消えた南方領 ~正義感に人材不足~
15時57分 三宅島の西175km PL31型巡視船内 医務室
「…心拍が上がってきました…あと呼吸も確認できます…信じられない。」
「本当に、”仮死状態”だったんだな…」
「この調子であれば、直に覚醒します。」
「…私もここにいよう。」
医務室に運び込まれた漂流者は、徐々にその容態を回復していった。
心拍数も10、20、40と増えていく。呼吸も判別できるレベルまで来た。
屍と同じような状態から、安静といえる今の状況になるという変化に、医師は非現実的な感覚にずっと蝕まれていた。それは誰もが同じだろう。
しかし気に入らないのは、本部に情報を上げると、2,30分で”仮死状態”に関する情報が上がってきたことだ。情報が無いのではなく、実は”出されていない”という可能性に、一部は不機嫌になっている。
船長はいつもの感じで我関せずだが、この件の担当に命じられた業務管理官の興田も苦い表情にならざるをえなかった。
ただ、今は目の前の状況に集中しなければならない。
興田がふと横たわる彼の表情を見る。すると、ひと目で分かる変化が見て取れた。
「目が開いたぞ?」
「あ…確認します。」
思いの外早かった。意識を取り戻した彼は、周りの様子を必死に視線を動かして確認する。
一方で、医師は容態を確認しながら彼に声をかけた。
「わかりますか?喋れますか?」
「…ア…ァ…」
返答は散漫で不明瞭だ。多少の混乱があるのかもしれない。興田は冷静に様子を伺い、医師は彼に水を差し出す。どうやら、喋りづらさを喉の渇きにあると判断したようだ。
「水、飲みますか?」
「…ウゥ…ワ、ワカ…」
”解らない”。そう言おうとしたのだろう。そこで彼がハッとしたように顔を上げ、興田と医師を見つめる。そして、その表情は”混乱”から”敵対心”に満ちたものへと変化した。興田はその様子に息を呑む。
彼はその感情が抑えきれなくなると、医師の差し出した水を払い除け、ベッドから飛び起きて二人の前に立ち、手を向けた。
その掌には”得体の知れない光”が宿る。彼らは少しして、それが”魔法”であることを理解した。
二人の額に冷や汗が吹き出す頃、警戒心に包まれた漂流者は、辿々しい言葉で興田たちに叫んだ。
「オ、オ前タチハ、誰だ!?」
「お、落ち着いてください!」
「待て!大声を出さないほうがいい!」
興田はとっさに医師を制する。ここで動揺から大げさな対応をしてしまうと、事態を悪化させてしまうかもしれない。ただ、漂流者も体力が回復しきれていないのか息も絶え絶えだった。
結果、事態を転換させる要素に欠けた3人の中に、重たい沈黙が漂うこととなった。
しばらくして、最初に声を上げたのは漂流者だった。
彼は、室内をゆっくりと観察して、その様相をしかと目に焼き付けたようだ。
それを踏まえた質問を、興田たちに投げかける。
「コ、鋼鉄の大船…お前ラ、帝国、か?」
「…帝国…?」
「…いや、違う。我々は日本の者だ。」
「ニッポ、ん?」
ここで興田が咄嗟に返答する。興田は事前に報道情報を集めていたことに対して、自画自賛したい気分だった。日本に現れた王国が、米国に現れた帝国と戦争していた。帝国は鉄鋼技術により王国を圧倒していた。
普段は文章とさえ認識するかも怪しい三流週刊誌の飛ばし記事だが、どうやら今回は”正解”だったようだ。
興田の返答は的を射ていた。だからこそ、漂流者は少し落ち着く要素を手に入れることができた。
続けて興田がかいつまんで把握している”現状”を説明する。
「…王国は、我々の国の中に点在している。日本と王国は、協力して今回の事態収拾に動いている。」
「…王国、ガ、アルのか…ウゥ…」
「ああ、健在だ。数日前に、王都で大規模な支援活動を行っていたぞ。」
王国も王都もあり、先日無事を祝うかのような支援活動という名の祭りを行った。国王も参加して、そのお言葉を述べた。興田の説明に、漂流者は安心したからか膝から崩れ落ちる。
