支援物資問題 ~転移前の騒乱と、転移後の混乱と~
15時59分
ジルの一言に、場の空気は一層重くなった。久慈屋も思い至った考えではあったが、それを口にだすのは憚られる。あくまで普通の価値観を有する人間ならの話ではあるが。
さて、普通であれば、このような”アッパー”を食らわせた場合、次の出方を見るのが当然だろう。
ところがどっこい、ジルは違う。IQ189の怪物は、その能力を存分に使いながら、”推測”を語り始めた。
「さて、まず最初にお伺いした話としては、王国は”帝国”と戦争状態にありましたよね?確か第五次でしたっけ?」
「ええ。」
「それで、圧勝し続けた以前の4回とうってかわり帝国が連戦連勝、王国は植民地と衛星都市をすべて奪われ、とうとう本国の目と鼻の先まで迫られ、帝国に近い北方領と東方領は、帝国の”鉄甲団”の猛攻にさらされてしまった…という流れですよね?」
「…ええ。」
王国の”転移前の”窮状を遠慮なく言い連ねるジルに、王国側の面々は揃って表情を曇らせる。そりゃあ、自分たちの国が亡国の危機にさらされていたことは十分理解していて、わざわざ確認されるといい感情は持たない。当然だ。
しかし、ジルはお構い無しで話を続ける。しかも、特大の爆弾をぶっこんだ。
「推測ですがはっきり申し上げると、”転移前”の時点で内乱の気配があったのでは?」
「…」
「強固と思われた自国の力が為す術もなく打ち破られていくさまは、兵士や王政の方々にはそれは衝撃だったでしょう。特にその”最前線”に立たされる北方と東方はなおさらです。そうなると”国”というものはどちらか2つの行動を取ります。”結束”か、”反乱”です。」
空気は最悪だ。これだけの口上を繰り広げれば無理もない。
しかし反論はない。それが”事実”であるという裏付けでもあるかのようだ。
「…さて、ここから私の妄想ですが、”東方”が不穏な動きでもしたのではないのですかね?」
「え、なんで…」
「…アミナ?」
「あ」
こういう場が苦手で耐性が一番無いアミナが最初にボロを出した。慌てて口を抑えるがもう遅い。
「…大方、国王会議の場では勇ましい発言をしておきながら、帝国との講和を主導して王政を牛耳る算段でもつけていたのでしょうか?もちろん、間者からそのような情報がもたらされていたとは思いま」
「もうよいでしょう。ウィンストン博士のおっしゃるとおりです。」
王女が根負けし、ジルの発言を全面的に認めた。ジルは満足した表情をしているが、久慈屋は目線で”そうじゃない”と訴える。ここで論破しても仕方がないだろうに…
とりあえず内情はわかった。先の実務者協議で、日本を目の敵にして敵対的な言動を続けていた人間がいた。東方領主だ。東方は防衛拠点兼軍需産業の中心地であるためか、彼は言わば”武闘派”の代表格みたいな人間だった。
王都に来ていたのは帝国への対応を国王と直に協議するためだ。もちろん反乱のために。
しかし、こちらへの転移が発生して王国の交通網は完全に寸断、東方領に帰れなくなった。
そこで恐慌状態に陥って、協議の場でもこちらによるまやかしだなんだと喚き散らしていた。
正直、その場ではそれに真っ向から反応した”日本政府の若造”にも問題があるのだが、それは別のお話。
しかしまあ、自身の纏う小物臭には不釣り合いなあの勇ましい言動の数々は、自国を憂うためでもなく、日本を信用できないというわけでもなく、自身の利益が消え去ったことによる八つ当たりだった、ということだ。
王女は少しずつ、実情を把握するのに必要な”最後の欠片”を話してくれた。
「東方領主は帝国が全ての戦線で優勢と見るや私兵を撤退戦へと無断で移行させていました。結果、北方領がその煽りを受けて帝国の猛攻により敗走。彼の独断で王国の完全敗北が現実味を帯びてしまったのです。」
「普通に敵前逃亡ですね…それは王国でもはちろん…」
「死罪だね。一族含めて。」
「ですよね…」
久慈屋の率直な意見と疑問にリリーが即答する。当然だろう。
あの小物、中々とんでもないことをやらかしていた。独断専行による兵の無秩序な撤退。結果友軍に大損害を与える。敵国が勲章を与えそうな行動だ。もっとも、本当に勲章を貰おうとしていたのだからタチが悪い。
「しかし、その情報は衛星都市と植民地を全て喪失するまでもたらされませんでした。彼が斥候や伝令を”全力で”妨害していたためです。情報を得てから、すぐさま出頭命令を出そうとしましたが遅く、伯爵は懇意にしている商会を通じて、王都へ”蜂起”に備えた物資を秘密裏に持ち運んでいたのです。」
「…商会って…」
「ご想像どおり、支援物資の配布を取り仕切っている商会です。」
久慈屋とジルは天を仰がずにはいられなかった。全ての点と点が醜悪な線でつながってしまった。
商会による支援物資配布事業の寡占化は、言ってみれば”方針転換”ということだ。さしずめ次の目的は…
「そうか、民衆を取り込みたいのか…」
「…やはり久慈屋博士も聡明ですね。その通りです。」
「いえ、”こちらの世界”にも、権力者が民衆を後ろ盾に権力闘争を優位に進めようとした国がありましたので…最も、100年以上前の話ですが…」
「そういうことですか…」
歴史を紐解けば、自身の権力基盤に足りない部分を民衆で補おうとした権力者は数多い。そして、民衆を制御できずに失敗するまでがセットだ。
久慈屋と王女たちが詳細を話す間、ジルは天を仰いでから思考を巡らせていたらしい。静かに話を聞いていた。かと思ったら、再び質問を始めた。
