他領訪問~東方領~ 自己愛が原因の無自覚健忘
15時47分 宮城県亘理町 宮城特異物群観測拠点本部
「“宮城DOT、こちらオメガ。集落A地点にて建造物の損傷確認。救援対象確認できず。オクレ”」
「オメガ、こちら宮城DOT。了解した。引き続き状況確認継続されたし。オクレ」
「”宮城DOT、オメガ了解、監視観測を継続する”」
拠点では隊員たちが随所を駆け回り情報収集を急ぐ。
圃場からの”不穏な動きあり”という緊急連絡、王政令発布開始の報告から通信途絶、そして轟音と立ち上る土煙。異常事態が発生したことは間違いないだろう。
状況確認に飛び立ったOH-1偵察ヘリからの報告は、その予想を裏付けた。
真野一佐とその副官三島は、険しい面持ちで東方領都を見ながら話す。
「団長、やはり先程の異音は…」
「そのようだな。それに、態々あちらから”自供”してくれたぞ?」
つい十数分前のこと。東方領都の前門が突如として開門した。そこから出てきたのは、一人の冴えない青年。身なりはよく、資料にあった情報から、領都の行政官が着用する制服であることがわかった。彼は非常に怯えた様子で、声を震わせながら文章を読み上げた。
”本日、東方領は王国からの自主独立を宣言。同時に日本国への闘争を布告する。こちらは捕虜を取った。開放してほしくば、王国への通行を無条件で許可せよ”
かなり形式張った言葉を使っているが、その実態は王国への反逆と、友好的に接しようとしていた日本への宣戦布告、そして民間人を人質にしての脅迫という、ただの蛮族行為である。
行政官は、この文章を読み上げることで、自分が最初に攻撃されて犠牲になるのではないかと怯えていたのだろう。もちろんそんなことはしないし、そもそも彼の近くには誰も居なかった。
観測機器によって、その宣言はしっかりと、あらゆる媒体によって記録したが。
三島はその時の滑稽な雰囲気と、現在の混乱する状況を見る。さらに、後方に陣取る”情報稼業集団”をこっそりと見て、軽くため息をついた。彼は一佐に問いかける。
「…後方にいるマスコミはどうします?」
「そっちは市ヶ谷から反応が来るまで放置だ。まだ話せる内容も無いしな。」
「了解しました…しかし、圃場の連絡通りになりましたね…」
「全く…あとは政治判断だ。こっちも決まるまで待機だな。命令が来たら即応できる体制を整えておけ。」
「はい。」
一佐の命令に、三島は自身の部下の状況確認へと再び赴く。
その後姿を見ていた一佐は、ふと、ある言葉が浮かんだ。
なぜこの言葉を彼が思い起こしたのか、誰にもわからない。
「…”愚者は愚行を最善と考える”…誰が言ってたんだっけか?…」
15時58分 エルニア王国東方領軍産都市ローディウヌ
東方領主官邸2F 領主執務室
「父上、行政官による”東方宣言”の発表が完了しました。」
「ほう…で?」
「…はい?」
治癒師の治療を終えたジョンは、変えの玉座にふんぞり返ってレゾルからの報告を聞く。
レゾル自身は、宣言を伝えたことで一仕事終えたと考えていた。だから、ジョンの反応は全く想定外で、気の抜けた返答を返してしまった。
ジョンはその様子に苛立ち、己の自己顕示欲を全く隠さない発言をレゾルへと浴びせる。
それでもなお、レゾルはジョンの真意を汲みきれず、概略的な報告に終止する。こうして、ジョンの苛立ちは更に激しさを増してしまった。
「だから、日本側の反応だ!聞かせたのだろう、私の勇ましい言霊の分身を!」
「…日本の兵士たちは、遥か遠方に居たため、恐らく聞こえていないかと…」
「遠方だと?距離は?」
「恐らく、目算で100カヴ程かと…」
「全く意味がないではないか!?」
