他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 10
6時58分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸1F 北貯蔵蔵
「おい、早く聞いてくれ!」
「ちょっと待てって!…えーと、これを押して…よし。」
ダンと話す伏し目がちで常に眠そうな表情のどこか緊張感のない男。口調は軽く、年齢不詳な見た目から、かなり若く思えてしまう。彼らは薄暗く人気のない蔵の奥でやり取りを続ける。
ダンは焦っていた。なにせ、先程日本による本気の攻撃を垣間見たのだから…彼が、それをあくまでも”限定的な攻撃であることを知るのは、この騒動が終わった後になる。
彼はその理由が知りたかった。そこで目の前にいる謎の男…日本の隠密と行動をともにしている”王女の四肢”の一人に詰め寄ったというわけだ。
「…え?本当に?それで?」
「ど、どうした!?」
「待てって!…あー、把握した。再び協力者に説明する…オワリ。」
伏し目がちな男は、無線での会話の”形式”をたどたどしく守りながら、その話に耳を傾ける。それが聞こえるのは彼だけで、傍らで控えるダンには独特の雑音にまみれたぐぐ持った声しかわからない。
しばらくして伏し目がちの男は通信を終える。そして、ダンに対して向き直って説明を始めた。
「えーとな、どうやらあんたの親父さん、降伏しようとした守備兵を叩き切ったらしい。その様子を日本側は動く絵を記す…なんたらでずっと見てたんだとさ。それで作戦行動を一気に進める決心をしたそうだ。」
「た…叩き切った!?どの守備兵だ!?」
「さあ?…ああ、でも領主の数倍はあるほどでかいとか言ってたな。」
ダンは説明を聞いて狼狽した。ジョンは怯える守備兵を刺殺、亡骸をいたぶり続けた。
それらの状況は全て日本の”カラクリ”により、全員がその場面を目にしていた。
常軌を逸した残虐性の発露は、更に進んだ行動を組織に決心させたということだ。
王国が日本の立場なら、同じことをしただろう。
さらに、ダンは日本側の攻撃を見てその”違い”を嫌という程思い知った。
そもそも目の前の男が使っている無線機というものからして、戦い方を変えている。
高度な連携、最高権力との状況と命令の迅速な通達、そして両手で数えられるほどの行動により、一瞬で瓦礫を作り出す。この世界の戦いとは、集団と集団が”物”と”物”をただひたすらにぶつけ合うだけ。その中で人という存在は、巨大な石像の下で右往左往する蟻のような存在でしか無い。いや、むしろ”人”という概念さえもないのかもしれない。それらの事実は、ダンに深い恐怖心を芽生えさせていた。
伏し目がちな男も、今回の作戦に帯同するにあたり、”日本の彼ら”たる者たちの即席訓練を受けている。彼もまた、その”尊厳の存在しない虚無の世界”を正確に想像した者の一人だった。彼はダンの肩に手をおいて、お互いの認識を改めるように語りかけた。
「この騒乱、東方の馬鹿領主に勝ち目は一切ない。それは皆が知っている。ただ、ちょいとばかし、考えが甘かったな。」
「な、なんのことだ…?」
「終わった後だよ。どうするんだ?」
男の問いかけに、ダンは目を泳がせながら黙る。それを見た男は、すべてを察してため息混じりに言う。
「やっぱ何も考えてないか…」
「考えていないのではない!!…考えられない、だけだ。」
「…まあ、結果は同じだよな。」
ジョンの行動は言語道断で無謀の局地だ。それは疑いようがない。それを止め、無駄な犠牲を極力無くそうという意志だけで、ダンは全ての”行動”をしてきた。だが、趨勢が決し始めた今、その後を考える必要というのに初めて気付かされたのだ。
ダンは今、これは始まりに過ぎないという気づきに対して震えを覚えている。
伏し目の男は場を変えようとしたのか、肩をすくめて手をひらひらと動かしながら、軽い口調でダンに話を続ける。
「とりあえず、だ。作戦は次の段階へ直に移行する。そこではあんたら”協力者”次第だ。あの攻撃で、ここにいる奴ら全員皆殺しにすることが容易いって、実感しただろ?」
「…ああ。」
「じゃ、覚悟を決めな。作戦だけじゃなく、その後のこともな。」
伏し目の男がダンをじっと見据える。その目は王国の多難な未来を見据えているようだった。ダンはその目に少したじろぎながらも、なんとか返答をする。
「…あ、ああ。解った。」
「うし、任せたぞ。」
伏し目がちな男は頷くと、すぐに姿を消した。まるでそこに居なかったかのように。
素早いのか、魔法の初歩しかわからないダン程度の人間には判別できない上級術なのか判別がつかない。
少しして、荒く息を吐きだしたダンは、本当に小さくつぶやく。
「…今後、か…」
そういえば、自分はどうなるのだろうか。本来、反乱を起こした者の家族は全て根絶やしにされる。しかし、それに対しする鎮圧を主導したというのは、減刑を考慮されるに値するだろう。だが、減刑されたとして、その罪がなくなるわけではない。どのような刑罰が課せられるのか。その場合、東方領は誰がまとめるのか。国王直轄と言っても、今の王国に遠方を管理する能力は…
