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他領訪問~東方領~ 恐怖と父親と民衆

13時13分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸4F 特別応接室

「では、これより会談を開始致しますので、写真撮影は終了させていだきます。」


官邸スタッフの一声で、眩い限りを尽くしたフラッシュの連打が一段落する。

報道各社は、一枚でも多くの”素材”を撮ろうとすがるが、あまり粘ると今後の仕事に支障が出る。各社の社会部や政治部という花形部署所属の彼らは将来有望な出世欲の権化たちだ。その経歴に汚点が残るような行動は三本の指に入るほど嫌っている。

スーツ姿の男女が、スタッフの誘導により部屋を後にし始めた。


ここは普段は首脳会談などに使用される部屋で、とちの木が使用された淡い色の壁が織りなす柔らかな雰囲気があり、ここで総理と来日した首脳が座り、”表面的”な会談をする場面は報道で目にしたことがある人は多いだろう。


「バーナード大使、忙しなくて申し訳ない。」

「いえ、この状況では致し方ありません。」


報道陣が退出して扉が再び扉が閉まる。それを確認した宇賀野総理は、鷲鼻で白髪の長身大柄な初老のアングロサクソン男性に、申し訳なさそうな雰囲気で声をかけつつ、特別応接室の”仕切り”の向こうにある首脳会議室へと誘う。

彼は駐日英国大使だ。もちろん議題は今回の東方領の騒動で”監禁”された格好になってる”英国人女性物理学者”について。

宇賀野は急遽大使との面談を決め、官邸へと招き入れた。自国民保護という、大体の国家が躍起になる案件において、日本政府として直接説明する責任があるという、総理の判断だ。

一方で、他国との連携をアピールして、対応の遅さや外交手腕をアピールするという目的もある。でなければ、わざわざ”特別な会議”に使用する部屋で、報道陣に写真を撮らせたりはしない。その点は、バーナード大使も”自国の事情”も加味して了承している。


普通の一般人が見ることはあまりない、特別応接室の奥にある首脳会議室。

円卓が置かれ、総理と首脳が密に話し合えることを目的とした場に、宇賀野とバーナード大使がそれぞれ着席する。傍らには通訳と外務省官僚のみ。最低限の人員しか居ない。


”作戦”が動き出しているため、重要な話は早急に進める必要がある。

総理は手を組んで机の上に起き、バーナード大使に話し始めた。


「では、早速。現在、貴国の国民であるジル・ウィンストン博士が、一連の事象により出現した”国家”と準ずる組織の一部により、幽閉状態となっております。」

「ええ、報道で確認しています。」

「だと思います。まず、ウィンストン博士は無事です。」


初っ端から、英国側が一番知りたいと思われる、自国民の安否情報を出す。実は、日本政府は今回の騒乱に関しての情報をおおっぴらにはまだ出していない。なにせ、王国との話がまとまったのは夜半だ。どこでどういう情報の伝わり方をするかわからない。故に、現在は情報統制によるコントロールを緻密に準備している段階である。ちなみに、この英国大使との緊急会談が完了次第、官房長官が会見を開く予定になっている。


バーナード大使は、宇賀野の発言に少し考える。そして、ゆっくりと彼を見据えながら、神妙な面持ちで確認し始めた。


「…本当ですか?確認できたのでしょうか?」

「はい。御本人から、今現在でも断続的に連絡を受けています。」

「…え?直接?」

「はい、直接。」


バーナード大使が、安否確認の根拠を聞き、宇賀野はもちろんそれに”正直に”答えた。彼は宇賀野の説明に、思わず二度聞きで確認してしまう。

日本が直接ジルと連絡を取れるのに、なぜ英国は取れていないのか?それはいくつかの不運が重なっている。まず、東方領の騒乱が発生した時点で、東北一帯に日本中から状況や安否確認の連絡が殺到した。その情報が英国に伝わる頃には、携帯各社の回線はパンクして非常に繋がりにくくなってしまう。これで、電話連絡の手段が断たれる。次に、メールなどのネット回線を使用した通信。彼女のWebメールは放置されていて、アカウント情報など覚えていないので使用不能。さらに、研究所や財団の公開用アドレスは、情報がひろまった時点で安否確認の連絡が殺到してこちらもサーバーがダウン。極めつけは、汎用メッセージアプリを彼女は入れていない。”情報の取扱”に重大な疑義を感じているのが理由だ。

