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他領訪問~東方領~ 募る不安

5月24日 11時14分 宮城県亘理町 宮城特異物群観測拠点本部

「早くその羽根を止めんか!煩くてかなわん!」

「…この乗り物は拠点へと帰還します。申し訳ありませんが、速やかに降車お願い致します。」

「なっ!…揃いも揃って無礼極まりない…!」

「父上、ここはひとまず従いましょう。」


EC-225LPから降りるジョンは未だに喚き散らす。ヘリのヘッドセットが窮屈だ、ローターが五月蝿い、帯同した官僚が失礼、太陽が眩しい…大の大人が秒単位で不平不満を並び立てる。その都度、傍らの次男ダンに宥められる。うるさい飼い犬を必死に宥める新人ブリーダーのような状態だ。


久慈屋たちはもう一台のEC-225LPから降りる。今回の東方領訪問は16名と西方領訪問以来の大所帯だ。しかし、その殆どは”必須”の人員ではない。なにせ、ジョンが自身の権力を示すために、東方領都出身者を無計画に帯同させたのだから。

彼の中では、優しさあふれる強い男であるというストーリーが出来上がってることだろう。

付き合わされたこちらはいい迷惑だ。


リリーは騒ぐジョンを無表情で見据える。U4機内でのように怒りをさらけ出すことはないが、その感情は変わらないようだ。


「…リリー、落ち着いたか?」

「ええ。飛翔船以降、”あれ”とは別だったから。」

「ま、無理ないわな、あの様子じゃあ…」


久慈屋の視界に、右手を振り乱しながら演説を行うジョンが入る。大声を出すことに集中しすぎてろれつが回っておらず、何を言っているのかも、何を言いたいのかも全くわからない。

呆れ顔を浮かべる久慈屋の肩を圃場が軽く叩いた。

目線で察して、久慈屋は圃場に予定を確認する。できることなら、この仕事をさっさと終わらせたい。その一心で。


「で、予定は?」

「11時半にマイクロバスに乗り込みます。今回は領主同行なので、そのまま領都入場となります。」

「…まあ、そうなるよね。」


久慈屋は視線を移す。そこには喚きすぎて呼吸のペースがおかしくなっているジョンと、それが主を務める東方領都があった。


「不安ですか?」

「だって、あれ見てみ?」


久慈屋が指差す方向を、圃場はゆっくりと見据えた。その様子に表情が曇る。

支離滅裂な弁舌により、自身の呼吸ペースも忘れてむせ返る領主の姿がそこにあった。


「そりゃあ、領主があれですから…」

「違う違う。あっちは今更だ。俺が言いたいのは領都だよ。」

「え?」


もちろん知恵も勇気も感じない領主も不安の種だが、その後ろにある東方領都も、その不安を増大させる一因だった。


中近世の都市というのは、要塞としての機能も兼ね備えていることが多い。都市には堅牢な防壁がそびえ、敵の侵入を阻む。その作りは、地形や防衛方式に従って多種多様な様相を呈しているが、ある程度の法則性というのが垣間見える。

が、東方領都の様子は全くもって”杜撰”だった。地形に沿ったと思われる城壁が続いたかと思えば、突然外から見ても判るほど薄い、高さだけある”ただの壁”が現れる。

防衛のための動線も考えられていないため、どのように隊を展開するのかも分からない。

航空写真で都市の様子を確認した際は、要塞に詳しい歴史学者や軍事学者、果ては自衛隊に防衛省までがその設計理念を掴めず、度重なる検討の結果、”無計画”と確定した際の脱力感は凄まじかった。


ちなみに、その判断の決め手は”推定建設時期”だ。その無計画さを醸し出しているのは、つい最近建設されていることが確認された。さて、そのような指示を出せる立場の人間は誰だろうか?その答えを考えれば、あの稚拙さも納得だ。