レゾルの報告により、日本の反応が全く知ることが出来ない事実を認識したジョンは、怒鳴り声と共に椅子から立ち上がる。そして、大げさな手振りと合わせてわがままのような命令を下そうとした。
「やり直せ!私の魂の金言を、しかとあの蛮族共に轟かせてこい!!」
「し、しかし、敵対を宣言した後の領都前門解放は危険が…」
「なんだ!!あんなやつら、どうせ大した行動はできん!怯むんじゃない!」
レゾルはあくまでも主席行政官だが、現在の状況では、ジョンの命令が得策でないことを理解するだけの知能はあった。そんなレゾルに怒声を浴びせるジョンを、トイドがうまい言い回しで収めてくれた…いや、これは彼の澄んだ目を見ると、本心だったのだろう。しかし、レゾルにとっては結果良しだ。おかげで、ジョンは機嫌をころっと変えて、自身が王都で仕入れたという”中途半端な”日本の知識を教えてくれた。
「父上、必要はないと思われます。」
「なんだと?」
「遠方にいるのは我々に恐れをなしている証拠。つまり、我らの優位は間違いないのです。」
「…そうか!まあ、彼らは”軍隊”ではないと聞くからな。わけのわからんからくりは多いが、その実大した事はできんのだろう!」
「…”軍隊”ではない、とは?」
「ふむ、教えてやろう。私が仕入れた日本の極秘情報だが…」
日本における自衛隊の扱い。ちょっと調べればすぐわかることなので極秘でもなんでもない。
もちろんジョンが聞いた話の出処は、例の”元執政官”。しかし、彼は報告を対して真面目に聞いていなかったからか、自身の願望が多分に入った説明となっている。恐らく、最初の元執政官の報告では、”積極的に軍事力を行使しないだろう”という文言だったはずだ。それが”軍隊ではないから大したことない”に変換されている。相当に平和な脳内だ。
ただ、王都で何が会ったのかを一切知らない息子二人は、ジョンの情報に色めき立つ。
彼ら程度の人員が、そんな極秘情報を知らされるわけもないので致し方ない。
「なんと!そのような事情が…!」
「ああ。高い技術力も、それを使えないならば無用の長物よ!」
「これは我らの勝利は決まったも同然ですな、父上!」
ジョンと息子二人が高らかに笑う。ジョンは唾液を撒き散らし、トイドはその癖を多分に受け継いだ醜悪な笑い、レゾルは慎まやかに笑おうとしているが、底意地の悪さから気色が悪い。
周りの守備兵たちは、その様子を冷めた目で見るしかなかった。
ジョンは唐突に話題を変える。今回の彼らの”切り札”の状況が気になった。
「して、孤独獄屋に籠もった空け者共は?」
「はい。動きはありません。」
「そうか、しかし彼奴らも血迷ったものだな。生き地獄に自ら身を投じるとは!」
ジョンは意地悪そうに笑顔を作る。トイドもそれに習った。一方で、レゾルはピンときていない。
彼は、ローディア三兄弟でも人一倍臆病だった。だから、ジョンが生き地獄と形容する理由をしらないのだ。なにせ、怖いところには一切近付こうとしないのだから。
「…それほどなのですか?孤独獄屋の環境は。」
「なんだレゾル、貴様、中を知らんのか?」
「え、ええ。近寄る機会が無くて…」
レゾルはごまかしながらジョンに話す。トイドはその真実を知っていたが、今は状況からして無用な言葉は控えていた。ジョンは、そんなレゾルに小物臭漂う悪い顔をしながら説明してくれた。
「孤独獄屋はな、我が祖父が作り上げた政治犯用の特殊監房なのは知ってるな?」
「はい。それは知っています。」
「内部はな、光は最低限しか届かず、音も響かない。実際の大きさよりも明らかに圧迫感がある。そう、思わせる特殊魔法を練り込んでいるのだ。」
