他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 7
5時34分 宮城県亘理町 ”宮城戦闘団”作戦指揮所(前:宮城観測拠点)
「ん~、やっぱF35ってのっぺりしてるよね。動きが。」
「そうか?見た目がずんぐりむっくりだからそう見えるんだろう。」
ジルと久慈屋が空を見上げ、目の前で急上昇しながら旋回し再び仙台湾へと出たF35を見ながら話す。2人はエンジニアや科学者気質のため、戦闘機などの兵器への興味も多分にあった。作戦行動中の戦闘機を間近で見られるなんてそうそうないため、もちろんその動きを熱心に”観察”している。
流石に、映像を私物の端末で記録することは真野一佐や圃場から固く禁じられたが。
リリーとアミナは、飛び去るF35を言葉少なに見守る。”本格的な攻撃は過剰なため、今回は上空を飛ぶだけ”という何も効果がないように思えた行動説明に、それは怪訝な表情を浮かべていた2人だったが、今ではおぼろげにもその”意味”を理解した。
こちらの世界の戦いは、極力損耗を出さずに戦意を喪失させるか、継戦能力をピンポイントで崩壊させるかにかかっている。その精密な戦術の片鱗は、彼女たちに相応の衝撃を与えたようだ。
やっと口を開いたのは、一度離れたF35が再び戻っていることに気づいたアミナだった。
「…あれ?戻ってきたね?」
「お、いよいよだな。」
「えーと…何をするつもりなの?」
”空と地上”の連携により、効果的な演出を行う。
作戦フェーズ2は、まだ中盤に差し掛かろうかというところだ。
5時35分
「スサノオ02、これより”仕上げ”を行う。」
「了解。目標及び周辺は確保されている。」
「了解。」
F35が再び通信を入れる。今度は南東側から入り、先程の進入ルートをなぞるように戻る。少し違うのは、高度が60m程度で、速度もマッハ0.5程度とかなり落とされている。
それでも再び舞い戻った轟音を撒き散らす”飛翔する鉄船”は、東方領都の人々に再び強い恐怖感を抱かせていた。
しかし、それはこの作戦の目標の一つである。つまり、順調だ。
「Ready...Now!」
僚機のパイロットの合図とともに、F35は両機とも右旋回しながら上昇を始める。同時に、僚機の機体底面からいくつかの”光の玉”を排出した。
これは赤外線誘導対空ミサイルの追尾を妨害するために使われる”フレア”だ。
通常であればこんなものを使用する必要は全く無い。
だが、この作戦ではある重要な役割を果たす。肝なのは、”彼らにはそれが何か分からない”ということだ。
「””こちら偸、”流星”を確認。これより点火する。””」
領都内に展開する特殊作戦群は、そのフレア射出を確認を報告する。
そしてすぐさま傍らの機器を操作した。
次の瞬間、丁度F35が飛翔したルートの真下にある建造物が爆音とともに吹き飛ぶ。
それはもちろん、彼らが仕掛けたC4によるものだ。
「””全地点成功。敵方の人的損害見受けられず。これで彼は美術館は開けまい。””」
作戦群の隊員が再び状況を報告する。成功だ。
事前の手引きにより、周辺には最低限の人員しか居ない。
それに、爆破したのは”領主の趣味”である美術品の保管蔵だ。
得体の知れない物体が超高速で領都の頭上を飛び回り、それが火の玉を吐き出した後に、立派な蔵を瓦礫に変貌させるような爆発が発生。直接的に関係していないこれらの流れは、”知らない者”からすればただの攻撃にしか見えない。
東方領都の”一部”が恐慌状態へと突入するのは時間の問題だった。
5時39分 宮城県仙台市 霞目駐屯地
「”流星の落下”を確認!」
霞目駐屯地には、八戸の第2対戦車ヘリコプター隊所属AH-1Sが2機と、同駐屯地の東北方面隊ヘリコプター隊所属UH-1Jが2機、観測用でOH-1が待機していた。
戦闘団からの連絡で、各機が一斉に飛び立つ。
編隊は一路、南へと進路を取る。
5時47分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 北辺上空
「ハンター01、02。準備完了。」
「””了解。敵方は動きなし。そのまま続行せよ。””」
「了解。”紙吹雪”の散布に入る。」
5機のヘリは、東方領都の北側でホバリングして待機する。
戦闘団作戦指揮所との簡潔な連絡を行った後、UH-1Jがまず進み始めた。
領都の上空に入ると、隊員2名が両側の開け放たれたままのドアの縁に立ち、注意しながら傍らにある箱から紙の束を取り出すと、一斉に機外へ放り投げ始めた。
紙の束はヘリの巻き起こす暴風でたちまち散り散りになり、そのまま東方領都全体へと降り注いでいく。
「…まさか、こんなことをすることになるとはなぁ…」
「ああ、日本が撒くビラとしては、最高に皮肉だな。」
紙の束を手際よく放り投げる彼らは、自嘲気味に話す。
その紙片には、王国の協力により彼らの言葉でこう書かれていた。
”日本と王国は協力関係にあり。武装解除の折にはその安全を保証する”
”武装解除完了には、”白旗”を掲揚して報告されたし”
彼らが撒いているのは、”降伏勧告のビラ”だ。
丁寧にその手順まで記載してある。
UH-1Jはビラを配り終えるとひと足早く作戦区域を離脱した。
