他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 4
4時17分 宮城県亘理町”宮城戦闘団” 作戦指揮所(前:宮城観測拠点)
「…動きは?」
「依然として”白兎の居室”に侵入しようとしているようです。」
「目下、どのくらい掛かりそうだ?」
「”伊賀”の報告では、あと10分前後で内部の状況が露呈するかと。」
いよいよ夜が明けた。太平洋の彼方から陽光が差し出すと同時に、辺りからは夜の闇は一斉に消え失せる。昨夜は星も月も綺麗に見える快晴だったことから、日の出も邪魔のない空に燦然と現れることが出来た。
だが、状況は気持ちのいい朝を楽しむというものではない。
現在は潜伏と偵察を行う特戦群からの報告を聞いて、その後の状況を的確に判断する何時ようがあった。
久慈屋と真野一佐は話を続ける。孤独獄屋への突入が完了すれば、久慈屋たちが居ないことは自ずと知れ渡る。そうなった時、あの愚図がどう行動するかは予想が難しい。
となると、重要なのは協力者の動きだ。しかし、真野一佐は一抹の不安を拭えずに居た。
「…久慈屋さん、彼は本当にやるんでしょうか?」
「私はやると思っていますが…葛藤は確実にあるはずです。」
「…親子の絆と権力者の使命と言ったところですか…」
久慈屋の返答に、真野一佐がしみじみと呟く。
久慈屋は思わず、それに正直な言葉を述べてしまう。
「…彼には悪いですが、そんなものを天秤にかける立場にはなりたくないですね。」
「…同感です。」
普通の立場の人間が決して天秤にかけることが出来ない、親と他人。
しかし、彼はそれを行わなければならない状況に置かれていた。
この会話は、そんなダンの心中を最大限に気遣った結果、漏れ出したものだった。
4時29分 エルニア王国東方領軍産都市ローディウヌ 領主官邸2F
領主執務室
「ええい!報告は未だか!?」
「申し訳ありません!もう少しで内部に侵入できます!」
「早くせんか役立たずが!!」
経過報告に来た別の新兵。しかし、進まない内容にジョンは苛立ちを全く隠さず八つ当たりする。
報告に来た新兵は、その様子に顔を青くしながら敬礼して、逃げるように部屋を後にした。
当代領主の東方領では、この八つ当たりに動揺せずに対処できるかが、新人卒業の第一歩となる。彼はまだまだだ。もっとも、そんな儀礼は本来は不名誉そのものというのは、ここでは置いておこう。
新兵が部屋を出ると、ジョンは自身の執務椅子に乱暴にその腰を下ろす。
表情は未だに10割不機嫌と言ったところだ。これには、進まない状況と起きることはほぼ無いであろう早朝であるという状態が複雑に絡み合っている。この不機嫌はそう簡単に直らない。
こういう時、ジョンの側近は彼の側に近付こうとしない。率先してサンドバッグになりに行く物好きは、そうそう居ないだろう。
しかし、ここで黙して立つだけだったダンが突然進み始め、机を指でコンコンと叩きながら
踏ん反り返るジョンの前へと立つ。彼が顔を向けると、ダンは一つ質問をした。
「…父上、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「彼らを捕縛したとして、その後どうするおつもりでしょうか?」
ダンの言葉に、ジョンはこれ見よがしな溜息をつく。ダンが動じることはないが、周りは戦々恐々だ。側近たちには、ジョン以上にダンの行動に疑問を抱いていた。
ジョンはしばらくダンを睨みつけた後、呆れたように話し始めた。
ダンも努めて下手に出ることで、言葉を引き出そうとする。しかし、出てきた”計画”は野蛮極まりなかった。
「全く…この期に及んで、そんなことを問うとは…」
「…私はまだまだ若輩者です。どうか、ご教示を。」
「…簡単だろう。一人ずつ、磔にして石打ちさせる。その様子を彼奴らに見せれば、自ずと恐怖心から全てを受け入れるだろう。」
ダンは最初冗談だと思った。そのような蛮行、王国の歴史でも戦乱吹き荒れた建国初期にしか話を聞かない。そもそも、その演出により醸し出される恐怖は微々たるものであり、場合によっては火に油を注ぐ事態になりかねない。つまり、そんな事をする意味がないのだ。