結果、”普通の手段”では連絡が取れなくなり、安否不明状態が完成した。


バーナード大使が呆気にとられていると、宇賀野が彼を気遣って一つ提案をした。


「連絡、取りま」

「是非お願いしたい!!」

「…承知しました。少々お待ちください。」


食い気味の返事に、宇賀野は少し苦笑いを浮かべる。しかし、すぐに傍らの職員に目配せしつつ、準備させることを命じた。



13時42分

準備は簡単だ。なにせ、彼らとつながる”無線機”を持ってくるだけでいい。流石に使用しているのが自衛隊の機器とその周波数帯域なので、実際の通信にはわざわざ防衛省から人を引っ張ってきた。

普段では絶対にやらない対応だが、ここで柔軟な行動を見せると後々楽になるだろうという、宇賀野の思惑も会っての決定だった。


「えー、こちら”永田町”です。応答できますか?」

「””…はい、こちら”囚われ組”です。」

「ウィンストン博士をお願い致します。」

「””了解しました…ウィンストン博士ー?””」


防衛省の自衛官が、無線機に呼びかけを行う。最初に出たのは男性の声だった。声の感じからして利発そうなので、おそらくは訪問に帯同していた2名の官僚のどちらかだろう。

自衛官が無線に出た彼に、ジルを出してもらうように頼む。

すると、かなり間延びした緊張感の無い呼びかけで彼女を呼んでいた。

あまりの腑抜けた雰囲気に、宇賀野たちは少し嫌な汗をかく。しかし、生粋の英国人たるバーナード大使には、その日本人特有のニュアンスが伝わらないのは幸運だったといえる。


しばらくして、ジルと思われる女性の声が無線から流れてきた。

バーナード大使は、その返答が日本語だったにもかかわらず、すぐに本人であると認識できたようだった。


「””はいはい、なんでし””」

「ジル!?私だ!フランクだ!」

「””えっ、フランクおじさん!?””」


以降、バーナード大使とジルは英語で延々と喋り続けた。二人は名前で呼んでいるところから分かる通り旧知の仲だ。詳細に言うと、バーナード大使とジルの父親がパブリックスクールと大学の同窓生で、家族ぐるみの付き合いだという。これは外務省が調べてすぐに報告を上げていた。この一連の特別対応の理由の一つと言える。


バーナード大使とジルの話は簡潔ながらも、必要な情報をちゃんと伝えているようだ。

宇賀野は時折、かたわらの通訳にも頼んでその内容に聞き耳を立てるが、どうやら日本側の行動の根幹は全く話していないらしい。彼はその点に一安心する。


少しして、話が一区切りついたようだ。バーナード大使もまとめに入る。


「ああ、ブライアンには私が伝えておく。」

「…まずは首相じゃなくて?」

「首相より、君の父親のほうが今は面倒だ。」


最後のやり取りは宇賀野も通訳なしで聞き取れてしまい、少し吹き出しそうになった。雰囲気としては英国人というより米国人のようなジョーク話だが、大使の雰囲気からすると、割と本気のようだ。高貴な家系だけあり、彼女の父親も本国で相当”行動”していることが感じ取れた。