「…王女殿下、ちょっとよろしいでしょうか?一つ気になることがあるのですが…」
「はい?なんでしょうか?」
「その商会の勢力拡大に寄与したのは、商会に縁がある商業組合出身の執政官と聞いているのですが…」
「そうですね。彼が貴族や政官、さらに軍人にも根回しを行うことで商会は動きやすくなっていたようです。」
「ん~?」
ジルはさらに頭をひねる。何を疑問に思って…あれ?確かに違和感があるな…
その感覚に囚われた久慈屋をよそに、確信に迫るためジルは質問を続けた。
「その”根回し”というのは、もちろん裏金も含まれますよね?王宮にも軍にも相当ばらまかれたのでは?」
「…答えにくいですが、そのとおりですね。」
この質問にはアミナも顔をしかめる。一応軍の幹部である彼女にとって、国家に信義を誓う軍人が買収されているとなってはいい話ではない。もちろん、王の側近たる王女も同じだ。
そして、ジルの質問攻めは佳境に入った。
「で、裏金の出処はもちろん商会ですよね?」
「そうですね、執政官もある程度の財は持ちますが、この規模の工作となると雀の涙です。東方領主の資産という線も考えられますが、領主の資産は固定資産が多く、流動資産だけで回すのは無理でしょう。つまり、商会から資金が流れてると考えたほうが合点がいきます。」
「ん~?やっぱりおかしいなぁ…」
「…ジルちゃん、さっきから何悩んでるの?」
「はっきり言うけど、その動き東方領主がいなくても成立しない?」
それだ。久慈屋ははっとした。最初の帝国と結託した動きは東方領主によるもので間違いない。しかし、転移後の動きは東方領主の意思が介在しなくとも、事態を進行させることができてしまう。
このジルの一言に、王国側の面々も目を見開いた。
「…確かに、執政官と商会だけでも行動可能ですね。」
「カーリン、むしろそっちのほうがしっくり来るわ。東方領主なら全ての利益を早い段階で独占しようとするけど、今の商会側の動きはほとんど利益分配しかしてないもの。行動理念が全く違うわ。」
「…ということは、今は東方領主が指示していない可能性がある…」
カーリン王女、リリー、アミナは一様に考える。今までの動きを一つの流れとして見ていたために、事態を複雑にしていたと。”あの日”以降、全ての潮目が変わったということを失念していた。
「…東方領主が反乱を画策したという情報は、彼が王都に来た段階で王政も知るところとなる。それを利用し、東方領主を隠れ蓑とすることで、執政官と商会が”新たな目標”を立てて行動を開始した…って感じか?」
「それなら失敗すれば東方領主に全部被せればいいしね。」
「どうやら、私達は展開の速さについて行けず、冷静な観察を怠っていたようですね…」
「いえ、この状況なら無理もありません。これに気づけたのは、我々が”外様”だからでしょう。」
「…貴重なご意見、感謝致します。」
カーリン王女が頭を下げた。一刻の王族が頭を垂れるとうのは、稀といえる。それを見たリリーやアミナは驚きの表情を浮かべるが、すぐさま王女に習い行動と共にした。これは非公式ながら、王国が日本側に最大限の誠意を見せているということだ。
久慈屋もすぐさま頭を下げて、たどたどしく言葉を紡ごうとするが、そのぎこちなさを見たジルがすぐさま”上書き”してくれた。
「…その、お気遣い…」
「我々の見識が王国の安寧と繁栄に寄与するのであれば、それは恐悦至極に存じます。どうか、お気遣いなく。」
ジルは悠然と構えつつこの口上をスラスラと述べる。改めて出自の差をまざまざと見せつけられたようだ。
普段は奇っ怪な言動を繰り返す世界随一の頭脳を持つマッドサイエンティストなのにな。
気を取り直した面々は、話を改めた。
「…さて、事情は全て把握できました。王国としてはどのような行動を取られるのでしょう?」
「まずは、執政官と商会の目的を改めます。ただ、謀反を画策しているのは事実のため、何らかの対応は取らなければなりません。」
「だから、他領訪問は少し保留ね。私は学者ではあるけど、同時に”雑務”もこなしてるのよ。色々と。」
「ええ、承知しました。もし王国が”対応”を取るのであれば、日本側で協力できることがあるかを検討しましょう。」
「ありがとうございます…では、クビツェク、こちらへ。」
王女が名前を呼ぶと、王女の背後に人が出現した…いや、これは”見えてなかった”?
王女と小声で話している。大方、王女の”耳と目”になっている人たちだろう。ただ、その現れ方が問題だ。これも魔法か?
「…もしや、王女が入室したときから…?」
「ええ、もちろん。しかし、我々の視覚が”光”によって全て左右されているとは驚きでした。おかげで”一部の人員”は大喜びですよ。」
魔法だが、その方法のもとはこちらの知識だった。光を屈折させ、物体を透過させるというSFにありがちなあれだ。さらに驚くのが、なぜ”量子光学”を知っているのかというところだ。まだ教えていない知識なのに…
「あー、まさか実現するとはねぇ…あとでどうやってるか教えて?」
「いいよー、量子力学の説明もお願いね?」
「むしろ量子力学理解しないで量子光学使いこなすほうが驚」
「おーい、ちょっとあとでお話しようか、ウィンストン博士。」
パワーバランスを崩しかねない行動に、久慈屋は苦い顔をする他なかった。
最も、一番頭を痛めるのは、こういう状況を管理しなければいけない”国”だろうけど。




