他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 3
3時55分 エルニア王国東方領軍産都市ローディウヌ 領主官邸1F
孤独獄屋通路前
「暇だな…」
「なら突っ込むか?」
「嫌だよ。」
崩れた石材の塊に腰掛けながら話す2人の守備兵。彼らは同僚のウィルパーとオービル。どちらも中肉中背で、年も近い青年だ。二人の表情は今ひとつ冴えない。理由は2つある。一つは夜通しの警備任務。夜警の担当期間であれば致し方ないと言えるが、今回は緊急で貧乏くじを引かされた。そして、その対象が王国トップクラスの魔法使い2人と言うのがもう一つの理由となる。
しかし、状況は完全な膠着状態だ。相手は気配はするものの動きがなく、食事も何も取っていないはずなのに騒ぎもしない。正直言って薄気味悪い。
だが、その気味悪さも慣れてしまうと暇を構成する一つの要素と成り果てる。
そして、彼らは妨害魔法の範囲内に足を踏み入れることをけしかけてそれを持て余していた。
「しかし、これを”捕縛”とはなぁ…」
「全く。言ったもん勝ちとは言え、はったりもいいとこだろ…」
下っ端の彼らが見ても、この行動の稚拙さは明白だった。本来捕縛するはずだった対象は、自らこの場に立てこもったのだ。確かに彼らにとっては敵地のど真ん中とは言え、”捕らえた”と声高に宣言できる神経は一切理解できない。
故にこの会話は、ここ50時間くらいの間に守備兵や領軍が行うお決まりの内容となっている。だからか、会話はそれ以上続かずに再び暇という名の沈黙が二人を包んだ。
そして、ウィルパーが先程よりも少し大きな声で、その状況に不満を改めて示した。
「…あー、もう暇すぎだ!」
「だから、なら突っ込んでみろって。」
それを聞いたオービルは、石材が両脇に積み重なる通路の奥を指差しながら行った。そこは、完全に崩落し塞がれているが、近縁には妨害魔法により近づくことすら出来ない。今までに何人かの守備兵が突貫したものの、全員が重症を負わされた上で反対側まで弾き飛んでいた。
彼は、挑戦的な笑みをニンマリと浮かべながら、暇を弄ぶ傍らのウィルパーをけしかけるように見つめている。言葉は発していないが、何を言いたいのかは十分伝わる。
非常に癇に障る態度だ。血気盛んな青年であるウィルパーは、その自尊心を程よく刺激されたのか、静かに言い放った。
「…わかったよ。見てろ?」
「お、いいじゃないか。大丈夫、あいつだって死んではないからな!」
オービルは、その顔をさらに崩してウィルパーを見ながら言った。彼の発言は、哀れにも最初に突貫を命じられ単身で特攻し、閃光とともに射出されて両手両足をへし折った後輩新兵のことだ。
正直なところ、オービル自身も暇であることには変わりなかった。程よく誘導してあげたおかげで、彼にとっての一番の暇つぶしが繰り広げられようとしているのだ。楽しくないはずがない。それに、この妨害魔法は侵入を拒むことを主眼としているのか、それなりの怪我はするが命は奪われないことが判明していた。なので、”度胸試し遊び”にはもってこいと言える。
意を決して立ち上がったウィルパー。まずは普通の歩調で通路の奥へと進む。この辺りはまだ大丈夫だ。なのでその足取りもまだ変わりない。
しかし、崩落地点まであと7,8歩というところで一気に緊張感が増す。ここからあと少し進むと、体中に妨害魔法特有の”生温い空気”が纏わり付き始め、崩落した瓦礫まで後1歩というところでは、まばゆい光に包まれて全身が麻痺する。そして気づいたときには、進んできた通路を自身の意志に関係なく後ろ向きで飛び戻り、反対側の壁に叩きつけられる。
傍から見ていれば滑稽だが、張本人には恐怖体験でしかない。
ウィルパーが黙って後ろを振り返る。オービルは満面の笑みで手を降っていた。その表情もさることながら、自身は瓦礫となった石材を積み上げた塊の傍らに身半分を隠している。あまりに現金な行動に、ウィルパーは苦笑いしか出来なかった。