「確かに、見れば見るほどチグハグですよね。あれじゃあ…」

「”ここを攻撃してください”と言わんばかりだ。写真で見るより遥かに酷いわ。」

「それだけじゃありませんよ。」


圃場と久慈屋が会話を続けていると、ある人物が後ろから声を掛けてきた。第22即応機動連隊長の真野1等陸佐。彼は宮城特異物群防衛監視団長を任せられている。

彼は宮城、福島、山形の状況と合わせて教えてくれた。この3県に現れたのは、ほとんどが東方領と思われている。そのため、他地域と”ある相違点”が出ていた。


「元々、東方領のものと思われる”集落”では、防衛中の自衛隊や警ら中の警察、果ては近隣住民まで…食うに困って救援を求める事例が、他王国領より群を抜いて多いのです。」

「…なんで?…あっ」


一佐の説明に、久慈屋たちは頭をひねる。現場レベルの対応は、防衛省ではまとめているだろうが、その詳細な報告は聞いていない。久慈屋は調査研究が主、圃場は他領訪問に関する取りまとめ。それぞれの管轄が違うからだ。初めて聞く話はではあったが、その理由は少し考えて思いついた。久慈屋と圃場が同時に声を上げた。ジルも片耳で話を聞いて、すぐに答えに行き着いて率直な感想を口にする。


「「備蓄食料を巻き上げられていた。」」

「ただの無能じゃん。」


久慈屋と圃場が言葉の後に深い溜め息を着く。防衛計画もまともに立案できない無能のことだ。兵站だって構築できるとは思わない。帝国との戦争に自国領の軍を動かすため、足りない食料を一帯から根こそぎ収用していた。”物資提供命令”を下して。

季節が春先だというのもまずかった。農作物はまだ準備中、最低限の備蓄も冬で使い込んだあとだ。そして例の”現象”。物流が寸断された結果、地獄が始まった。


山間部などの”警備が及びにくい地域”では、民間レベルでの救援が行われていたらしい。西方領訪問後の”文章配布”を経ると、救援を求める声は爆発的に増えた。そして、それは”領都”でも変わらなかったらしい。


「防壁が存在する領都での救援事例は、つい最近になり一気に増加しました。本当に、ここ2,3日の話です。」

「…”限界”ということですね。」

「…ええ。」


久慈屋の言葉に、真野一佐は険しい表情で頷く。

防壁を通るには、備え付けられる門扉をくぐらなければならず、今の状況では自発的にそれを開け放つことは考えにくい。よって、領都内部から救援を求められるというのはあまり事例がない。しかし、それが増えているということは、厳しい状況が内部で繰り広げられていることを物語る。


真野一佐はさらに状況報告を続ける。現在、彼らは可能な範囲で最大限の行動をしようとしている。もちろん、彼らの上部組織の一員である圃場も配慮を見せる。


「現在、仙台自衛隊病院に依頼して、自衛隊での医療支援体制構築を急がせています。」

「…一佐、対策本部経由で厚労省に…」

「指揮系統の問題がありますので、圃場さんには直接依頼できません。が、個人的には”円滑に”対応を進めて頂ければ、と…」

「…分かりました。至急”司令”に報告を上げてください。根回しは僕がやります。」

「感謝致します。」


一連の日常で、圃場は最初の頼りなさを感じさせる若い役人から、知恵と男気のある気骨溢れる敏腕な官僚の顔になっていた。非日常的な日常は、短期間で人を急速に成長させるらしい。


「…では、私は準備と”別件”を片付けてきます。」

「はい。がんばってね。」


強い意志と微笑みをあわせたいい表情を浮かべながら、圃場は電話するためにその場を離れた。そんな彼を久慈屋はのんびりと見送る。

圃場の後ろ姿から視線を外す。すると、苦い表情のジルと目があった。

彼女は久慈屋の顔を見て、小さくため息を吐きながら問いかけた。


「…ねぇ、なんか嫌な予感しかしないんだけどさ…」

「言うな…リリー、アミナ?大丈夫か?」


久慈屋も彼女の苦い表情が伝染する。しかし、言ってもしょうがない。

が、自国領の惨状を聞かされた傍らにいる二人は、目を手で覆って頭を抱えて唸る。


「いや…あまりの惨状に頭痛が…」

「心中お察しするよ。」


久慈屋は表面的な言葉を発することに終始する。

自国の恥、それは彼女たちには非常に苦い現実だ。



11時36分 宮城県亘理町 エルニア王国東方領 軍産都市ローディウ

「…間近で見るとなおさら酷いな。」

「ええ、本当に。」

「…これは、私達が見ても異様だわ。もちろん悪い意味で。」


マイクロバスで領都へと入場した久慈屋達。バスの戦闘では、ジョンが自身が領主に就任してから行った”革新的政策”と称する数々の”偉業”を声高らかに宣伝していた。

もちろん久慈屋たちはそんなもの興味がない。なので、面倒くさい人間の相手は、その手の人間の相手に慣れている官僚たちに任せ、自分たちは領都内部をつぶさに観察することにした。


