他領訪問~北方領~ 事前情報を裏付ける爆轟
11時22分 青森県陸奥市 県道46号線
「さて、遅くなりましたが…北方領と領都に関してのすり合わせを行いましょう。」
三沢をへりで発ち、県道46号線沿いの空き地に設けられた後方待機所へ降り立つ。そこからはハイエースに乗り換えた久慈屋たち。やっと落ち着いたので、全員含めた事前情報のすり合わせを行うことができる状態になった。
圃場の言葉に全員が頷き、誰からでもなく自然と話が始まる。
まずは、アミナによる北方領都の概略説明だ。
「ビルクス?」
「そう、要塞ビルクス。領都としての機能も兼ね備えた王国防衛拠点で、東方領と並ぶ軍産地帯でもあるわ。」
「…ちょうど、見えてきましたよ。」
「…おお、これはすげぇな…」
それは、本当に立派な城塞都市だった。土台に使用されている石材は、こちらの世界でも類を見ないほど大きく、最長の辺が2m以上になる立派なものだ。その石材の上には複雑な幾何学模様に、こぶし大の石材と直径1mはくだらない巨大な木柱を幾重にも重ねている。恐らく、あれは表面上は構造を不明瞭にすることで、攻城兵器からの一撃を躱そうという意図があるのではないかと思う。見えている柱のいくつかはカモフラージュだろう。
その異様な防壁の向こうには、恐らく城下町が広がっている。ただ、防壁は6m近くあり、その中をうかがい知ることは出来ない。
「…異様ではありますが、”努力の結晶”という感じがしますね。」
「ああ。圧巻だよ。」
久慈屋たちは先程から語彙力に乏しい感嘆符しか口に出していない。それほど独特で、攻めるものへの威圧感と、守るものへの安心感を同時に与えることを考慮したような見た目だった。
しかし、そればかりに気を取られるのはだめだ。
久慈屋はアミナに向き直り、話を続けるように促す。次は、北方領主だ。
「それで、北方領主は?」
「え?ああ、領主は非常に柔和で朗らかよ。寒冷で防衛の要という北方領には、不釣り合いなくらいね。」
”前の世界”では、王国は概ね温暖で穏やかな気候帯に属していた。ただ、北方領は山岳地帯が多い地形もあり、北からの寒気団を受けやすい土地柄だった。結果、冬は相応に雪が振り、農業も一切できなくなる。故に、食料などの物資は国王領や西方領に頼らざるをえない。さらに、帝国と王国の戦争時には、東方領と並んで最初に兵を出し、王国本土への防波堤となる歴史も有り、”質実剛健”を是とする風土が出来上がっていた。
現北方領主は、料理が趣味であり幼少の頃から領主館の調理場で専属調理師たちと話すことを好んだらしい。それは領主の地位を継いだ後も変わらず、ときおり隙きを見ては調理場に入り浸り、調理長と共に創作料理を実際に作ってしまうということもあったそうだ。
最初はそんな彼を”料理伯”と呼び、賛否入り交じる声を上げていた領民たちだったが、領地運営にその経験を活かし始めると否定的な声は消え失せた。
彼は、料理に没頭するが故に、食料管理に農地開拓、果ては兵糧に至るまで、効率的な管理運営を行うノウハウとアイデアを蓄積していた。
地元で取れた馬鈴薯の味が変われば、現地に行き疫病を発見して農民と一緒膝を突き合わせ知恵を出し対策する。王都や西方領の商人を客員に招いて物量運搬の効率的な方法を考案する。ちなみにこれは、新鮮な食材を欲した結果の行動だ。さらに、戦闘糧食にもテコ入れを行い、今までの状態の悪い食料ではない新しい食事に、北方領軍は士気が上がる。
「趣味の料理で領地を豊かにし、温かい料理を兵士に配り士気を鼓舞する…ねぇ。」
「存外、抜け目のない人物という印象ですね。」
一言で言えば、時代や地域からすれば”オーパーツ”的な人物だった。久慈屋や圃場、野原の印象では、完全に有能な部類に入る。これは仕事もすんなり片付きそうだ。
…いや、だめだ。この考えは変なことの前触れになる。
車は丁度、北方領都付近の前方観測点に到着した。全員が速やかに車を降りて、足早に観測テントへと向かっていく。
久慈屋は、話題を変えようとふとリリーからの話を思い出した。北方領には、もうひとり有名人がいるらしい。その話をアミナに振ってみた。
