他領訪問~北方領~ ”力”を見せろ
13時33分 青森県陸奥市 エルニア王国北方領都 要塞ビルクス
北方領総監中央棟 第一迎賓室前
今久慈屋たちが待ちぼうけを食らっている。
その部屋の扉は、一応は人を招き入れる役割のあるものであるがゆえに、使用されている木材にはそれなりの技工を用いた装飾がなされていた。ただ、それが剣とか槍とか、弓矢に爆炎と物々しい限りなのは、この領地の長年の歴史が培った”趣味”なのだろう。
質実剛健、勇往邁進、確殺必中。
北方領という土地を具現化したのが、この要塞ビルクスと言えるのかも知れない。
世界でもあまりお目にかかれない雰囲気だが、久慈屋は飲まれていなかった。
なぜか?先程の大騒ぎにより、彼のスマホを始めとした通信端末には説明を求める問い合わせが"ms"単位で入っているのだ。そんな余裕がない。
面倒そうな問い合わせを”あとで対応”にリマインドしていると、王都で別仕事をしている同僚からメッセージが入る。こっちは今対応してもいいだろう。
「…なにか問題起こった?…ね。」
あまりに平和な内容に、久慈屋は少し表情をほころばせる。ただの現実逃避だ。
久慈屋は一言だけ簡潔に返答した。
「…”ネット見ろ”…これでいいか。」
乱暴なようだが、実はすでに映像が出回っている。
北方領都周辺は立ち入り制限区域になっているが、県道47号線を挟んだ向かいにある於法岳は入っていない。どうやらそこに報道関係社や動画サイトで生計を立てる一般人が”定点観測”を行っていたようだ。誰が何をしているかまではわからないが、”何が起こったか”を知るには十分だろう。
一度”情報の波”に乗ったら、誰にもそれを止められない。
だからこそ、一番理解が早いのは、久慈屋の先程の返信だった。
「日本の関係者。入室してよろしい。」
無骨な警備兵が、久慈屋たちに入室許可を伝えてきた。王政令の発布は完了したということだ。
別の仕事が進んだので、久慈屋は滅多に見せない表情で素早く部屋に入る。
今抱えている問題よりは遥かに楽だ。
部屋に入ると、奥には少し小柄の中年男性がいた。領主のヘンリーはやや柔らかな笑みを浮かべており、領地を治める主と言うにはやや頼りないかも知れない。
彼の隣で仁王像のような表情でこちらを見据えている領主夫人アビゲイルのほうがまだ領主らしい。
その二人の隣で借りられた猫のように縮こまる狼人のアミナは怯え過ぎではある。
久慈屋たちが彼ら3人の前に並ぶ。ここはまず、最初にするべき話があるだろう。
その手の話が得意な人物が、領主の挨拶に続いて”お詫び”を述べる。
「初めまして。私が北方領主のヘンリー・ビルクです。よろしくお願い致します。」
「…私、今回の計画において実質的な責任者になっている圃場といいます。この度は、失礼な行き違いがあったことに対し深くお詫び申し上げます。我々としては、共にこの自体に対して王国の各領とも緊密に連携を取りたいと考えております。」
「うんうん。それはいいですよ。混乱しているとはいえ、どうやら王国側も落ち度があったからね。誤解が解ければ問題ありません。」
「寛大なお心遣いには言葉もありません。最大の謝意を申し上げます。」
日頃から霞が関の海千山千に揉まれている官僚だ。この手のやり取りはお手の物と言ったところだろう。
しかし、ヘンリーの融和な態度は少し調子が狂うかも知れない。
文章の行き違いにより少し面倒くさい事態が起こってしまったのだ。
少しは苦言を呈されないと逆に怖い。久慈屋たちは少しだけ、困惑した雰囲気を醸し出す。
そこへ助け舟を出したのは夫人だった。
「それで、話があるのだろう?」
「え、ええ。まずは、我が国による支援のご提案です。」
難しい顔をしたアビゲイルが、領主の代わりに話し始めた。
彼女の口調は厳しさもあるが流暢で、最初は戸惑った圃場も話しやすさをすぐに理解して、日本が政府としてできることを丁寧に説明する。
「…ふむ。食糧支援はありがたい。もう備蓄が底をつきかけていたのでな。うちは武人が多いもので、大食漢の巣窟なのだ。」
「では、まずは食料の搬入だけ至急手配いたしましょう。すでに待機していますので、後数刻の間には3万食程度の麺麭をお届けできます。」
「ほう…1度にか?それは凄まじいな。」
支援の量に驚かれるのも毎度のことになっている。ただ、アビゲイルの反応はその輸送能力の方に興味があるようだった。彼女は領軍の管理を行っている。その能力は兵站に直結するし、それで大体の”力”が図れる。
ここで久慈屋はふと気づいた。ヘンリーの様子が少しおかしい。
