他領訪問~北方領~ 異なる世界でもそれは異端
12時1分 青森県陸奥市 県道46号線近辺 青森陸奥特異物群観測本部テント
「何が起こった!?」
「おい怪我人は居ないか!?」
「各隊、警戒を怠るな!!」
唐突な爆轟に、辺り一帯は蜂の巣をつついたような状態だった。西方領訪問完了から、王都での作戦成功に至るまでの流れで、全体に楽観する雰囲気が蔓延していたのかも知れない。そうであれば、この爆轟はこの事態が一筋縄ではいかない者であることを思い起こさせてくれるには十分だろう。
久慈屋たちは前方観測点から、やや後ろよりにある陸上自衛隊第5普通科連帯第2普通科中隊の観測本部テントへと戻る。テントに着くと同時に、久慈屋は責任者でる松方中隊長に状況を聞いた。
「3佐!どうなった!?」
「わかりません!爆煙により状況不明!」
「…おーい、アミナー?聞こえるかー?」
確かに、アミナたちのいた場所は今だに煙に包まれている。久慈屋は無線でアミナに呼びかけてみた。爆発直後は状況確認の応酬で通信が混乱し、まともに確認できなかった。今度は…
小さく、咳が聞こえる。一番適切な表現は、”犬が小さく鳴く時”のようなやつだ。
それを聞いた久慈屋は状況確認のために思考を巡らせる。
「…咳が聞こえる。生きてるみたいだな。」
「それは…良かった。というか、あれ魔法なんですか!?」
「だと思う…そうだ!3佐、監視映像すぐに再生できるか!?」
「はい、出来ます!」
「じゃあ、アミナが防壁を作った直後から出してくれ!」
ある程度の規模を持つ”王国”の集落には、政府なり自衛隊なりが観測地点を設けて、その全てを記録している。おはようからお休みまで、些細な変化も見直さないために映像は常に収録されていた。今こそこれを利用しない手はない。
3佐の指示により、観測機器を管理している自衛隊員が端末を操作する。映像は収録と編集を同時にできるようになっている。目的の部分を再生するなど簡単だった。
端末に表示された映像。そこには、アミナの防壁生成過程が手に取るようにわかった。ただ、まだ”爆発”の要因を見つけられない。
久慈屋は端末を操作させてもらうようにお願いし、そのまま爆発の直前直後をフレーム単位で繰り返し再生し続ける。
「…何もわかりませんね…」
「ええ、突然爆発したとしか…」
「でも、アミナは防壁を作った。何かが見えるはずだ…あ、今の!」
圃場や3佐は、魔法の衝撃に囚われているのかそれを見つけられなかった。一方、久慈屋がある”点”に気づく。
「ここだここ!この小さい”光”!」
「…これが、爆発の魔法?」
「…恐らく…ちょっと待て…あー、これはもしかして…」
ここで久慈屋も大分冷静さを取り戻し、爆発の瞬間と様子を頭の中で反芻する。爆発の威力といえば、爆発物が炸裂する際のエネルギーが肝だ。そのエネルギーは、主に燃焼か衝撃波に分けられる。ただ、先程の爆発は衝撃波が主だった。
それを踏まえてさらに映像を見る。ここで光の正体が解った。水だ。
円球の水が現れ、それを覆うように何かに包まれ、その直後に爆発。あとは推測だ。一番”手軽”な方法…なるほど。
「解った。これ”氷球”だ。」
「氷?」
「多分、水蒸気爆発だ。氷球の中は水を半分。まず投げて、その後に魔法で高温の熱源を混ぜて一気に気化させてるんだろう。密閉性を高めたら威力も出る。もっとも、神がかり的な感覚が必要だと思うが…」
アミナが受けた攻撃は、基本は高温の熱源を水に落とした際に発生する界面活性型の水蒸気爆発だ。
高温で融解した熱源が低温の液体に落ち、瞬間的に液体は蒸発する。ただ、この時点ではまだ爆発しない。この蒸発により熱源が蒸気で覆われ、そのまま液体の中を少し進む。
