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他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 6

5時26分 宮城県気仙沼市の東30km 上空


「こちら”スサノオ”。これより降下する。」


高度6000mを進む2つの暗い灰色の翼。航空自衛隊三沢基地、第3航空団隷下の第302飛行隊のF35-Aだ。

東征作戦の段階移行により5時15分に飛び立った2機は、巡航速度のマッハ0.8で東北沖の太平洋上を進んだ。


通信後、機首を下に向け急速に高度を下げる両機。

女川の上空に差し掛かる頃には高度1000mを切っていた。作戦区域が設定されている仙台湾に入ると、経路を微妙に修正してさらに高度を下げる。目標高度は40m。正に超低空飛行で作戦区域に進入する予定だ。防衛出動により航空法の規定が適用されない状態でなければ、絶対に行わない。




5時26分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 北辺城壁上

「で、お前はどうするんだ?」

「…わからねぇよ。だって、ダンの旦那にも勝算があるとは言えんだろ?」

「…最もだが、最低領主の当代に比べたらどうだ?」

「陽神の化身と場末の詐欺師くらいの違いがある…でもよ…」


やや鋭い眼光を持つ守備兵のミハイルが、大柄だが素朴な表情の、少し動きが緩慢な青年の守備兵アレクセイと話す。ミハイルは、元々ダンの元についていた王国軍人だった。だからこそ、今回の話を最初に彼から持ちかけられており、二つ返事で協力を了承した。

そんな守備兵は、同郷の山村から出てきたアレクセイをどうしても仲間にしたかった。

しかし、彼は根が穏便な性分で争いを好まない。さらに、思考を巡らせる必要がある場面が苦手という欠点もあり、ミハイルの話に乗り切れずに居た。

状況を鑑みれば、領主にこそ勝ち目がないことはわかりきっていが、ダンの行動の行方も闇に覆われていることにも変わりわ無い。

それが、ただでさえ鈍いアレクセイの判断能力を、さらに惑わせていた。

ミハイルはそんな彼に決断を迫る。なにせもう、全てが動き出していて時間がないのだ。


「アレク。領主は最大の悪手を行った。もうじき王国と手を組んだ”日本”の手でそれを嫌でも実感させられる。」

「…どうやってだ?俺なら止められるかもしれねぇ。矢が10本刺さっても平気だったんだ!」

「違うんだアレク!彼らは弓矢は恐らく使わない!ダン様の話では、我々とは全く異なる戦い方をするはずだ!!」

「そんなこと言ったら、どう戦うんだ!?」

「私が知るわけはないだろう!!」


アレクセイの言葉に、ミハイルは思わず苛立ちを隠しきれずに怒鳴った。しかし、王国の人々は、皆が”こちらの世界”の戦いを知らない。アレクセイのようなタイプであれば、自身の経験のみから希望論を組み立てるのは、あまり責められないと言える。

だが、アレクセイはミハイルが滅多に見せない鬼気迫る表情にたじろいでしまう。

彼は少し臆病なところがある。その様子を見て、ミハイルは自身の感情を恥じ、少しだけ冷静さを取り戻した。

胸壁に背中を預けて深呼吸したミハイルは、少し説得の方法を変えた。勝つか負けるではなく、”守る”という方向だ。

その説得を行うために、ミハイルが話しながらアレクセイの顔を見た。だが、大柄な彼はミハイルがもたれ掛かる胸壁の向こうにある”北の空”が気になっていた。


「そうだ…こう考えろ。領主に付けば」

「なんだ?あの”黒いの”?」

「…は?」


アレクセイが漏れ出すように言った言葉。それを聞いたミハイルは、初めて彼が”空”に目を奪われていることに気づく。

ミハイルもすぐに胸壁の間からから顔を出して、アレクセイが見ているであろう方向を観察する。そこには、彼の言う通り”黒い点”が2つ、空に浮かんでいた。

それに、よくよく耳を澄ませると、彼らが聞いたことがない、”重厚な風切り音”が微かに響いていることにも気づいた。


ミハイルは黙して黒い点を見つめる。それは瞬きをほんの2,3回するごとに大きくなる。

そして、彼らが全てを理解する暇も与えずに、轟音と同時にそれが頭上を掠めて行った。



5時22分 エルニア王国東方領都ローディウヌ 南貴族街

マーベリー子爵邸 中庭


「…全く。朝から騒がしいぞ。」

「仕方がないだろう、マーベリー卿!やはり、無能領主は役に立たなかったんだ!」

「…それも想定内だろうに…」


マーベリー卿と呼ばれた初老男性は、鷲鼻を引くつかせながら庭先に植えられた花々をのんびりと眺めていた。しかし、傍らに控える平凡でそれといった特徴のない雰囲気の若い男…リスベン男爵は慌てふためいている。

マーベリー卿は、彼の話を聞く。


「ジョンが捉えたといったウェストや日本の重要人物は全て逃げられた。次男のダンは父親を見限って、日本と王国の征伐作戦に力を貸そうとしている。しかも、ダンのほうが協力者が圧倒的に多い!!」

「だから、いちいち説明されんでも状況はわかっとる。そもそも最初からジョンは体のいいデコイだと言っておろうが…まあ、生まれつきの軍人であるダンが、そのような行動に出たというのは、ちと意外だったがな。」


