消えた南方領 ~空間座標軸の再設定~
5月15日 0時6分 JHEL1F 中央管理室
「よし、では報告を。簡潔にね。」
「えーと、これは南方領都ではありません。」
「じゃあ、なに?」
「南方領北端の、中継都市サリエルです。」
久慈屋の言葉に、ジルが南方領都と目されていた和歌山県の”集落”の画像を指さしながら、かなり簡潔に、そしてぶっきらぼうに答える。
この部屋には、久慈屋とジルの他には、ジルが率いる物理学者チーム3名に、対策本部のメンバーで偶々今日訪問していた環境省の官僚、それにリリーがいた。
リリーが研究所に来るのは少し早いかも知れないが、この事態には王国人の見識が不可欠だ。
よって、ジルには彼女を連れて、研究所へ戻るように命じた。
流石に状況から、あちこちに興味が飛ぶということはないようだ。
ジルの報告の後、久慈屋は続けて発言する。
「次は質問するぞ?なんで今までわからなかった?」
「…私が説明するわ。」
流石にここは自分が説明しないといけないと感じたリリーが、久慈屋に声を掛ける。
そして、”一息で”説明をしてくれた。
「南方領は少し”毛色”が違う土地柄でね。私達も把握しきれていないところがあるの。今回の事態で、彼らは都市全体を覆う妨害魔法をかけてその認識を歪めてたの。私達はあなたたちの精巧絵でしかそれを見てないから、見抜けなかった。」
リリーの説明に、久慈屋は黙って聞き入る。簡潔明快な説明のように聞こえるが、具体的な事柄は半分もない。さらに言えば、普段の彼女らしくない”逃げ”の感情を感じる。
現に、彼女の意識はどこか散漫であった。いや、なにかを隠そうとしている。だからこそ、説明にいつもの快活さが感じられない。
それを見た久慈屋は、静かにリリーに問いただした。
「…半分は嘘だろ?」
「ええ。」
あっさりと久慈屋の発言を認めるリリー。やはり、見透かされることは想定内のようだ。
どうやら、それでも隠したいことがあるらしい。
そこで、久慈屋も具体的な話しをすることに決めた。なにせ、”事前情報”は多少仕入れている。
「…よし、じゃあ当てようか?」
「…どうぞ?」
「南方領は”始まりの大地”。だから、秘匿したいんだろ?」
久慈屋の話した内容に、リリーは目を開いて少し驚きの表情を見せる。
しかし、すぐにその出処を認識したようだ。彼女は、久慈屋が自身の”恩師”に認められたことを理解した。
これでリリーも決心が着いた。涼し気な表情になった彼女は、何時もの様子で話し始めた。
「…解った。全て話す…けど、まずは必要な事柄からにして?」
「了解。で、なんで秘匿したいの?」
「それは、あそこが禁足地”だらけ”だから。」
リリーは、南方領という土地を説明する。それは、彼らの神話で、彼らの知識や魔法、そして種族といった全ての要素が最初に降り立った大地であると言われている。しかし、同時にその真相に触れようとしたものは、原因不明の魔法洗脳を受けて廃人となったり、或いは突然倒れてそのまま帰らぬ人になったりとすべからく”最悪”の結末を迎えているという。わりとよくある呪われた大地のような話だった。
「つまり、下手に関わると解析不能な強力な魔法により、最悪死ぬと?」
「そうよ。だから、誰も公に話さなくなった。でも…」
「それだと伝承を受け継ぐものが居なくなる。それが、南方領に住まう人達。」
「そう。だから、私達でも把握していないところはある。でも、なんでそうなったかは全て知ってる」
危険があるからと触れなければ、全てのルーツが辿れなくなってしまう。だからこそ、南方領の住人にはある使命があった。
”開祖の地を守り、語り継げ”
中にはその役目を果たすために禁足地深くに足を踏み入れ、命を落とすものもいるという。
その中で強く生き続けたのが、南方領を治めるバン伯爵家一族だという話だ。
彼らは特殊な魔法に長けており、禁足地の調査を代々行っていた。
その結果を国王へ直に報告し、リリーたち学者が説明を考える。そうして体系化するために、リリーはその”歴史”をすべて知っていた。だが、彼の地の災いがどういう条件で発動するかは全くわからない。それは、知っているだけでも降りかかるのかも知れない。だから、リリーは隠そうとした。
