他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 8
6時01分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 領主官邸1F 領主の間
「うるさいうるさいうるさい!!!!!!」
ジョンは地団駄を踏みながら、屈強な中年兵士に怒鳴りつける。傍らにいるトイドとレゾルは、ジョンが支離滅裂な高説を垂れるたびに態とらしくうなずいていた。多分に癪に障る光景だ。
彼らは領主の間へとその場所を移していた。なにせ、上空を縦横無尽と駆け巡る未知の技術をまざまざと見せられたのだ。少しでも空から遠いところに離れたいと、領主執務室を”放棄”した。
もちろん、ジョンは表面上領主の間こそが領主の居場所として取り繕っている。
ただ、ジョンもむやみに怒鳴り散らしているだけではない。足りない頭でそれとなく対策を考えた。その対策とは、”領軍の参謀に聞く”というものだ。
「領主、彼らの攻撃手段は我々には対応不可能と…」
「うるさいこの軟弱者!!あれくらいの爆発がなんだというのだ!!」
「しかし、音と同時に動くほど早い飛翔する小舟などには、領軍も守備兵も怯えています!正直なところ、士気はもう…!」
「だから、軟弱だといっとるんだ貴様は!!それでも領軍精鋭か!?」
しかし、領軍の参謀も担う精鋭部隊の隊長は、全てを総合的に判断して”太刀打ちできない”と結論づけていた。弓矢に槍、それに少しばかりの騎兵が主の彼らでは、戦争ではなく人狩りにしかならない。魔法兵でも入れば多少はやりようがあったかもしれないが、ジョンが領主になってから自身が魔法が不得手なのを理由に彼らを冷遇して逃げ出され、先代の好で残った老練兵は先の帝国戦で帰らぬ英霊となってしまっている。
だが、ジョンはその現実を決して認めない。短い腕を必死に突き上げて、唾液を多分に撒き散らしながらその場にいる全員に命令を飛ばした。
「いいか!?敗北など一切認めん!!全員が玉砕覚悟でぶつかれば、あんな奴ら屁でもない!弱音を吐いている暇があったら武器を手に取り特攻しろ!!」
つまり死ねということだ。その場にいる領軍や守備兵は感情のない無表情へと変わる。ジョンとその馬鹿息子二人以外には、ダンが何をしようとしているのか多少は耳に入っているので、自身の身の振り方を”決心”時始めていた。
ただ、”経験の浅いもの”は、この極端な状況により、精神の均衡を著しく害している者もいた。
一人の守備兵が、下を向いてぶつぶつと呟く。そのつぶやきは次第に大きくなり、最後には叫び声となって領主の間に木霊する。
「なんで…なんで…もういやだ…もういやだ!!」
若い巨体の守備兵が、自分の槍を手にとって振り回し始めた。
近くに居た同僚たちは何が起こったか解らず、その得物が当たらないように距離を取るだけで精一杯だった。
次第に騒ぎが大きくなり、その騒乱にジョンたちが気づく。
そして、守備兵などの取りまとめを任されていることになっているトイドが声を荒げた。
「な、何をやっている!?」
「わかりません!突然暴れ始めて…!」
「早く取り押さえろ!!」
しかし、誰も取り押さえられない。なにせ、相手はその恵体のために山村から直々に招かれた若者だった。槍術の才能は指折りで、2m近い巨体から繰り出される力も申し分ない。現状に士気が地に落ちた守備兵や領軍の兵士が真面目に行動するわけがなかった。
「うわああああああ!!!」
若い巨体の守備兵は、なおも槍を振り回しながら領主の間を暴れまわる。
そして、そのうち中庭へと出る扉を突き破った。さらに、彼の手にはいつの間にか布切れが握られている。それは扉近くの窓に備え付けられていた日除けで、”白色”をしていた。
錯乱状態の中で見せた、最後の冷静な判断だろう。
