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他領訪問~東方領~ 作戦承認

6時19分 東京都新宿区市ヶ谷 防衛省市ヶ谷庁舎A棟地下 中央指揮所

防衛会議室


防衛省の地下。この施設にはいくつかの設備や部屋が備え付けられている。

例えばあちら。情報端末が所狭しと並び、各自衛隊の運用増強や米軍との連携、報道、通信上での留意すべき報告など…国防上必要な全ての情報が、各オペレーターにより24時間体制で監視されている。端末のモニターの光が、情報を見守る彼らの顔を淡く照らす。その様子はまるで夜光虫漂う夜半の海辺であり、情報を集約して表示する大型モニターの明かりは、さしずめ満月の月のようだ。

一方で、最低限の照明が備え付けられた部屋には、かなり大きく、光沢のある黒色の会議机が置かれている。机上には様々な書類が広げられ、その周りを迷彩服に身を包んだ人々が囲う。彼らの眼光は鋭く、発せられる言葉は明瞭で簡潔。しかし勇ましい。

彼らは陸海空の3自衛隊を一体的に運用する機関である、統合幕僚監部の面々だ。

統幕副長の綾部は口元に手をやりながら、統幕防衛計画部長の桜井に言った。

桜井はメガネを直しながら綾部の問いに答える。


「やはり、統合任務部隊の編成になるか。」

「はい。現在は”協同による運用”にて各指揮官で対応していますが、本作戦には統合運用による迅速で高度な意思決定体制が不可欠と考えられます。」


目下の議題は、東方領で発生した反乱騒ぎへの対処だった。

現在、特異物群の出現により、自衛隊には防衛出動命令が出され、展開している。

その運用方法は、”協同による運用”というものだ。これは、統合運用の形態の一種で、統幕に連絡室を設置して連携のための調整を行いつつ、実際の指揮は3自衛隊それぞれの指揮官が執るというものだ。

これは、特異物群への対処は主に陸自が行うという方針が根幹となりつつも、対処するべき区域が本州のほぼ全域と広大なために、特異物群が出現していない北方や西方方面隊からの部隊派出や、海空両自衛隊も補助的にサポートを行う必要があるという判断からこの形態が取られた。


一方で本件への対処は、民間人救助と潜入工作に王国からの要請により限定的な攻撃の実施、さらに東方領民衆の保護の必要と複合的な作戦展開が予想され、より緊密な運用が求められると判断された。

よって”統合任務部隊”の編成を上申することを前提とした作戦計画を立案する。

統合任務部隊では、指揮権は任命された一人の指揮官によって指揮され、より効率的な組織運営を行うことができる…とされている。


この場にいる彼らは、少し感慨深げだった。なにせ、統合任務部隊というくくりは、来年度に始まる”統合司令部”体制では廃止される。つまり、これが(この先何事もなければ)最後の統合任務部隊編成であるということだ。

最後に汚点を残す訳にはいかないと、この場にいる幕僚長や統幕幹部たちは顔を引き締める。そして、具体的な作戦内容の立案へと話を進めた。


「限定的攻撃はどうする?コブラでも出すか…あればだが。」

「コブラですか…丁度、八戸に可動機体が2機あります。」

「2機…貴重な老兵だな。」


まずは攻撃に使用する装備及び部隊の選定。瓜生陸幕長が、AH-1Sの利用を提案する。導入から半世紀に片足を突っ込むような骨董品で、保守部材も20年前にはほとんど底をつき可動機体は殆ど無い。しかし、後継機の攻撃ヘリAH-64Eの選定が遅れに遅れたため、調達はまだ間に合わないからか一部では共食い整備でほそぼそとやりくりして未だに残っていた。しかも、統幕運用部長曰く、丁度八戸にあるというのだから何かの因果を感じる。

それを聞いた綾部副長は”老齢兵”に鞭打つことを決めた。しかし、それだけでは”威圧”は足りないかもしれない。そう考えたのは永石空幕長だ。彼は、戦闘機を効果的に使用する方法を思いついたようだ。


「百里からF35を上げて低空飛行をするのはどうだろう?」

「悪くないですね。いっその事、百里のF2も爆装して上げて見ましょうか?」

「いえ、辺りには民家もあります。避難指示で国民が居ないと言え、不要な被害が出ると厄介でしょう。それに、”対象”には過剰攻撃であり、相応の犠牲者が発生します。」


永石空幕長の案に、三好統幕運用部長が少し悪乗りする。しかし、すぐさま桜井がそれを制した。確かに、F2から無誘導弾やLJDAMを投下すれば、東方領に致命的な一撃を与えられるかもしれない。しかし、その威力は凄まじく、炸裂時には敵方の民間人にも確実に被害が及ぶ。さらに、領都外の”日本側”にも影響が出ると、”各方面”から叩かれる。