内部では、その杜撰な都市計画が手に取るように解った。”新規”に作られたと思われるちゃちな防壁は、石材や木材の選定、加工があまりに不完全で、積み上げただけというに等しい。構造計算なんてものは恐らくされていないだろう。強風が吹いただけでボロボロと崩れ落ちそうだ。

久慈屋は改めてこの惨状に疑問を示す。しかし、それには王国人であるリリーも分からない。彼女の話では、戦争に対する備えには、王宮から防衛拠出という援助がなされるらしい。久慈屋はその話を聞いて、ふとある考えが思いつく。その証拠を探すように見回して、それが目に入った。


「なんでこんなことになってるんだ?」

「…防衛設備の建設には、王宮が特別拠出してるはずなんだけど…」

「もしかして、あれの維持につぎ込んでんじゃないのか?」


久慈屋が指した方向にあったのは、領都の様相からすると不釣り合いなほどの”塔”だった。その姿は純白で、王国の都市でみた建造物でも王宮に食って帰する高さを誇る。真新しく、手入れも行き届いている。それを見た面々は、口々に疑問を示した。


「…白いね。何あれ?」

「あー…東方領の職人組合から、石灰固壁の技術開示依頼があったけど…」

「えっ、うそでしょ?」

「…虚栄心を満たすためだけに作ったのかよ、あれ…」


リリーの一言に、ジルが全てを悟ったかのような返答をする。アミナも理解して、言葉を紡ぐのもおこがましいと手で目を覆って天を仰いでいた。久慈屋の吐き捨てるような言葉通り、現領主が作らせたのだろう。防衛準備に使用する予算を”流用”して。


苦笑いを続けるジルが、バスの車窓にふと目をやると人だかりが見える。その中心では、小柄で筋肉質な男たちが”殴り合い”を繰り広げていた。ジルは好気に満ちた声を上げる。


「あ、ねぇねぇ!あっちで喧嘩してる!」

「え?どこ?」

「あー、…あそこって職人街じゃないの?」

「…ここまで殺気が来てて落ち着かないんだけど…」


頑固な職人たちが、己の”技術”の優劣や方向性を元に、その拳を振るう。どんな世界にもよくある話だ。久慈屋達学者も、その方法が知識と弁舌というだけで頑固者には変わりない。優秀でな人間ほど、自分の方向性に確固たる自信を持ち、些細な相違さえも許せなくなるものだ。

ただ、目の前で繰り広げられるそれはあまりに”暴力的”なのが問題だ。狼人で、上級の魔法使いでもある感覚に鋭いアミナはその殺気に当てられて落ち着かない様子だった。

その様相は喧嘩の域を越えようとしている。とうとう、お互いの傍らから何かを取り出した。鋭利な刃物が着いた槍に、遠目でも高い錬成技術が伺える短剣。殺意しか無い。


「え、武器持ち出したぞ?」

「まあ、この都市は王国の兵器廠だからね…いや、あれ死ぬわ。」

「…治安崩壊してない?これ。」

「…また頭痛くなってきた。」


喧嘩沙汰というのは、普通の印象以上に治安に対する影響がよろしくない。その様子が異様な雰囲気を作り、それがさらなる災禍や怨恨を呼び寄せることもあるのだ。血の気の多い職人街ではその危険性も高くなる。


なのに、誰もそれを止めようとしない。都市防衛隊や治安組織があるはずだが、それが飛んでくる様子もない。喧嘩するドワーフはそれなりに武器の扱いに覚えがあるようで、お互いに致命傷にならない程度にその柄モノを振り回していた。

