他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 9
6時24分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸1F 領主の間
「見たか…?」
返り血に塗れたジョンが息を切らせながら中庭から戻ってきた。
彼の特徴であるやや小柄で滑稽な出で立ちと、死臭にまみれた血糊のベールをかぶるその姿見は、構成される要素のギャップから異様な雰囲気を放っていた。
一言で言えば、餓鬼道に堕ちた亡者というのがぴったりだ。
領主の間に集まる守備兵、領軍、行政官達は、ジョンの言葉に何も返さない。
彼らはそろそろ、度重なる自体の推移についていけなくなっていた。
「どうなんだぁ!?」
いつまでも言葉を返さないジョンは、血走った目を見開いて叫ぶ。
ここで何人かが、彼の言葉に不揃いに頷いた。
それを見たジョンは、自身が作り上げた肉塊の方向を剣で指し示しながら、吐き出すような大声で全員に言い放つ。
「こうなるぞ…私の意思に歯向かうものはこうなるんだからなぁ!?」
鬼気迫る表情だが、些か迫力にはかける。ただ、新兵や行政官の何名かは血糊に圧倒されたのか、今度はすばやく頷いた。
しかし、ジョンの本性をよく理解しているものは心ここにあらずという感じだ。
「国王も日本も、全て八つ裂きにしてやるんだあああ!!!」
ジョンは天を向いて叫び続ける。怨嗟や罵倒、あらゆる汚言を撒き散らして。
そこへ、中庭で状況把握を続けていた守備兵が入ってくる。
彼はどこか焦っている表情を浮かべていた。
「し、失礼します!!」
「なんだぁ!?」
「ひっ!」
ジョンは熱り立った感情を彼にそのまま向ける。
報告に来た守備兵は少し怖気づくが、すぐに報告を始めた。
「…あ、あの、上空に日本のものと思われる、空飛ぶ鉄籠が…!」
「それがどうしたぁ!?撃ち落せばいいだろうがぁ!!」
「しかし…あの高さまで届く魔法を撃てるものはここには…!」
「…では私が手本を見せてやる!しかと見ておけぇ!!」
現状、東方領に投擲兵器や遠隔攻撃を行う手段はない。遥か頭上にとどまるヘリを撃ち落とすなど到底無理であった。果敢にも守備兵はそのことを正直に伝えた。ジョンの性格から、あらぬ難癖の上叩き斬られる危険もあったが、先程の血みどろの状況が、彼に勇猛な精神を芽生えさせていたのが功を奏した。
ジョンは啖呵を切ると、再び中庭へと歩き始める。
「り、領主!無理を為されては!」
「うるさいぃ!!」
ジョンの”能力”を正確に理解している側近は彼を止める。
だが、ジョンがその言葉に耳を傾けるはずもなかった。
6時30分 宮城県亘理町 ”宮城戦闘団”作戦指揮所(前:宮城観測拠点)
「オメガより、領主らしき人影が待機中の”アタッカー”に対して攻撃のような仕草をしていると報告が…」
「…大丈夫でしょうか、これ?」
偵察ヘリからの報告を読み上げる隊員。それを聞いた真野一佐は、傍らに控える久慈屋たちに確認を取る。
もちろん、東方領に航空兵器に対抗できる手段がないことは全て確認済みだ。
久慈屋はリリーに顔を向ける。彼女はそれを確認すると、偵察ヘリからの映像を凝視しながら、少しだけ呆れた表情を浮かべながら、問題ないことを説明する。
「…ジョンの魔法でしょ?何も臆することはないわ。」
「そうねー、あれが魔法でまともな攻撃できるわけ無いわ。」
アミナものんびりとした口調でリリーの説明を肯定する。しかし、真野一佐はもう少し、確定的な情報がほしいという雰囲気だ。久慈屋はそれを察して、なぜ大丈夫なのかを説明するように促す。
「でも、使えるは使えるんだろ?」
