他領訪問~北方領~ 徹夜明けに兄弟
5月14日 13時01分 青森県陸奥市 県道46号線近辺
青森陸奥特異物群観測本部テント
雲はあったが概ね晴れていた昨日とは変わり、今日は雲がやや多い。
ちなみに、”曇り”というのはぱっと空を見たときに、どれだけ雲の量があるかで決まり、国際的には9段階の規定がある。今の空は半分くらいが雲に覆われているから、その規定に則れば”中程度の曇り”とそのまんまな表現になる。ただし、日本式の場合は”晴れ”という分類になる。
そんな空模様の下、久慈屋は首後ろをさすりながら欠伸をする。
そしてボヤくように一言つぶやくと、すぐさま圃場に諭された。
「…結局、ココ最近の睡眠時間と変わらんかった。」
「贅沢言わないでください。」
結局、昨日の流れによって北方領に一泊した。引き受けた上にその段取りを付けた以上、別の仕事があるからとその場を去るのは、流石にバツが悪い。
しかし、色々な事情により熟睡することは出来なかった。まずは騒動の後始末と”医療支援”の段取り。
これは主に圃場が奔走した。訪問時の騒動に関しては、久慈屋に対して的確な指示を出して報告書の草案を30分で作らせて対策本部へ。さらに対策本部で調整しつつ、事務担当の内閣官房副長官に直接連絡して記者会見の原稿草案を書き上げた。これで、15時には官房長官が記者会見を行い、あの騒動は”王国側の関係者が、現地要人と懇意な関係で独特なコミュニケーションを取ったことによるもの”という筋書きになった。詳細をぼやかしただけで概ね事実である。
しかし、安全面で問題があることは間違いない上に、魔法の素性も不明瞭で不安を煽る結果となったため、あくまでも突発的な事というのを印象づける必要があった。そこで圃場は、”あの”領主夫人アビゲイルに直談判して、ご迷惑をおかけしたことに対する陳謝の言葉を用意させた。15時の会見ではそれも発表したので、その後の問い合わせは概略的だったり、表面上のものに終止した。おかげで久慈屋はその問い合わせに対する調査研究者の立場からの見解を補足するだけで済んだ。
圃場が忌憚のない物言いであの豪傑夫人を説得した場面を思い起こして、久慈屋は彼に改まってつぶやく。
「…勇気あるよね。圃場君。」
「え?…ああ、夫人の説得ですか?あんなの、能無し議員に法案説明するよりは楽でした。あれでも夫人は非常に聡明ですよ。」
その後、圃場は防衛省の役人であるにも関わらず、”医療支援”に関する段取りの調整も行った。米国への協力要請はサリンスキー大佐の根回しがあるとは言え、流石にある程度ちゃんとしたルートで話を通すべきなので、まず対策本部から内閣府へ報告をあげる。すぐに官房長官を通して総理の耳に入れて”即断”を”貰う”。そして、首相秘書官に米国大使館へ向かってもらい、日本政府からの要請は完了した。
時差のタイミングが良く、内容も協力しやすいものだったこともあり、返答は3時間後には貰えた。
そこからは、再び対策本部にいる厚労省官僚経由で医師会や関係団体に要請を出しまくる。心的外傷後ストレス障害の治療に従事できる医師や理学療法士を数名あてがってもらうためだ。その医師たちには、ハワイにいる米軍の専門家と共に、北方領の傷痍軍人のケアを行ってもらう。
朝方には全ての段取りが整い、久慈屋たちは今米国関係者と医師&療法士御一行を待っている状態だ。
この諸々の調整のせいで圃場は一睡もしていない。だからかは知らないが、嫌に毒を吐く様になっている。久慈屋はその身を案ずるが、霞が関では日常茶飯事なので問題ないと言う。
この頑張りは久慈屋も称賛を送る。そして、その労をねぎらうように”詫び”も入れた。
「しかし、圃場君の働きは素晴らしいよ。俺の業務外とはいえ、全部押し付けちゃって何か悪いね。」
「気にしないでください。久慈屋さんには”接待”で頑張ってもらいましたから。」
たしかに、久慈屋はこの調整で、たまに舞い込む問い合わせへの技術的根拠の情報提供しかしていない。
なのになぜ久慈屋も寝ていないのか?