言ってみれば、今までに見たことのないおもちゃを目の前に出されているが、目を輝かせているのを悟られんとする子供のようだ。特に、圃場が”食料の内容”を説明するときに顕著となる。
圃場が説明を続けると、その我慢は限界を超えた。
「それと、お湯に入れるだけで煮込みが作れる粉末なども用意がありますので、必要な数をご報告いただければ数日以内には手配可能です。」
「煮込みが作れる粉末だと!?」
「ねぇ!?それ見せてくれないかな!?」
ヘンリーの声が部屋に響き渡る。そこに領主としての威厳はない。
そう、彼は”料理伯”。領主の地位に有りながら、その趣味を未だに続ける彼は、支援物資の内容に我慢ならなかった。
未知との遭遇が、目の前にあるのだから。
久慈屋は咄嗟に圃場へそのアシストを提案する。
「…圃場君、サンプルあったよね?」
「え?ええ、あります。では、すぐに用意しまし」
「お願いします!ぜひともそれを見たい!」
やはり食いついた。これでもうこの場は久慈屋たち日本側が主導権を握った。
なにせ、不都合な行き違いの直後であり、それを餌に無理難題を言う可能性も、高くはないがゼロではなかった。それを潰せたのはいい流れと言える。
どうやら、アビゲイルが主に話していたのはこういう理由があるのだろう。領主もまた、自身の世界に生きるタイプの人間だったのだ。そのアイデアをまとめ、”実用化”したのは夫人というのが、この北方領の運営体制と見て取れた。
圃場が缶詰入りの麺麭を開けて中身を取り出すと、ヘンリーはアビゲイルの静止も聞かずにすぐさま手に取り口に放り込む。
まだ信頼関係を気づいている最中の勢力が出したものを、無警戒で口にするというのは確かに無防備にも程がある。アビゲイルが顔をしかめるのも無理はない。
一方で、ヘンリーはその麺麭の出来に驚きに目を開き、そしてじっくりと味わいながら咀嚼をやめない。それを見たアビゲイルも、麺麭を口にしてその出来を確認する。
圃場は続けて粉末の災害食の説明に移る。まず缶詰の中身を鍋に開ける。
次に水を入れて、火にかける。水と火はアミナにお願いした。彼女はこの手順を知っているし、1,2回ほど調理もしている。それに、片隅でガチガチに固まっているよりはまだ気が紛れるだろう。
「これで、後は5分置けば完成です。」
「…ねぇ、煮込みとは言うけど、具は?」
「全て入っていますよ。水分を含んで戻されるんです。」
ヘンリーの質問に、圃場と久慈屋でフリーズドライの説明を行う。急速な冷凍と真空状態を利用するというその内容に、ヘンリーもアビゲイルも興味津々だった。早速、魔法で再現できるかを確認するようにアビゲイルが指示を出した。
それにアミナも反応していたのはご愛嬌だ。どれだけ緊張しているんだ。
程なくしてチキンシチューが完成し、ヘンリーは我先にと口に運ぶ。
先程まではいろいろと騒ぎ気味だった彼だが、シチューを口に入れた瞬間に今度はぶつぶつと話し始めた。
「…濃厚な牛酪と鳥のスープ…これは…」
「確かに。これは衝撃だ…ヘンリー、大丈夫か?」
アビゲイルはヘンリーに声を掛けるが、反応は返ってこない。
この手の状態は久慈屋も数え切れないほどの体験がある。自分もやるし、やられることもある。
アビゲイルはその様子に溜息をつき、久慈屋たちに改まって話しかけた。
「…すまない。領主は”趣味の世界”に入ってしまった。しばらく戻れないだろう。」
「いえ。お構いなく。喜んで頂けなたなら幸いです。」
「うむ。満足だ。では、支援に関しては頼んだぞ。」
「はい。可及的速やかに対応致します。」
圃場は至ってそつなく対応する。ここでどうこう言っても仕方ない。
アビゲイルは改めて支援を依頼し、傍らに控える副官にその調整を指示した。
圃場と副管が詳細の詰めを始めたのを見届けると、アビゲイルは久慈屋に向き直り話し始めた。
「…さて、お前。」
「はい、なんでしょう。」
「お前、”学者”だな?」
「…よくわかりましたね?」
アビゲイルの言葉に、久慈屋は淡々とした返答をする。
ここで辺にかしこまると逆に面倒くさそうだ、という判断からだ。
アビゲイルは、そんな久慈屋という人柄を”言い当てながら”話を続ける。
「その目と態度。脳みそがよく働くがゆえに、世間を斜めに見てる偏屈野郎そのものだ。学者としては一流だが…」
「人としては三流ですかね?褒め言葉と思っておきます。」
「…ほらな。」
久慈屋は務めて”本性”を隠さずに返答した。やはり、この人も変わっている。
そのほうが気に入られると思ったが、案の定目に宿る光が変わっている。
これはなにか”課題”が来るな。
「お前たちの世界には、存外に”力”があることがわかった。ただ、私が求める力は違う。」
ほら来た。何が来る?