「”魔力量”はそれなりにあるわね。でも、”持ってるだけ”じゃあ、ねぇ…」
簡単な話だった。言ってみれば、筋肉がある人間が闇雲にそれを酷使しても、競技で大した成績が残せないのと同じで、魔力も正確に使役できるようになるには、体系化した基本を修めた上で、鍛錬を行う必要がある。
しかし彼には、基本を組み立てる知能も、鍛錬を重ねる根気も、それらが必要であることを正面から自覚する人格も全てが足りなかった。結果、魔法をまともに使えないという。
散々な言い分に、周りの自衛隊員は哀れみの表情を少し浮かべていた。
久慈屋も苦笑いしながら、感想を述べる。
「つまるところ…」
「バカってことだね!」
「そういうこと。だから、しばらくすると…」
ジルの捻りもない感想にリリーが肯定した後、映像を注視するように仕草で示す。
するとタイミングよく、ジョンが飛び上がるのが見えた。彼はそのまま後方に吹き飛び、
勢いよく官邸の外壁に叩きつけられる。壁には彼の体格より一回り大きい穴が空き、瓦礫を下にして倒れる彼の姿が、偵察ヘリの映像で完璧に撮られていた。
程なくして、ヘリからも報告の無線が入る。
「””こちらオメガ、領主らしき人物が緑の光に包まれながら建物の方向に飛ばされました!””」
「ね?」
「…暴発か…」
「というより、自爆かな?」
リリーに久慈屋たちが、少し安心した表情を浮かべる。彼女の言う通り、何も問題がなかった。これでしばらく彼も動けないだろう。
些細な懸念事項が片付いたことを確認した真野一佐は、総員に告げる。
「憂慮するべき点はない。続行しろ。」
6時34分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸1F
「り、領主!ご無事ですか!?」
「な、なにをしとる!!早く助けんか!!」
ジョンは瓦礫の上でジタバタと蠢きながら、周りに助けを求める。守備兵たちがしかたなく彼に手を貸すと、すがりつくように握りしめる。そして起き上がったジョンは、助けてもらった守備兵に礼の一言も告げずに歩き始め、再び中庭へと進んだ。
ここでレゾルが彼の元へ近づく。するとジョンは、レゾルに対してこう話し始めた。
「…彼奴らめ!妨害魔を使ってきよった!」
「さ、さようですか…しかし、ご無事でなによりです。」
この会話が聞こえてきた守備兵や政官は苦笑やため息を抑えるのに必至だ。レゾルでさえも、あれがジョンの失敗であることは百も承知だからだ。特に領軍は、自身が不得手という理由で冷遇された魔法兵の恨みを忘れていない。
もちろん、その怨嗟の的になっていることはジョン本人は一切知らず、中庭に出てからAH-1Sに対して睨みを効かせ、恨みつらみをつぶやいた。
「畜生めが…!悠々と…!」
なおも上空に留まり続ける鉄籠。ジョンはなんとかしてあれに一撃加えたいと、足りない頭で考え続ける。しかし妙案どころか愚策も思い浮かばず、歯ぎしりを続けるだけだった。
そして、状況が動き始める。
「ん?」
最初は、鉄籠の下につけられた、杖らしきものが動いたように見えた。
それに気づいて声を上げた次の瞬間には、杖の先端から眩い光と持続的な無機質で耳障りな音が引き始めた。その杖から放たれた光球は目にも留まらぬ速さで飛翔して、ジョンが領主となった記念に作らせたその白塔へと吸い寄せられていった。
「な、なぁ!?」
白塔に使われるローマン・コンクリートに似た材質の外壁は、本来であれば現在のコンクリートと同等かそれ以上の強度を持つと言われている。しかし、M197機関砲の連射に耐えられるはずもなく、破片となって塔の下階へと降り注ぐ。
その白く美しかった外壁は、無数の穴が開けられた朽ちたものへと変化していった。
「逃げろぉ!」
「ば、馬鹿者!私を守らんか!」