この蒸気の膜は、形が非常に不安定だ。その不安定な蒸気の膜が何かの拍子に破ける。すると、蒸気で覆われていた熱源に再び液体が触れ、瞬間的な沸騰が発生する。これが液体の中に衝撃波を生み、熱源自体の破砕や、他の熱源を覆う蒸気の膜を壊す。あとは連鎖的にこの反応が続き、圧力は倍々に増える。そして、最後にやっと大爆発を起こす。
一度爆発するとその時点で圧力が抜けるためそれは一瞬で、熱源の熱が奪われると持続しない。
ただ、今回の攻撃はわざわざ氷のようなもので水を覆っている。つまり、圧力の逃げ場を無くしているので威力は跳ね上がる。熱源の操作も魔法で自在となれば殺意しか無い。
ただ、本当にできるかは別問題だ。水蒸気爆発は決してお手軽なものではない。
”言うは易く行うは難し”とはよく言ったものだ。
実際、その難しさを理解しているのは、術を持ち、それを実行した人物の教え子だった彼女だった。
「…””クジャ君、先生の魔法、解ったの?””」
「お、生きてたか。なら、聞いてたな?」
「”””数年かかってもわからなかったのに…””」
「技術体系の差だ。気にするな。」
とりあえず、自分がわからなかった問題を横入りで解明されたことに悔しがる余裕があるのなら、問題はないだろう。
それを肯定するかのように、アミナは覚悟を決めた雰囲気で今の事態を語る。
「””先に説明すると、これは先生からの挑戦状よ。切り抜けないと、話す気は一切ないというね。””」
「…なー、そういう肉体言語的な発想は嫌いなんだが…」
「””仕方ないでしょ。そういう人なの。でも大丈夫。さっきの講義、”実践”できそうだわ””」
先程までの狼狽ぶりや緊張した雰囲気は、今の彼女からは消えていた。
これは…本当に覚悟だったらいいけど、破れかぶれだと危ないな。
ただ、実践とはなんだろうか?久慈屋は訝しみながらその真意を問う。
「…講義?…まさか?」
「””それと、先生の十八番魔法もね。あ、クジャ君たち、”後方支援”よろしく。」
「ざっくりとしすぎだろ…ま、というわけです、3佐に圃場君。」
「「えぇ…」」
久慈屋は覚悟とヤケクソの両方だと判断した。なので、圃場と3佐に対応するようにお願いする。
ただ、何が起こるかわからないお願いに、二人は苦虫を噛み潰した表情しか出来なかった。
こうなると久慈屋も変なスイッチが入る。その表情を肯定と受け取り、アミナに”全権”を任せることにした。
「こっちは柔軟性を持って臨機応変に対応するから、好きにやってみてくれ。」
「””了解!久しぶりに暴れられるわ!””」
アミナは非常に威勢のいい返事を返してくれた。それを聞いた圃場は流石に口を挟まずにはいられない。
「ちょ、久慈屋さん!?周辺に被害が出たら!…」
「そうなったら考えよう。彼女はそういう調整出来ないタイプだ。」
つまりは”諦めろ”ということを意味するその言葉。すでにその火蓋は切られていた。
圃場は初めて、この仕事に関わったことを後悔した。
12時13分 青森県陸奥市 恐山山地 朝比奈岳南東側
一方、”全てを任された”アミナは、崩れた土の防壁の中からその身を起こして立ち上がる。そして、静かに北方領都を見据えた。
「こっちに3人、あっちに4人…軽装兵か…」
持ち前の聴力と嗅覚、そして魔法感覚で相手の兵力と総数、配置を一瞬で把握する。
把握したらあとは無力化だ。
早速、彼女は彼らのいる周辺の”空気”を持ち上げた。
するとすぐにその場から人影が舞い上がり、1秒未満の飛翔をした後地面へと叩きつけられる。
「…骨折っちゃったかな…ま、いいか。次はー…」
アミナとしては無力化だけが目的で怪我をさせるのは本意ではない。ただ、今はそこまで気を使うほどの余裕もない。
