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他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 5

4時41分

「…はぁ?」

「…獄屋内には、魔力を纏った人形の泥があるだけでした。」


ジョンの表情は生気の抜けたような目と、顔中の筋肉がその機能を失ったと思えるほどに力のないものへと変わった。なぜ声を出せたのかさえ分からない。

分隊長は、そんな彼に静かに詳細を伝える。


ここ数十分程、ジョンはあらゆる感情の波を体験している。元々起伏が激しい彼と言えども、そろそろその荒波には疲れが見えてくる。それに加えてこの報告。

意識を取り戻すためにに顔を短く振ったあと、分隊長に改めて問い質した。


「や、奴等はどこだ?」

「…わかりません。すでに逃走したと…」


もちろん、分隊長がわかるわけもない。しかし、ここで不明と言ってもあらぬ言い分で怒鳴られそうだ。でも希望的観測に基づいた楽観論を伝えるわけにもいかない。

故に、逃走の可能性を示唆する程度に抑えた。


ジョンは小刻みに震える。目、口、頬などの顔はもちろん、肩や腕、それに膝。

つまりは全身をぶるぶると震わせており、さらに忙しなく辺りに視線を運ぶ。彼はまず状況を理解することを強いられた。次に、それが予想外であり最悪の事態であることへの動揺。そして、自身の思い通りにいかない現実に対しての怒り。


普通であれば、ここはひとまず冷静に、事後策を考えるというのが妥当だろう。しかし、小心者であれば動揺にとらわれて何も行動を取れなくなるというのも考えられう。

しかし、ジョンのようなタイプの人間は、その状況に一番生産性のない行動を行う。

八つ当たりだ。


「舐め腐りやがってえええええ!!!!」


腰に刺した剣を再び抜く。そして、ジョンは渾身の力で自身の執務机に叩きつける。先々代の頃から使われる歴史あるそれは、木製でありながらも非常に頑丈だった。なので、まともな形も無いままに振り下ろされた剣は、せいぜい細かい木屑を出しながら傷をつける程度の損傷しか受けない。しかし、ジョンはなおも机を怒りのままに叩きつける。羽筆やインク、決済用の蝋印に無駄な調度品。剣が打ち付けられる回数が増えるごとに、ひとつずつ飛ばされ、落ち、そして壊れていく。


ダンはただただ無表情に、分隊長は冷や汗を垂らしながらも、その矛先が自分に向かないように存在感を消して、沈黙を保ちながら見つめていた。他にも女中や執事、さらに副管数名もいるが、大体が分隊長と同じような雰囲気で、空気と同化しようと努めていた。

しかし、部屋の外にいる者にとっては、その物音は只ならぬ事態を予感させる物音だ。現に、行政官の一人が扉を開けて慌てて入ってくる。そして、ジョンに声をかけてしまった。

彼のようなタイプの人間が、その感情を発露させているとき、絶対に触れてはいけないのに。


「り、領主様…どうされ」

「うるさい小童が!?叩き切るぞ!?」

「ひっ!…申し訳ありません…!」


案の定、ジョンは怒りの矛先を彼に向けて、剣先を突き出した。

しかし行政官は対応を心得ていた。罵声にすぐさま深い謝罪の礼で答えた。

よって、それ以上彼にジョンの感情が放たれることはなかった。


この流れにより、先程まで繰り広げられていた異常な状況に一段落ついた。

ダンはその隙を見て、すかさず分隊長に指示を飛ばした。


「…おい、お前。領主官邸内の捜索は?」

「え、は、はい!目下、獄屋への突入隊があたっております!」

「そうか。範囲は領主官邸全体に広げろ。特に貯蔵庫棟は死角が多い。入念に探せ。」

「は、はい!失礼します!」


普通であれば、現在の東方領最高指揮官でもあるジョンを飛ばして、ダンが指示を出すというのはあまりよろしくない。普段であれば、ジョンがつばを撒き散らして罵声を浴びせたことだろう。しかし、今の彼にはそれにかまう余裕もないようだ。


分隊長は素早く敬礼し、回れ右して部屋を後にする。

そして、この空間には体力切れから剣を振り回すのを止め、息を切らして机に手をついてうなだれるジョンに、それを黙して静かに見つめるダン、その二人を困惑した表情で見つめる行政官のみとなった。

少しして、ダンが再び口を開く。それは行政官や他のものに対してのお願いだった。


「…皆、領主と二人にさせてくれるか?」

「…え、あ、はい!」


一瞬呆気に取れらた各々は、すぐにその師事を理解して足早に部屋を後にする。

最後に行政官が出ると、彼は素早く振り返り、静かにそして固く、扉を締めた。


ジョンとダンのみになった部屋には、再びほぼ静寂が訪れる。聞こえる音といえば、外で守備兵や領軍が動き回っているであろう喧騒の欠片と、未だに息切れをシているジョンの荒い呼吸だけだ。

