他領訪問~東方領~ 下命、作戦名”東征” 1
5月28日1時20分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸地下
官邸危機管理センター
補佐官、秘書官、副長官補、危機管理監と国家安全保障局長に官房長官、そしてSPとその警護対象の宇賀野総理大臣。彼らはエレベーターで官邸の地下へと向かう。
危機管理センターは、2000年初頭に現在の場所に移転して以降、災害発生時などの中枢機能として整備されてきた。近年では、”有事”への対応にも力を注がれており、今回のような場合は、各作戦部隊の無線及び映像通信をモニター上でリアルタイムに確認できるようになっている。
危機管理センターの大会議室までの薄暗い廊下を一行は進む。その道中、国家安全保障局長の左近司が宇賀野に状況を説明する。
「各拠点の準備完了の報告ありました。」
「…うん。わかった…で、結局三段階目は?」
宇賀野はいつもの伏し目な無表情で左近司に問う。彼は作戦の後半部分が気になっていた。
「…やはり、東方領内部の協力者の合図次第、と聞いています。
「そっか…まあ、仕方ないよね…」
現時点でも、”入場”か”総攻撃”かの決定は下せなかった。なので、現地部隊はどちらでも即時対応可能な体制になっている。複雑な体系をとらざるを得ない状況は、非常にシビアな判断を要求される。この判断を誤ると、敵味方双方に甚大な被害が発生する”地獄の釜”が開かれてしまう。その現実に、滅多に表情を崩さない宇賀野も少しだけ顔をこわばらせる。
程なくして宇賀野総理一行は大会議室へと入る。すると、各々の職務を遂行していた各省庁の大臣や副大臣に関係者が一斉に席を立つ。
どこの国でも、最高権力者が立っている場合、そこに仕える人間は起立するのが礼儀というものだ。もちろん日本でもそれは変わらない。
宇賀野が自身の椅子へと腰を下ろす。同時に、彼は起立した彼らに手振りで着席を促した。これは気遣いという面もあるが、同時に早急に仕事を始めてほしいという感情が強く出た行動だ。
全員が着席すると同時に、防衛大臣が宇賀野に話し始めた。
「総理、関係各所の準備はすべて完了しました。」
防衛大臣の言葉に、宇賀野はゆっくりと頷く。
そして、その内容を噛みしめるように少し黙った後、鋭い刃のような目をしながら、はっきりとした口調で下命した。
「…では、”東征”作戦の開始を許可する…武器使用は”無制限”だ。」
宇賀野の言葉を確認した防衛大臣は、傍らの統幕長に指示を出す。統幕長は、すぐさま市ヶ谷の統幕へと連絡をとった。
1時28分 宮城県仙台市 仙台駐屯地 東北方面総監部
「市ヶ谷より、作戦開始を総理より下命したとのことです。」
「了解した。作戦団へ繋げ。」
統幕からの連絡は、短時間で部隊指揮を行う東北方面総監部へと伝えられる。
総監の石黒は、複合作戦団の前線指揮所へ作戦開始の号令を出す。
1時31分 宮城県亘理町 ”宮城戦闘団” 作戦指揮所(前 宮城観測拠点)
「近隣住民は?」
「昨日15時に退避完了を確認。北、西、南の全区域に民間人はおりません。」
「…全て整ったな…よし…」
防衛と監視を行っていた宮城観測拠点は、統合任務部隊編成により踏み込んだ対応が可能な構成へと変更され、隷下部隊の指揮や情報統括を行う指揮所に様変わりした。
監視団から戦闘団長へとなった真野一佐が報告を受ける。総監部から総理の作戦下命を確認し、東方領都を中心とした南北3km、西2kmの範囲内には避難指示により住民は居ない。
真野は静かに無線機を取り、よく通る声で号令を出した。
「これより、東征作戦、第一段階を開始する。」
真野の号令により、指揮所内の全員が一斉に行動を開始する。
まずは救出及び工作浸透を行う”彼ら”への連絡だ。
「”伊賀”、こちら宮城CT、”今宵は満月”だ。繰り返す、”今宵は満月”。」
「””…こちら伊賀。これより”月見”へと向かう。””」
返答は簡潔だ。そのやり取りを聞いていた真野の副官は、真野に対して小声で話しかける。
「…しかし、主なやり取りが”開始”のみとは、何かむず痒いですね…」
彼らは本来であれば隷下である陸上総隊、その直属長である防衛大臣や統幕の式により動く。しかし、今回は多様な作戦形態を模索する一環として、地方方面隊への派出による指揮系統の変更が試されている。
ただ、救出や工作の内容は、彼らに一任されており、現時点で宮城戦闘団ができるのは”待ち”だ。副官はそれが少し気に入らないようだ。
真野はそんな彼の気持ちを汲んだ返答をする。
「”習志野”の”上澄み”が、どれほどのものなのか…お手並み拝見だな。」
1時48分 エルニア王国東方領都軍産都市ローディウヌ 東方領主官邸1F東端
特殊監獄”孤独獄屋” 内部
「ねぇねぇ、彼らって日本の”SAS"?」
「んー…どっちかといえば、グリーンベレー?」
「…米国好きすぎじゃない?」
「英国人に言われたくない。」
特殊作戦群の潜入は凄まじく迅速だった。宮城CTから作戦開始の報告を受けてから、
10分程で地中通路の入り口まで来てしまった。