6時08分 宮城県亘理町 ”宮城戦闘団”作戦指揮所(前:宮城観測拠点)
「一佐、状況は?」
「現在領主官邸の中庭に白旗を振る人物が居ます。恐らくは、彼らの兵卒だと思いますが…」
久慈屋たちは状況に変化があったため、指揮所のテントに再び入っていた。指揮所内に備え付けられた映像モニターには、偵察ヘリのOH-1から送られてくる映像が映し出されていた。
領主官邸の中心に位置する中庭。その真ん中で、槍に付けた白い布を必死に振る一人の巨体な兵士の姿。
リリーはその映像を確認して、彼の所属とその到達経路を推測する。
「…あれは領都守備兵ね。開けられている扉は領主の間のものだったかと。」
「てことは、武装解除か?」
「目下、確認中です。」
久慈屋の言葉に、真野一佐はすぐに確定ではないことを告げる。
領主がいるであろう部屋から出てきた兵卒が、降伏を示す白旗を振る。わざわざ説明をする必要もない状況だろうと思う。だが、確定的な情報は、内部に潜入中の”S”の人々に任せるしか無い。
しかし落ち着かない。そう感じた久慈屋は、リリーにさらなる情報を聞こうとした。
「リリー、彼がどういう人物なのか検討は?」
「…流石に、他領の守備兵までは…」
「だよなぁ…」
「あ、でも待って…」
久慈屋に問われたリリーは、口元に手を当てながら映像を凝視する。そして、しばらくして確認が取れたのか久慈屋に返答した。
「うん。都市防衛の政令に基づいているなら、彼は二等兵ね。」
「…それって、階級的には…」
「一番下っ端。」
ここで、久慈屋は自身が抱いていた落ち着かなさが、実は得体の知れない不安感であることに気づいた。
なんとも妙な雰囲気に包まれ、眉間に皺が寄ってしまう久慈屋。リリーの返答がそれを強めていることも謎だった。
そこへ、彼の後ろから声を掛ける人物がいる。圃場だ。
彼も険しい表情で映像を見ながら、ちょっとした”気づき”を久慈屋に告げた。
「…ねぇ、久慈屋さん…ちょっと気になるんですが…」
「…彼のこと?」
「ええ…彼、泣いてません?」
6時09分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸地下 官邸危機管理センター
「白旗、ですね。」
「のようですが…」
宇賀野総理は、天城官房長官の言葉に続けるようにして返答する。
危機管理センターのモニターにも、OH-1の映像が映し出されていた。
作戦開始以来緊張した雰囲気が包んでいた室内に初めて安心感が漂い始める。
気が緩んだのか、危機管理監などの一部閣僚は楽観的な希望を口に出す。
「…やはり、戦闘機には恐れおののいたようだな。」
「ということは、後は入場か。思いの外、簡単に形が付きそうだ。」
安心感は急速に広がる。たしかにこのまま行けば、作戦は一番ラクな方法で片付く。
しかし、宇賀野はなぜか不安感が拭えない。この空気が、”現実逃避”のようなものに思えるからだ。
そんな彼に防衛大臣が現状報告を上げる。
「総理、現在偵察部隊が武装解除の確認を急いでいます。完全な確認には数分を要します。ここで念の為確認しておきますが、武装解除となると…」
「そうですね。これ以上の攻撃は必要ないでしょう。」
宇賀野の一言に、安堵感が更に強まる。一部閣僚は歓声まで上げている始末だ。
絶対におかしい。しかし、何がおかしいのか未だつかめない。
その不安感の出処を探るために、宇賀野は映し出される映像を凝視する。
そしてあることに気づいた。宇賀野は無表情になりながら、防衛大臣に確認を取る。
「ですが、一つ良いですか?」
「…なんでしょうか?」
「彼、泣いてません?」
宇賀野の言葉に、部屋中の人間が小声で話し始めた。
確かにそうだ。彼は泣いている。なんで泣いているんだ?終わるのが嬉しいのか?でもそんな顔に見えるか?
