理想主義者は夜に思う ~意見は全て出せ~
20時31分 埼玉県秩父市 JHEL 2F 中央会議室
「はい、今来た人はこの資料に目を通してくださいねー」
久慈屋の作成した殴り書きの報告書を、古湊たちが会議室にやってきた所員に渡していく。報告書に目を通した所員の反応は様々だが、理解が及ぶと皆が苦虫を噛み潰したような表情となるのは逆に面白い。
久慈屋たちは戻りの道中で政府との緊急会議の算段をつけた。政府も概略の報告だけで相当焦ったらしく、研究所に帰着する頃には政府側の準備は終わっていた。
研究所も急ピッチで準備を進める。しかし、施設工事が追いついていないせいか、館内放送が一切使えないことに初めて気づく。結果、古湊を始めとしたアシスタントスタッフが所内を走り回って上級所員を集めるなんとも不格好な光景が見られることになった。
どうにかこうにかこちらの準備も整い、政府との緊急会議が開始された。
久慈屋たちが報告書を元に現在の状況を説明。
説明が進むに連れて、政府側の空気はあからさまに重く痛々しいものへと変化した。
粗方説明が完了すると、それぞれ10名以上の人間がいるはずの会議の場は気持ち悪いほどの沈黙に包まれた。
「…一旦、状況を整理しましょう。」
まず口火を切ったのは副大臣だ。この雰囲気で発言するのは勇気がある。そこはさすがの国会議員、といったところだ。
「王国は、戦況の悪化による国防能力の欠損、王国としての国体を保持する国王の覇権低減により情勢不安が勃発。それに支配層である領主と商人の完全な権益分担による権力均衡という構造が、副作用を起こした…という理解でよろしいでしょうか?」
「…ええ、非常に簡潔です。」
「すると…やはり黒幕と目される執政官たちの狙いが見えませんね…」
「ええ、今は”全てにおいて”わからないことのほうが多いです。」
再び会議室を沈黙が包む。この沈黙は、考えあぐねて発言ができない、”責任”を負いたくないから発言したくないなど色々な感情が汲み取れる。
ただ、沈黙していても仕方がない。再びの静けさを破ったのは、やはり副大臣だ。
「…現時点では、執政官たち一派の行動を推測して動くしかありません。考えられることは全て発言してください。いいですね?」
副大臣がまとめ役としての発言をする。
こうして、喧々囂々な”議論”の火蓋が切って落とされた。
まず最初に意見を述べたのは警察庁だ。
「日本国内での騒乱の可能性と解釈して、警察や自衛隊を動かすというのは?」
「確かに。自衛隊は治安出動で王国と思われる地域の包囲警備を展開中だ。命令一つで作戦を遂行できる状態にはあるでしょう?」
早速出てきたのは強硬策。現在日本は王国の主権を正式に認めていない。つまり、彼らは国ではないということになる。すると”国内の犯罪”として処理が可能だ。下手すると自衛隊を動かすというのも視野に入る。が、実力行使というのはかなりの劇薬だ。
「それはまずい。王国の国体の保持が危うい現時点で、王国がその案を飲む可能性は低い。下手したら、急進的な勢力を助長しかねない。」
「王国が分裂して、日本に敵対する勢力がゲリラ化したら厄介だ。彼らは”魔法”とやらが使える。対抗策が一切ない現状では、自衛隊での対処も難しい。」
これに関しては外務省と防衛省から反対意見がでた。王国の国体が崩壊すれば、外交的な手段を取れなくなってしまう。さらに、一部でも武装勢力に化けられると最悪だ。魔法に対しての方策をこちらは一切取れていない。
こと日本に関しては、武力行使はセンシティブな問題だ。実行した結果、得体の知れない力を持つ人達が日本に攻撃を仕掛ける勢力となりましたなんてことになれば、内閣は半年で3回は総辞職してしまう。
…久慈屋はその議論を見ながら、魔法に関してどっかの誰かがあらぬ入れ知恵をしたのはまだ黙っていることにすることを決める。
強硬策が否定されたところで、次の意見が出る。今度は兵糧攻めだ。
「では、支援物資供給を一時的に停止しては?執政官たちは支援物資を独占することでその権力を保持しようとしているのでしょう?」
「それも悪手でしょう。実力行使よりはマシなだけです。結果、一番煽りを食らうのは自給力のない平民たちだ。王国が崩壊する結末になることには変わりないです。」
「…支援活動は日本と王国の関係を深めるための行動です。外交的に停止は考えられません。」
執政官たちは、支援物資が”価値のあるもの”だと感じた。だからこの計画を思いついた…という推測を元にした案。しかしこれも悪影響が大きい。一つは支援活動が”日本の力と懐の深さを見せて、ちゃんとした関係を築こう”という目的で行われていること。もう一つは、兵糧攻めで最初に糧を得られなくなるのは、力もなにもない平民からというところ。結局は王国内の不安を増大させ、外交関係を築くという戦略が破綻する可能性が高い。そうなると、結末は武力行使とあまり変わらないだろう。
このあとも様々な案が出る。例えば示威行動を示す、支援物資配給を日本が受け持つ、先行して他領を取り込んで王都を孤立させる、など…しかし、決定打になるような妙案は出る気配がない。
堂々巡りの議論に飽きが来たのか、こちらの研究者たちは雑談のような会話を始めていた。
「しかし、彼らは何時行動を開始しようと考えているのだろうか?」
「さあな。まあ、他領訪問じゃないか?政官なり国王に近い人物なりが王都を離れるだろ?」
「なるほどね。重要人物が中心を離れる際のクーデターや革命は正に”セオリー”だよな。」
…この会話をしているのは…歴史学と政治学チームか。
確かに、反乱を起こすにはそのタイミングが一番だろう。こちらの反乱というのも、大体そういう時に発生するのは”今も”変わらない。
それに、今回訪問に向かうのはリリーとアミナのどちらかその両方になるだろうし、国王側の最重要人物たちと言っても過言じゃ…
「あっ」
「…なんです?」
何気ない雑談から、見落としていた可能性を久慈屋は見出す。
突然声を発した久慈屋に、隣りにいた古湊は怪訝な反応を示す。だが今は意に介してる暇はない。
「そうか、仕組んだのか…」
ちゃんと考えてみればうまく出来過ぎだ。
王女やリリーははっきりとは言及しなかったが、本来王宮令を発布できる王宮政官が動かせないというのは、彼らにも執政官側に取り込まれた者がいるという情報が流れているからだろう。結果、国王に近く、それなりの地位と力がある人物を動かさざるをえない状況に誘導されていたと考えるのが自然だ。
しばらく小声で呟きながら考えをまとめた久慈屋はゆっくりと発言した。
「…副大臣、一つ案というか、奇策があるのですが…」
「是非ともお聞かせください」
「ええ…、あの、まだ思い付きを元にしているので突飛もなく聞こえるかも知れませんが…」
久慈屋の言動に、周囲の注目は一手に集まる。それなりに場数は踏んでいる久慈屋だが、こういう場面は苦手なところは未だに変わらない。
全身に纏わりつく沈黙という重しの感覚に辟易しながらも、久慈屋は発言を続ける。
「他領訪問を速やかに行い、自衛隊を動員しつつ、支援物資もこれまで以上に届けてしまうというのはどうでしょう?」