だからこそ、ダンは次なる言葉を待った。しかし、ジョンは説明を終えたと言わんばかりに、彼の顔を冷たく除くだけだった。その目は、汚泥の如く濁っていた。
ダンは、それが計画の全容であることを理解し、同時に父親である眼の前の男の本性を思い知ったことで、あらゆる感情が沸き起こった。そして、喪失や悲哀という内にこもる陰性な感情が出ては消えを繰り返した後、最後に残ったのは表に吹き出す陰性な感情である憤怒だった。彼はそれを抑えること無く、その対象に全力で放つ。
「…それでは、我々はただの蛮族ではないですか!?」
「…なんだと?」
ダンの真っ当な意見に、ジョンは顔を赤黒くして立ち上がる。そして、ノシノシと彼の目の前に近づいた。2人には相当な身長差があるため、ジョンは普段からダンの近くに立とうとはしない。しかし、今のジョンはそのなけなしの自尊心さえも忘れるほど、一つの感情に満たされていた。彼は静かに、ダンに顔を近づけて話しかける。
「貴様…領主であり、父でもある私を”蛮族”と言うのか?」
「…そうは言っておりません。しかし、その行動は蛮行以外にほかなりません。」
「…それが、私を愚弄しているのだと言っているんだこの戯けがぁ!?」
ダンの努めて冷静な反論。しかし、ジョンの怒りを爆発させるには十分だった。
彼は全力の叫びとともに、腰にかけた短剣を抜いてすぐにダンの首筋に充てがった。
領主が自身の息子を殺す。歌劇のような場面が繰り広げられるかもしれない状況には、流石に周りも静止するために声を上げた。
「り、領主様!」
「煩い!!…かつては我が子息の中でも有望株と目していたが、王都でとんだ腑抜けの無礼者になりくさりおって…!」
「…」
ジョンは側近の言葉に耳を貸さず、なおもダンの首筋に剣をあてがい、その力を強めていく。ダンの首筋からは、少量の血が流れ始めていた。しかし、彼は一言も発さずにジョンを見下ろし続ける。この時、側近たちは気づいていた。ダンも自身の剣に手をかけていることを。
このまま行けば相打ちとなるだろう。しかし、側近は少し期待していた。このままダンが勝てば、無能上司の圧政から開放されると。あまりにも不謹慎な願いが表に出ることはない。しかし、その考えを抱かせる環境こそが、今の東方領を形作るものであると言わざるを得ないだろう。
事態は膠着し、誰もが微動だにしなくなった。誰にもどうなるかわからない。
しかし、この状況はある守備兵分隊長の報告によって打ち切られる。
「失礼します!!ご報告…が…」
慌てて入ってきた分隊長は、執務室内の様子を見て言葉を失った。憤怒を顔に貼り付けた表情を浮かべる領主が、自身の次男に手をかけようとしている。全くもって理解不能な状況だ。
ジョンは怒りに任せて分隊長を追い払おうとする。が、彼も報告をするまで後には引けない。思い出してみよう。東方領で新兵を卒業する条件の一つを。
彼は分隊長。それは攻略済みだ。
「後にしろ!」
「い、いえ、しかし…!」
分隊長は引き下がらず、ジョンを見つめ続ける。状況に飲まれていない人間の登場により、執務室の中には冷静さを取り戻そうとする雰囲気が生まれた。それはジョンも例外ではなく、そこで報告をしようと立ち続ける分隊長の姿を見て、優先すべき事柄を思い出せた。
悪態を付きつつも、抜き出した剣を引っ込めて席に戻る。その様子に、側近たちは事態の複雑化が避けられたという意味で安心した。しかし、未だに微動だにしないダンには少し不気味さを感じていた。
「…糞が!早く言え!!」
「は、はい…孤独獄屋への侵入に成功いたしました。」
「…おお!やったか。で、彼奴らは!?」
「それが…」
ジョンは分隊長の報告に、今日はじめての笑顔を見せる。孤独獄屋へ通じる通路を塞いでいた瓦礫が全て撤去され、突入隊が臨時編成された。そして、数少ない魔法兵の先導のもと新入を実行したという内容だ。
やっと事態が動く。これでジョンは自身の栄光の階段を再び登ることができると考えていた。
しかし、知っての通り、現実はそうとは行かない。
分隊長は、ジョンの性格をよく知っているため、素早く報告を終えるために極めて簡潔に”結果”を報告した。
「内部には誰もおりませんでした。」