ただ、死人までは行かなくとも、仕事ができなくなる可能性があるので全くもって肝を冷やす場面だ。


しかし、久慈屋達が介在することは出来ない。マイクロバスが止まるわけもなく、その喧騒は見えなくなった。久慈屋が息をついて、視線を別の場所に移す。すると、今度視界に入ってきたのは”子供”だ。その姿見は、現代日本ではあまりお目にかかれないものだった。


「ちょちょ、あの子供やばいぞ。」

「…弱ってるわね。親はどうしたのかしら?」

「…生きてるよな?」

「保証できないわね。”どちらも”。」


虚ろな目で空を見据え、息をするので精一杯。ボロ布のような上着がはだけて見える腹部は、その手足の細さとは不釣り合いなほど”膨らんで”いた。

極度の栄養失調状態からくる腹水。早急な医療支援が必要な状況だ。

よく見れば、その子ほどではないものの、飢餓状態と思われる子供が多い。


「なあ、改めて聞くが、東方領って崩壊寸前じゃないのか?」

「…疑いの余地なしね。なんでこれで謀反なんて企てたのか…」

「”愚者は愚行を最善と考える”。王女は良いこと言うわ…」

「お前もその言葉を出すのかよ…勘弁してくれ…」


王国の”行動規範”では、彼らのように元々身寄りがなかったり、戦災により食い扶持をなくしてしまった弱者を一時的に救済することが”美徳”とされる。例えば、北方領では領主夫人が孤児院を私財にて経営していた。

その差はあれど、大体の領地ではそういう救済処置が行われている。現在では、”限りはある”が。


しかし、東方領ではその様子は一切ない。察するに、これは”その気がない”のと、”その余裕もない”の両方だ。つまり、弱者から死に絶えていく。

今までの情報から、ジルまで久慈屋が機内で思い起こしたあの言葉を口にした。本当に不安しか抱かない状況に、久慈屋は辟易としていた。


「領主官邸に到着します。皆さん、降車の準備を。」

「…官邸、ね…」


圃場が全員に合図を出した。この東方領では、領主の館を”官邸”と称しているらしい。領地の政治的機能を集約しているという意味であれば別におかしいことではないが、彼の場合は虚栄心の裏返しと捉えてしまう…流石に穿った見方だと思ったら、リリーが耳打ちしてくれた。やはり、”官邸”と名乗り始めたのは彼が領主になったあとらしい。ここまで絵に描いたような悪玉も珍しい。


「見ろ!この白亜の塔を!これは私が領主となったとき、いの一番に作らせたのだ!ひれ伏すがよい!」

「…見事な出来栄えですね。」


バスを降りたジョンは、久慈屋たちに見せつけるように白い塔を指差す。

その素性を知っている面々は、揃って微妙な表情を浮かべた。久慈屋は、あまりのお決まりな態度に”皮肉として”気の抜けた感想が口から出てしまった。

ジョンはそれに気づかず、久慈屋の言葉に満足したようだ。どうやら、”その素晴らしさに呆気にとられた”結果の惚けた態度と思ってくれたらしい。


「では、私は副官と話してくる。貴様らは中で待っておれ!」

「…」


ジョンはのしのしと歩を進める。門番が扉を開けると、風を切っているような雰囲気でその場をあとにした。中には、ジョンと似通った小柄の男と、狐のような長身の男が待っていた。あれが副官だろうか?…雰囲気が彼とそっくりなのが少し気になるが。


ジョンの姿見えなくなると。全員が一斉に溜息を着いた。やっと気を抜ける。

ジルは久慈屋に一言物申したいようだった。それは、先程口から漏れた”発言”について。


「もう!やめてよあの心にも無い発言!吹き出すところだったじゃん。」

「いやぁ…皮肉だったんだけど…」

「…何がひれ伏すが良い、よ…」


全員が先程のジョンの言葉に対して口々にツッコむ。この状況下で自分に威厳があると思う彼は、相当に”愉快な”世界で生きているらしい。

リリーは先程から苦虫を噛み潰したような表情しか浮かべず、苦言を呈する機会となってしまった。アミナは無表情で黙ったまま。彼女はどうやら、怒りが溜まると黙るタイプらしい。


各々の感情を背に、久慈屋はジョン自慢の白亜の塔を見上げる。

そして、一言だけつぶやいた。


「領主になった記念碑…墓標にならなきゃ良いけど。」



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