他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 2
2時11分 東方領主官邸敷地内
地中通路を通り脱出する久慈屋達。数日ぶりの屋外に、思わず深呼吸をしてしまう。
今宵は雲ひとつ無い快晴。半月の淡い光が、闇夜に細やかな安らぎを与えていた。
そんな夜空の下、彼らは縦隊でその歩を進める。先頭は救出担当の陸自特殊戦闘群から編組された”根来隊”の面々、その後ろにリリーが魔法を駆使して周辺警戒網の中をくまなく探索する。傍らにはダンが付いて、城壁上の見張りや、巡回守備兵の順路をほぼ手振りで伝えていく。そして久慈屋やジルと官僚コンビが続き、最後尾でアミナと根来隊1名が警戒していた。
彼らは極力音を立てずに移動し、声を発することもない。事前に基本的なハンドサインを全員が覚えていたおかげで簡単な意思疎通は問題なく、推移は順調だ。
城壁や建造物の死角を辿って暫く進む。機械的に扉の前に立つ守備兵、窓の外を不安げに見つめる行政官、”雇い主”が寝静まった時を狙い、”親睦”を深める使用人の二人組…リリーやダンのおかげで、全く気づかれることはなかった。
そして、孤独獄屋から南に行った迎賓棟の裏手についたところで、ダンが小声で話し始める。
「…よし、ここらへんで大丈夫だろう。この先は守備兵も居ない。」
「居ない?全く?」
「ああ。兄の”指令書”にちょっと細工をしただけだ。」
ダンの言葉に全員が微妙な表情になる。彼は工作の一環として、領軍の取りまとめを任されているトイドの指令書を改ざんしていた。その内容は些細なもので、領主官邸内の順回路に変更を加えたという。
かなり大胆な行動に、思わずリリーが心配の声を上げる。
しかし、それは杞憂だった。
「それ、ばれない?」
「問題ない。あいつは書類仕事を嫌悪している。だから確認しない。絶対に。」
「…ザルすぎでしょ…」
ダンは確信を持った表情でリリーに答える。それには流石に久慈屋が正直な言葉を漏らしてしまった。ここまでの惨状となると、怒りや呆れと言うよりは、日常の職務を遂行できているのか”心配”になってくる。大方、できてないから今の状況が作り出されているのは言うまでもないが。
この反応は予期していたのか、ダンは表情を変えることはない。
そして、彼が離脱しようとしたときだった。
「では、私は抜け」
「待って。誰か来る。」
リリーの魔力探査により、一行に近づくものを察知した。その言葉に根来隊の面々が一斉に雰囲気を変える。ただ、すぐに行動を起こすと無用な混乱を招く可能性がある。まずは様子を見るしか無い。
少しすると、迎賓棟の勝手口がゆっくりと開く。
そこから出てきたのは守備兵2人だ。それを見た一同は、一斉にダンを見る。しかし、彼は表情で想定外であることを訴えた。
幸い、一行が潜む位置は彼らからは見えない。なので、警戒を続行することにした。
程なくして二人が会話を始める。内容は、いわゆる”愚痴”だ。
「…はぁ、こんな夜更けに仕事なんざしたくねぇよ。」
「同感だ。領主が帰ってきてからろくなことにならんな。」
髪は長めで髭を蓄えた、いかにも遊んでいるという感じの若い青年兵士。そして、短髪で真面目な雰囲気はあるものの、どこか気の抜けた雰囲気のエルフ兵士。
二人は会話を続けながら懐から木箱を出す。木箱には刻まれた葉と煙管が入っていた。彼らは手慣れた様子で煙管に葉を詰めると、魔法で日を付けて煙を揺らせる。
少ししてリラックスしたのか、会話を再開した。内容は、”自分たちの将来”について。
「そもそも!俺ら本当に大丈夫なんだろうな!?」
「知らん。ま、あの…ニホンとか言ったか?あいつらが本格的に攻めてきたら、早々に武器を捨てて投降するか?」
