義あり”という情報を流したのはギュンターだ。流し方はホランドの入れ知恵だが。
これで国王は王宮政官をうかつに動かせなくなり、国王の名代として資格のある人物をあてがうしかない状況へと追い込めたのだ。
ホランドは再び手振りで場を静め、真面目な表情で号令を出した。
「では、”物資準備”はあと3日で完了させてください。そしてあとは、”時を待つのみ”です。」
全員が静かに頷いた。ホランドの思いつきで始まった計画は、いよいよ佳境に入る。
全ては、”新世界の夜明け”のために。
19/1/27;体裁修正




