他領訪問~東方領~ ”最高権力者”同士1
1時19分 東京都千代田区永田町 総理大臣官邸5F 総理執務室
「””は、はい…今中田副大臣が対応していますが、どうしましょうか…””」
「…どうするも何もやるしか無いだろう…総理に報告する。」
連絡を受けた首相秘書官は、その内容を聞いたときに思わず大声をあげてしまった。おかげで、総理大臣一同から怪訝な視線を集める羽目になった。
すぐに詳細を確認するが、予想外の大物の登場に彼も動揺を隠せない。
狼狽える後輩を叱咤して、報告のために電話を切った。
その様子に、四角く細い生真面目な印象を持つメガネをかけた、気難しい表情が顔に張り付いたスキンヘッドの大柄な老齢男性…彼の元々の所属組織長である、防衛大臣が声を掛ける。
「…どうした?」
「その、白泰山通信拠点に王国の一行が到着したのですが…」
「なにか問題か?」
「…国王が来ていると…」
秘書官は簡潔に、後輩官僚の報告をその場にいる全員に聞こえるように説明した。
それには全員が様々な反応を示す。しかし、得てして苦い表情というのが共通していた。
当初の想定では王女がくると踏んでいた。そこで実務的な協議に終止して、国王に最終報告を上げてもらうという算段だった。ただ、こちらは総理が参加すると情報を出したのが不味かったのかも知れない。
その場にいる副大臣級の官職や官僚は一斉に連絡を始めた。
相手が重要人物である場合と、最高権力者同士での場合。その会合は全く流れも意味も変わってしまうのだ。さらに高度な準備が必要になる。
白髪でオールバックの紳士のような清潔な雰囲気を持つ好々爺という表現がぴったりな男性…宇賀野総理が、その様子にしてやられたと言わんばかりにため息を付いて、傍らに控える天城官房長官に言った。
「だから言ったじゃない、あの国王は相当な食わせ者だろうって。」
「…人の本質を見抜くという点では、総理が随一ですね…」
「…僕も一応総理までなっちゃったからねぇ…」
新しい保守政党として、旧来の保守政党から第一党の座を取って政権与党となった宇賀野たち。しかし、安定した国会運営や政府運営を担う基盤は脆弱であることが否めず、結局は新旧の二大保守政党による連立政権となっているのが、現在の日本政治である。
その中で、宇賀野総理は良くも悪くも特徴のない人物と取られることが多い。よって、政権は天城官房長官一人により動かされると揶揄する議員も少なくない。
しかし、宇賀野はそのバランス感覚により、新旧の勢力争いが入り乱れる現政権をうまく舵取りしていた。その能力の一端が、神通力とも言われる人に対する鑑識眼だった。
彼は表面でこそ、国王の勇気ある行動を称賛していた。
しかし、同時に彼の本質も見抜いていた。
”彼は、自分がどう行動すれば事態が動くか、完全に理解している”
一番油断してはいけない、知略家であると。
天城が思案を重ねた後、言葉を選ぶようにして総理に問いかけた。
それに総理は、棘のない言葉と雰囲気で答える。
これは別に警戒していないというわけではない。彼も、自分が人からどう見られているかを、全力で利用する策略家だった。
「しかし総理、国王が来たということは…」
「うん。なにか考えがあるようだね…心してかかろう。」
1時44分 埼玉県秩父市 白泰山検問所(王国側) 臨時通信拠点
「では、最後に会合の進め方です。電話…声のみをやり取りで行います。発言する際は、こちらに話しかけるように喋ってください。」
「ほー、これは面白いのう!」
通信拠点では、宇都宮が国王たちに電話会議システムの使い方を説明していた。
今までに彼らには以下の情報を説明している。三自衛隊という、普段は別個で動いている組織をまとめて運用するための統合幕僚という体制、日本が使用する装備類に、作戦形態。そのために必要な政治的判断の過程…1時間未満で説明するにはあまりに複雑な内容だが、今回の会合予備知識としては十分…なはずだ。
王女やクロム卿は、その説明に入念に書付をとり、わからないことがあればすぐに質問を返す。雑に言えば、非常に真面目に会合に取り組もうとしていた。
一方で、国王はその説明に感嘆符を絵に描いたような反応を示すばかりで、質問などは一切してこなかった。正直言うと、国王らしくないといのが、宇都宮の印象だった。
電話会議システムの説明も終わり、宇都宮はまとめに入る。
「はい…では陛下に王女殿下、それにクロム卿。質問はありますか?」
「…儂から一つ、良いかの?」
「はい、ご遠慮無く。」
宇都宮は少し緊張した。初めて国王が質問をしてきたのだ。
ただ、その表情は先程の朗らかなものとあまり変わらない。
彼はすぐに緊張を解いて、質問に答えることが出来た。
「我々は、どこまで要求できるんかのう?」
「申し訳ありません。それは、一介の公僕には判断致しかねます。」
「おお、すまん。質問が悪かったようじゃの…」
相変わらず、とぼけたような雰囲気で頭をひねる国王。宇都宮はあまり警戒していない。
一方で、傍らで黙してその様子を見守る中田は、何か異様な雰囲気を感じ取っていた。
この様子、どこかで…
しばらくして、国王は閃いたように、宇都宮に質問を続けた。
「”総理”が決めれば良い、という、認識で大丈夫か?」
「…はい。その認識で問題ありません。」
「うむ、大いに結構。」