「敵兵をどう扱うのかな、あいつら。ま、当代領主の東方領に付くよりマシそうだな。」
”多分な士気溢れる会話”に、ダンの額に青筋が出るのが目に見えてわかった。
思わず久慈屋は、彼の肩に手を置く。それに気づいた彼が久慈屋の顔を見たときに、ゆっくりと首を横に振った。意味は言わずともわかるだろう。
ダンは感情を抑えるのに苦悶の表情を浮かべて、そのまま俯いた。
彼は日本側へ協力することを決意した後、”自身が信頼を置ける領軍や守備兵”若干名に寝返りを打診した。当初、彼は東方領への忠誠からそれは難航すると考えていたが、全員があっさりとダンの話に乗ってしまった。計画を進めるほどに、自分たちの”求心力”が皆無であることをまざまざと見せつけられ、領主一族としての吟侍を持っていたかれはまるで拷問を受けるような20数時間を過ごしていたのだ。
忌憚のない会話を続ける彼らも、そもそも持ち場を離れて煙を食らっている。つまり、サボりだ。この状況下での不真面目極まりない行動には、末端にはその程度の意識しかないという、”東方領という組織”の現状をまざまざと見せつけていた。
それまでの鬱積した感情を抑えるのに苦労していたダンは、燦々たる現実にその限界を超え、無意識に苦し紛れのうめき声を上げてしまった。
「…くっ!」
「!?」
全員が思わずダンの方向を見る。ダンも流石にまずいことは理解して、すぐさま我に返った。しかし、手遅れだった。
「…なんか、変な音しなかったか?」
「こんな時間に?冗談だろ?」
全員がそのまま思い過ごしてくれと願う。が、彼らは必要なときは仕事をするという最低限の節度を持ち合わせていたようだ。
「…そういや、巡回いないな?」
「…たしかに。おかしいな…見てくるか…」
その発言に全員の緊張度が跳ね上がる。”隊長”はすぐさまハンドサインで、部下たちに必要な処置を行うことを伝えた。これは、殺傷を含むことは想像に容易い。
根来隊の面々が久慈屋たちを囲うように隊列を組み直し、来るべき彼らに備える。
ダンは自身の失態により領民に危害を加えざるをえない状況に苦渋の表情を浮かべていた。
ここで、リリーが突然隊長の肩を叩く。隊長は突然の行動に思わず振り返った。
リリーはそれを確認すると、左手を自身の顔と同じ高さに上げて、強く握った。
これは”動くな”というハンドサイン。つまり、行動をしないでほしいと彼女は言いたいらしい。
これには隊長が視線とハンドサインで理解不能であることを示す。当たり前だ。ここで何もしなければ発見され、今作戦の本丸とも言える救出に重大な影響が出る。
しかしリリーも譲らない。隊長の顔をじっと見続け、その意志を静かに、しかし激しく伝え続けた。
隊長は根負けし、リリーに了解のサインを送る。ただし、所持しているM4カービンの引き金には指がかかったまま。いつでも射撃可能な状態だ。
リリーは隊長の反応に笑顔で答える。そして、すぐに手を掲げて力を込め始めた。
あたりに得体の知れない雰囲気が漂う。どうやら、なんらかの魔法を展開しているようだ。これは、久慈屋やジル、それに圃場は”覚え”があった。
そして、何をしようとしているかに気づいて、久慈屋と圃場だけは一気に冷や汗を吹き出しいていた。なにせ”まだ報告していない”のだから。
西方領訪問で使用したことはあるが、あれは結局表には出ていない。なにせ、報道各社は”失敗”として撮った写真を全てボツにしているのだ。圃場も上への報告を考えあぐねていて、報告書を書いては消しを繰り返していた。久慈屋は言わずもがなである。
ただ贅沢は言ってられない状況故に、後始末を行うことを二人は黙して受け入れた。
程なくしてリリーは魔法の展開を完了する。
サボり守備兵の二人は煙管で燻る葉を取り出して消す。そして自身の懐にそれをしまうと、仕事を始めて、ゆっくりと久慈屋たちが潜む角に近づく。