ただ、ここまで煽られて逃げると何を言われるかわからない。そう思ったウィルパーは、意を決して一気に歩を進めた。2歩、3歩…そろそろ妨害魔法特有の空気が纏わりつく…そう思っていた。
「…ん?」
「…んん??」
空気は何も変わらない。春先だが薄着では少し肌寒い、朝方特有のそれと全く同じだ。
この様子に、ウィルパーは少し冷や汗をかきながら、疑問の声を思わず上げる。
さらに、予想外の様を目の当たりにしたオービルも同じような反応をしてしまった。
首を傾げながらも、ウィルパーは更に進む。全く何も起こらない。
そして、警戒心が大きな疑問を少し下回ろうかというときに、誰もが近づけなかった崩落地点まで辿り着いてしまった。もちろん、縦に横に乱雑に積み重なった瓦礫を触っても何もない。
しばらく辺りをくまなく触り尽くしたウィルパーが、すばやく振り返りオービルに言った。
「なにも起こらないぞ?」
「…というより、妨害壁あるか?」
「…感じてないな…」
オービルの言葉で、ウィルパーは初めて自分の魔力を行使することを考えついた。魔法兵として活動できるほどは使えないが、初等の妨害魔法検知は大体の防衛組織では必修技術だ。ウィルパーももちろん使える。
そして、彼は自身の魔力をじんわりと放出し始めた。ここで妨害魔法を検知すれば、相手の魔力と干渉を起こして”魔光”という棘のある光が出てくるはずだ。もっとも、リリーの使用する妨害魔法は超一級で、検知さえも欺く仕様だ。魔光が見えた時点で吹き飛ぶ。
しかし、何も起こらない。ウィルパーは戸惑いの表情を深くする。
オービルもいつの間にか近づいてきていた。彼は少し頭が回るのか、妨害魔法検知を使用しながら移動したようだ。しかし、結果は変わらない。
しばらくして、これ以上は無駄だと判断した2人は魔力の放出を止めた。
言葉も無く、二人は顔を見合わせる。
そして、これが意味することをやっと理解した二人は、旋風のように素早く回れ右をして、猛然と走り始めた。
4時04分 宮城県亘理町 宮城県亘理町”宮城戦闘団” 作戦指揮所(前:宮城観測拠点)
「はい、問題ないですね。ですが、念の為近日中に医療機関での検診をおすすめしますよ。」
「ありがとうございます。」
久慈屋はその言葉を聞くと、捲っていた袖を戻しながら素早く椅子から立ち上がり、テントを後にした。
久慈屋たち一行は、吉田浜を1kmほど歩いたところで車両へと乗車。そのまま臨時救護所が設けられていた作戦指揮所へと移送された。久慈屋にジル、それに官僚2人は簡易的なメディカルチェックを看護師資格保有の自衛官に受けた。
ちなみに、リリーとアミナは、王国人に対する本格的な検診実施の方針策定前という建前で行わなかった。聴診器や血圧測定で、いらぬ好奇心を抱かれると困るという判断だった。
救護班テントから出た久慈屋は、足早に一際大きい天幕…業務用天幕(一般)が連結されて構築された指揮所へと向かった。辺りはまだ夜の闇が色濃く残るが、すでに東の空は陽の光により青黒い幻想的な様相へと変わりつつあった。
数多くの自衛官が動き回る一帯を縫うように進み、指揮所テントへと久慈屋は入った。
中ではすでに圃場に和泉、それにジルやリリーたちが居た。どうやら久慈屋が最後だったようだ。
彼らが本来一般人の立ち入りが厳禁とされる作戦指揮所に入れたのは、複雑な事情と状況判断ゆえだった。まず、久慈屋やジルは、今現在、王国などに最も近い民間人と言える。故に、助言を求めるという役割を与えられた。最前線で政府の人間として対応にあたった圃場や和泉も、専門的な見地を持つ公職となっている。
逆に、リリーやアミナは、日本側に近い王国の人間ということで、主に魔法や王国人の特性を踏まえた情報を与えるという名目だ。これを聞いた時、久慈屋たちは政府の差金かと思ったが、どうやら真野一佐の判断らしい。かなり柔軟な思考ができるタイプと見た。
