他領訪問~北方領~ 我々が見習いたい迅速な対応
14時59分 青森県陸奥市 エルニア王国北方領都 要塞ビルクス
領都特別療養施設 本館1F 中央階段
久慈屋たちは部屋を出て、階段を登っていた。この階段は木製ではあるが、その黒みがかった深い木目調が醸し出す雰囲気は、非常に興味深い趣きを感じさせる。先程サリンスキー兄弟が”ハリウッド”と言ったが、手すりなどに施された、西欧風ともなんとも言えないささやかな装飾が、さらに摩訶不思議な雰囲気を上乗せしてくれており、そのまま映画セットのような非現実感を感じさせてくれる。
ところが、その階段を進む久慈屋たちの顔には少し疑問が浮かんでいる。
彼らはてっきり、戦闘ストレス反応を示している北方両軍負傷兵が収容さる別館地下へと行くと思っていた。
その疑問は、久慈屋たちを呼びに来た北方領主付きの行政官と、厚労省が掻き集めた医療チームの一人である理学療養士が教えてくれた。
医療チームはまず、彼らが収容されている地下室の環境の劣悪さを指摘した。
魔法による洗脳は、対象者に魔力が注がれる性質上、周囲にもその影響が及ぶ場合がある。
故に、その可能性が危惧されていた以前までは、人との接触を排除して友人や家族でさえも会うことの出来ない環境に置く必要があったのだ。
しかし、医療チームの診察によりその可能性は無いと断言された結果、ろくに光も入らない石材むき出しの牢獄同然の環境は、その病状を悪化させるだけだという判断がなされた。
そこで、領主婦人のアビゲイルは、医療チームから治療法と合わせて事細かに聞き出した。
日光は精神的な負担を和らげる効果があるので、日当たりのいい部屋にしたほうがいい。
治療では自身の”恐れ”と強く対面させるため一時的にストレスが悪化する。
故に、心の支えとなる家族や友人を積極的に面会させる体制を構築するべきだ。
それには待機室を設けてはどうだろうか?
運動機能に影響が出ている患者にはリハビリが必要なので、その施設がいる。
さらには食事に衛生に医療チームの詰め所などなど…
彼らも中々に臨機応変で、自身のスマホやタブレットだでこちらの療養施設の画像を見せて、北方領でどう対応すれば良いのかをアビゲイルたちに事細かに教示した。
そして、全ての情報が揃ったところで、アビゲイルが、ぱんと手を叩き宣言した。
”今から作るぞ!!職人をすぐに呼び寄せろ!!!”
15時8分 本館2F 第6治癒室…?
療養施設本館の2階には、5~6人の患者が収容されるいわゆる”大部屋”が4部屋あった。
だが、アビゲイルがこのうち日当たりの良い南側3部屋の壁をほぼ取っ払うか作り直し、風通しも良くして、少しでも”精神衛生上”いい影響を与えるようにするらしい。さらに、リハビリ室や専用の調理室も作るという話だ。
領主も領主夫人も、こちらのアドバイスを本当に全て受け入れる気のようだ。
久慈屋たちが部屋の前につくと、ちょうど壁が勢いよく”ぶち抜かれる”時だった。
壁には大きな穴が空く。そこからハンマーのような工具を振るう人影が見え…
え?夫人?