先々代の領主であるジョンの祖父は、軍事に統治にと相当に聡明だった。その中で最も力を入れたのが諜報と防諜だ。その中で、敵国の間者から情報をあぶり出すための特別な牢屋として作られたのがあの獄屋だという。
レゾルは未だに”監獄の真意”にはたどり着いていない。そんな彼にジョンは、孤独獄屋にかけられた特殊な魔法の本当の効果を説明してくれた。今この時のジョンは、無駄に気分が良かったようだ。
「ほう…しかし、それがどういう…」
「わからんのか!?長居すればするほど、その圧迫感は増大するのだ!直に”部屋に食われる”という妄想に取りつかれ、唯一の出口である木扉を拳が血に染まるまで叩き続ける!」
「それは正に地獄ですね…」
「そうさ!狂気にとりつかれた彼らは、内部で殺し合いを始めても不思議ではないわ!」
「なんとも!それは愉快ですな!」
精神を倒錯させる特殊な妨害魔法により、少しずつ精神は蝕まれる。こちらから水や食料を指し知れるはずもないため、まずは乾きや空腹に悩まされる。そして、それらの過酷な状況から心身は限界に達し、直に裏切りや暴力によりその地獄から逃れようとする。そして、最後には全員が平々に這い出してくるという、素晴らしい予想。
一見すると筋の通っている内容に、3人の高笑いは一層激しさを増した。その汚い笑いは、執務室外の廊下にまで響き渡っていた。
しかし、冷静な考えを持っているものは、楽観論ではなく悲観論にその脳内を占拠されていた。
例えば、執務室前で警備を行うそこの守備兵の二人とか。
「…なあ、本当に大丈夫だと思うか?」
「…全く。だって、相手はウェストにフェルデンの魔法狂だぜ?強力な妨害魔法で獄屋は今一切近づけない。領主も知ってるはずだろ?」
「そのはずだがな。さっきも醜男トイドにけしかけられた新兵が、ウェストの妨害魔法に弾き飛ばされたし…」
悲しいかな、知恵のあるものには現在の状況が正確に判断できてしまう。だからこそ、一人は悟りを開いたように遠い目をして空を見つめるし、一人はこのような境遇の中枢へと置かれた不運に対してやり場のない憤りを抱えた歪んだ表情を浮かべる。実際の所、守備兵の殆どがそんな心境だ。
なにせ相手は魔法を使わせたら王国一と言われる逸材。一人で凡庸な兵士数百人分の戦闘力を秘めているとさえ言われる。真正面から向かうなど死にに行くのと変わりない。
それを裏付けるかのように、彼らが籠城した孤独獄屋には、リリー・ウェストが展開したと思われる妨害魔法が張り巡らされていた。察知された瞬間に、稲妻を身にまといながら明後日の方向へと弾き飛ばされるそれのおかげで、守備兵は誰も近づけていない。
そんな”敵”が、魔法で作られた地獄に対応できないのだろうか?決してそうは思えなかった。
加えて日本の動きが読めないこともその不安を増大させていた。今部屋の中の戯け者が大声で話している内容は、あくまでも希望的観測に過ぎず、戦力評価なんてものも存在しない。つまり、彼らには、”敵”が強いのか弱いのかもわからないのだ。
結果、二人はその思いを口から出してしまう。背後に”関係者”がいるとは知らずに。
「…なんであいつら愉快に笑ってんだよ…」
「馬鹿なんだろ。救いようのな…」
一人の守備兵が、領主一同に”苦言”を呈するというところで、相方の守備兵の後ろに領主次男のダンが静かに立っていた。その表情は、感情をうかがい知るには少し起伏にかけていた。しかし、父親や兄とは違う筋骨隆々の大柄なその風貌は、否応にでも威圧感を与えてしまう。もちろん守備兵は縮み上がり、その手が残像となるような速さで敬礼して叫んだ。
「だ、ダン・ローディア隊長!」
「…やめてくれ。ここでは隊長ではないんだ。」
「あ、し、失礼しました…」