手の出せない範囲からの攻撃に、領軍や守備兵は恐慌状態となり一目散に逃げ惑う。ジョンはそんな彼らに指示を飛ばすが、統制はすでに崩壊しつつあった。
6時37分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸地下 官邸危機管理センター
「機関砲による建造物への破壊攻撃、対象に相応の損害を確認。この後は誘導弾の使用になりますが、続行しますか?」
1500発弱の弾幕により、白塔は外壁の中の石材がむき出しとなり、無残な姿となっていた。危機管理センターのモニターでも、その惨状はしっかりと見て取れた。
防衛大臣が総理に指示を仰ぐ。攻撃の様子を静かに見守っていた宇賀野総理は、ゆっくりとした口調で確認を取る。
「…念の為再度確認しますが、あれを攻撃することによる人的損害は?」
「現地協力者により、人員は予め撤退済みです。さらに、対象は”記念碑”としてしか機能していないようで…」
「…無用の長物、ですか。」
「そうなります。」
事前の情報すり合わせの中で、攻撃目標を選定する際に、王国側がいの一番にあげてきたのがあの白塔だ。その建造技術と職人を大枚はたいて仕入れたとき、事由を”防衛設備整備のため”と言っていた。その結果出来たのがあの塔。彼らにもこちらにも、それがどう防衛に役立つのか一切理解は出来なかった。
故に、王政はあの存在にいい感情を全く抱いていない。だからこそ、優先して破壊することを進言してきた。
宇賀野自身、必要な国防のためと言って、自己顕示欲の発露のような箱物を作っていたという点には、施政者として多少の複雑な感情を抱いたし、王政の思いに理解をしめしていた。
宇賀野はその情報を目にしたときのことを思いながら、防衛大臣に告げる。
「…すでに、武器の無制限使用は許可しています。続けてください。」
「はい!」
防衛大臣は即座に傍らの統幕長に指示を出した。
6時42分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 上空
「アタッカー01、目標、前方建造物。通称”白い巨塔”。距離500…発射!」
TOWランチャーから一発だけ発射された対戦車ミサイル。一直線に白塔へと進み、その下階1/3程度のところに着弾、そして炸裂する。
本来、分厚い鋼鉄に守られた戦車に向けられるために、その威力は凄まじい。
「命中!目標に対して大きな損害を認める!」
OH-1がその様子をつぶさに確認する。爆煙が収まると、その効果が判明した。
地上35m程度の白塔、その南東側外壁の下半分が全てえぐれ、内部の階段などが丸見えだ。全体に巨大な亀裂が無数に走り、宙に浮いた形になった上階の外壁は破片と言うには大きい石材を一つ二つと落としながら、その姿をかろうじて保っていた。
この様子を確認した指揮所から、AH-1SとOH-1に対して連絡が入る。
「””全機、距離を取れ。崩壊の可能性がある。””」
「了解。」
その連絡に応じて、3機は少しずつ後方へと下がりはじめる。
が、白塔は限界を迎えたようだ。
それに最初に気づいたのはOH-1の観測手だった。
白塔上部がゆっくりと揺れ動くのが見て取れたのだ。
「建造物に傾斜確認!倒壊します!!」
「各機、警戒!」
OH-1の報告を受け、AH-1Sも速やかに後退する。
白塔は、下階に入った亀裂が徐々に破断しはじめ、新たな亀裂を生成していく。それとともに、石材がきしむ特有の重低音が徐々に大きくなり、白塔全体が小刻みに振動を始める。
そこからは早かった。下階全体が、崩落下側へ滑り落ちるように潰れると、上部もその流れに身を任せるように傾いた。そしてその傾きは直に落下へと様変わりし、白塔全体が中庭へとなだれ込んだ。あれだけ大型の構造物が倒れ込んだためにその衝撃は相当なもので、土煙とともに逃げ惑う守備兵などを巻き込んで吹き飛ばした。