ダンは、自分の中で迅速に考えをまとめる。そして、ジョンにゆっくりと問うた。


「父上…これで当初の計画は破綻したことが濃厚です。その上で改めて伺いますが、”どうされるおつもりですか”?」

「…どういう意味だ?」

「この騒乱の決着です。現時点で我々が取れる方法は2つ。すぐに城門を開け放ち降伏するか、持てる兵力の全てで総力戦を行うか、です。」


最高権力者であるジョンには、今後の方針を決めてもらわなければならない。なにせ、人質を獲って脅迫するという”素晴らしい”計画が脆くも崩れ去ったのだ。

立て直しを行わなければ事態は終息しないことが決定的だ。

ダンは務めて冷静な見地から指示を求めたにすぎない。

だが、ジョンは追い詰められていた。結果、彼の生存本能かなにかわからないが、割と確信に近いことを言い始めた。


「…貴様か?」

「…はい?」

「貴様が手引きして奴等を逃したのか…?」


事実だ。しかし根拠はない。それを理解しているダンは、ジョンの言葉に一切表情や態度を変化させなかった。さらには、すっとぼけた感情を目に宿しながら、目の前で怨嗟に満ちた表情を浮かべる父親に完璧な演技をして、質問を返した。

もちろん、ジョンが怒り狂ったのは言うまでもない。


「…仰っている意味がよくわかりませんが…」

「でなければありえんだろう!!私の計画は完璧だった!孤独獄屋に追い込んだ時点で大勢は決していたはずなのだ!それをお前が邪魔したのだから失敗したのだ!!そうに違いない!!」

「…父上、落ち着きましょう。根拠のない話をしている余裕はありません。」

「いや、根拠はあるだろう。お前は計画に強固に反対していた。それが何よりもの証拠じゃないか…」

「父上、落ち着いてください。」


喚き散らすジョンに、ダンは冷静にその根拠を求める。しかし、彼が言った根拠の数々は、どれも絵に書いた楽観論が下地になっていた。唯一説得力があるのは、最初にダンがこの一連の計画に反対していたというところだろうか。

今のダンがそれに動揺するわけもなく、ジョンを宥めようとさえしていた。

そこへ、再び執務室の扉が勢いよく開かれる。入ってきたのは、残りの当事者達だった。


「父上!何事でしょうか!」

「なぜ先程から守備兵が館内を走り回っているのですか!?」


あまりに遅い参上に、ダンはゆっくりと二人を見る。それぞれが軍や行政官の取りまとめを命じられているのに、この遅れは当事者意識にかけているとしか思えない。故に、ダンの表情には呆れが少し浮かんでいた。

しかしジョンはそんなことは気にしている余裕がない。二人にすがるように近づくと、薄気味悪い小声で話し始めた。


「おお…トイド…レゾル…我が優秀な息子よ…」

「…父上?」

「これは…?」


トイドにレゾルは一切状況が読み込めていなかった。よくよく見れば、二人はつい先程起床したに違いない。トイドは洋袴が寝間着であり、レゾルは行政官の制服を着用しているが、釦の左右が合っていない。未だに急いできたせいで呼吸も荒く、報告もまともに受けていないのだろう。


しかし、ここでトイドが分からないなりにも、突然姿勢を正して言葉を上げる。それにレゾルも続いた。これは二人がジョンの忠実なる下僕であるがゆえの、条件反射的なものだ。


「…未だ事情が飲み込めませんが、何があろうとも、私トイドは父上を支持します。」

「わ、私レゾルも同じです!父上に絶対の忠誠を誓います!」

「…流石だ…それでこそ我が息子…それに引き換え…」


ジョンは満足げだ。感無量と言った感じで、トイドやレゾルに手を添えて、愛しく撫で回す。非常に薄気味悪い。そして、その様子を静かに眺めていたダンに対しては、元の憤怒と恨みがましい表情を浮かべて向き直る。そして、ダンに近づき、鼻先がつこうかと言うほど顔を近づけて言った。


「…そうか、根拠はないと言うお前には…それを行動で示してもらおう…」

「…と、申されますと?」

「私は決めたぞ…”総力戦”だ…!領軍や守備兵だけではない、男も女も子供も老いぼれも、全員が武器を手に取り、栄光を忘れた王国と口だけの蛮族日本に攻め込むのだ…!」

「…それで、私に何をしろと?」

「わからんか…?」


ダンは、正気を失ったとしか思えない父親の表情を、引き続き冷淡に見つめる。

そして口だけを動かし問い質した。あなたは何を欲しているのかと。

それに対し、ジョンは広角を悪魔の笑みのように釣り上げて、ダンの目を睨みつけながら言い放った。


「お前が先頭だ。先頭に立ち、最初に敵の攻撃を一手に引き受けろ。それで死ねば、お前の忠義を信用してやろう…!」


兵法も戦法も分からない、体力も気力も乏しい雑兵集団の先頭に立て。つまるところ、体のいい死刑宣告だ。この時点で、ジョンはダンを息子とはほぼ見なしていないと宣言したのと同義だ。トイドとレゾルは、状況も読めないのも相まって、困惑した表情しか浮かべていない。

