他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 11
7時27分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領軍中央管理棟
「なぜ動かん!領主の直々の命令だぞ!!」
トイドはツバを撒き散らしながら怒鳴り付ける。
その相手は領軍団長や隊長格だ。彼はジョンの官邸籠城戦命令を伝え、領軍全体に動員をかけようとした。しかし、待てど暮らせど音沙汰がない。なので、しびれを切らしてわざわざ領軍の中枢まで足を運んだ。
しかし、彼は全く歓迎されていない。戦場を知る熟練兵たちは、トイドに突き刺さるような冷たい視線を投げかける。
少しすると、団長が呆れた態度を全く隠さず、ため息混じりに彼に問いかけた。
「じゃあ、聞こう。先程のあれに、我々はどう立ち向かえと?」
「そ、それはお前らが考」
「もっとはっきり言おうか…魔法兵が居ない我々に、どう立ち向かえと?」
トイドは黙り込む。策がないというわけではない。
しかし、それを取れないのだ。団長は努めて冷静に、しかし強い語気でトイドに問いかけ続ける。
「トイドさん、なぜうちに魔法兵が居ないか…忘れてるわけじゃないよな?」
「そっ、それ…は…」
トイドは口ごもった。その責任は、ジョンの悪手にある。
つまり、対抗できる手段を、過去に自ら葬り去っていたということだ。
そんなトイドに団長はゆっくりと立ち上がって語りかける。
「…私は領軍団長だ。その責務には、部下を無駄死にさせないというのもある。さて、もう一度聞こう。どうやって立ち向かう?」
その様相には多分な怒気を含んでいた。備えるための軍備計画の上申も全て却下、その状態で挑んだ帝国戦で大敗、そして無計画な撤退戦。自身の部下が無残に戦場で散っていく様を、彼は全く忘れていなかった。
「…き、貴様ら、命令を聞かないつもりか!?そうなれば…!」
「どうする?ここにはお前の味方は誰ひとりとして居ないぞ?」
トイドは団長の言葉に周りを見渡す。隊長格に、経験を積んだ先任班長、そして兵卒。
彼らが投げかける視線は冷たく、侮蔑に怨嗟、そして嘲笑を含んでいた。
目は口ほどに物を言う。トイドはその言葉を深く実感する。
沈黙が支配する室内。あえて口を開かない集団と、言葉を紡げなくなった一人の男の対峙が続く。
それを打ち破ったのは、突然室内に入ってきた兵卒だった。
彼は部屋に入るなり、大きな声で全員に号令をだしたのだ。
「総員、用意!」
「ひぃっ!?」
その掛け声にトイドは飛び上がるように驚いて部屋から逃げ出す。
兵卒はその様子を理解できずに呆気にとられ、団長はため息混じりに呆れていた。
「…腑抜けはどっちだよ…」
団長のつぶやきに、周りからは苦笑いの声がちらほらと漏れ聞こえる。
兵卒は未だに状況を把握しかねている。見かねた隊長格の一人が、彼に確認をとった。
「来たか?」
「はい!!」
「よし…聞いたな、お前ら!」
隊長格が全員を焚きつけるように叫ぶと、それに呼応して室内に詰めている領軍兵士全員が叫び返す。彼らは、彼らが正しいと思う正義のために、動き出した。
7時44分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸 正面玄関前
トイドは領軍管理棟から脱兎のごとく駆け出し、領主官邸へと逃げ帰った。
その道すがら、彼は自身が行ってきた言動の是非を自問自答せずに居られなかった。
敵は加速度的に増えていくのと同時に、味方は巣穴に水を注がれた小蟻のように居なくなる。
間違い。その結論が、彼の脳裏をよぎる。しかし、その現実を彼は認めたくない。
反旗を翻した領軍から逃げるその足は、自分の疑念からも逃げ出すための行動に思えてきた。
しばらくすると、官邸の正面玄関が見える。その付近に見慣れた人影が居た。
レゾルだ。しかし彼の表情も優れない。小言をブツブツと呟きながら、玄関の前を右に左にとせわしなく歩いていた。
トイドがレゾルの近くまで来ると、彼は少し表情を明るくして話しかけてきた。
しかし、やや無理をしている感が否めない。
「おお、トイド…領軍…は?」
「…裏切った。ほぼ全てだ。」
「な、なんですって!?」
レゾルはトイドの言葉に絶望としか表現のしようがない表情を浮かべて叫んだ。
状況は最悪だ。トイドは吐き捨てるように、愚痴を吐き捨てる。
「…守備兵も半分以上が未だに招集できていない…父上になんて言えば…」
「…トイド。よく聞いてください。」
突然、レゾルはトイドの両肩を掴んだ。そしてトイドの目を真っ直ぐに見据えた。
その表情は先程の絶望に得体の知れない覇気を含んでいる。
そして、レゾルはトイドに官邸で置きているある事実を告げた。
「官邸内に、行政官が一人もいません。」
「…は?」
トイドは素っ頓狂な声を上げる。
領都の行政機能を集約している官邸に、その政官が居ないとはどういうことなのか?