それは、久慈屋が”領主”と”領主夫人”の相手をしていたからだ。
圃場の報告を元に、まずアミナに説明を行って推定問答をある程度考える。その後アミナも帯同してヘンリーとアビゲイルに説明をする。そこで疑問をやり取りして、再度圃場に上げる。というのを、最初の数時間はやっていた。
騒動の後始末や医療支援の段取りも着いた頃、その報告をした久慈屋にヘンリーが一つ質問をする。
”君、料理はわかる?”
ここで久慈屋は”はい”と答える。彼も料理は趣味の一つであり、ストレス発散目的でちょくちょく作っていたからだ。ただ、この返答が間違いの始まりだった。
そこからは矢継ぎ早に質問が飛ぶ。こちらの世界ではどういう料理があるのですか?調理方法に違いは?使用する調味料の種類は?調理器具も多いのですか?。
久慈屋も最初はその質問に、関係を深める目的と気晴らしがしたいという願望から真面目に取り合った。自身がたまに行う調理の工程や、その食材選定で市場に出向いたときのエピソード、そして料理にまつわる歴史と雑学。あらゆる質問に的確に答えた。
時間を経るごとに、ヘンリーの目は爛々と輝き、そして真面目な表情へと変貌した。
久慈屋の返答を細かく自身の羊皮紙に書き留め、その意味を反芻する。
さらに、料理話にアビゲイルも乗ってきたのが意外だった。どうも、保存に関する知識が、兵站に利用できそうだったからという流れからだった。もっとも、”この時点では”聞き役がほとんどだったが。
しばらくして、戻ってこない久慈屋を心配して圃場がやってきて、そこで一同は深夜2時を回っていることに初めて気づいた。
圃場が現状の報告をその場で行い、後は待機という状態になったことを説明した。
夜も相応に深くなり、この場はひとまずお開きにしましょうという流れになった。
が、そこでヘンリーが最後の質問をする。
”料理って、魔法に似てると思うんですけど、どう思いますか?”
そこで久慈屋がその質問にこう答えた。
”そういえば、魔法ってこちらの科学と相性が良いんですよ。料理も熱の伝わりとか物質の変容を利用しているので科学と捉えれば、その根は同じです。”
これにアビゲイルが食いついた。
”料理が科学とはどういうことなのだ?それに、魔法と科学の相性が良いとは?”と。
そこで、久慈屋は料理を科学として研究する”分子ガストロノミー”を説明し、同時に魔法がこちらの科学を理解することで精度が上がるという”調査経過”も説明した。
それ以降は、カオスだった。ヘンリーが料理に関する質問を更に続け、加えてアビゲイルが科学の質問を間に挟む。それぞれに久慈屋は対応して、時間はどんどん、どんどん、過ぎていった。
そして、気づいたときには夜が明けていた。
「…領主も領主夫人も、完徹なくせに上機嫌だったな…」
「ええ、立派な”接待”でしたよ。」
久慈屋のふとした呟きに、圃場はさやかな笑顔を浮かべつつ返した。
待機とは、このように他愛もない回想と雑談で暇をつぶす行動をしてしまいがちだ。
そんな二人の元へ、色々な車種の混じった車列が向かっていた。
13時49分 エルニア王国北方領都 要塞ビルクス 領都特別療養施設
本館1F 治癒準備室
「…本当に、”異世界”なんだな…」
「ああ…11歳のハリウッド観光を思い出すな…」
「…それ俺も居たな。」
この話をする2人。一人は久慈屋たちが昨日出会ったサリンスキー大佐だ。もう一人が、メガネを掛けたオールバックの長身痩せ型の中年男性。彼は大統領制作担当副補佐官である…サリンスキー氏だ。
そう、彼ら”兄弟”である。大佐が兄で、副補佐官が弟だ。
このサリンスキー弟…面倒くさいので以降は名前のアダムと呼ぶ…は、偶々ハワイに出張していたために、今回の要請を受けてそのまま米軍のPTSD治療専門医と一緒に日本に放り込まれた。野原の情報によると、彼は結構なやり手でDCでも名の知られている人物であり、直に辞職して大佐の州知事選の選対委員長となるのではないかと言われている。
