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消えた南方領 ~青く灯る太平洋~

5月16日 7時12分 神奈川県横浜市 第三管区横浜海上保安部

PL31型巡視船

「アミナ・フェルデンです!!よろしくお願いしまーす!!」

「わ、私が船長、です…」


真夏の扇風機のように回転するかのごとく振られる尻尾。その持ち主であるアミナは満面の笑みだ。

事前に圃場や久慈屋に仕込まれた、”日本式挨拶”も完璧にこなす。


彼女、ほぼ徹夜状態に近い。アミナは北方領都の問題に道筋が着いたことを確認すると、そのまますぐに青森県西部にある別の北方領中核都市を訪問してその役目を果たす。さらにそこから分単位で南下を続け、夕方頃に秋田と山形の県境付近に現れていた北方領の中核都市を訪れた。

その都市は、アミナの故郷である。それを聞いていた久慈屋たちは、粋な計らいでそこで一晩だけでも骨休めしてやろうというつもりだった。


南方領のそれで全てご破算となったが。


ただ、アミナは割と切り替えが早かった。休めないことよりも、”巡視船”に乗れることのほうが遥かに嬉しかったのだろう。さらに、彼女の両親も、短い再会に少し切ない雰囲気はあったものの、使命がある自身の娘を誇りを持って送り出してくれた。と、帯同していた圃場が話す。


その後は強行軍だ。アミナはそこから百里へヘリで飛ぶ。そして、百里で一旦給油したのち、横浜海上安部へと入った。

こうして、今のテンションが高すぎるアミナが出来上がった。

その要因が、新しい技術に触れたり、首都圏の中核の一つである横浜市街地を見れたりしたことによる興奮なのか、寝不足によるナチュラルハイなのかは判別がつかない。


「本日は、日本の鉄製掠船に乗船させていただき、感謝の極みでございます!!」

「い、いえ。こちらこそ、迅速に対応いただいて感謝しております…」

「…あ、私の姿気になります!?ですよねー、犬ですもんねー!」

「いえ!そのようなことは…!」

「いいんですよー!こっちに飛ばされてから大体の人がそうなんでもう慣れちゃいましたよー!」


船長は先程から戸惑いしか感じていないようだ。なにせ、”犬”の顔をした女性が丁重なのか怪しい御礼を述べつつ、自身の姿に自虐を言う。かなりのハイテンションで。

この場面に困惑しない人は、肝が座っていると言うよりは壊れていると言ったほうが正しい。

しかし、押されっぱなしでも仕方がない。船長はアミナを丁重にもてなす。


「で、では、出港は8時を予定しておりますので、それまで船内を案内しま」

「おー!!ぜひぜひー!!」


この案内は、久慈屋たちの差金だ。たぶん、この”餌”を巻いておけば、アミナは上機嫌で仕事をこなすだろうという。知ってか知らずか、申し出は非常に効果的だったようだ。


少し離れた甲板上で、マルラはその様子を涼し気な表情で見守っていた。



14時09分 三宅島の南西約100km

「…先程までの大騒ぎ、アレは”仮面”ですか?」

「え?いえ、違いますよ。本心ですよ。」


船内の案内、マルラとの打ち合わせ、そして船に関しての質問攻め。さらに船内での昼食。

一頻り騒ぎ切ったアミナは、波を切る巡視船の甲板へと足を運んでいた。

航行中の船舶の甲板に出るというのは、実はあまりよくない。不測の事態により船が大きく揺れれば、海に放り出されるという可能性もあるからだ。そこで、”外”を見たかった彼女は粘り強く交渉した。”魔法で察知するには、開けた場所のほうが良い”と言って。もちろん嘘だ。

結果、船長の判断で”救命胴衣着用の上”という条件付きで許可された。

それを見ていたマルラは便乗した。こうして、二人は甲板に立ち、深海にしては美麗な群青を誇る太平洋を眺めていた。


マルラはアミナに、”本心”を問う。しかし、彼女はそれこそが本心だと断言した。

ただ、それを真正面から信用するには、彼女の雰囲気に違和感がある。

マルラはそれを指摘してみた。


「…その割には、出港直後からずっと感覚を尖らせてますよね?」

「当たり前でしょう、ベニス子爵。」

「…仕事はしっかりとやる。締めるところは締めてますね。」


マルラは感心する。アミナは、出港時から今までずっと魔力による探知を続けていた。

四半日に相当する三刻もの間、メートル単位にして数十km四方に、その感覚を張り巡らせる。

それでも全く動じることのない魔力量には、自身も上級に分類される魔法使いであるマルラも舌を巻く。

そして、それを当たり前と断言した点は、尊敬に値する。やはり、獣人初の魔法大隊長は格が違うとマルラは思う。

が、それの感心も長くは続かない。


「ええ…それに、仕事が早く終われば帰りは”自由”ですよね?」

「…それが本音ですか…」


アミナは表情を崩してマルラに言った。つまり、さっさと終わらせてこの船のことをもっと知りたいというだけの話だった。この発言にはマルラも流石に呆れた雰囲気を醸し出す。