マーベリー卿とリスベン男爵。この2人は王都に缶詰にされていた他領貴族であり、今回の東方領訪問に際し、ジョンに気に入られて他領訪問に同行。そのまま本家への帰還となった。その正体は、国王の”権威”にのみその価値を見出している、国王急進派の重鎮だ。彼ら独自の情報網により、東方領主とそれに関連する”あれこれ”は調べ上げられている。自身の属する派閥を薄気味悪い政変に利用されたのは腹立たしいが、そこで東方領主と言うおだててれば疑いもなく無茶苦茶をする扱いやすさに目をつけた。

彼らは、国王という権威に傷をつけた先の王都での乱痴気騒ぎに嫌気が差している。しかし”行動”を起こすには情報が全く無い。なので、ジョンの自己顕示欲を焚き付けて今回の騒動の火種を準備した。彼らの目的は、東方領主を生贄にして”日本”の能力を正確に把握することにあった。

もちろん東方領内にも協力者は大勢いる。故に、今回の動乱の現状は、全て把握していた。


「…なあ、四世。今の所、計画には何ら支障は出とらんだろう?目的は達成されつつある。」

「ええ…ですが、閣下も申されたようにダンの行動は…」

「不利益にはならん。我々は、”勝ち馬”に乗ればいいのだ。」

「…勝ち馬?」


リスベン男爵の言葉に、マーベリー卿が初めて花々の鑑賞を止めて、彼の顔を見て口角を上げて笑う。そして、冷静さを欠いている男爵に、丁寧に説明してあげた。


「そうだ。ジョンが勝てば彼らの仲間、ダンが勝てば彼らに協力。今現在、我々は”中立”である。これは、どちら側にも属すことができるのだ。」

「…しかし、そううまくいきますかね…日本の技術は珍妙ですが我々には到達できない頂を感じます。それが全て牙を向けば…」

「”ヒコーキ”に”ジドーシャ”。確かにどれも凄まじかったなぁ…」


マーベリー卿は顎に手を当てながら、王都から東方領までの道のりを思い起こす。

彼らとて、日本を侮っているわけではない。その技術は本物であることは重受賞地シていた。空を飛んで移動など、彼らには”おとぎ話”の世界なのだ。

その得体の知れない現実にあてられたリスベン男爵は、未だに落ち着かない。彼はその技術を元に行われる戦いに恐怖していたのだ。


それを感じ取ったマーベリー卿は、リスベン男爵にとっておきの情報を伝える。それはマーベリー卿が事態の悪化を憂いていない根拠だった。


「四世。日本はな、”軍を持たない”らしい。」

「…は?…いや、東方領への移動に使用されたものは、全て軍の所有だと聞いて…」

「彼らは”防衛組織”だそうた。国を守ることに特化しており、”攻める”能力を有さない。」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、考えても見ろ。彼らは、防衛組織とやらを使って物資の配給しかしとらん。それは、攻撃能力を有していないことの証左になろう?」

「…確かに…ですが、元の情報の出処は…」

「ああ。日本の政官だ。聞いたら全部話してくれたぞ?」

「な、政官が!?そんな秘匿事項を!?」


マーベリー卿の説明に、リスベン男爵は初めて安心を表情に出し始めた。防衛に特化した組織のみであり、攻撃などには制約が強くかかる。さらに、そういった情報を官僚がべらべらと喋る。彼らには到底理解できないことだった。故に、破滅的な事態にならないことの根拠であるとマーベリー卿が確信し、リスベン男爵もそれを実感するには十分だった。


少しの間口を閉ざした二人は、しばらくして声を押し殺すように笑い始めた。

計画に狂いはなく、見の安全も保証されている。つまり、勝利が約束されているのだ。

無理も無いだろう。


さて。彼らが、その情報が”不十分な内容に基づいた楽観論”であることを知る術は、本来であれば無い。

だが、幸か不幸か、彼らは数秒後にそれを思い知る。


始まりは、小さな影が一瞬、彼らの頭上を通り過ぎたことだ。

2人はそれに怪訝な表情を浮かべる。鳥にしては大きく、早すぎるからだ。

顔を上げ、空を見ようとしたその時、彼らの周りに轟音が巻き起こった。

2人は慌てて身を伏せて、恐怖に打ち震える。何が起こったのかさっぱりわからない。


東方領都上空の1.5km。この6秒の飛行は、”戦闘機”という技術を初めて目の当たりにする東方領都に畏怖を抱かせるには十分だった。


北北東から飛来した第302飛行隊のF35-Aは、高度40mをマッハ0.7で通り抜けた。

ソニックブームや衝撃波によるいらぬ被害を避けるために超音速や遷音速にならないギリギリの線を着く、高度な飛行技術を用いた”威嚇飛行”だった。


少しして立ち上がったマーベリー卿は、恐怖心と戦いながらもあたりを見回し、その音の主を見つけた。

先程自分たちの頭上を通り過ぎたそれは、猛獣の咆哮と言うにはやや高いが、鳥のさえずりとは比べ物にならないほど恐ろしい音を轟かせ、南の空高くで再び黒い点となって動いているだけだった。


「…もしや、あれが防衛手段…だと言うのか…?」


マーベリー卿はどっと汗が吹き出すのを感じる。

自分は、とんでもない思い違いをしていたのではないかという考えに至ったためだ。

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