バーナード大使が無線機のマイクから離れた。それを見た防衛省自衛官が、相手方に通信終了を伝える。

大使は宇賀野に改まって礼を言いつつ、”仕事”のモードへと切り替えた。


「…宇賀野総理。…さて、日本はどのようにするつもりでしょうか?」


もちろん、今現在無事だったとしてもこの先は分からない。バーナード大使は、英国政府の名代として、日本がどう行動するのかを問い質した。

宇賀野は救出作戦の存在を明言した。


「はい。自衛隊による救出作戦を準備中です。実施予定は27日の夜半です。」

「…わかりました。今のところは、貴国に全ておまかせします。」

「…お心遣い感謝します。必ず、無事に救出致しますので。」

「はい。吉報を期待しております。」


バーナード大使は日本に対して一任することを示した。

これは、英国はまず口を出さないということを意味する。宇賀野は、それが一連の対応に対する英国と彼の謝意であると理解して、作戦成功を固く誓った。


そして、二人は椅子から腰を上げ、固い握手を交わした。



21時09分 エルニア王国東方領 東方領主官邸1F 東端特殊監獄”孤独獄屋” 内部

「なぜ貴国の軍隊が動くのだ!?説明してくれ!!」

「しーっ!声が大きい!」


偵察小隊により送られた戦闘糧食を口にしながら、久慈屋はダンと話す。

久慈屋は彼に現在の日本の動きを全て正直に話した。そこで、ダンは完全な軍事的行動開始の決定に酷く狼狽し、久慈屋に制されるという失態を見せてしまった。


孤独獄屋は、内外の音が漏れにくい構造になっているが、大声はあまり聞きたくない。それが大柄で筋骨逞しいダンが発するよく通る声ならなおさらだ。

彼はは久慈屋の制止をおとなしく聞き声を抑えめにして、改めて問い質した。


「…説明してくれ。なぜだ?」

「まあ、この国が戦闘行為に足かせがあるのは、国の外で戦争する場合だ。今回はそれに当てはまらん。さらに、現在の政府は、割とこの手の決断が早い印象がある。」

「…全く話が違う…これでは…」

「ああ、あと最大の理由は、俺とあいつだよ。」


久慈屋は彼の様子から、やはり日本の事情が少し曲解されていることを実感していた。日本といえども、必要になれば”行動”することは厭わない。そして、今回はその条件が揃ってしまっていることを、わかりやすく説明した。最後に、一番の理由である彼女を指さして。


「…え?私?」

「違う違う。金髪のほう。」

「あ、うん。私だよね。」

「…なぜウェストの生き写し女が最大の理由になるのだ?」

「あいつ、あれでもこちらでは有名人なの。それに、日本の友好国の重要人物でもある。」


指さした方向に、丁度”同じ姿見の別世界の彼女”が居たおかげで、リリーが戦闘糧食を頬張りながら素っ頓狂な表情を浮かべてしまうご愛嬌はあったが、久慈屋の説明にダンは全てに納得してしまった。それは、自分たちが本当にとんでもないことをしでかしたという実感を伴っていた。


「…最悪だ。我々は終わりではないか。」

「本来ならな。」

「…どういうことだ?」


久慈屋が少し態とらしく、ダンにしたり顔で話しかける。彼はその意図が読めないという疑問と、先に待つ破滅の未来に対する恐怖感とで、絵にも言われぬような顔を作り出していた。そして言葉に詰まるダンに対して、戦闘糧食を飲み込んだリリーが改まって問いかけた。


「ねぇ、ダン。王国が対処したとして、あなた達はどうなる?」

「…鎮圧されれば死罪確定だろう。東方領も事実上消滅だ。」

「そうね。でも、今回は”日本”が主に対処するの。この違い、わかる?」

「…?」


リリーの遠回しな問いかけに、ダンは未だにピンときていない。この察しの悪さは、恐らく動揺からくるものだろうと思うが、彼が元々”政”に疎い軍人でもあるというのも関係していそうだ。


