他領訪問~東方領~ ”最高権力者”同士2
2時12分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸5F 総理執務室
「””まず一つ、東方を完膚なきまでに叩きのめしてほしい。””」
「完膚なきまで、というと…」
「””継戦能力を破壊し、敵は皆殺しにしろ。””」
「みなっ!?」
国王が静かに語り始めた条件。それまで出てこなかった”直接的表現”に、思わず天城官房長官が驚きの声を上げる。防衛大臣や副総理、幕僚長でさえも表情が優れない。
しかし、宇賀野だけが眉一つ動かさず、その可能性に関する所見を答えた。
「…我々の能力であれば、それは可能でしょう。しかし、味方にもそれなりの損害が発生する可能性があります。」
「””それは、承知の上だ。””」
「…」
動くのは日本。であれば、血を流すもの同じ。しかし、国王はそれを”当たり前”だと切り捨てた。宇賀野たちは、電話越しでもそれがあまりに高圧的であることに不穏な感情を抱かずには居られなかった。
国王は我関せずと、2つ目の条件を話し続ける。
「””次。その様子を、儂は見たい。できるだろ?””」
「…作戦行動遂行の様子を、動く画として見たいということでしょうか?」
「””うむ。””」
「…内容には機密も多分に含まれます。対応は難しいと…」
「””しかし、やってくれ。””」
これに宇賀野は天城の顔を見た。国王は、こちらの技術力を高く評価しているらしい。
この条件には思わず幕僚長が発言する。作戦行動では、例えば開示されていない部隊の呼称や暗号が多分に含まれる。これらの様子を見るとしたら、通信拠点に機密情報を流すラインを通すことになる。あまりにリスクが高い。
しかし、国王は知ったことではないと要求を重ねた。宇賀野たちも黙るしか無い。
沈黙を認識した国王は、最後の条件を出した。
「””では最後。制圧を行う場合、我々の武人を帯同させてくれ。””」
「…それは、”観戦武官”ということでしょうか?」
「””いや、貴国の軍隊に組み込んで、こき使え。””」
「そ、それは…!」
「大臣、落ち着こう。」
身を乗り出して反論しようとした防衛大臣を制する宇賀野。大臣は総理を見て、諦めたように腰を戻した。
宇賀野は静かに、しかし厳しい口調で、条件に対する所見を述べた。
「国王陛下。現時点では、それらの条件はかなり厳しいと判断せざるを得ません。」
「””そうか。なら、王国は今回の事態に一切関わらない。邪魔もしないし、協力もしない。””」
国王の発言。ざっくり言えば、”勝手にしろ”ということだ。
一見するといいように見えるが、国家間のやり取りではあまりにリスクが有る。
なぜか?
例えば、王国の協力がないままに東方領が進軍を開始。正当防衛として戦闘状態に突入した結果、日本が東方領を制圧したとしよう。
もちろん、その顛末は公表する必要がある。
その中で、王国が”やってくれとは頼んでない”といえばどうなるだろうか?