知恵を絞るための沈黙が続く。少しして、瓜生陸幕長が”奇策”を思いつく。


「わかった。特殊作戦群による工作活動を行おう。それで攻撃を”演出”するんだ。」

「演出か…これは珍妙な作戦になるな。」


彼らには、その攻撃が何によって実行されたのか判別できない。であれば、”そう見せるだけ”でも十分な威圧になる。外連味の溢れた発想だ。

それは受け入れられたが、綾部はその様子になんとも言えない感情を懐き、正直な感想が口から漏れた。


その他にも、東方領沖の海上に海自護衛艦を数隻配置して擬似的な海上封鎖を行い、その様子が見えるだろう防壁上の守備兵に精神的な効果を与えるという案も出た。海自はおとなしめの役目だが、今回の作戦は主に陸空が主体となるので仕方がない。


綾部は細かい意見調整を行い、全てがまとまったところで決定を下した。

後は、総理の可否を仰ぐだけだ。


「よし、では複合作戦遂行を進言する。」


7時03分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸5F 総理執務室

「作戦は大まかに3段階になります。1、民間人救出、2、建造物に対する限定的攻撃、3,東方領制圧を視野に入れた段階的行動です。」

「まず、民間人救出は特殊作戦群によって遂行されます。同時に、工作部隊が領都内に対して破壊工作準備を行います。」


防衛大臣と統合幕僚長の山下が、総理に統幕で立案された作戦内容を伝えていた。

この作戦は、東北方面隊総監を指揮官とした統合任務部隊により実行される。前線部隊には、防衛監視にあたっている第22即応機動連隊を中心に、第6師団の連隊を組み込んだ戦闘団を構成する。さらに、陸上総隊直轄部隊の特殊作戦群からも部隊を編組して派出。領都内部での浸透作戦と、民間人救出を同時進行で推移させる。


書類に目を通しながら説明に聞き入る宇賀野総理。大臣と統幕長の説明が一区切りされて止まると、ふいに顔を上げる。そして無言のまま少し頭を傾けた。これは続きを促したことを示す。この総理、表情だけでは考えが読めないことが多いため、こういった場面が多々見受けられる。

昨年着任したばかりの統幕長はその雰囲気が掴めず、防衛大臣に視線を送り、説明を続けていいか静かに質した。大臣も表情で問題ないことを示しつつ、助け舟として自身が説明の続きを話し始める。


「民間人救出完了後、八戸の回転翼機と三沢のF35-Aを上げ、戦意喪失を狙った限定的攻撃を行います。破壊目標は、人的被害が一番抑えられる建造物に限定します。」

「実際に攻撃を行うのは回転翼機のみです。F35は、低空飛行による威圧行動のみ行います。F35通過後、効果的と思われる時機に特殊作戦群が設置した爆薬を炸裂させます。」

「最低限の損害で、こちらの攻撃力を見せると。まあ、手堅い演出ですね。」


続いては二段階目の限定的攻撃だ。これは、1段階目が完璧に成功した場合にのみ実行される。でなければ満足な攻撃演出ができず、戦意喪失という目的も達成できないかもしれないからだ。

ただ、実行される予定の内容に関しては総理は満足げだ。説明を受けているときに言葉を発しない彼が、深く頷きながら称賛の言葉を述べたのだ。

高い攻撃力を魅せつつ、敵方の損害を最低限に抑えるという、世間一般の軍事作戦ではあまり設定されない目標を、意欲的に達成しようとしている点が高評価なのだろう。

しかし、その雰囲気も長くは続かない。ふと総理は思い出したように上を向き、防衛大臣と天城官房長官に確認を取る。


「…そういえば、王国側の帯同要員は?」

「王女配下の隠密10名を派遣すると連絡が来ました。」

「…え?もう?」

「ええ…どうやら、王国側では”既定路線”だったようですね。」

「…そこまでしてやられてるんだなぁ…」


王国側の動きは素早かった。王都に国王一行が戻ってから1時間もしないうちに、特別通信室から人員選定完了の報告が上がってきたのだ。この早さ、天城の言うように完全に準備していたと思われる。王国に出し抜かれっぱなしの状態に、全員が少し困り顔を浮かべてしまう。


さらに、総理は作戦要項の書かれた書面に目を通して、困り顔が更に深刻化してしまう。なにせ、3段階目の作戦内容は、まだ詳細が全く決まっていないのだ。


「しかし…3段階目の威圧攻撃演出の後はまだ不透明か…」

「はい。帯同する王国側の隠密と、現在”囚われている”彼らに接触してきた東方領側の協力者次第となります。こちらは随時調整を行い、作戦開始想定時刻の24時間前までに行動計画を立案します。」

「…ま、それしかないね…」


諦めたように防衛大臣に言葉をかける総理。大臣も統幕長も不安を隠せない。

3段階目の作戦は、現時点では2パターンが用意されている。

一つは、王国の隠密と東方両側の協力者が、作戦立案において重要な情報やサポートを提供し続けてくれた場合。この場合は、戦闘団内に編成された高機動車と軽装甲機動車により移動を開始、東方両側協力者の手により”開けられた”領都前門から入場して、領都市民達を保護するという”無血開城”行動案。

一方は、十分な情報や協力が得られないため、航空戦力による第二派攻撃を実施して東方領都の継戦能力を完全破壊。その後、第22即応機動連隊の機動戦車隊を中心とした部隊による砲撃を実施。城門を粉砕して侵入し、東方領都を制圧する”総攻撃”行動案になる。