しかし、泣いているという認識が事実であったことは確かなようだ。
そこで宇賀野は素早く思考を巡らせる。そして、同じ考えに至った宮城の前線にいる一人の科学者も、同じ行動を始めた。
(こういう事実上の降伏で、一番下っ端にその先陣を切らせるというのはありなのか?)
久慈屋はテントの中を歩きながら考える。降伏する場合、一番下の階級の人間が、その意思表示をするというのは適当なのだろうか?と。
(…武装解除のような重要な意思表明の場に、なぜ一人しか居ないのでしょうか…)
宇賀野は机に手をおいて目をつぶりながら自身に質す。降伏にはその条件の話し合いが不可欠である。故に、その場に一人だけというのは流石に合点がいかない、と。
(そもそもなぜ中庭なんだ。武装解除なんて、指揮権を持つ人間が周知できる場所で発布しないと意味がない!)
久慈屋は口元に手をやりながら更に考え、この状況を訝しむ。下っ端が中庭で降伏を表明しても、その他の場所に伝わらない。武装解除なんて、ごく一部の地域で行っていも効果がない。むしろ、欺瞞行動とさえ取られて事態を悪化させる可能性もある。そんな事をする前に、”腐った頭”は取り替えられるだろう。であれば、下っ端が一人で出張る必要は無いはずだ。
(事前報告では、武装解除を早期に行う可能性は、領主の人間性という観点から低かったはずですね…)
宇賀野は思い出す。戦闘ヘリでの攻撃までは既定路線だったことを。その理由は、東方領主という人間が”打算的”で感情的”なため、理路整然とした行動は無理であろうという、王国からの報告だ。
それが全て事実であるとすれば、”降伏などするはずがない”。
(であれば)
(答えは一つですね)
全く別の場所にいる二人の人間。立場も性格も全く異なる彼らは、同時に同じ結論に至った。
((士気の霧消による彼個人の独断専行))
追い詰められた戦局。自身の命が一寸先には散るかもしれない悪夢。にも関わらず、その意思が汲み取る様子のない現実を否定し続ける上官。負け戦の地獄を絵に描いたような状況で、生存本能に従った結果の行動が、今の彼の行いだとしたら。そして、上官が”血も涙もない自己中心的な輩”だとしたら。
幾千の歴史を経たこの世界だからこそ思いつく、この先の展開が最悪な結果の可能性に気づいた二人は、再び同時に声を荒げる。
「おい、”あいつ”不味いぞ!!」
久慈屋は知らないうちに天幕の出口まで来ていた。その事実を認識た瞬間に、すぐさま振り返り、映像モニターへと駆け寄る。しかし、その気づきに至っている人間はその場に居なかった。
「芦屋防衛大臣!!”彼”を下がらせなさい!!」
宇賀野は机を叩いて立ち上がり、怒鳴りつけるように防衛大臣に指示を出す。
しかし、この場にもその可能性を考慮している人間は居なかった。
指示を出された防衛大臣も面食らった表情で止まってしまう。
なによりも、”対策”や”対応”を行うには、些か時間が無さ過ぎた。
6時13分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 上空 偵察ヘリOH-1
「こちらオメガ、建屋側にて数名の人影を確認…動きがある模様。」
偵察ヘリのOH-1に乗る陸自隊員が、観測した情報を指揮所や東北方面隊及び統幕に送るため実況していた。
数分ほどは巨体の兵士が白旗を振るだけだったが、そのうち彼が出てきた扉に人だかりができていた。
その集団は、どうやら”誰か”が外に出るのを必死に止めているようだった。しかし、奮闘虚しくその対象と思われる人物が中庭へと足を踏み入れる。そして、その人は未だに無心に白旗を振り続ける兵士へと一直線に近づいていった。
「えー、一人が白旗を振る人物の元へと近寄っている…なにか取り出…え?」