咄嗟に医師が肩を貸して、顔から倒れ込むというようなことにはならなかった。
医師がそのままベッドへ彼を戻す。漂流者は、そのまま寝息を立てて再び意識を失った。
興田は様子を見て、医師に声を掛ける。
「…大丈夫か?」
「恐らく、1ヶ月以上飲まず食わずで身動き取れない環境だったため、衰弱が激しいのかと…」
「…しばらく休ませたほうがいいな。」
漂流者の顔は、先程よりも緊張がほぐれたように見えた。
17時15分
「…大分、落ち着きを取り戻したようですね。」
「はい。先程は不躾な態度を取って、申し訳な、かった。」
「いえ、お構いなく…では、自己紹介を。私はこの船の船長補佐である業務管理官の興田と申します。」
「…エルニア王国南方領ベニス子爵家当主、マルラ・ベニス3世だ。」
程なくして、再び目を覚ました漂流者。今度は興田たちも落ち着いて話ができた。
そして、漂流者が南方領の貴族であることも判明した。
この紹介を受けて、興田はすぐに通信室へ連絡を取る。もちろん、その素性を本部に報告させるためだ。
報告が終わると、軽くマルラにお詫びをする。そして、単刀直入に本題へと入った。
「…ベニス子爵。我々が聞きたいことはたくさんあるが、火急の要件から済ませましょう。」
「…何でしょう、か?」
「私達の学者たちが言うには、あなたのようにこの大海原を漂う人々がまだ大量にいるという話だ。それを見つける方法を教示いただけないだろうか?」
「…それは、簡単だ。大防魔はその特殊性、から、魔誘導因子を多分に含んでいる。私、が、魔鍵波を教えるから、それで”誘引”すれば、いい。」
先程、興田は一旦医務室を出てすぐに通信室へと向かった。そこで、本部に”この件に詳しい人間と直接話したい”と直談判した。全ては事態を好転させるためだ。後で船長から叱責を受けるだろうが、構わないと思っている。
結果、十数分してあるところに繋がった。それが、久慈屋たちの日本高度素粒子研究所だった。
そこからは話は早い。一体彼らがどういう素性で、どういう目的で捜索を命じられたのかを聞くことが出来た。さらに、”魔法”に対しての警戒心が計れないために、情報を選別して出していることも説明された。
興田は一度自分に全てを話すように依頼し、それが受理されたために、色々な情報を受け取ることが可能となった。
だから、マルラの言うことも完全ではないものの理解が出来たのだ。
”彼ら”を探すには、魔法を使うのが一番効果的であると。
「…なるほど。つまり、魔法が必要ということですね?」
「あ、ああ。そう、だ…もしや、あなた達、は、魔法が使えな、い?」
「ええ。魔法という技術は、”我々の世界”では存在しません。」
「…我々の、世界、か…」
マルラはなんとなく察していた。魔法を使えるものは、相応の雰囲気を纏っている。
しかし、彼らにはその雰囲気が全く無い。魔法が不得手な帝国人でさえも、微弱ながらその雰囲気があるにもかかわらずだ。
全く違う技術体系、見たことも聞いたことのない国家群、そして微塵も感じない魔法の気配。
これらの要素から導きたしたマルラの結論は、”世界が違う”だ。
正しい答えを導き出したところに、彼の賢さが垣間見える。
マルラはその判断をもとに、興田に一つお願いをした。
「で、は。魔法技能を持つもの、を、一人でいいから、呼んでくれ。」
「…わかりました。至急連絡を取りましょう。」
興田の独断専行により、一つのパイプが繋がっていた。
そこに連絡すれば、事態はすぐに動くだろう。
18時01分 埼玉県秩父市 JHEL1F 中央
「と、言うわけだ。どうする?」
「まあ、誰か派遣しないと行けないわね。南方領の魔鍵波は、彼らしか知りえない情報だから。」