情報社会の悲しいところで、有る事無い事尾ひれに背びれを付けて広められ叩かれる。正当な行動でも重箱の隅を突くような事柄が堂々巡りで続けられ、結果本質は雲散霧消。下手すれば政権が傾く。
言ってみれば、国王による脅迫だ。限られた情報で日本を始めとした”こちらの世界の国家”というものの弱点を正確に判断している。
宇賀野は上を向いて、ため息を勢い良く吐いた。曲者だろうとは思っていたが、これほどまでとは思いもよらない。
しかし、宇賀野はいくつかの考えも浮かんでいた。この条件を日本がすべて飲むとは思っていないのではないか?それに、条件を提示する理由があるのではないか。
顔を戻した宇賀野は、小さくつぶやいた。一つずつ片付けよう。
「…理由。」
「””ん?””」
「各条件を提示した理由を、ご説明願いますか?」
「””うむ…””」
まずは理由から。達成が難しいとわかっていても、条件を提示したのにはなにか理由があるはずだ。それが理にかなっていれば、調整ができるかも知れない。
宇賀野の質問に、国王が淡々と答え始めた。どうやら正解だったようだ。
「””まず東方領の完膚なきまでの制圧。これは、完全な制裁だ。なにせ、自分たちの力が及ばん勢力のど真ん中に放り出され、足元もおぼつかないという状況で、このような愚行をする連中がまともなわけなかろう。””」
「…真理ですな。」
「””そうだろう。であれば、彼らには自分がしでかしたことの代償を、その髄まで理解させる必要がある。でなければ、またやるぞ?””」
宇賀野は国王の説明に、手を口元に当てて考える。
つまり、国王は”全てを潰せることを示せ”と言いたいようだ。王国としては、反逆者は全員死罪以外にはならない。ただ、日本であれば、活かすも殺すも自由だろうという考えがあるようだ。
宇賀野が思考を続けていると、国王は次の条件の理由を説明し始めた。
「””次に、作戦行動の状況監視。これは単に、貴国がどのように戦うのか見たい。それだけだ。””」
「…それだけ…ですか?」
「””うむ。なにせ、そちらの世界と我々の世界では、戦い方がだいぶ異なるようだからな。””」
この説明に、全員が目を点にした。まさか、ただの好奇心のために機密漏洩の危機を犯せと?できるはずがない。防衛大臣などは呆れた表情になっている。
が、宇賀野はそう思っていない。それを証明するかのように、国王は補足を付け加えた。
「””ああ、あと、王政の中枢にいる数名を、その場に同行できるならなお良い。””」
「…なるほど、よくわかりました。」
宇賀野は以前の報告の記憶をたどる。国王の派閥は2つあり、現国王を支持するわけではない勢力もいるという内容だ。まだ未確認だが、東方領の騒動にも関わっている可能性があるというのも聞いている。
国王が連れてきたいのは、その中心人物だろう。
つまり、王国の安定化に寄与してほしいという、遠回しなお願いだ。
「””そして、最後の王国側の作戦行動への参加。これは貴国のためだ。””」
「…と、申されますと?」
「””恐らく、魔法への対処は、王国が貴国に唯一優位に立てる分野だと思うが?””」
「…」
「””それに、東方領内部の勝手を知るものがいれば、対応できる事態の幅が広がる。違うか?””」
最後の条件は、日本の安全を願ったものだった。たしかに、魔法への対処という点ではなにも策がない。しかし、魔法が使える、或いは対応できるのであれば、心強いことはない。
この説明には、統幕長がかなり深く頷き、防衛大臣と総理に視線を送った。
彼は自衛隊のトップ。部下に被害が出る可能性を下げられるなら、率先してそれを実行したいと考える。
条件提示の説明が完了した後、宇賀野はその場にいる全員に視線を送りながら、国王に言った。
「…目的は理解しました。では、少々お待ち下さい。」
視線を受けた全員が席を立つ。この条件を受け入れられる可能性を模索するためだった。
2時41分 埼玉県秩父市 白泰山検問所(王国側) 臨時通信拠点
「””…大変お待たせいたしました。””」
「構わん。して、まとまったか?」
「””はい。では、順に説明致します。大臣、お願いします。””」
少しして、再び電話会議システムから宇賀野総理の声が聞こえてきた。
どうやらまとまったらしい。説明は防衛大臣が行うようだ。
大柄な彼らしい、低くよく響く声が、スピーカーから聞こえてきていた。
「””まず、東方領への全面攻撃。これは、戦意喪失を狙った示威行動を主に展開します。””」
「…具体的に願おう。」
「””航空…つまり空を飛翔する戦力により、精神的威圧を狙います。場合によっては攻撃を行います。その場合、目標は建造物に限定します。””」