実況報告を続ける陸自隊員。彼には、その人物が腰のあたりに手をやって何か弄るような仕草をしたのが手に取るように見えた。結果、兵士に近づく人物がが何を取り出したのかも一瞬で把握した。
だからこそ、それが”剣”であることを把握したときに、次の展開が理解できてしまい報告をする言葉を失う。
「あっ!」
そして予想通りの光景。人が刺される瞬間だ。日本で普通に生きていればまず見ることのない場面を目撃した彼が、あまりにも安易な感嘆符を口にするのは無理もなかった。
兵士の背後から近づいた人物は、自身と同じ位の長さがある剣を巨体の兵士に突き刺したのだ。
6時16分 宮城県亘理町 ”宮城戦闘団”作戦指揮所(前:宮城観測拠点)
指揮所は静寂に包まれる。映像から見るに、その剣は巨体の兵士の背中から胸を的確に貫いた。
血に濡れた剣先が突き出ると、兵士はすぐに大量に吐血する。恐らくは、大動脈と食道を傷つけられたのだろう。
いくら巨体といえどもあれは致命傷だ。出血多量で十数分後には確実に死ぬ。
程なくして、白旗を振っていた屈強な腕は力なくぶら下がり、続いて巨体の全体重を重力に預けるようにして前のめりに倒れた。
「…やりやがった…」
「あの屑…!」
久慈屋は映像を呆然と見ながら呟く。何もかもが遅すぎ、楽観的だったことを思い知らされる。
映像からその凶行が”領主”によって引き起こされたことは明らかだった。
久慈屋のつぶやきに呼応するかのように、リリーも憤怒の表情を浮かべて吐き捨てるようなセリフを吐いた。
アミナは黙しているがその顔は怒りに満ちていて猛獣そのもの。あのジルでさえも無表情となっている。
圃場などの官僚は、目の前の惨劇に顔を青くしていた。
そして、この後の領主の行動が、今後の全てを決定づけた。
6時18分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸地下 官邸危機管理センター
その瞬間は衝撃的だった。なにせ人が死ぬ瞬間を見せられたのだから。
危機管理センターは短い悲鳴が響いた後、すぐに沈黙の底へと沈んだ。
宇賀野は立ち上がったままの状態で、モニターを睨みつける。全員が、次の行動を考えあぐねていたときだった。
自身の配下にいた兵士を手に掛けた領主は、倒れた亡骸から剣を乱暴に引き抜いた。
そしてその剣を、死を待つのみとなった兵士へ、渾身の力を込めて幾度となく振り下ろし始めた。
5回目の振りで腕が飛び、10回目の振りで腸がにじみ出る。
そして、切りつけた回数がわからなくなると、兵士の頭が潰れ脳梁が飛び散る。
流石にこの無残な様子には天城が悲鳴を上げてしまう。
「ひっ!…」
「…天城さん、無理に見ない方が良い。」
顔面蒼白で画面から顔を背けた天城を気遣う宇賀野。
しかし、彼はモニターから一切目を離さなかった。この場面を脳裏に焼き付けることで、いらぬ雑念を排除して”目的を達成する”ことを意識し始めた故の行動だった。
しかし、目の前の鬼畜な所業には反吐が出る。故に、自然と表情が歪み、怨嗟に満ちた言葉が漏れ出した。
「…獣が…!」
しばらくして、兵士が人から肉片へと変貌したところで、領主は気が済んだようだ。彼は初めてヘリが頭上を旋回していることに気づいたようだ。
そして、”勝ち誇ったような表情”を浮かべると、血と肉片にまみれた剣と自身の姿を誇示するように笑ってみせた。
人の為すことではない。それが正直な感想だった。
宇賀野は努めて無表情になり、静かに椅子に腰を下ろす。
そして、かなり感情を込めた強い口調で話し始めた。
「…防衛大臣。」
「は、はい!」
「攻撃を続行してください。武器の無制限使用許可も継続します。」
あの凶暴性は危険すぎる。現時点では武装解除などされないだろう。
まだ決定的な一打が足りない。それを施さなければ、”国民”に被害が及ぶ。
宇賀野は政府の長として、強く決意した。