その事実を証明するかのごとく、彼女のもとへ素早い一蹴を放つ影がどこからともなく現れる。アミナは咄嗟に身を捩らせて、鼻先寸前でそれを躱す。
そして、その方向を一見して、それが”顔見知り”の放ったものであることを理解して、”雑談”を始めた。
「あれ?…クロエ!?」
「やぁ、アミナちゃん。元気そうねー?」
「うん、絶好調!…で、やるの?」
「やろう!久しぶりに!」
クロエと呼ばれた猫顔の彼女は、猫人種族の格闘家だ。アミナとは高等学院時代の同級生で、北方生まれの獣人同士よくつるんでいた。クロエは卒業後に北方領へ帰り、そこで領主付きの護衛についたのは聞いていた。ここでの再会は、想定内だ。
二人は学生時代を思い出すかのように組手を始める。
その様子は異様だった。アミナは狼人に多い肉付きのいいガッシリとした体格による防御と、絶妙な体術を駆使してクロエの蹴撃を受け流す。一方、クロエは持ち前の素早さを活かしたヒットアンドアウェイで、少しずつではあるがアミナの余力を削る。
静と動、正に正反対の戦い方だ。
「やっぱり、クロエはすばしっこいなぁ…」
「アミナちゃんだってびくともしないじゃん。鍛えてるの?」
「…一応、軍人ですから…」
「ふーん、じゃあ、これはどうかな?」
決定的な一打を望んだクロエが、アミナの頭上遥か高くに飛び上がる。その驚異的な脚力を用いた飛び蹴りの前段階だ。クロエは細かい攻撃を加える中で、これを繰り出す間合いをずっと図っていた。
この状態では、アミナ得意の魔法を繰り出せないだろう。クロエはそう思っていた。
ただ、アミナの表情は余裕そのものだ。
「おー、高いなぁ…」
「避けないと大変だよー!」
「…じゃあ、こうしようか?」
「ぎにゃっ!?」
アミナの軽い一言と同時に、クロエは地面に叩きつけられた。突然、その場だけ”重くなった”ように。
クロエは予想外の”魔法”に、流石に驚きを隠せなかった。
「…え?今の何?」
「”空気”の塊を落としたの。ごめんね?」
「そんなのできるようになったの…?」
「うん、まあね。」
飛行機が飛ぶ原理の中で、アミナは風というものが”空気”の流れであることを理解した。そして、気体という概念を得たことで、今までは”風神の息吹”という抽象的な概念にのみ頼っていた得意の風を使用した攻撃魔法の発動精度が格段に上がった。
だからこそ、クロエは魔法使用の間合いを取れなかった。
クロエを無力化したアミナは、先程から微弱に感じ取れる気配に集中する。これは、”懐かしい”と思えるものだった。高等学院での日々を思い出す。
”彼女”は、アミナは見ている。
「ん~…やってみるか!」
アミナは張り切って、手をかざす。そして、一気に魔力を集中させて方向を定めた。
北方領都の西防壁第三監視塔付近。ボヤケているが、あえてわかりやすくされているように思えた。
これは、ちゃんとしたものを見せないと”あとが怖い”。
「…先生は…あのあたりかなー!?」
ヤケクソの極地とも取れるような掛け声と共に、アミナは魔法を放つ。
その魔法は、北方領都の防壁に近づくにしたがってその形を顕にしていった。
まずは水。そこに球状の入れ物があるかのように満たされていくそれは、陸自観測担当の報告からすると20リットルはありそうだった。次にそれを覆う氷球。水球に比べると大きく、先程の水がちょうど半分くらい満たされる形になりそうだ。
このときに、久慈屋は報告を受けてある不安にとらわれる。
”あいつ、水と同じ大きさの熱源をぶつけようとしてないよな?”と。
もちろん、水と熱源が同じ大きさや量を持つからと言って、確実にそれが”起こる”とは言えない。そもそも、混ぜ方がだめならただの水蒸気しか出来ない。
そんな微細な調整、つい10分前に原理を知った奴にできるのだろうか?