ただ、アミナは一切気にしていない。そのくらいで霧と消えるような知的好奇心など、彼女は一切持ち合わせていない。

マルラはそのアミナの様子を見て、ある意味では魔法使いとして真っ当であると考える。

魔法使いは、その全てを感覚として理解して魔力を使役する者だ。その本質は探究心にある。

マルラ自身もその一人ではあるため、すぐにアミナの行動にケチをつける無粋な行動をやめた。


ふとアミナの耳が動き、続いて海を見る。

その目には、先程の自身の欲求を満たすためだけの一人の女性とは言えない何かが宿る。

どうやら、仕事を進める時間が来たようだ。


「ま、冗談はさておき。そろそろ”気配”が濃くなってきましたね?」


アミナは口元に笑みを浮かべながらマルラに問う。

マルラ自身も、その気配を感じ取っていた。

それは、鈴の音が一つ鳴り、それが波紋として広がる。その波紋が別の鈴に達すると、その鈴が新たな波紋を作り出す。そしてお互いの姿見を確かめ合うように、小さな音色を奏で続ける。そんな不思議な魔力だった。


「ええ…やはり、防魔壁が魔同調を行っているようですね。」

「…設計通り、ですかね?」

「はい。完璧に。」


それらは魔同調という。魔力を放出して魔力波を作り出し、それを観測することで同じ魔力波を放出する。これは元々、近接行動を行う隠密が、お互いの位置を確かめ合うために使用する魔法である。

ただ、無差別に魔力を放出し続けるという性質上、魔力消費が格段に多いため、極稀にしか使用されない。しかし、南方領ではこの性質に着目して、防御魔法発動時のリンクシステムとして再設計を行った。

多大な魔力で対象を包んで防壁を維持し続けるという南方領の大防魔は、この魔同調と相性が良かった。

こうして、身動きが取れない防魔発動中の対象の位置や生命維持を、防御壁構築に使用した魔力を再利用することで可能にした。ちなみに、これを感じ取るには”第一”魔鍵波の把握が、もちろん必須である。