ダンにはその意志がよく伝わった。彼も”同じ考え”だ。だからこそ、その返答はあまりに無機質であった。


「…なるほど。よくわかりました。」

「おお…やっと理解したか…では行け!”私のため”に、その血の一滴を絞り出すまで戦い尽くせ!」


ジョンは突き放すようにダンへ罵声を浴びせる。先程の発言の通り、その表情は息子に向けるものではない。ダンはそれを踏まえて高らかに宣言した。


「承知しました。私は”東方領のため”に、最後まで戦い抜きます!!」

「…早く行けぇ!」


今この部屋で、ダンの発言の真意を知るものは、誰一人としてない。


5時5分 東方領主官邸 ”ジョンの塔”最上階

「…ダン様!ご無事でしたか!」

「ああ、心配かけたな。」


執務室を後にしたダンは、全速力で領主官邸を移動する。着いたところは、ジョンの自己顕示欲の象徴である白い巨塔だ。

最上階の見張り台の扉を開けると、”彼奴らを捜索しているはず”の分隊長がいた。

彼はダンの顔を見ると、安堵したようだ。


「しかし、先程は心臓が飛び出るかと思いましたよ!領主様と何があったんです!?」

「…言ってみれば、盛大な親子喧嘩だ。」


実のところ、ダンと分隊長は顔馴染みだ。故に、ダンの計画にも深く携わっていた。


「で、”行動”はどうだ?」

「ええ。指示を頂けたので全員が動いています。領軍はほぼ掌握、守備兵も半分が我々の配下です。」

「首尾は上々だな…あとは…」


”貯蔵庫を入念に捜索しろ”。これがダンの行動に協力する者たちへの合図となっていた。それを聞いた分隊長は、捜索活動を行うふりをシて、ジョンに愛想を尽かした守備兵や領軍の協力者に、”伝令”した。結果、彼らは今、反乱ではなくそれを抑えるために動き始めている。

報告を聞いたダンは、順調であることに安心した表情を浮かべる。そして、懐から夜半に渡されたそれを取り出した。分隊長ははじめて見るそれに興味津々だ。


「…なんですか?それ。」

「日本の隠密部隊から渡された。これを空に向かって放てば、彼らの限定的な攻撃が開始される。」

「珍妙な見た目ですね…それで東方の未来が決まると言うのも、言葉に困りますよ。」

「仕方がない。我々が進んでしまった道だ。」


王国軍でも、攻勢の合図を魔法弾で出すことがある。なので、一応軍備組織に属する分隊長はそれが何をするものなのか、ダンの簡単な説明でしっかりと理解した。

しかし、王国では見たことのないからくりであることにはかかわらず、これに頼らざるをえない自分たちの立場の弱さには、少しの不甲斐なさもかんじてしまっていた。

だが、ダンはそれさえも受け入れたように、爽やかな表情を示して返した。

と思えば、すぐに険しい表情へと変化して、その意志を自らで確かめるように口にする。


「しかし、民衆には罪はない。だから、道を正せねばならん。」


その言葉とともに、ダンは信号拳銃を手にして空に向ける。方向的には南であり、ジョンらがいる執務室からは死角となる位置だ。教えられたとおり引き金に指をかける。

滅多に口にしない神頼み。ダンは現実主義者故にそれを毛嫌いしていたが、このような状況では自然とその言葉が口から漏れ出ていた。


「…東方に陽神の後光が授けられんことを!」


ダンが引き金を引く。からは低い破裂音が響くと、煙の尾を引いて照明弾が上がる。そして、朝日にも負けないほどの輝きを放ち始めた。

それを見たダンはゆっくりと腕を下げて、そして小さくつぶやいた。


「…そして、願わくば父と兄弟に、正しい未来を再び与え給え。」


分隊長はそのつぶやきが聞こえてしまった。やはり、まだ家族を思う葛藤は残っているようだった。彼はダンに気遣うような表情を送る。ダンはそれに気づいて、彼に対していつもの険しい表情で指示を出した。


「…キャブ、お前は領軍の協力者に伝えろ。”民を守れ”と。」

「了解しました!」


全てが動き出して数日、後戻りはできなくなっていた。



5時8分 宮城県亘理町 宮城県亘理町”宮城戦闘団” 作戦指揮所(前:宮城観測拠点)


「“月光”確認!東征作戦はフェーズ2へ移行する。オクレ!」

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