久慈屋は姿勢を正して、拝聴する態度を示す。
「…詳細を、お聞かせいただけますか?」
「よかろう。お前には”呪い”を解いてほしい。」
14時14分 北方領要塞ビルクス 領都特別療養施設 第二別館
「…この中だ。」
「…失礼致します。」
北方領総監に併設されたある施設。ここは元々領軍の備蓄倉庫だったものだ。
それを”ある必要”が発生したために緊急で改築された。
しかし改築が完了することはなかった。
なぜなら、その必要が時を追うごとに増えてしまったからだ。
「…この方々は…傷痍軍人でしょうか?」
「そうだ。しかし、ただの傷痍軍人ではない。」
帝国との戦端。東方領の背信行為。結果、その煽りを受けた北方領。
帝国の猛攻にさらされた北方領軍は、ただひたすらに敗走するしかなかった。
背面からは、帝国軍の発達した鉄鋼技術。そして、魔力を別の無機物へと移す”魔充”技術の開発によって作られた兵器の数々から打ち出される攻撃。逃げる先には、長い年月を経て築き上げた進軍路を破壊された北方の霊峰。
傷つき、疲れ、逃げても追われ、死体と負傷者は雪だるま式に増えた。
命からがら領都まで到着した負傷兵は、この療養所へと順次運び込まれる。
最初のうちは、程度の差はあれど、”ただのけが人”が多かった。
しかし、月日が立つとその怪我人に”奇妙な症状”を持つ者が増えた。
「帝国からの敗走で、生き延びた者たちがこのような状態となった。立てず、歩けず、意味もなく笑い、恐怖もないのに震えてしまう。我が領にも優秀な魔法学者がいる。しかし、彼らが知恵を結集させても治癒することは出来なかった。私は、帝国による”魔法洗脳”の一種だと思っている。」
アビゲイルは全てを久慈屋に語る。
彼らの様子はただただ異様であり、治癒人の中には接することをためらうものも居た。
そんな中、アビゲイルは自ら治療に乗り出す。
上に立つものとして、下が怯む中率先して行動を示さねば、先に関わると思ったからだ。
しかし、一切成果は上がらなかった。
「…先生…その…」
「ああ。私も魔法学の権威だ。お前の言いたいことは承知している。」
「え?なんです?」
「…あのね、魔法をかけられた人にはその”痕跡”が残るんだけど…」
「…無いんですね。」
上級の魔法使いは、その魔力により洗脳を行える者もいるらしい。
ただ、帝国はそのレベルの魔法の使い手はほぼいない。
だがそれを”魔充”により可能にしているのではないかと、アビゲイルは目をつけた。
しかし、アミナの言う通り魔法をの影響を受けた痕跡は一切ない。
アビゲイルは久慈屋に鋭い視線を送りながら、力強く問いただした。
「怪我も治った。魔法の痕跡もない。しかしその様子は明らかに異常。お前にこれが判るか?」
「…」
その言葉に久慈屋は少し黙る。まず前提として、彼は計算機工学博士であって、医学系の知識は素人レベルでしか無い。だからこそ、発言は慎重に行わないといけない。
ただ、教養主義者的な側面のある久慈屋は、以前に”暇つぶし”でこれに似たものを動画サイトで見たことがあった。
どちらにしろ専門家を呼ぶ必要があるが、そのあたりを説明して彼女を納得させる必要があった。
久慈屋はまず断りを入れてから、その予想を説明する。
「まず最初に断っておきますが、私は”人を治癒する”方面の学者ではありません。しかし、彼らの状態は過去に伝聞にて聞いたことがあります。」
「…本当か?」
「はい。恐らく彼らは戦争で”壊れた”んです。」
第一次大戦で初めて確認されたそれ。
あの戦争は、当時の大国同士がその持てる力を全て使った”総力戦”が初めて行われた。それ以前の戦争しか知らなかった当時の人々は、最初はすぐに終わると楽観していた。しかし、日に日に広がる戦火、増えていく戦死者、荒廃していく国々は、正に畏怖の局地とも言える惨状を世界に植え付けた。