無益な犠牲を、最小限に抑えたいという考えで。
「…なら良い。」
「…それだけ?」
「ああ。あとは追々でいいだろう。まずは、領都がどうなったかを探るのが先決だ。」
久慈屋はここで話を切り上げる。確かに、その話に興味がわかないといえば嘘になる。
しかし、今はそれに構っている場合ではない。”領都”がどうなったかをまず調べなければ、その謎も永遠に解明できないだろう。
1時41分
「…今の仮説だけじゃ、ちょっとねぇ…」
「…やっぱ無理?」
「M理論の実証できる?」
久慈屋たちは、”南方領都の出現地点”を絞ることに注力する方針を決定した。
ただ、その方法はまったくもって手探り状態であった。
そこで、ジルは”特異物群”がどういう世界であるかを検証する理論を肉付けして、空間座標軸の転写によりそれを割り出そうとしていた。
結果、ドツボにハマっている。
「…ねぇ、クジャ君。ジルちゃんの話わかる?」
「最初はね。今現在は無理。」
「…私最初から無理なんだけど。」
久慈屋もリリーも全くついていけていない。なにせ、彼らが頭をこねくり回している仮説は、この世の成り立ちを全て解明するために、なんとかして説明を付けようとしている理論物理学の学説を総動員しているのだ。理論物理学なんて常人に理解するのはまず不可能だろう。
頭を掻きむしりながら曼荼羅のような数式を書くジル達を見ながら、久慈屋とリリーは気晴らしを始めた。時間も時間であり、手持ち無沙汰は睡魔の餌となってしまう。
「…まあ、ジルたちに任せよう。」
「そっか…あ、なら私達は雑談でもする?」
「なんだそのワザとらしい態度…ま、何もしないよりはマシか。」
20の武人が始祖地を歩む。陽神は真上を通る中、彼らは熱持つ大地へ立つ。
大地は夜に青く燃える。時折温かい濃霧が彼らを覆う。
そして彼らは朽ち果てて、忌口の門を潜り二度と戻らん。
リリーは神話の一つを教えてくれた。
久慈屋はその意味を、リリーに聞く。
「…どゆこと?」
「開祖国で開拓していた部族が、温かい大地を見つけた。その土地は夜になると青く光、時には温かい霧に覆われていた。彼らはそこを永住の地と決めたんだけど、全員が溶けて息絶えた…っていうお話。」
「溶けたって、えぐくない?」
「うん。私の子供の頃の悪夢。」
なんでも、リリーはそれを幼い頃に、実家から王都へ向かう馬車の中で父親から聞かされたらしい。部族が死んでいく様をかなり入念に描写したらしく、その心に恐怖を植え付けるには十二分だったらしい。
久慈屋は軽く笑いながらその話を聞いていたが、ふとその神話の要素が気になった。
そこで、あることに気づく。
「…でも待てよ。それ説明できるかも?」
「うそでしょ?」
「いや、俺らの自然史でも1つだけ例がある。」
久慈屋は一つ仮説を立てる。それはもしや、”天然原子炉”が存在したのではないかというものだった。
天然原子炉は地中のウラン鉱床と地下水がうまく反応することで”原子炉”が自然界で再現したというもので、地球の長い歴史の中で1度だけ発生した極めて稀な現象である。
温かい濃霧というのが、原子炉で発生した核分裂反応で地下水が蒸気として出ていて、青い光と言うのが放射性物質が眼球を通るときにそれが”光”として見えるチェレンコフ光だとすると説明がつく。
久慈屋はリリーに核分裂反応の触りを教えて解説した。最初はピンときていなかった彼女も、その意味を理解し始めると次第に頷き始める。
「…それなら説明できるね。」
「だろ?まあ、そうそうできるもんじゃないし…」
「あー、でも、その禁足地、王都と南方領都を結んだど真ん中にあるのよねぇ…」
「…調査しないとだめだな。」
ちょっとまずい話しだ。なにせ、そのレベルの豊富な埋蔵量を誇るラウン鉱床が近場にあるらしい。もしそれも転移しているとなると非常に厄介である。久慈屋は少し考え込んでしまった。
一方で、リリーは先程の話を頭の中で繰り返す。そして、ぼそっとつぶやいた。