後はしばらく待機。彼らの反応を待つ。
5時58分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 西職人街
「これは…降伏しろってことか?」
「あたりめぇだろ!第一、俺らは今回の動きにはなんら協力しとらん!!」
石造りの反射炉がそびえる鉄火場近く。二人のドワーフが、先程ばらまかれたビラを手に取り悪態をついていた。二人は鍛冶師のアルベルとライムン。小柄だが異様なまでに筋肉質で、そして顔には自身の腰まであるような長いヒゲ。絵に描いたような姿見だ。
このビラは市井の人間もほとんどが皆手にしていた。文字が読めないものは、教育を受けている商人や魔法使い、それに彼ら技術職のドワーフなどにその内容を説明してもらう。
内容を認識したものは、すべからく”当然のことだ”という反応になる。
「”安全を保証”か…飯とか分けてくれねぇかな…」
「…先の帝国戦に行った奴らの孤児はもう限界だろうな。だが…」
先の開戦より、唐突な敗走から謎の王都訪問、そして”例の事象”を挟んでの突然の帰還から王国への反旗に宣戦布告…領主の言葉を信用しているものは誰ひとりとしておらず、帝国戦から自活能力が著しく損なわれた東方領の立て直しの方を願う声が多かった。
さらにそこに日本の”具体的な行動”。無理も無いだろう。
もちろん彼らは東方領の基軸となっている鍛冶職人達だ。彼らに”領主排斥”の助力を匂わせるものは少なくない。しかし、二人は首を縦には振らなかった。
「守備兵や領軍がどうするか…少しは待とうじゃねぇか…」
東方領自体への帰属意識からだった。しかし、”拒否”したわけでもない。
彼らは東方領全体の総意を確認したがっていた。
6時00分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 東貴族街
マーベリー子爵邸 応接室
「マーベリー卿!?話が違うではないか!!」
「全くだ。何が国王の権威を守る最初の一歩だ!空中を縦横無尽に飛び回る得体の知れない代物を扱う奴らと敵対するとは、どういう了見なのだ!?」
「お、落ち着くんだ!」
マーベリー卿は二人の初老男性に詰め寄られ冷や汗が止まらない。
なぜこんなことになったのか?それは先程の騒動が原因なのは言うまでもない。
「それにだ!日本と王国は協力関係にあるとは初耳だぞ!?国王は苦渋の選択で隷属に下ったという説明と合致しないではないか!!」
「そ、それは奴らの欺瞞だ!国王の権威は、奴らには守れない!」
「ではこの国王印はどう説明するのだ!魔印の偽造は出来ないことは承知してるだろう!!」
「うっ…!」
必死に二人を宥めようとするマーベリー卿だが、その旗色は悪い。
彼は今回の動乱を裏で操ろうとしていた。それは、日本側の行動や武力が大したことないということと、国王は日本との関係を快く思っていないはずだという情報が前提のものだった。もちろん、領都内の貴族には、それを骨子とした説明を行っている。
しかし、彼らが見たこともない戦闘機による威嚇行動は、最初の前提条件を吹き飛ばすには十分だった。さらにダメ押しで、先程ばらまかれたビラには、国王が裁可したことを表す魔印がしっかりと押されていた。魔印は、魔印台を使用するかその印を持つ本人が魔力を注ぐことでしか顕在化しない。そして、国王の魔印台は存在しない。つまり、これは国王もこれらの行動を”許諾”していることを示していた。
こうして、マーベリー卿の説得力は消え失せて、今回の詰問へと発展した。
反論できる材料を全て無くして言葉に窮したマーベリー卿を、二人の貴族が呆れた表情とため息混じりににらみつける。そして、自身の立場を簡潔に述べ始めた。
「とにかくだ!我がボリス家は今回の動乱とは一切関わらないからな!援助予定も全て白紙だ!」
「私達ノリス家も関係を断つ。矢面に立ちたければ、マーベリー卿一人でどうぞ。」
「そ、そんな!?」
至極当然の行動。契約の前提条件が未達であるならば、当然と言えるだろう。
しかしマーベリー卿は藁にもすがるような雰囲気で二人に悲壮な表情を投げかける。
彼もまた、予想外の状況にうろたえ、そして怯えていた。
だが、貴族二人は無情だった。
「ああ、あと我々は懇意にしている領軍幹部と話してくる。”降伏”の可能性を探る。」
「な、そんな尚早な!?」
「うるさい!ただでさえ泥舟の東方で、なんで自らの手で船底に大穴開ける必要がある!!話は終わりだ!」
引き留めようとするマーベリー卿のてを払い除け、足早に部屋を出る両貴族。
その後の部屋にはマーベリー卿と、リスベン男爵のみが残った。
マーベリー卿はゆっくりと男爵を見ると、恵みを求めるようなさもしい表情を浮かべながら、弱々しく声を掛ける。
その様子は、庭先で草花を触っていた先ほどまでとはまるで違う、か弱いとさえ表現できるようなものだった。
「…四世…」
「…マーベリー卿。残念だが、私も手を引かせてもらう。」
「なっ!?」
「理由はボリス、ノリス両男爵が全て話してくれています。では、失礼。」
リスベン男爵は元々大きな不安を抱えていた。
であれば、今の状況で彼に与することは、ありえなかった。