と、久慈屋が思ったところで氷球が北方領都防壁近辺に到達する。
次の瞬間、先ほどとは比べ物にはならない轟音と爆轟、そして観測機器が一斉にその信号をロストした。
どうやら、”ビギナーズラック”を決めたらしい。
「…あーあ…」
「ば、爆轟により損害多数!監視装置2個破損確認!観測再開まで最低10分!」
爆風に吹かれながら、久慈屋は他人事でありたいという願望を全く隠さない声を上げる。
悲鳴のような報告を上げる3佐の言葉も聞かなかったことにしたい。
恐らく、今の爆発は遠方からでもその煙が見えるだろう。
そもそも、音に驚いて警察や自治体には問い合わせが殺到しているかな。
こちらにそれが来るのもあと数分。久慈屋は深い溜め息をついた。
12時29分
「うひゃぁ…」
「…えぇ、アミナちゃん、どうしちゃったの?」
「う、うん…まだちょっと調整がね…」
一方で、アミナは思わぬ一撃に唖然としていた。もちろん、久しぶりに再開した親友クロエはその出来に驚きを隠せない。
なにせ、あの異様な出で立ちで悠然とそびえていた防壁の西側が半壊しているのだから。
怪我人は少なからず出ているだろう。流石にアミナでも動揺を隠せない。
しかし、そんな彼女に”激励”を送る人物が居た。
「よくやった愛する生徒よ!!」
女性にしては鍛えられた身体に胸当てなどの最低限の防具を着けた、ややパーマ気味のボリュームの多い髪をゆさゆさと揺らしながらアミナたちの元へ近寄る一人の人物。
彼女こそが、アビゲイル・ビルク侯爵夫人その人だった。
「自身が得意とする風に磨きをかけただけでなく、私の爆氷まで習得するとは!貴様、見込みは合ったがそれほどとは思わなかったぞ!」
「せ、先生!ごごご、ご健勝そうで、な、なによりです!」
「そんな固くなるな!全く、あんな怪文書を読んだあとだから、お前もこの得体の知れない蛮族に寝返ったのかと思ったぞ!」
アミナの元へたどり着いたアビゲイルは、自身の領都の防壁が吹き飛ばされたというのにもかかわらず、その結果を我が事のように喜び、アミナに対してただただ称賛を浴びせた。
一方で、アミナは久しぶりの恐怖の恩師に口が回らなくなっている。
どれだけ怖いのだろうか?
久慈屋と圃場は、そのやり取りを無線で聞きながら途方に暮れていた。
2回の爆発、戦闘の勃発、かと思えば恩師との再開。脳みその処理が追いつかない。
観測テントは自衛隊や自治体関係者がてんやわんやの大騒ぎだと言うのに、二人はパイプ椅子に座ってアミナたちをぼけっと眺めているだけだ。
そして、気の抜けた会話を二人で始めた。
「…ねぇ、圃場君。問題になるかな?」
「もうなってます。」
「やっぱり?…というかさ、あのアミナの先生らしき女性喜んでない?自分の街の壁を盛大に崩されたのにな。」
「…私達とは、”住む世界が違う”のでしょう…」
圃場の投げやりな返答に、久慈屋も気の抜けた言葉になっていない返事をする。
先程から、二人のスマホは着信履歴で埋まっている。
処理するべき事項が飽和した結果、二人は少しの間だけ、やる気を無くすことにした。