久慈屋とりりーは報告を受けて協議を重ねる。魔鍵波というのは、一種の認証コードのようなものらしい。防御魔法には、自身の身を守ることだけに特化して、その解除は術者とその特性を知るものしか不可能にするタイプのものがある。大防魔はその典型例で、正確な魔力の波動を当てなければ、その対象に多大な損害を与える攻性防壁を展開するという。もちろん、当てられた者に命の保証はない。
攻守双方から考えると、その手の防御魔法というのは防御の最終手段という位置づけになる。
だからこそ、王国内では複数の組織や人物がそれぞれにいくつかの魔鍵波を扱えるようになっていて、孤立しても実を守ることが出来て、解除は味方のみができるという態勢が構築されている。
一方で、南方領はその特異性から”彼らのみの鍵”を持つ。それは南方領の伯爵家とそれに近いごく一部の分家でしか伝承されていない。正に門外不出の秘術と言える。
「で、誰か適任がいるの?」
「それが問題。」
魔鍵波の解除は、その魔力特性を知る者から教えてもらえれば解除は可能だ。しかし、かなり微細な魔力の調整力を要求されるため、ある一定以上の技量を持った魔法使いが行う必要がある。
リリーの話では、そのレベルの魔法使いはそう多くない。
そこで、ふと久慈屋は別の場所に目をやる。
そこには青みがかったローブを着て、鼻眼鏡をかけた気弱そうな青年が居た。砂糖をたっぷりと入れたミルクコーヒーがやけに気に入り、先程から結構なペースで飲み続けている。
彼はアミナの直属の部下であるマルティンだ。、彼は”南方領”の出身で、リリーが南方領にまつわる話を全てシてくれると決めたことにより、アドバイザーとして昼前にここに連れてこられた。
アミナの部下というだけ有ってその魔法技術は本物だ。今回の南方領都市の幻覚魔を見破ったのも彼だし、新しい魔法の開発も彼の名義になっているものがいくつもある。
だからこそ久慈屋は、彼を派遣したらいいのではないかと提案した。
ただ、一つだけ問題があった。
「え、じゃあそこのマルティン君は…」
「ぅえっ!?い、嫌です!?絶対嫌です!そんな化物がいそうな大海のど真ん中なんて!?」
コーヒーを吹き出しながら、彼は全力で拒絶する。
彼はすごい臆病だった。風が吹いても飛び上がり、針が落ちてもしゃくりあげるほどに。
王国と日本が初遭遇した時、様々な行き違いから軽い戦闘が起こってしまった。
その要因を作ったのはマルティンだ。彼が恐怖心に耐えきれず、魔法を暴発させたためだ。
それが2回ある。アミナも、この性格を治すことは無理だったと語る。
「””あのー、我々としては、失礼な言い方ですが、誰でもいいんです…””」
考えられる全ての感情表現を駆使して拒絶を行うマルティンを宥める久慈屋たち。そこに割って入ったのは、気の抜けた男性の声だった。
その主は、電話会議システムの向こうで今までのやり取りをすべて聞いていた中田副大臣だ。
彼ら政府は、そんな茶番よりも早く事態を進展させたいという思いしか無い。
久慈屋はそんな中田の思いをすぐに察してリリーに目配せする。
リリーもその空気を理解して、態度を改めて話し始めた。
「じゃあ、改めて…ナカタさん、この魔法技術は相応の練度を要します。なにせ、隠匿するために発達した特殊魔法なのです。解除方法に不備があれば、どのような自体になるか想像がつきません。」
「…わかりました。人選は王国に一任します。」
「ありがとうございます。」
これで政府の言質は取った。リリーと久慈屋は改めて人選を開始する。
「…さて、じゃあ、どうする?」
「うんとね、私も認める魔法の使い手で、この手の話に飛びつきそうなのが一人いるんだけどね…」
リリーは一人の名前をあげる。確かに適任だが、その人にはとんでもない過密スケを強いることになる。
が、贅沢はいってられない。日本も王国も、即応できる人材は極端に不足している。
こうして、久慈屋たちは”彼女”のさらなる酷使を決めて、その準備に取り掛かった。