目出し帽を着用し、その視線以外の表情が一切感じ取れない彼ら。滅多に見れない特殊部隊を目の当たりにした状況に、久慈屋とジルが緊張感のない会話を繰り広げる。
救出部隊の隊長と思わしき人物は、そんな二人を一切気にせず連絡を取る。
「こちら”根来01”。白兎たちと接触。現在、人形作成中。」
「””こちら”偸01”。現在”陰陽”展開中。””」
「偸の中忍、こちら根来。了解した。”五行”完成目処が立ち次第報告されたし。」
「””了解””」
連絡を終えた隊長は、帯同している部下たちと小声で会話を始めた。おそらくは、今後の方針を簡単にすり合わせていると思う。
ふと、久慈屋の肩を叩くものが居た。アミナだ。彼女は先程の彼らの通信が気になっていたようだ。
「…ねえ、何言ってたの彼ら…?」
「多分、暗号だ。由来は、日本の昔の間者や隠密の階級だな。」
「…ひねりがあるようでないよね?」
「発案者の趣味かな。」
このような作戦においては、そのやり取りに暗号が使用される。部隊の名称や作戦目標、それに目的を濁すためだ。その暗号は部隊や作戦毎に割り振れられると聞く。
今回の作戦に使用されているのは忍者や昔話のようだ。
久慈屋とアミナが暗号に関しての話をしている傍らで、リリーは手をこねくり回して魔力の塊を錬成していた。そんなリリーをジルが気遣う。
「…リリーちゃん、大丈夫?」
「ん?ああ、大丈夫。ちょっと今までやったことないやつだからさ…」
リリーは、もうじきもぬけの殻となる孤独獄屋内に”デコイ”を作ろうとしていた。それもただのデコイではなく、魔力で探知した場合は”生きているように”見せる本格的なものだった。
ただ、泥人形を作るのは容易いが、人が発する体温や気力、そしてリリーやアミナ特有の魔力をうまく混ぜ込むのに苦労していたようだ。
「これを…こうで…」
地中通路を生成する際に余った泥の山を使い、泥人形を作っては崩しを繰り返すリリー。しばらくしてコツを掴んだのか、閃いたような表情を浮かべると同時に、一気に5体の泥人形を一瞬で作り上げ、そして声を上げた。久慈屋はその様子を見て、リリーに声を掛ける。
「できた!」
「…お?いけたか。」
「うん。これで、夜が明けるくらいまでは”欺ける”はず!」
泥人形の効力は数時間らしい。その頃には、新たな段階の作戦が遂行されているはずだ。
久慈屋は隊長の元へと近寄り、準備が整ったことを伝える。
「…というわけで、こちらの準備は完了しましたよ。」
「了解しました。では…」
久慈屋の言葉に隊長が本格的に脱出準備を始める。あとは、工作活動を行っている別動部隊の連絡のみだ。隊長に報告した久慈屋は、ふと視線を部屋の片隅で黙して様子を伺っていたダンに向ける。そして、彼の元へと近寄り話しかけた。
「…ダン。というわけだ。俺たちは出るぞ。」
「ああ。私が責任を持って途中まで援護する。」
「…悪いな。厄介な立場を任せて。」
「気にするな。これは我々の責任だ。」
久慈屋はダンの様子を見て、彼が一皮むけたことを理解した。最初に出会った頃にこんなことを言えば、尊大な態度で罵ってきたはずだ。
現実を受け入れた男の強さを、久慈屋は感じ取っていた。
そんな二人のところへ隊長が近寄る。ダンに用があるようだ。
ダンも自身の役割を理解しているため、隊長に指示を仰いだ。
「…で、私はどうすればいいのだ?」
「はい、夜明けの後、準備が完了したらこれを使用してください。」
隊長はそう言いながらダンにあるものを手渡す。これは53式信号拳銃。
いわゆる信号弾で、何らかの合図を送るために使用される。
今回は、ダンが領都内部での政治的な協力工作を行うため、その判断を彼に任せることにした。かなり異例ではあるが、これは日本政府の”王国の自主独立性を尊重する”という方針の一つと言える。
ダンは信号拳銃を手に取るとまじまじと観察しながら、隊長に質問した。
「…何だこれは?」
「…空に向かって、引き金…この部分を引いてください。閃光を纏った玉が煙と共に射出されます。」
「…なるほど。それで貴様らの行動が次の段階に移行するというわけか。」
「はい。」
ダンはその意味を完全に理解した。自分の合図で、全てが一斉に動き出す。
その先は、東方領で多くはないが存在する武力闘争支持派に対する懲罰行動だ。十石されればもう戻れなくなる。彼はじっと信号弾を見ながら、その責任の重さを噛み締めていた。
少しして、隊長の無線に報告が入る。
「””こちら偸01。”軒猿”より狼煙地点の確認完了。これより五行構成に入る。””」
「”根来01”、了解した。こちらも人形作成完了、これより、白兎たちを連れて”月見”を終える。」
「””了解””」
隊長が部下たちに合図を送ると、彼らは速やかに隊列を形成した。
そして先頭に立つ彼が全員に向き直り、号令を出した。
「では、皆さん。これより脱出します。先頭は私達です。」
「えっと…隊長さんでいいかな?私は魔法で援護すればいい?」
「はい、お願いします。」
リリーが手を上げて援護を申し出る。得体の知れない魔法への対抗策は必要と即時に判断した隊長は、その申し出を受け入れた。
こうして、本作戦の主眼と言える救出作戦が佳境を迎えた。