この時、宇都宮と中田は一瞬であたりの雰囲気が、音をたてるように変化するのを感じ取った。あまりの変容に息苦しさを感じ、思わず襟や喉元に手をやってしまうほどだ。
その発生源は国王だった。宇都宮の返答の直後、様子が一変した。
顔に刻まれた皺が、笑顔のまま張り付いたような好々爺はもう居ない。
その険しい表情は、100万近い民を束ねる一国の君主そのものであった。
2時03分
「””それでは、これより日本国政府とエルニア王国の非公式会合を開始致します””」
「宜しくお願い致します。」
天城官房長官の声が、電話会議システムのスピーカーから漏れ出す。とうとう、日本と王国の国政のトップが言葉をかわす、初の会合が開始された。
まずは小手調べ。挨拶からだ。
「””まずは私から。日本国政の長である総理大臣の宇賀野と申します。国王陛下に置かれましては、このような形での初対面となり、まずは非礼にお詫び申し上げます。””」
「うむ。エルニア王国9代目国王のカイ・エルンだ。形式など細かい話だ。気にするではない。今宵は良い話ができると期待しておる。」
「””はい。私も同感です。””」
中田や天城は、国王の全く異なる雰囲気に少し戸惑っていた。柔らかく、笑顔を絶やさない優しい口調は全く無い。荘厳で威圧的、人の良さなど微塵も感じさせない。胆力のない人間であれば、早々に押しつぶされてボロを出してしまうような重厚な空気だった。
しかし、宇賀野総理は全く気にしない。国王の言葉にすぐさま反応するあたり、永田町のトップに座る男の風格が感じられる。
国王は表情一つ変えず話を続けた。
「では、早速本題に入ろう。単刀直入に伺う。貴国は”あれ”をどう処理するつもりだ?」
「””はい。原則としては囚われの身となっている民間人の救出を最優先とします。””」
「うむ。説明を願おう。」
「””はい…統幕長、お願いします。””」
宇賀野総理は具体的な作戦の説明を統幕長に任せた。国王の変わらない表情からは、その考えをうかがい知ることは出来ない。しかし、自身の専門外は、専門家にすぐ任せるという点は評価していた。
統幕長の説明は、主に囚われている久慈屋たちの救出作戦に関してだった。
救出は陸自特殊作戦群がその任務に当たる。リリーが侵入経路は確保しているため、強襲などの必要は低いと判断。隠密に侵入し、近縁に用意した車両にて全員を救出するという流れだ。
国王は、傍らに控える宇都宮から、統幕長の説明で理解に乏しいであろうところを聞く。例えば、”特殊作戦群”と言っても、それをすぐに理解できるのは日本でも少ない人のほうが多いだろう。
宇都宮は表面上、気丈に国王へ説明をしているが、実際には極度に緊張していた。一介の日本人がそうそう感じ取れるものではない雰囲気を醸し出す国王の側にいるのだから無理もない。さらに、直接説明も行わないとなれば、非常によくやっていると言える。
国王は説明が終わったあたりで、一つだけ聞き返した。しかし、その後は黙り込んでしまった。
「…貴国の精鋭を投入すると?」
「””はい。数は多くありませんが、救出活動には十分です。””」
「ふーむ…」
このような場で、沈黙ほど緊張する様相はない。大抵の場合、次の展開がろくでもないものになるからだ。さらに、官邸側も静かであることに、中田と宇都宮は冷や汗が止まらない。
実はこの時、発言をしようとした統幕長や防衛大臣などを、宇賀野総理が手振りで黙るように仕向けていた。宇賀野はここは国王の出方を見ることに集中すると判断したのだ。
国王は、電話会議で姿も見えない彼らのその意図を理解したようだ。静かに、そして重くその口を開いた。
「では、救出が成功したとしよう。その後はどうするのだ?」
「””救出完了後は敵方の動き次第です。現在、展開中の現地部隊は監視から、即時対応可能な防衛体制へと転換しています。攻撃を確認次第、すぐに反撃が可能です。””」
「…つまりは、東方が一発放つまでは、待つということだな。」
「””ええ…簡潔に言えば、そうなります。””」
国王の問いかけに答えたのは宇賀野だった。内容的に防衛大臣や統幕長が説明したほうがいいのかもしれないが、ここで総理が説明することで、”攻撃は政治的判断による”という意志を示した。
国王は静かにその意図を噛みしめる。中田たちには、やはりその真意を計り知ることは難しい。だが、王女たちは違う。国王の様子から、ある一つの感情を感じ取っていた。それは”不満”だ。
しかし、それを後回しにしたのか、国王は別の説明を始めた。
これに中田たちは少し安堵する。その内容が、日本にとっては大分条件のいいものに思えたからだ。
しかし、電話の向こうの宇賀野は、全く楽観視していなかった。
「王国の立場を説明する。今回の反乱は王国が対処すべきものであると思っておる。しかし、今の王国にそれをする術も力もない。よって、日本の力によりそれを為すことに、全く異論はない。」
「””…ただし、条件があるようですね。””」
「ああ。3つある。」
宇賀野の言葉に、国王が即答で返す。なにせ、国王が表明した王国の立場は、自国の中で他国が大々的に軍事行動を行うことを全て容認するというものだ。自主独立や主権なんてあったもんじゃない。それを受け入れる国なんて、世界にも異世界にも存在しないだろう。
条件の提示という流れに、中田たちは緊張の面持ちを隠せなくなった。
経験値の低い彼らには、この場の流れは非常に荷が重かったようだ。