久慈屋たちが呆気にとられていると、その視線に気づいたアビゲイルが彼らに大声で話しかけた。
「おお!クジヤたちではないか!!話は終わったのか!?」
「え、ええ…まあ…しかし、夫人自ら…?」
「ああ!多数の民の上に立つ身でもある!ここで動かず何時動くというのだ!」
「それは…なんとも勇ましいですね…」
久慈屋はその勢いにやや苦笑いしていたが、彼女は豪快に笑いながら作業を再開させる。
恐らく、今まで苦しむだけだった彼らを救える可能性が出てきたことが嬉しくてたまらないのではないかと思う。いわゆる”体育会系”的言動の多い彼女だが、その根は聡明でかなり賢く、責任感が強い。だからこそ、筋道の通った久慈屋や医療チームの説明をすんなりと受け入れたのだ。
職人と思われる小柄で筋肉質なドワーフの間で縦横無尽に作業を続けるアビゲイルの奥に、領主ヘンリーの姿が見えた。彼は医療チームのアドバイザーである、米国の軍医であるハッチンソン氏と話していた。
久慈屋たちは部屋に入り、10人くらいが作業している隙間を邪魔にならないように通って、彼らのもとへとたどり着く。
軍医は大柄な体格こそ軍人らしさを感じさせるが、その表情は融和で、一言で言えば”西洋風の恵比寿様”という感じがする白人男性だ。ちなみに彼、嘉手納と佐世保に長期間いたことがあるので日本語は相応にできるらしい。そんな人材がちょうどよくハワイのリハビリセンターで勤務していたなんて、都合のいい話があったもんだ。
久慈屋はハッチンソンに状況を伺う。
「ハッチンソン医師。どうでしょうか?」
「概ね、必要なものは伝え終わりましたし、治療方針も日本のチームに伝えてあります。我々は準備を待つだけですね。」
最初は医療チームが呆気にとられたのも言うまでもない。なにせ、自分たちが理想的だと思う療養施設の要素をあげつらったら、それを可能な限りすぐ作るというのだ。こちらの世界でそんなことあるだろうか?
こちらではやれ許可取りだ、予算取りだ、稟議に政争と関係のないことに労力を取られ、最後に出来上がるのは見てくれが良いだけで使いにくい、お偉方だけが満足する誰得施設だ。
その迅速で快活な対応に、その手の煩わしい経験が多分にある医療チームは色めき立った。
彼らとて、人の役に立ちたいからとその道に入っている。限界はあるかもしれないが、理想的な環境づくりをすぐにやろうという状況は、魅力的でないはずがない。
「…しかし、最初に連絡を受けたときはどうなるかと思いましたが…未だ夢を見ているようですよ。」
「無理もないですね…私も、こんな仕事をすることになるとは思いませんでした。」
「でも、なぜか連絡を受けたときに即決したんですよ。”冒険”してみたかったんですかねぇ…」
「…まあ、興味が沸かないと言えば、嘘になりますね。」
「そうでしょう…それに、彼らと話して気づきました。この困難な事態に正面から取り組む、正真正銘の”戦士”であることにね。だから私は、可能な限り助力しますよ。」
どうやら、彼はこの環境を楽しめるタイプの人種だったようだ。
久慈屋はアダムを振り返り、一つお願いをする。
「…アダム。ハッチンソン医師をできる限りお借りしたいんですが…」
「ええ。大統領に進言しますよ。拒否する理由は今の所思い当たりませんね。」
「…見返りは、いずれそのうちに。」
久慈屋の依頼を聞き入れたアダムは、その言葉にアンニュイな態度で返す。
社交辞令であることが丸わかりだということを言いたいのだろう。
もちろん、それで結構だと久慈屋は思っている。
そのやり取りが終わったのを見計らい、ハッチンソンが久慈屋と圃場に話しかける。実務的なお願いだ。
「クジヤさん、日本にはリハビリに使用する器具と医薬品、それに医療食に関しての支援をお願いしたい。」
「はい、もちろんです…圃場君、対策本部の動きは?」
「厚労省が中心になって動いています。官民問わず、関係団体に協力要請中です。この患者数であれば、数日以内には手配が完了するという話ですよ。」
「ほう!?じゃあ、明日には完成させればいいのだな!?」
久慈屋たちの後ろから急に大声で話しかけるアビゲイル。もちろん彼らは心底驚いた。
先程まで職人顔負けに工具を振りかざしていたと思ったが、しっかりとこちらの話しに聞き耳立てていたらしい。
「え、ええ…でも、大丈夫なんですか?」