今回の騒動で、最初にその光景を目の当たりにする米国人となったあたり、強運は相応に持っているので、彼もまた出世できるタイプの人間だろう。
ちなみに、大佐も大佐で抜け目がない。”ミスター・クジヤと知り合いだ”と軍上層部と日本政府にそれとなく話して、今回の訪問を土壇場でねじ込んだ。会ったのは昨日の今日だろうに。ただ、久慈屋は”そうなることを見越して”最初に大佐に連絡を取った。狙い通りでなによりだ。
さて、今この部屋にいるのは5人。サリンスキー兄弟に、久慈屋と圃場、そして野原だ。
なにせ、ここから少々面倒くさいすり合わせを行う必要がある。だからこそ、治療対象の確認のために、医師や厚労省官僚を外に出せたのは好都合だ。
まず最初に話を振ったのは久慈屋。時間が無いので、最初から本題に入った。
「…さて、大佐。それにサリンスキー氏。すり合わせをしようか。」
「…え?ウィル、本当に知り合いだったのか?」
「ああ。もうマブダチだよ。だから早速本題に入ってくれた。」
「…どうせ昨日会ったばっかりだろう…とにかく、クジヤ氏。我が国の事情からすると、頂ける情報は全ていただきたい、というのが本音です。…あ、アダムでいいですよ。」
絵に描いたようなアメリカ人のやり取りを目の前で繰り広げてくれる兄弟。様子からすると、兄がややひょうきんで、弟は真面目といったところか。しかし、兄のひょうきん振りを”受け入れている”あたり、柔軟な人物ではあるのだろう。
第一印象からの人間性把握はできた。久慈屋は、アダムの発言に踏み込んでいった。
「…では、遠慮なく。アダム、”全て”というのは、どういう意味ですか?」
「全てですよ。彼らがどこから来て、何が出来て、どうしたいのか。」
「抽象的ですね。そうなると、私は日本政府との調査研究委託の契約条項を盾にせざるをえません。」
「…差し支えなければ、契約内容は?」
「”渡すべき緊急性があると考えられる”、”渡すことができるだけの結果が出た”。この2つが政府へ情報を流す条件です。これは、”我々”に”裁量権”があります。」
「…なるほど。」
アダムの発言は、とにかく情報を全て寄越してほしいという要求だった。
それに対して、久慈やは本来であれば、外に出すはずのない契約内容を提示する。もちろん、今この部屋でされている会話は全て”オフレコ”だ。表に出ないし、むやみに出せば騒動になる情報を扱っている。だからこそ、久慈屋たちの研究所が結んだ契約は重要だった。
この契約で一番重要なのは、日本で全てを最初に知ることができるのは、政府ではなく研究所であり、唯一知ることができるのも研究所という状況に”今現在は”なっている。
契約条項はもちろん政府も了承している。つまり、それは政府が情報を持たないことにより、不要なリークを抑えたいという思惑があることを意味していた。
強かなアダムは、久慈屋の発言の意味を正確に受け取った。そして、彼は久慈屋が”言わんとしていること”を考えて、質問を変えた。
「…では、”質問があれば”、答えていただけるんですね?」
「…ええ、いいですよ。」
「わかりました。では…」
久慈屋は、全て渡すのは嫌だと言っているのであって、全く情報を出さないとは言っていない。だからこそ、”欲しい情報を示せ”というのが、彼の真意だった。
でなければ、こんな場所でわざわざ人払いなどしないだろう。
アダムは自身の手帳を取り出して、少しだけページを捲ったあと、久慈屋に目線を移して質問を始めた。
14時21分
「…まとめますね。合衆国に現れた”帝国”は、排他的な勢力であり、部外者と簡単に交流を持たない。王国とは犬猿の仲であり、異次元的事象の前には戦争中だった。故に、王国から彼らと連絡を保つことはほぼ不可能である…と。」
「そうですね。」
「大体わかりましたよ…事態が進まないわけだ。」
アダムは簡潔に数個の質問にとどめた。結局、米国が抱える直近の課題は、帝国となんとかしてコネクションを持つことだった。しかしその願いは、王国の動きでは叶えられそうにない。