「…うむ。では次だ。」
具体的な作戦内容は立案中だが、戦闘機や回転翼機の展開による高火力の攻撃を行う。対象は建造物だ。対人攻撃は行わない。
中田はその説明に、国王が納得するか不安になったが、なぜか小さく頷いて次の話題へあっさりと移った。
「””はい。2つ目の条件である作戦行動状況映像の配信。これは機密が多分に含まれることと、通信設備の拡充に時間がかかります。よって、実施は難しいです。ただし…””」
「ただし?」
「””記録した情報を、後ほどお見せすることは出来ます。””」
作戦指揮所の構築に倣えば、この通信拠点に作戦行動の様子をリアルタイム配信することは不可能ではない。しかし、そのための設営には結構な時間がかかる。
さらに、流れる映像にも、そのための準備にも、機密と言える情報が大量にあるため、先を考えるとリスクが大きいという判断だ。
しかし、この目的は王政内部にいる不穏因子への宣伝。つまり、一種のプロパガンダだ。であれば、リアルタイムである必要ない。
国王は説明に再び小さく頷く。そして、またなにも質問を追加せずに次への話題へと促した。先程までの強硬な姿勢からの様変わりに、中田たちは動揺が収まらない。
「…よろしい。では最後は?」
「””はい。王国側の軍人が作戦行動へ参加する。これは了承します。ただし、明朝までに対応が可能と思われる人員10名を選出して下さい。””」
「10人か…条件は一つか?」
「””いえ。明朝9時に選抜された方々をお迎えに上がります。その後、48時間の特別即席訓練と作戦すり合わせを行います。その中で、作戦への帯同が難しいと判断された場合、この条件の達成は不可能なります。””」
「…うむ。心得た。」
説明を受けた国王は返答を返しつつ、王女に目配せをする。王女も小さく頷いた。
どうやら、王女配下の人間を使うようだ。中田は、報告の中に王女のみが使役できる間者がいるという内容があったことを思い出していた。
国王はその後黙して何も語らない。どうやら、提示した条件がほぼ受け入れられたことに満足しているようだ。
最後に、スピーカーからは宇賀野総理の言葉が聞こえてきた。
「””ありがとうございます。詳細な作戦内容は、昼頃にお伝えできます。””」
「大いに結構。」
国王の口癖が出る。王女とクロム卿の表情が少し緩んだことから、会合はほぼ目的を達成したようだ。
宇賀野総理が、最後に今回の意図を説明した。
「””国王陛下、今回の作戦では、犠牲者は最小限に押させることは、変わりありません。しかし、王国の方々が初めて見る、”我々の世界の戦い”は、相応に衝撃を与えるものと思います。””」
「ああ、儂もそう思っている。だから依頼したのだ。」
「””…””」
中田はこの発言で、国王という”政治家”の本質を見た。
同時に、国王に対して抱いていた既視感の正体に気づいたのだ。
この人、総理と同類だ、と。
2時58分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸5F 総理執務室
「では、この会合は終了といたします。ありがとうございました。」
作戦内容の詳細説明工程や、帯同人員の割当に関する細かい調整を王女と行った後、会合は完全終了となった。首相秘書官が言葉を述べて、電話会議システムを操作して通話を終了する。
それを確認した執務室の全員は、深い溜め息と共に疲労感のある表情を浮かべた。
宇賀野は天城に対して悔しそうに感想を話した。
「はぁ…!…してやられましたね。」
「…そのようですね。さすがは大国の主という所でしょうか…」
途中から気づいていたが、国王は日本ができることをかなり正確に把握していたようだ。考えてみれば、条件はどれも最初は厳しく提示されていた。しかし、終わってみれば現実的な内容にすべて変わっていた。最初に大きく、徐々に小さく。取引の基本だ。
全てを見透かされ、誘導されたことに、宇賀野たちは敗北感を否めなかった。
両目を抑えながら唸る防衛大臣に、宇賀野は状況を聞く。
「…大臣、作戦立案は?」
「はい。市ヶ谷にて立案を急がせています。7時までにはご報告可能になります。」
「うん、よろしく…」
宇賀野は疲労困憊という様子で、防衛大臣にひらひらと手を上げる。大臣もそれに小さく頷き、席を立って部屋を後にした。
一人、また一人と、自らに課せられた職務を遂行するために人が執務室を後にする。そして、最後に宇賀野と天城が残った。
二人は顔を見合わせて、お互いに薄ら笑いを浮かべて労をねぎらいつつ、新たな職務への決意を固めた。