瓦礫が転がる音と土煙が落ち着くと、OH-1が状況を確認する。
そして、指揮所へ報告を上げた。
「”白い巨塔”が東南東方向に傾斜しそのまま倒壊。敵方本陣の中庭と思われる広場に瓦礫が散乱している。」
「””人的な被害は?””」
「何名か崩落の衝撃により倒れている模様。上空からではそれ以上の詳細は確認できず。」
「””了解。オメガは引き続き監視を継続されたし。オクレ””」
「了解。」
この損害で人的被害が出ていないというのは、無理だろう。
これで”彼”がその心を改めてくれることを、誰もが願っていた。
6時51分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸1F 中庭
「おい、こっちに負傷者がいる!治癒師を連れてこい!!」
「隊長格は損害を報告しろぉ!」
「も、もう終わりだあああああ!」
大の大人の腰ほどはある石材がそこら中に散らばる。もちろんその瓦礫に当たり、潰されたものも何名かいる。ある守備兵は負傷者を見つけては治療を施すように叫ぶ。ある領軍の先任隊長は、状況をまとめて事態を制御しようと足掻く。ある政官は、その破壊力に恐れをなして錯乱する。崩落の衝撃により、中庭に面する窓は全てガラスが砕け散った。外壁や屋根には瓦礫が直撃したことによる損傷も見られる。
ジョンは運良く、瓦礫の直撃も何も受けなかった。しかし、腰を抜かしてへたりこんだ状態で、崩落により変わり果てた自身の白塔をじっと見据えるだけしか出来ない。
彼は現実感を失っていた。今目の前で起こった出来事を、受け入れきれずにいたのだ。
そんなジョンの元に、状況把握のために駆け回るトイドがやってくる。
彼はまず、父親の安否を確認したかったようだ。
「ち、父上!!お怪我は!?」
「な…な……わ、私…の…たった1発の…火球…」
「父上?」
しかし、トイドの問いかけにもジョンは答えない。目は泳ぎ続け、うわ言のように現実逃避の言葉を垂れ流す。
しばらくトイドは待つしかなかった。ジョンが何か判断を下すまで。
程なくして、ジョンはトイドがそばにいることをやっと把握する。
そして、彼の肩を乱暴に掴んで、悲壮感を隠さない目を浮かべながら叫んだ。
「と、トイド!?貴様何をしておる!全軍を官邸に詰め込め!!」
「は、はい?」
「私を護れと言っとるんだ!!鉄籠も落とせん役立たずでも肉壁にはなるだろう!!」
トイドはその指示の意味がよくわからなかった。全軍の範囲は?官邸に詰め込め?肉壁になる?
その言葉を少しだけ反芻して、ジョンが籠城することを決めたことに気づく。ただこの破壊力の前では無意味だ。
だが、トイドはその判断をジョンに伝えることが出来なかった。故に、最初の疑問から確認を取ろうとしはじめた。
「ち、父上…全軍、とは…」
「わからんか!?領軍も守備兵も、残存している兵力を全て集めろ!!」
トイドははっきりと確認した。父親は錯乱していると。この状態で籠城は自殺行為であると全く気づいていない。彼は父親を守るため、それを伝えようとした。
しかし、ジョンはすでに正気を無くしていた。
「し、しかし…!」
「何を躊躇しておる!!我々もああなるぞ!?」
「し、承知しました…!」
先程までの憤怒と侮蔑に塗れた怒りは鳴りを潜め、今はただ死にたくないという根源的欲求のみで物事を判断する。哀れにも自身が招いた結果を受け入れたくないと縋る一人の小男がそこに居た。
だが、トイドは彼の長男としてそれを切って捨てることは出来ず、命令をただバカ正直に受け入れた。