ある程度予想はついていたことではあるが、アダムは眉間に皺を寄せる。
「まず、日本としては王国と帝国の戦争を停止し続けることが重要です。」
「それは同感です。同盟国の内部同士が戦争なんて、ただの悪夢だ。」
アダムと久慈屋は、一致する見解を共有する。まずは、王国と帝国の戦争を無期限停止。
これが重要だ。破綻すれば、日本も米国も相応の被害を被る。
一方で、大佐は別の事柄を再確認したがっていた。
「なぁ、クジャ。改めて確認なんだが、米国にいる”帝国”は、魔法が不得手な奴らってことでいいんだよな?」
「はい。まだ歴史学や人類学の研究班が調査中ですが、どうも王国の話を聞くとその理解で問題ないようです。」
「…てことは、昨日の”ここ”でのようなことは、米国では起きづらいってことだな。」
「…それ、突っ込みます?」
大佐のブラックジョークに、久慈屋は伏目を作り不服を示す。
大佐は楽しげに久慈屋の表情を見るだけだった。
帝国の人々は先天的に魔力量が低く、日常生活程度なら問題ないものの、兵器レベルのものを仕えるのは極々一部だけという話だ。だからこそ、魔力を無機物に移す技術で、”塵も積もれば山となる”の原理を元に、産業革命を行ったのが歴史の流れらしい。言ってみれば、アフリカで生まれた人類の中で、色素の薄いものが北へ追いやられたようなものだ。追いやられた土地で独自の生き方を見つけて繁栄した結果、別の勢力を築くこととなった。
アダムは改めて久慈屋に向き直り、自身の連絡先を渡しながら話す。
この行動、昨日の兄とそっくりだ。やはり兄弟だな、と久慈屋は思いながらそのメモを受取る。
「…では、今後”帝国”に関する情報のまとめは私に流してください。」
「…あなたに?いいんですか?」
「ええ。クジヤさんなら、うちの”機関”を出し抜く方法くらいご存知でしょう?」
「あら。よくご存知で。」
どうやら、アダムもこの対応で最後に箔をつけたいらしい。
たしかに情報の独占はかなり強い武器となりえる。
久慈屋は、ある条件を出して了承する旨をアダムに話した。
「…では、”流したい情報は全て”、一度あなたに見解を求めます。そこで、現米国政府がどう対応することになるかアドバイスしてください。」
「おや。気前いいですね。」
「条件は、そのアドバイスを確実に、そして”こちらに即した立場で”行うこと。もう一つは、”州知事選”ではなく、”大統領選”を仕切って、次も大統領の側に居続けることです。」
「…そう来ましたか。」
せっかく作ったパイプなのだから、”良い水”を流し続けたい。であれば、パイプの出先には”上”にいてもらわないと困るのだ。だからこそのこの条件だ。
うまく行けば、彼ら兄弟とその父親は、今後10年以上に渡って、久慈屋たちの対米バックドアとなる。
アダムと大佐は口元に手をやりながら悩んでいた。あとひと押しが必要だな。
久慈屋は、”サプライズ・プレゼント”をさらに付け加える。
「了承していただければ”財団”も協力を惜しまないと、理事長が言ってましたよ。」
「…ということは、NGRF米支部が?」
「資金を含めた全面支援を約束しましょう。もちろん、”全ての選挙”で。」
「OK, deal!」
久慈屋の言葉に、アダムと大佐は立ち上がって握手を求める。なにせ、今世界で一番資金を集めている財団の後援を約束したのだ。特に、選挙資金に頭を悩ませなくてよくなるのは、彼らにとって非常に大きな利益だった。
もちろん、昨夜のうちに久慈屋が根回し済みだ。事故への対応もあり、そろそろ別の”支援先”を探していた。そこに、ちょうどいいコマが現れた。あの”女傑”とうまく渡り合えるかが重要だが、アダムなら大丈夫だろう。大佐はちょっと不安だが。
久慈屋が立ち上がって握手をしているところで、ちょうど呼び出しがかかった。
どうやら、診察と治療方針が決まったらしい。