もちろん後者は選びたくない。が、現時点ではどちらにも絞れない。

総理は眉間にシワを寄せて唸るが、時間が熟考を許してくれなかった。

天城が総理にゆっくりと、しかし明確に裁可を促す。


「さて、総理。今回の作戦は、まだ不確定要素が多分に含まれます。しかし、実行する場合は事前準備を行う余裕は30時間程度しかありません。」

「つまり、今決めなきゃ駄目なんだね?」

「はい、ご決断を。」


この作戦が実行されれば、否応にも衝突が発生する可能性がある。にも関わらず、明確な行動が決定しているのは3分の2程度だ。下手すれば国民や自衛隊員を、いらぬ危険に晒すことになる。しかし、長引けば要救助者の立場が危うくなる。報告では、東方領中枢は、彼らが2日も持たないだろうとふんでいるらしい。それを超えても動きがなければ、彼らも流石に怪しんで警備が強化されるかも知れない。その結果要救助者がジリ貧になっては、結局行動するしかなくなってしまう。


総理は一つの結論に達した。結局は、今か後かの違いしか無い。

であれば…

先程までの眉間にシワを寄せた困り顔からうってかわり、伏し目がちではあるが、鋭い輝きを放った視線を携えた凛々しい表情の総理が、天城にはっきりと断言した。


「わかりました。作戦を進めてください。」

「承知しました。」


この声と同時に、防衛大臣と統幕長は席を立ち、総理に一礼して足早に部屋を後にする。

たった今、”特異物群の一部組織における騒乱行動への対処を目的とした複合作戦計画”が下命された。


8時56分 エルニア王国エルパレス郊外 物資集積地

「…あれかい?お迎えは。」

「そうです。あれに14名乗車可能です。」

「ほー…とうとう乗れるんだなー。」


黒を基調とした、やけに出来の良い装束に身を包む者たち。

その傍らには、スーツ姿の防衛省官僚が帯同する。

彼らは、王女の下命により派遣された、自衛隊に帯同する王国側の人員だ。

中心人物は2名。一人は、鋭利な刃物のように鋭い視線を放つ、頬に大きな切り傷のある無骨な筋肉質の男性。もう一人は、嫌に軟派でなれなれしい雰囲気をまといつつも、何故かスキを感じない不思議な存在感を放つ兎耳の長身な男だ。


彼らの見る先には、巨大なタンデムローターを回転させながらこちらへと向かうCH-47J/JAがあった。

先程まで空に浮かぶ黒い点だったそれは、爆音と共にあっという間に彼らの元へと近づく。

兎耳の男は何回かそれを見たことがあるらしく、乗れることが少し嬉しそうだった。

その感情は、防衛省官僚とのやり取りでも端々に感じられる。

一方で、鋭い眼光の男は微動だにしていなかった。

それは、CH-47J/JAが着陸態勢に入り、あたりに凄まじい暴風が巻き起こっても変わらなかった。

もっとも、この暴風に顔を歪ませているのは防衛省官僚一人だ。他の面々は、表情に多少の差異はあれど、まるで心地よい風を受けるかのような雰囲気を纏っていた。


着陸間際に開いたCH-47J/JAの後部ハッチから一人の男が降りてくる。

よくある自衛隊員の制服に身を包んだ彼は、足早にこの場に集う彼らの元へと近寄る。

そして、完璧とも言える敬礼とともに自己紹介してくれた。


「向坂2等陸尉です。本日はよろしくお願い致します。」

「えー、はい。よろしく。」

「…よろしく頼む。」


鋭い眼光の男と兎耳の男。どちらもあまりにそっけない返事しか返さない。

向坂は少しだけ間をおいて、彼らに一つ質問をした。


「…えーと、そのお名前は…」

「ん?あー…無いよ。」

「え?」

「…我らは”存在しない存在”だ。よって、名前もない。」


このような存在は、こちらの世界でもよく聞くものだろう。

例えば、”世界の警察”たるあの国家には、身よりも名前もない人間が数百人ほど存在し、世界各国で活動している。もっとも、彼らも”存在していない”扱いなので、その存在を察知できる術はあまりない。

それを踏まえると、彼らの返答は悪手と言えるだろう。

なにせ、自分たちの存在を明かしてしまっているのだから。

このような”組織”が一般的ではないのか、無理もない行動かもしれない。

ただ、それを聞いた向坂は少し口元を上げて返答した。

まるで”わかっていた”かのように。


「なるほど。”よくわかりました”。」

「やはりか。貴様はかすかに”同じ匂い”がする。」

「え?ほんとに?」

「…さあ、参りましょうか?」


眼光の鋭い男が気に入らないと言わんばかりに、向坂に吐き捨てる。

兎耳の男はとぼけた発言をしているが、あれはわからなかったというよりは、”本当にそうだとは”思わなかったというニュアンスだろう。

そんな彼らの反応に、向坂は一切取り合わずCH-47J/JAへと誘導し始めた。


彼らは、最後までお互いの”素性”を知ることはなかった。

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