レゾルは半ばヤケになりながら説明する。
「籠城に備えて機関集約を命じました。しかしその後誰も戻らず、政官室を見に行ったら蛻の殻です。あれは、元々逃げる算段を付けていたとしか思えません。」
「…今は、その好機と…」
恐らくは、反乱を実行した直後から動き出していたのだろう。書類などはそのままに、各自の私物類が必要最低限を残してごっそりと消えた。さらに宿舎として併設された政官棟さえも人っ子一人おらず、全員が官邸外へと出てしまっていた。
さらにレゾルは有力者の離反も伝えてきた。
「さらに、先程協力貴族の代表であるマーベリー卿が手を引くと、従者を寄越してきました…協力体制は崩壊したと考えるのが妥当です。」
「…貴族もか…」
孤立無援。言葉にするなら簡単だが、これほど心細い感情を巻き起こすものもないだろう。このような状況ではなおさらだ。
トイドはあまりの惨状に目線が泳ぎ続けている。一方で、レゾルはなにか達観したように口角を上げていた。そして、トイドに対して改まって話し始めた。
「トイド。非常に心苦しいですが、我々も身の振り方を考えるときが来たようです。」
「どっ…どういう…」
「…私は、ダンに付きます。」
「ち、父上を裏切ると!?」
レゾルの宣言に、トイドは最大限に動揺した表情とともに、情けない声を出す。
トイドの言葉は、状況が苦しいときに父親への背信を行うという卑劣なレゾルの意識を戒めるものだった。だが、彼は普段は出さないような大声と、わざとらしい身振り手振りでレゾルは反論する。
「このままで勝てるとお思いですか!?我々に勝機は皆無です!!」
状況を順立てて考えれば、レゾルの発言が正しい。それはトイドも理解している。
だが、二人ともここで裏切れば、”首謀者”がどうなるかが気がかりだった。
「で、でも…俺は長男だ…父親を見捨てるなんて…」
「そこです。早期に投降すれば、まだ助命の余地があるのです!」
レゾルはそれこそが思い違いだと熱弁をふるう。これ以上罪を重ねなければ、まだ望みがあると彼は言っている。しかし、トイドはその可能性が高いとは思えない。
それに、彼には彼なりに父親への恩義があった。
少しして、トイドは邪念を振り払うように言った。
「…お、俺は、出来ない!」
「…そうで…す…」
レゾルは残念そうに言葉を紡ごうとする。しかし、彼はなぜかそれを止めた。
訝しんだトイドが彼の表情を見ると、トイドの後ろに目を奪われているようだった。
トイドもその方向を見るために振り向く。そこには、先程彼に反旗を翻した領軍の隊長格数名に兵卒、さらに都市防衛に当てられていた守備兵。そして、その先頭を”弟”が率いて歩く姿があった。
「だ、ダン!」
「…トイド、レゾル。」
トイドは思わず声を上げる。ダンは二人の元へと近寄ると、彼らの名前を確かめるように口にした。
その後、少しだけ間を開けてからダンは二人に”要求”を述べた。
「…我々、”東方市民軍”は国王陛下に反旗を翻したジョン・ローディア一味に投降を要求する。道を開けてもらおう。」
「…ダンっ!」
新しい組織を立ち上げ、現領主たちに降伏を迫る。つまり、これでダンが領主たちの逆賊となったことが、正式に決まった。
トイドはその様子に憤りを隠せない様相で、歯ぎしりさせながらダンをにらみつける。
しかし、レゾルは違った。無表情にダンの口上を聞いていたかと思えば、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで膝をついて、大声で言い放ったのだ。
「こっ、このレゾル・ローディアは、ダン・ローディア率いる東方市民軍に投降し、完全な協力を約束いたします!!」
「れっ、レゾル!?」
「…」
完全服従の言葉。レゾルもこれで逆賊の仲間入りだ。トイドは更に表情をこわばらせながら、屈辱的な場面をにらみつける。
一方でダンは眉一つ動かさず、淡々と事務的に降伏宣言に対応した。
「…レゾル。貴様の身柄は一応拘束する。投降といえども、元賊軍には変わらん。」
「…い、いいでしょう…」
ダンの手振りに応じて、領軍の兵卒2名がレゾルの身柄をすばやく捉える。
レゾルは一切抵抗せず、後ろ手を縛られて領軍の列の後ろへと連れて行かれた。
トイドはその様子を見届ける。そして周りを見渡した。
彼は再び、”自分たち”に反旗を翻した勢力に囲まれていた。
ダンは静かに佇んでいるだけだが、その周りの領軍などはその一歩をいつ踏み出してもおかしくなさそうだ。
トイドは必死に考える。状況の苦しさ、東方領の未来、父親への恩義…
混乱に近い思考の果に、彼は守るべきものを決めたことを宣言した。
「…私は父を裏切らない!!命運は領主とともにある!!」
トイドは振り向いて、官邸の中へと走り出す。
ダンたちは、それを各々が様々な表情で見届けていた。