彼らも警戒しているため、その歩みは非常にゆっくりとしていた。
あと3歩、あと2歩、そして1歩…根来隊の面々はその警戒を最大限に高める。
もし彼らがこちらを認識すれば、次の瞬間にはサプレッサーから発せられる極々小さな光源と破裂音が炸裂し、秒もかからず物言わぬ亡骸が2体できることになる。
そして、とうとう彼らが久慈屋たちの目の前に現れた。
全員が息を止める。心臓の鼓動さえも、このような場面ではけたたましい騒音のような気がする。
しかし、久慈屋や圃場の予想通り、しばらくして守備兵たちは気の抜けた声を上げた。
「…なにもないな。」
「…ああ…気の所為か…」
「ま、夜も深いし、眠気もあるしな…さて、そろそろ持ち場に戻るか。」
「そうだな。」
彼らは何事もなかったように、その場を後にした。
根来隊の面々は呆気にとられる。彼らとは2mとも離れていない。いくら真夜中とはいえ、この距離で10人近い男女の集団が固まっていたら気づくはずだ。
しかし、彼らは何事もなかったように踵を返してしまった。言ってみれば…
そんな隊長の肩を、リリーが再び叩く。隊長がリリーの顔を見ると、彼女は微笑みながらジェスチャーで進むことを進言した。
根来隊の面々は正気に戻り、縦隊に戻って脱出を再開した。
2時44分 宮城県亘理町 吉田浜(東方領都南東端)
「こちら根来01。”白兎”と月を発った。」
「""こちら偸01。了解した。五行構築は順調に推移中。""」
「了解。」
隊長が領都内で工作活動を続ける別働隊に報告を行う。
久慈屋たちは”事前確保経路”をほぼ無事に通過。一番高さの無い部分から、壁外へと出る。この城壁、おそらくは無計画な増改築による弱点部と思える。
城壁を越えると、更に数m程下に降りる。これは東方領都の土壌分嵩上げさているためだ。ここにも、事前に設置されたハシゴがあった。
ハシゴを降りた後は速やかに海岸に向かい走る。城壁の側では、いつ感知されるかわからない。ただ、ここまで来ると脱出はほぼ完了と言える。
全員が砂浜に到着すると、隊長が停止を合図する。あとは点呼を取り、全員いることを確認した。
ここで、久慈屋が隊長に次の行動を確認する。
「で、隊長。ここからは?」
「海岸沿いを南へ移動します。宮城CTの車両があるので、それで作戦指揮所に送り届けます。」
「わかりました…では、進みましょう。」
隊長の合図で進み始めた一行。ここからの道中は息を潜める必要がないため、多少気が楽だ。夜の海岸は薄気味悪く、日中の青さを保つ海原は、空と同じ暗い黒と化していた。あたりには街灯も少なく、根来隊の持つライトとリリーやアミナたちの光魔法がその不安を和らげる。
少し歩いていると、隊長が部下に耳打ちするのが見えた。部下が頷くと、彼が先頭を歩く。そして、隊長が久慈屋と圃場の元へ近づき、質問してきた。
「…久慈屋さん、圃場さん、ちょっといいですか?」
「…はい…」
「なんでしょう?」
2人はとうとうこの時が来たと思った。案の定、隊長が聞いてきたのは、先程の”ケース”に関してだった。
「彼らは我々が”見えてなかった”ようですが、何かご存知ですか?」
「…気になります?」
「どうやら、全てご存知のようですね。」
久慈屋のバツの悪そうな返答に、隊長は全てを察したように真っ直ぐとした視線を向けてくる。その眼光は敵に向けるほど鋭くはないが、情報を集めたいと思う”その筋の人間”そのものであり、久慈屋ような一般人には耐えられないような重厚なプレッシャーを放つ。
相手は狂気の集団と言われる第1空挺団などを抱える習志野で、厳しい選考を抜けてなおかつ長期にわたる精神的な極限状態への適応訓練もこなした精鋭の中の精鋭である特殊作戦群だ。
久慈屋はもちろん根負けし、観念したように”同僚の過ち”を話し始める。