その最たるものが、”シェルショック”と言われるものだ。当初は砲弾の衝撃に長時間さらされることで発症すると思われていたが、結局は戦争という敵味方の砲や銃弾の嵐に、突然投げ込まれる毒ガス、そして上官も同僚も部下も次々と死んでいくという”地獄”に長期間さらされることが原因であるとわかった。
現代では、”戦闘ストレス反応”という呼び名になった。
「…つまり、心が壊れたと?」
「はい。我々の諺に”形あるものは皆壊れる”というものがあります。」
「…心も一緒か。」
久慈屋の説明に、アビゲイルが上を組みながら重く答える。彼女は武人でもある。しかし、魔法を極める魔法使いでもあり、その鍛錬に森羅万象を理解しようとする探求者でもあるという一面もある。
だからこそ、久慈屋の説明に全面的な理解を示した。
「で、治せるのか?」
「…専門家が必要ですが、正しい対処で時間をかければ。」
アビゲイルの質問に、務めて正確に答える久慈屋。
治せるというのは事実だ。これはPTSDの一種だし、時間をかければ治せるのは事実だ。
ただ、一つだけ問題がある。
それが引っかかっていた久慈屋の表情を、アビゲイルは見逃さなかった。
これは正直に答えるしか無い。
「なにか、問題がありそうだな。」
「…はい。”この国”には”この手”の治癒に関する専門家が乏しいです。」
「…いや、その原因がわかっただけでも進歩だ。礼を言おう。」
日本にはPTSDの治療をできる医師はいるが、”戦闘ストレス反応”の治療を専門にしている医師や機関はないだろう。なにせ、日本には”その必要が無い”のだから。
この国に無いものをどうすればいいのか?これには帯同していた圃場も頭を悩ませる。
防衛省官僚の彼なら、その事実がよく分かるだろう。
アビゲイルの返答は、かなり気を使ったものではあるが、正直な気持ちは治療を優先したいというのが、その態度から見て取れた。
しかし、助力できることが少ない。それには流石に久慈屋もバツの悪さを隠せない。
未だに中東などの紛争地帯に時たま出兵している米軍や英軍であれば、その態勢も整って…
…米軍?
「…いや、待って。」
「なんだ?」
「…専門家がいるであろう”国”に伝手があります。」
「本当か!?」
久慈屋は”ある人物”の顔が浮かび、せめてもの気持ちでアビゲイルに”望み”を話す。
それに彼女は正面から喜び、久慈屋に対して深く頭を下げた。
領軍を管理する彼女にとって、兵士は宝も同然だ。
だからこそ、助けたいという気持ちが強い。
それを理解していれば、彼女の行動は至極当然だった。
「頼む。彼らを”悪夢”から救ってくれ。」
「…やってみましょう。圃場君?」
「は、はい!」
これには久慈屋も尽力するしか無い。普段隠れている彼の”人間的”要素が表に出ていた。
久慈屋はアビゲイルに返事を返すと、すぐに圃場を呼び寄せる。
そして、簡単に筋書きを彼に話す。
もちろん、利用するのは”あの人物”しか居ない。圃場は不安を拭えていないが、やるしか無い。
「でも、信用できますか…?」
「彼の野心に訴える。あとは流れだ。」
彼の国は”英雄”を好む。なにせ、彼の国が世界を相手に大立ち回りを繰り広げ、最後には巨悪に勝利するという、プロパガンダまがいの娯楽作品が毎年作られているのだ。その精神性は一種の信仰の形態とも思えてしまう。
彼はその国で成り上がろうとしている野心を持つ。
であれば、ここで協力を依頼して、さらに少し情報を渡す。
彼は英雄にふさわしい箔と情報を手に入れて出世して、こちらは強いパイプを得る。
筋道はある程度出来た。あとはすぐに行動に移るだけだ。
久慈屋はスマホを取り出して、メモに書いてある番号を入力する。
もちろん彼はそれなりの地位にいる人間だから、最初に出るのはその秘書だ。
しかし、久慈屋が名前を告げるとすぐに電話と取り次いだ。
”重要人物”の情報すり合わせが行き届いている証拠だ。期待できる。
目的の人物が出たところで、久慈屋はわざとらしく挨拶した。
「やぁ、”大佐”。」