父親に反旗を翻したことは後悔していない。だが、その後の不透明さが如実に鮮明になっていく中で、ダンの不安はさらに膨らんでいた。
そこへ、蔵の勝手口が突然開いた。ダンは思わず、敵意剥き出しに警戒し、蔵へと入ってきた者に怒鳴った。
「誰だ!?」
「っ!?…わ、私です!ミハイルです!」
「…ああ、お前か。すまない。」
ダンの振り向いた先には、自身が守備兵に誘った東方領山村の青年、ミハイルとアレクセイが立っていた。
7時14分
「…さて。では攻撃の経緯だったな。」
「はい。お願いします。」
ミハイルとアレクセイは、ダンに先程の攻撃の顛末を聞く。
ダンの協力者として行動し始めた二人の前で繰り広げられた、超火力の圧倒的な攻撃。その建造の背景が腐っているとは言え、東方領は愚か、王国でも相応の規模を誇る塔が一瞬で瓦礫にされたのだ。そのような行動を起こした経緯を知りたいと思うのは無理もなかった。
ダンは簡潔に、そして的確にその内容を話す。
巨体の守備兵が白旗を持って中庭に行った、それに領主が激怒した。そして惨殺。
説明を続けるうちに、アレクセイの顔色が優れなくなっていた。
ダンが説明を終えると、彼は悲壮な面持ちで話し始めた。
「…そ、そいつは多分…グラーだ…」
「”巨体の守備兵”しか情報がないが…わかるのか?」
「ええ。彼は守備兵でもずば抜けて巨体でしたから…それに…」
「…俺が誘ったんだ。小心者だけど腕っぷしは強いから、いるだけで御飯食えるぞって…」
王国のような旧態然の階級社会では、辺境の村に住まう人々が一旗揚げる手段は往々にして限られる。その一つが領軍や守備兵への勧誘だ。
勧誘と言っても、領主や貴族から命ぜられれば拒否権は殆ど無く徴兵に近い。
場合によっては働き手や村一番の秀才がその対象になるため、”無用な軋轢”を防ぐために事前に兵卒が自身に所以のある地へ赴いて、有力対象の調査をすることがある。言ってみれば青田買いみたいなものだ。
領主に殺害された守備兵はグラー。アレクセイがそれを担当した。
元々、先の帝国戦に関連する食糧難により口減らしが行われようとしてた山村では、衣食住が保証される職にありつける上に村から出せると喜ばれた。
同時に、彼も自身の能力を活かせる場所がほしいと思っていた。
あれだけ円満な”勧誘”はなかったと、誰もが言っていた。
アレクセイは自責の念に肩を落とす。
ボソボソと、後悔を口に出していた。
「た、多分耐えられなかったんだ…今の環境に…悪いことをしたな…」
「…アレクのせいじゃない。全ては領主の責任だ…あ、失礼を…」
「いや、構わん。遇の音も出ない正論だ。」
アレクセイを勇気づける言葉が、ダンに対しての不敬に当たると思ったミハイルはすぐに謝罪をする。しかしダンは一切気にしていない。むしろ、アレクセイと同じように難しい表情をしていた。
少しして、ダンは突然立ち上がる。そしてアレクセイに頭を下げて言った。
「アレクセイ、貴様の友人を無駄に死なせてしまった。一族を代表して謝罪する。」
「なっ!?だ、ダン様!頭を上げてください!!」
「ダン様も悪くありません。なので、お気持ちだけでも十分です。」
アレクセイやミハイルはダンの突然の謝罪に狼狽した。領主の子息など、彼らのような兵卒からすればこのように普通に会話しているのでさえも無礼だと言われるような身分だ。
そんな彼が頭を下げるという事が、今の状況の異様さと、ダンの変質を物語っていた。
二人が謝罪を形だけでも受け入れるような言葉と態度を示すと、ダンは頭を上げた。
そして、二人に真面目な表情を送る。
ミハイルはその表情の意図を読み取った。仕事を再開しろということだ。
彼はそのまま、先程彼らに伝えられたある”軍令”をダンに相談した。
「…で、ダン様。実は領主がおかしな命令を出しまして…」
「おかしな、とは?」
「はい…全軍は官邸に集結し、籠城戦を行うようにと…」
「なっ!?…先程の攻撃力を籠城戦で耐えられると!?それに都市防衛は!?」
「僭越ながら申し上げると、その点は一切考えられておりません。」
「…我が父ながら、虫酸が走るよ…」
ダンは苦虫を噛み潰したような顔をして吐き捨てる。
あのような攻撃力の前に、籠城は自殺行為に近い。建物ごと破壊されれば一巻の終わりだ。
投降という手段を断固として取らず、闇雲に犠牲者を増やしてしまう愚行に、ダンは怨嗟さえも覚えていた。
ミハイルは続けてダンに問う。”彼ら”は命令を求めていた。
この事態を正常化するための、行動を。
「それでダン様。”我々”は、どのように?」
「うむ…我々の計画を実行するしか無い。」
「…いよいよですね。」
ダンはゆっくりと目を瞑る。
すでに行動するための事前準備は完了している。後は号令を出すだけだ。
今度はゆっくりと目を開ける。そして真っ直ぐに前を見据えると、はっきりとした口調で言った。
「…ああ、門を開け放て。」