”彼女”が何の気なしに伝えた物理学知識が、”彼女ら”の魔法にヒントを与え、結果こちらでは夢物語のSFのような術を会得してしまった、その顛末を。
この事実、軍務に付く人間であれば、その怖さを十二分に理解してしまう。
話を聞いた隊長は、流石に動揺を隠せなかった。精鋭である彼が、だ。
「それは…ちょっと…」
「問題になります?」
「…まあ、なるでしょうな。それも”世界的”に。」
「ですよね…」
久慈屋のちょっとおちゃらけた態度に、なにを言っているんだとも言いたげに返す隊長。至極当然だろう。だからこそ隠していたのだが、それが悪手だったことを久慈屋は少しずつ実感し始めた。
なので、申し訳なさそうに隊長に対して”熟考”をお願いする。
「とりあえず、この件は慎重に扱いたいので、報告には盛り込まないでいただけますか…?」
「そういうわけには…」
「そこを何とか…特に、米中露あたりにはまだ流したくないので…」
「…わかりました。私の上官にのみ報告します。しかし、それ以降は善処するようにします。
「…ご多分な気遣い、感謝したします…」
最初は渋った隊長だが、国際的な騒動は各方面にあらぬ影響を及ぼす。
特に、先進技術の軍事転用に嫉心している”超大国共”が聞いたら飛び上がるだろう。
隊長も少し考えて、”猶予”を与えてくれたような返答をした。
それに久慈屋は少し安心する。が、そうは問屋がおろしてくれない。
「ああ、そうそう。”偸”に帯同している”彼ら”も、あの魔法は使えるのでしょうか?」
「…ええ、彼らは完璧に使役できますよ。」
何の気なしに出た追加質問に、久慈屋はさらっと答えてしまった。
王女の四肢は、リリーが実用化した技術を最初に運用し始めた”部隊”だ。
完璧に使えるというのは正しい情報だろう。しかし、隊長は返答を聞くと、目出し帽の奥の瞳の色がガラリと変わったような気がした。
そして、久慈屋にあることを告げた。
「わかりました。”偸”には伝えておきます。役に立ちそうなので。」
「……いいでしょう…彼らには、”姿失”と言えば通じるので…」
確かに、別働隊で動く彼らには有用だ。
王女やリリーには”他言無用”をそれとなく伝えていたため、忠実なる臣下である彼らがそれを口にすることはないだろう。なにせ、隊長格の彼も知らなかったのだし。
ただ、それを伝えるというところで、隊長の真意に久慈屋は気づいてしまった。
しかし、時すでに遅し。拒否は出来ない状況だ。
よって、久慈屋は了承の返事しか出来ず、それに隊長は軽く頷いて答えた。
久慈屋の目には、目出し帽の奥の目が笑っているように見えた。
隊長が連絡を取りながら久慈屋たちの元を離れると、そのやり取りを黙して見守っていた圃場が久慈屋にあわてて話しかける。
防衛省の官僚である彼も、隊長の意図に気づいていた。
「…久慈屋さん、彼らで共有すると…」
部隊で共有させれば、その事実を知っている人間が増える。であれば、統制を取るのは難しくなるし、それが重要であれば更に上に報告しなければならない。
彼らはは元々陸上総隊隷下部隊だ。作戦完了後、その情報は、陸自の一元管理を行うそこで共有されるだろう。陸上総隊の上には、統幕と防衛相しかいない。
つまり隊長は、”使える人員がそれだけ多いのなら、隠し通せるわけないだろう?”と案に示した…というより、誘導したのだ。
ぐうの音の出ない正論であり、久慈屋も為す術がない。
それに、情報管理の専門家でもある久慈屋は、この情報がすでに制御不能となったことを理解していた。
なんとかして混乱を防ぎたい圃場に、久慈屋は諦めの言葉を贈る。
「圃場君…もう”情報管理”の限界点を超えちゃったよ。腹をくくろう。」
「…はい…」
久慈屋は、そろそろ圃場が可哀想になってきていた。