守備兵は緊張した面持ちを崩さない。しかし、どうも雰囲気がおかしい。無表情なのは変わりないが、元王国軍で彼の下に居た守備兵が、彼を隊長と呼んだことに対して、優しく訂正を行ってくれた。
冷や汗と共に困惑を抱く守備兵を見たダンは、静かに思案顔をしながら二人に語りかけた。
「…安心しろ。”俺は何も聞いていない”。」
「だ、ダン様!」
「しかし、場所は弁えろ。”他は”どうするかわからんからな。」
「はい!!!」
慈愛にあふれる”気遣い”。そして、彼らの身を考えた”忠告”。
かつて王国軍で”鬼畜隊長”と恐れられたダンの姿とはまるで違う。その伝説を知らない守備兵は安心した表情を浮かべるが、”悪夢の日々”を知る守備兵は、感謝はしても困惑しきりだった。
そんな二人をよそに、ダンは思考を巡らせるために歩を進め、領主執務室前をあとにする。そして、ふと守備兵にも聞こえないような小声でつぶやいた。
「…馬鹿。救いようのない、か…一切擁護できんな…」
リリー・ウェストとアミナ・フェルデンの魔法技術、高度な連携を可能にする日本の科学技術、そして、それらを高次元で使役できるだろう日本の国防組織、自衛隊…
今現時点でダンが知り得ている情報を並び立てれば、この行動は破滅への道だ。それも、最悪な地獄への。
ローディア家はもちろん一族ごと抹消され、東方領もその歴史を終えるだろう。
その闇に包まれた未来予想図を抱いたダンは、闘志とも取れる強い光を目に宿し、覚悟を決めたように前を見据える。
「情報を集める必要があるな…この”領都”を護るために。」
破滅が先に待っているとしても、”必要のない犠牲”は防ぐべきだと決心した。
20時21分 東方領主官邸1F 東端特殊監獄”孤独獄屋” 裏手
「宮城DOT、こちら21。目標地点到達。オクレ。」
「”21、こちら宮城DOT。了解。対象に通達。反応あるまで待機。オクレ。”」
「宮城DOT、21、待機の旨了解。」
日もすっかり落ち、夜の闇があたりを包む。孤独獄屋の一帯は、背の高い建物に囲まれており、その闇は一際深い。しかし、領主官邸を囲む防壁の近縁に接しており、”潜む”にはうってつけである。
…周りを囲む建造物の築年数が浅いところを見ると、どうやら”誰かが”、”やらかした”らしい。
そんな孤独獄屋の裏手に、迷彩服に身を包んだ数名の人影が動く。無線による連携で、”対象”との連絡も問題ない。なので、すでに”身の安全”は確認されている情報だった。第22即応機動連隊から組織された臨時偵察救援班は、”情報”をもとに安全な侵入ルートを把握。大規模な救援作戦は難しいものの、物資搬入が可能と判断され、今回の潜入作戦が東北方面隊により実行された。
「”…21、対象反応あり。”モグラが顔を出す”。足元に注意。オクレ。”」
「宮城DOT、こちら21…了解。」
隊員は、宮城拠点からの返信に少し怪訝な表情を浮かべる。”モグラ”とはどういうことだろう?
すぐに、彼らのいる足元の地面がモゴモゴと動いていることに気づく。警戒をしつつも暫く待つと、そこから三角に尖る”獣耳”が現れた。直に顔を出したその”対象”に、隊員の一人は思わず”お決まりの反応”を返してしまい、すぐさま訂正を受ける。
「っと…あなたが隊員さんね?」
「えっ、犬?」
「犬じゃない。狼。」
「こ、これは失礼…」
「宮城DOT、対象と接触。これより潜入する。オクレ。」
やや不機嫌なアミナが、臨時でこしらえた”窖”の入り口を魔法で広げる。彼らは魔法を間近で見るのが初めてだ。これもお決まりの反応で、全員が驚きに満ちた表情へと変わる。
そんな人々の対応にもアミナは手慣れた様子だ。対して気にする様子もなく、彼らを招き入れた。