久慈屋は、圃場が少し疲れた目でこちらを見ていることに気づく。その傍らには、落ち着きのない飼い犬のように、辺りをせわしなく見回すアミナが居た。実戦的な状況で構築された指揮所なんて普通は見られるものではない。故に、好奇心を奮い立たせるには申し分なかったようだ。
…久慈屋は思う。圃場君、一人で制御していたのか。可哀想に。と。
ただ、まずは状況確認が先決だ。そう頭を切り替えた久慈屋は、指揮所の中央にいる真野一佐の元へと近寄り、話を聞いた。
「真野一佐、どうですか?」
「…目立った動きはありません。”伊賀”からの報告では全ての準備は完了しており、あとは協力者の合図のみとなっていると。」
「待ちですか。まあ、それしかないでしょうな。」
久慈屋たちの救出後、精鋭特殊作戦群の部隊はもう一つの目標を達成するための準備を完了したらしい。事前の情報提供やすり合わせ通り、内部の末端協力者が全面的に支援したことにより、迅速に遂行できたという話だ。
ただ、最後の合図は”彼”に託されている。こちらでできることは殆ど無い。
久慈屋が状況を理解して、ジルやリリーたちのところへ戻ろうとしたときだった。
「””…こちら偸、月面に動きあり。白兎の居室に敵兵が集結している模様。””」
領都内に潜伏中の特殊作戦群からの緊急。既に把握している暗号から状況を理解した久慈屋は、素早くリリーの元へ行き話をする。
「…バレたみたいだな。」
「うん。流石に妨害魔法は保てなかったみたいね…」
「しかし想定内ではある。それに、実際に入れるまでにも結構掛かるだろう。」
リリーの作成した泥人形は、活動している人のような雰囲気を保って、外からの察知を欺くという機能と、妨害魔法をある程度の時間動作させる物理的な魔法発動装置という機能をもたせていた。
しかし、妨害魔法は相応に技術のいる魔法だ。だからこそ、脱出時に自身が援護可能な魔力を残しつつ、デコイとして機能できるだけの魔力充填を行いながら、泥人形を作成するという複雑な事をやっていた。であれば、作成から2時間保ったというのは十分な性能を発揮したと言える。
しかし、異変に敵が気づいたということは、事態が動き出すときも刻一刻と近づいていることを意味する。
「…夜明けまであと10分か…」
久慈屋は腕時計を見ながら、小さくつぶやいた。
4時11分 エルニア王国東方領軍産都市ローディウヌ 領主官邸3F
領主主寝室
「こんな早朝に何だというのだこの戯けがぁ!?未だ陽も出ておらんだろう!?」
「し、しかし領主!孤独獄屋に展開されていた妨害魔法が急速に…!」
「だからぁ!私の予想通りだと言っておるだろう!?」
朝早くに叩き起こされたジョンは怒り狂っていた。自身が一心不乱の大戦争を宣言した日の夜にも関わらず寝床にすんなりと入れる神経は、ある意味では豪胆と言えるかもしれない。
だが、事態急変などいくらでも予想されるのに、それを踏まえた準備を一切していないからこそ、ただただ滑稽極まりない言動しか出来ていない。
報告に来た新兵に、計画通りと臆面もなく言い放つ辺り、その面では抜かりがないとしか言いようがない。最初に聞いたときは驚きと喜びが混じった表情をしていたくせに。
なおも腹の虫が収まらないという雰囲気のジョンを嗜めたのは、ダンだった。
彼は報告に急ぐ新兵を見つけて状況を聞…いたフリをして、そのまま領主の部屋へと同行した。
ダンはゆっくりと、そして力強くジョンに”責任者”としての行動を果たすように説得する。
「…父上、しかし今は判断を下せるものが、動かなければなりません。ここはどうか怒りを鎮め、執務室へお願い致します。」
「…わかった、女中を連れてこい!!」
「は、はい!直ちに!」
「…では、私は一足先に執務室にて待機しております。」
流石に状況から、怒り続けるだけというのが悪手だと判断したジョンは、傍らに控える執事に着替え担当の女中を呼びつける。感情をいまいち抑制しきれない父親に、やや冷淡な視線を浮かべながら、ダンは一言断ってその部屋を後にした。
「…父親か、民衆か…」
歩きながら、ダンは漏れ出すように独り言を呟く。