「…でもなぁ、なんでもかんでも説明されるとなんか微妙な気持ち。」
「そういう性分なんでね。」
「ああ、別にいいのよ。でも、最初にそれを聞いたときは震え上がったんだから。」
「震え上がったねぇ…」
久慈屋はリリーの話に茶化すような笑いを浮かべる。幼い頃の話とは、得てして恥ずかしいものだ。今であればなんでこんなものを恐れていたのかと感じることばかりと言える。
そんな久慈屋の反応に、リリーはややわざとらしく不満げな表情を浮かべて反論をした。
「笑い事だと思ってー!話を聞いてから全然眠れなくて、結局夜明けを見てやっと安心できたのよ?あのときほど、真正面から差し込む陽光がありがたかったことはないわぁ…」
「…正面?」
「ほら、領主は新年の国王勅語のために年末に王都へ出向くでしょ?その頃に西方領から王都へ向かうと、日の出が真正面に見えるのよ。父はそれが大好きでねぇ…」
西方領から王都への旅路の話を続けるリリー。しかし、久慈屋はあることが気になっていた。
正面から見える日の出、年末に王都へ向かう、西方領から…そうか。
久慈屋はその気づきの姿を明確にするために、リリーに質問する。
「なぁ…年末って冬だよな?その頃に西方から王都へ向かうと、日の出が真正面に見えるんだよな?」
「え?そこ気になるの?…まあ、そうだけど…」
「…夏はどうだ?」
「えっ!?そんなの言われても…ちょっと思い出すから…」
久慈屋の突飛な質問にリリーは戸惑いながらも、必死に記憶の意図を辿り寄せる。
夏に王都へ向かう…カーリンと遊ぶために王都へ向かった日、高等学院へ入学するために西方領を出た日…幼少期に毎年行っていた西方領の王都訪問の記憶と照らし合わせる。
ある程度記憶が固まってきたところで、リリーは久慈屋に説明した。
「…”やや左より”で間違いないんだな?」
「え、ええ。昔のことだから曖昧だけど…多分。」
「で、もう一つ。以前の王都と西方領への街道は、蛇行もしない完全に近い1本道で間違いないな?」
「それは断言できる。西部はほぼ平野で、小高い丘も点在する程度しかなかったし。」
久慈屋はすでに必要な要素を、今までの報告から全て考えだしていた。だからこそ、王都と西方領を結ぶ街道の詳細もすぐに確認した。これが正しければ、ある”仮説”が実行できる。
行けると判断した久慈屋は、部屋の片隅にある椅子から飛び出すように立ち上がり、ジルのもとへと駆け寄った。
「ジル!」
「なによー?」
「理論物理学なんて禅問答しなくても、出現地点を特定できるかもしれん!」
「言い方酷くない!?…説明して?」
ジルは久慈屋の唐突な皮肉口調に不満を示しつつも、彼が確信に満ちた表情をシているのが気になり、話を聞いた。
久慈屋の考えついた方法は、天体から方角と位置を大まかに割り出すというものだった。例えば、冬の太陽はやや南東よりから上り、南西へと沈む。夏は北東よりから上り、北西に沈む。この動きを踏まえていれば、方角が判別できる。
重要なのは、リリーの話からすると、王国のあった世界とこちらの天体の動きは”ほぼ同じ”ということだ。そして、さらに王都と西方領都の位置。西方領都の正門から伸びる王都への街道は、まっすぐと王都の東門に繋がっていた。その道は綺麗な一本道だったことから”西方直線”と言われていたほどだという。
これから考えると、王都から見て西方領は”北西”にあったことになる。ただ、転移後はほぼ真西になっている。
これらの要素が正しいとすれば、転移前と転移後の出現地点のズレを割り出せる。
つまり、現在確認できない出現地点も、割り出せる可能性が高いのだ。
「ああああああああ!?」
「わかったか?”必ず存在するであろう事項”から突破口を探す。この原則を忘れてた。」
「うわああああ!?」
久慈屋の説明に、ジルは頭を抱えながら叫ぶ。完全に”面倒くさい”方向に流れていたことが衝撃だったのだ。
この手の判断ミスは誰でもある。一見難しいように思える問題も、簡単な方法で突破口が見つかるものだ。だからこそ、集合知が重要なのだ。
久慈屋は自身の使用PCの前に座り、指を鳴らしながらジルに指示を出す。