「お前も我が要塞の城壁を見ただろう!!我々の建築技術は王国一だ!!食器の使い方もロクに知らん東方の役立たずと違ってな!!」
このように、かなり自信があるようなので任せて大丈夫だろう。
しかし、こんなところでも出てくる東方領とは一体どんな魔境なのか…今は気にしないでおこう。
「では、全てお任せします。患者の移動は、明後日頃でしょうかね?」
「ああ、そうだな!!…あ、おい、その資材はそこじゃない!」
アビゲイルは、作業するドワーフの職人に指示を出すために嵐のように去っていった。
久慈屋たちが呆気にとられていると、後ろから声をかけられる。
「あ、あの!?」
「え?…領主、なんでしょうか?」
アビゲイルが戻るのを見計らい、ヘンリーが声をかけてきた。しかし、その目はある種の熱意を纏っていた。はて、なにかあっただろうか?…あぁ、あれか。
「私に、患者の料理を作らせていただけないでしょうか!?」
「え、ええ?」
「できれば、あなた達の料理人と!!」
やっぱり。趣味と実益を兼ねた依頼をしてきた…ただ、この依頼そこまで悪くない。
医療チームには栄養士も帯同している。しかし、彼らの食文化は未だ知るところではないし、なにか”ご法度”のようなものがあるかもしれない。
それを知るヘンリーであれば、非常に的確な対応ができるだろう。
「…全く問題ありませ」
「ありがとうございます!!アビー、調理室は私が仕切る!!」
「おお!それは最高だ!!」
ヘンリーの食い気味なお礼に、久慈屋は言質を取られた気がした。まあ、問題はないだろう。
しかし、今の生き生きとした二人を見ると、かなりの閉塞感があったのだろう。
最初の行き違いも、こちらの落ち度があったとは言え、それを打破したいという逸る気持ちが引き起こしたと言える。
転移前と転移後のそれぞれにおいて、翻弄され続ける彼らだったが、適切な情報を与えることで一応に落ち着いて、希望を抱くことが出来た。
ここでサリンスキー大佐がボソリとつぶやく。
「…私達も、これから彼らと末永く付き合わなければならないんだな…」
「ああ…そうだ、”おめでとう”を言っておくよ。」
「…何に対して?」
「今あなた達は、この事態に一番深く関わっている米国人だ。」
久慈屋の返答に、大佐もアダムもいい笑顔で返す。その目には、野心と使命感が宿っていた。
彼らは、いい仲間になる…気がする。まだ可能性だが、それでいい。
北方領訪問も、なんとか成功と言える状況に出来た。
これで、やっと折り返し地点。あとは南方と、東方だ。
久慈屋が先を見据えて思考を巡らせていると、アダムがそれとなく質問をした。
「…そうだ、クジヤ博士?一つ聞きたいことが?」
「はい?なんでしょう?」
「”彼ら”、英語も日本語も関係なく扱えるようですが…?」
「…今の所、我々の見解だと”処理されている”と考えていますよ。」
「…”処理”?あの、もう少し詳しく…」
「あ、失礼。」
アダムからの質問は、彼らの言語能力に対しての疑問だった。彼らは、英語だろうが日本語だろうが、問題なく会話ができる。その様子や流れがあまりに自然すぎるため、誰もが違和感を抱きながらも、しばらくその状況に気づかない程だ。ただ、アダムのようにしっかりと疑問を把握するものももちろんいる。
もちろん、久慈屋たちもそれなりに仮説は立てていた。
ただこれが事実だとかなりの”影響”が考えられるため、その取扱には慎重さが必要となっていた。
だから、久慈屋の返答も歯切れが悪い。そこへの電話による横槍は、非常に好都合と言える。
幸い、アダムもそこで諦めて質問を切り上げてくれた。
存外に空気の読めるアングロサクソンだな、と、久慈屋は感心する。
久慈屋は電話に出る。その相手は、王都で別の仕事をしていた”同僚”だ。
「ああ、ジルか。こっちはなんとかまとまったよ。そっちはどうだ?」
久慈屋はジルからの報告を受ける。彼女の仕事は、”南方領”の訪問準備だ。
政府は他領訪問完了に6月上旬の期限を設けたため、同時進行で処理する必要が出てきた。
しかし南方領は、王国だけではなく”彼ら”の世界の創生に深く関わる地域らしく、その神秘性から情報が少ない。
だからこそ、調査や準備には細心の注意が必要だった。
久慈屋はジルの報告を理解すると、徐々に表情を曇らせる。
そしてその事実を口に出しながら、改めて確認を取る。
「…もう一度確認するぞ。あれは”南方領都”ではなかったんだな?」