アミナはマルラに向き直り、本番の合図を確認した。


「よし、じゃあ、始めますか?」

「…いいでしょう。」


マルラの返答を受けたアミナは、ローブを靡かせながら船内へと戻る。

まずは船長に状況を伝えて停船をお願いする。

その後、救助や臨検に使用するゴムボートで海面近くまで降りるという手筈だ。



程なくして巡視船は停船。海上保安士が非常に迅速に準備を始める。その間、アミナとマルラは待っているだけ…一応、魔力探知は常に行っている。


ゴムボートの用意も完了。あとは海上に降りるだけだ。

海上保安士の指示に従いながら、アミナたちはゴムボートへと乗り移る。

それも完了すると、同乗する保安士がゴムボートでの注意点を熱心に説明してくれた。

西方領の”大陸浅海”しか知らないアミナにとって、その底が見えない水深数千mの深海は自ずと恐怖心を掻き立てる。

この一体は栄養分の少ない黒潮が流れているため透明度は高い。それでも、光が届かないことを現す闇に近い青が広がる海原は、その深淵の深さを物語る。

アミナは初めて見る深海の様相に少し息を呑む。逆にマルラは、その様子を興味深そうに観察していた。


ゴムボートが動き出し、少しして巡視船から10mほど離れた位置に停止する。

そして、保安士が注意を払うことをアミナたちに伝え、彼女とマルラは気を落ち着けた。

波に揺れるボートに足を取られないように気をつけながら、二人は立ち上がった。


「じゃあ、いきますよー…!」


アミナが開始の合図を出す。それにマルラも頷き、腕を広げて精神を集中させた。

すると、二人の周りに仄かな光が灯り始める。同乗する海上保安士は、その様子に少し落ち着きがない。

はたから見れば、彼もその光の中にいる。もちろん、アミナたちが人体に悪影響は無いことを説明済みだ。

それでも、初めて魔法を目の当たりにしたのだから、動揺するのは仕方がないと言える。


そのうち、アミナたちの魔力放出は次の段階に入った。

アミナが広げた腕を少しずつ上に上げる。すると、光を纏った魔力が徐々に上に持ち上げられた。

そして、頭上付近まで来たところで、それを海上まで移動させて、海の中へとゆっくりと沈める。


魔力の塊が海へと溶け込むと、稲妻のような筋が一瞬だけ光る。

それを確認したアミナは、魔力の放出を海中へと集中させた。


最初の海中への魔力の塊放出は、”味方の魔力”を大防魔の防壁に感知させるためのものだ。

その次に、”受信準備完了状態”になった防壁に対して、魔鍵波を当てる。

大防魔の防壁は四重構造。つまり、魔鍵波の照合を4回行う必要がある。


その解除を一手に担うのがアミナ。魔鍵波の魔力波は、マルラから習得済みだ。

第一、第二と順調に魔力鍵を照合していく。ただ、第三で少し手間取り始めた。


「ん?…ん~?」


アミナは唸りながら手を少しずつ動かして、魔力の波を整える。

その様子を見ていたマルラが、アミナの肩に手を置いてつぶやいた。


「…矩形波動の制御が少しずれてますね…失礼。」

「あ、恐縮ですー」


アミナが軽い御礼を口にした後、マルラがアミナの肩越しに魔力を送る。

マルラが流す魔力を受け取ったアミナは、その波動をすぐに理解して、自分が出力する魔力を整えた。

変調を行って周波数を揃えるような感覚に近いかもしれない。


マルラの助力もあり、魔鍵波の照合が一気に進む。

第三突破、第四開始…第四解除。ここで、初めて大防魔の中枢である”術者の魔力部”に触れることが出来た。

それを感じ取ったアミナは、今までで最大の魔力を注ぎ込む。

その瞬間、光が遥か深海で小さく灯る。そして、その光が網目に広がり、日本南岸の太平洋を覆い始めた。

網目状だった光は直にその明るさを増し、一つの大きな塊へと変化していく。

巡視船から見ると、アミナたちから先の西側の海域全体が発光しているようだった。

その様子には、誰もが驚愕を隠しきれずにその声を上げる。


「お、おい!?海が光ってるぞ!?」

「周辺の巡視船及び海自の護衛艦からも同様の報告多数!…日本南方の太平洋が全て”発光”しています!」


東京島嶼部、三宅島の南西140km付近を北東端、西と南は大東諸島基準、南海トラフが北辺となる。

表面積が実に数十万平方kmに及ぶ広大な海域が、淡い光を纏っていた。

その周辺海域に展開する海保と海自は大慌てだ。なにせ、”超常現象”を目の当たりにしているのだから。


そんな混乱は露知らず、アミナとマルラの大防魔解除は佳境に入る。

あとは、”対象に呼びかけるだけ”だ。


「では、最後の仕上げです…!」

「いいですよー!」


マルラがアミナの肩越しに強い魔力を伝える。それをアミナが受け流すように放出して、海中へと解き放った。

その魔力を受けた光る太平洋は、その輝きを一瞬強くした後、急速にいつもの群青の大海原へと戻った。

先程までの幻想的な光景から、一瞬で現実に引き戻されたような光景に、間近で見ていたゴムボートの海上保安士は白昼夢に侵されたような顔をしている。


一方で、アミナはマルラに確認を取る。

二人は海の中をじっと凝視していた。


「…いけましたかね?」

「よく、見てください。」

「…お、来ましたね!じゃあ、あとはよろしくでーす!」


アミナは”あるもの”を確認して、隣の海上保安士の肩を叩く。

状況を飲み込めない彼が素っ頓狂な表情を浮かべていると、それを察したマルラが海中を指差す。

ゆっくりと海中を見ると、”何かが急速に”浮上していた。それも”多数”。

少しだけ観察して、保安士はそれが”マルラが包まれていたもの”と同様の見た目をしていることに気づく。

つまり、あの無数の”球体”には…

その事実を認識した保安士は、目にも留まらぬ速さで無線機を手に取り、大声を張り上げた。


もちろん、その報告を受けた巡視船は蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。


「素材不明の球体多数確認!数は…目視で300以上!?それは確かなのか!?」

「近い巡視船と海自の護衛艦それぞれからも同程度確認しているとの報告あり!海域には1万前後の球体が浮上している可能性があります!」

「万だと!?さすがに予想外だ、本部に連絡して太平洋で動ける巡視船艇は全て動員しろ!回転翼機もだ!」

「海自が動員をかけたようです!協力体制構築に関して緊急通信が入っています!」


船内での報告、同管区や他管区の巡視船艇からの報告、海上自衛隊の通信要請、民間の船舶の説明要請に、航空機の目撃による通報…

あらゆる情報が飛び交い、怒号が乱れ飛ぶ修羅場と化したPL31巡視船の内部。

発光現象の目視確認を終えてブリッジに戻った船長は、その様子を一目見て、深い溜め息をつき、一言ぼやいた。


「…史上最大の捜索範囲の次は、史上最多の救難活動とはね…」


恐らく、このような活動をした海上警備組織は存在しないだろう。つい10分ほど前までの話だが。

いつもは眠そうな顔をしている船長の藤田二等海上保安監。

しかし、今は鋭い眼光を伴う鋭利な表情へと一変させ、声を張り上げていた。


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