「…とりあえず、地理学チームの暫定地形予想図を使うぞ。ジルは現出現地点との相違から、未確認出現地を割り出す方法を考えてくれ。コードは全部俺が書く。」
「…うん、わかった…」
ジルは頭の回転を別分野にするのに少し手間取っているのか、気の抜けた返答しかできなかった。
久慈屋は計算機工学博士。この手の”ツール作り”は朝飯前だ。
4時46分
ジルと久慈屋が話し合いながら、キーボードで情報を入力してく。
王国人への調査により、地理学チームが転移前の王都の地形を数パターン作成していた。
そのデータを元にして、フリーの地球儀ソフトを利用し、久慈屋が即席で組み上げた地点予測用プログラムを利用して、南方領の出現地点を出そうとしていた。
必要な情報の入力が終わり、久慈屋はEnterキーを弾く。
そして、モニターには最近では見ないような味気ないプログレスバーが表示された。
UIにこだわっている時間はなかったので仕方ない。
プログレスバーは少しずつ進んでいく…が、思ったより進み方が遅いようだ。
ジルが久慈屋にそれとなくツッコミを入れる。
「…時間かかってるね?」
「…マージソートに線形探索でいいかなと思ったんだけど…」
「えー、まだ各支部との接続復旧してないじゃん…」
「…それでも、あと数分ででるだろう。」
流石に研究所のメインフレームとクラスタサーバー群があれば、そこまで時間はかからないと久慈屋は踏んでいる…確かに、ジルの言う通り欧米の各支部との連携復旧は全く手付かずなので、その処理能力は最大値から60%程落ちているが。
幸いにも、久慈屋の予想通りある程度プログレスバーが進んだところで一気に処理が完了した。
「…できた。じゃ、表示するぞ?」
「よしこーい。」
結果表示を行う前に、久慈屋はジルに確認する。その返答はなんとも気合のないものだった。
久慈屋がEnterキーを押すと、中央制御室の大型モニターに全球表示の地球が映し出される。そして、日本付近にズームした後、まず出現している王国各都市の位置がマークされる。少しして、別の色のマークが表示される。これが、王都を中心とした場合に予測される各都市の転移前の位置だ。
そして、最後に一番目立つ図柄のマークが表示される。
それが、目当ての南方領都”予想地点”だった。
「出たな。」
「…やっぱり、”陸地”じゃないか…」
「なんとなく予想してたけどな…」
そのマークが指し示したのは、小笠原諸島の西、約220km付近の海上だった。
なんとなく予想していたが、南方領都は十中八九、”海中”に出現したと考えられるということだ。
この結果に、久慈屋たちは暗い雰囲気に包まれる。ただ、結果が出た以上は次の手を考えなければならない。久慈屋はリリーのもとへと近寄る。
「…リリー、残念だが…」
「…待って。彼らは”生きてるかも”。」
「…は?」
久慈屋がリリーに”お悔やみ”を言おうとした所、彼女はとんでもないことを口にした。
水深千mはある海域のど真ん中に放り出されて生きている?そんなバカな。
そこでリリーは南方領特有の特殊魔法の一つを教えてくれた。
南方領の伯爵家は、自身とその周りの生体活動を最小限に押さえ、全ての意識が無くなる代わりにほとんどの環境で適応し生存できる究極の防御魔法であろう”大防魔”を使用できるという。
リリーの予想では、転移前の不穏な気配により、それを発動させている可能性があるという話だった。
「なんだそりゃあ…まるで”コールドスリープ”だな。」
「ねー、知れば知るほど魔法がチートなんだけど…」
「流石に、私達にもあれは異端よ。ただ、彼らは”言い伝えること”に全てをかけてるのよ。」
たとえ意識がなくとも、その生命が続いてさえすれば、使命を果たせる。
あまりにも過酷な運命であると、久慈屋たちは多少のショックを受けた。
徹夜明けの披露も相まって、その衝撃的な文化に彼らは呆けた様子で静かになってしまう。
…いやいや、待て待て。すぐにやることがある。久慈屋は大声を張り上げた。
「…ちょ、早く!対策本部に連絡して!?」