久慈屋は彼に少しずつ、”光明”を見せるために話を進める。


「…今回の作戦では、”双方”の犠牲を最小限にする方針が取られている。」

「それは…つまり?」

「日本”が”君たちを死罪にする気はないということだ。」


ダンの頭の中では、自分たちは惨たらしく四肢を引き裂かれて八つ裂きになり、末代までの恥として晒されて、東方領の栄光ある歴史とともに幕を閉じるというなんとも血腥い様相が繰り返し再生されていた。ただ、それは王国の常識で考えた場合だ。

久慈屋は、日本がその手段を取ることは、今の時点ではないということを少しずつ説明していく。そして、ダンはやっとその意味を理解し始めた。

ダンの表情から、悲壮感が少しずつ取り払われていくのが解った。後ひと押しだ。

久慈屋は、彼の面前に人差し指を突き出して、”本題”を話し始めた。


「もちろん、条件があるがな。」

「…言ってみろ。」

「日本と国王に協力しろ。」

「わ、私に父を裏切れというのか!?」


ダンは久慈屋の言葉に再び声を荒げる。この状況でも、あの父親に忠義を示そうとするとは、義理深いのか思慮が浅いのかよくわからない。しかしながら、長年の積み重ねによる感情というのは変えづらいのだろう。

久慈屋はそれを完全に破壊するべく断言した。


「はっきり言うと、それしか道はない。」

「し、しかしだ!日本の行動に協力することが、なぜ国王にも協力することに!?」

「…日本の軍隊には、王女の四肢が帯同するのよ。」

「お、王女の四肢!?」


リリーも久慈屋の説明に再び助けを出す。ダンにとって、その内容はかなり衝撃的なものだったが。

王女が操る王政の元で暗躍する隠密部隊が日本と協力して行動する。それだけでも、王国側の意図は嫌でも理解できた。むしろ、日本が主導権を握っている今こそ、彼らの命綱は繋がっているという状況なのだ。


ダンは全容を理解して少し黙り込む。そして、意を決したように久慈屋に感情を殺した目線を送りながら質問した。


「…もし、協力しなかったら?」

「遅かれ早かれ、さらに進んだ”作戦”が実行されるでしょう。その時は、日本側にも多少の損害があるでしょうが…」

「犠牲の大半は東方領というわけか…!」


久慈屋たちは、自分たちが協力された後の作戦もそれなりに情報を聞いている。ダンへと説明した内容は、最悪のパターンである”総攻撃行動”だ。

ダンはかつて垣間見た日本の装備類や乗り物が、自分たちに牙をむく場面を想像して再び狼狽える。しかし、それを回避できる可能性は多分に残されている。

久慈屋は、ゆっくりと、そして噛みしめるようにダンに問いかける。

彼に最終決断を迫る時が来た。


「…ダン。いまここで決めるんだ。盛大な過ちを犯した父親や兄弟と心中するか、罪のない東方領の民を守るのか。」

「…くそっ…」


凄惨たる死への恐怖、父親への忠義、軍人としての吟侍、東方領主一族としての使命…あらゆる考えと感情が、ダンの心をかき乱す。

感情と理性、利益と損害、過去と未来。全ての雑念を取り払い、必死に最善と思われる選択の点と点をつなげていく。そして、それらが線となった時、ダンは強い信念と意思を持った感情をまといつつ、久慈屋たちに力強く宣言した。


「…選択肢は無い。東方領を治める領主一族として、民を無碍に死なせることはあってはならん。」

「…素晴らしい決断よ、ダン・ローディア第一近接隊長。」


その決断に、今まで黙して様子を伺っていた、かつて軍門で肩を並たアミナが短く称賛の言葉を述べる。

しかし、ダンはそれにも全く反応を示さない。今は、賞賛に対して反発も感謝も言える立場にないという、彼なりの考えからだった。その行動には、今までどれだけ鍛錬しようとも身につけることの出来なかった”威厳”が備わりつつあった。


ダンは久慈屋を真っ直ぐに見据えながら、さらに言葉を続ける。


「よし…私は何をすればいい?」


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