「そうそう、領主夫人も有名なんだろ?」
「えっ!?あ、うん、そうよ。うん。」
目に見えて動揺するアミナ。嘘も取り繕いも下手というレベルではない。
怪訝な表情をした久慈屋は、流石にツッコまずにはいられなかった。
「…どした?」
「別に!?怖くない!全然怖くない!」
「いや、何も言ってないけど…」
「…嘘です!やっぱ怖いです!」
勝手にアミナが自白し始めた。現北方領主夫人は、北方領都近郊の子爵令嬢で、領主の幼馴染だったらしい。彼女は幼少の頃から武術と魔法に長けており、その才もあって15歳から13年ほど、王都の高等学院で教鞭を取っていたらしい。
そこで、大量の伝説を作っている。なにせ、夫人は”見込みのある”生徒がいれば、貴族のボンボン息子だろうが泣き虫魔法少女だろうが自分の教室へ引きずり込んで、自身のノウハウを徹底的に叩き込んだ。蝶よ花よと大事に育てられた高等学院に多い上流階級の息女は、それに耐えきれず脱走を試みたという。
もちろん、成功したものはいない。
そこで、アミナはシゴキにしごかれた。故郷の冬山での生活のほうがマシだと思えるくらいに。結局、彼女を始めとして夫人の教室出身者は王国の重要人物となっているので、教育の内容に間違いは無いようだ。ただ、卒業生は全員が多少なりとも”心的外傷”を患っている。このアミナのように。
「つまり、リリーやアミナの恩師でもあると…」
「か、カーリンもね…」
「…なあ、もしかしてリリーが急遽王都に残ったのって…」
「そのとおりよ!!逃げたのあの小娘!!」
丁度テントに着いたところで、アミナは両手を上げてわざとらしく悲嘆にくれた。
北方領訪問の打ち合わせは事前に何回かやっていたが、この話を聞いたのはアミナがいないときだった。確かに、その話が最初に出たときのリリーは、少しだけ動揺していた。恐らく、近頃のゴタゴタにより、直前までそれを忘れていたのだろう。そこで、思い出した彼女は逃げの一手を打った。
アミナがそれに気づいたのは、昨日だ。つまり、手遅れ。
ただ、久慈屋や圃場たちは、その伝説はあまり危惧していなかった。なにせ、彼女の経歴からすると、ただの問題人物がそんな要職に就けるとは思えなかったのだ。
それに、問題ないと考える要素はまだあった。
「しかし、略歴を聞く限りは大それた行動はしなさそうですが…」
「私も同感ですね。それに、”文章”はすでにばらまいたんでしょ?圃場君。」
「ええ、抜かりなく。」
「え?文章?」
「待って。なんでお前が知らんのよ。」
西方領訪問完了翌日の打ち合わせ。そこで、北方領と南方領、それに東方領と目される地域一帯に”ビラ”を投下する作戦が、政府と王国により了承された。
内容は、簡単に言えば”日本は敵対しません。援助の用意があります。入り用であれば、日本の関係者に難なくお申し付けください。 国王陛下より”というものを、それなりの体裁を整えた王国の言語で書いたものだ。前後して、日本の報道機関でも、王国人から助けを求められたら自治体や警察へ連絡するようにと言う情報を流している。
効果は多少あり、備蓄の物資が足りない農村や集落レベルでは、付近に展開する自衛隊や警察、近隣住民に接触を行い、そのまま援助を行うという例が報告されていた。
久慈屋はその原文をアミナに見せる。すると、彼女がわなわなと震えだした。
「…待って…この文章…待って…」
「え?問題あるのこれ?だって、推敲はリリーに頼んで…」
「…クジャ君。多分、君たちの世界にも”方言”ってあると思うけど…」
計画段階や実行、そして経過報告の場に、アミナが”尽く居なかった”。故に、彼女は初めてその存在を知った。これは問題だ。情報共有体制が王国で機能していないし、日本もそれを制御しきれていない。これは改善要項だろう。
そして、体制不備で発生した最大の問題をアミナが指摘する。
ビラの文章が、北方領の方言や風習では”よろしくない印象”を与える可能性だった。
「…つまり、偶々選んだ構文が、北方領では”服従”を要求する暗喩らしきものになっていると?」
「そう…そうよ…」
「…うへぇ。」
北方領は軍需地域であり、同時に帝国からの攻勢時の防衛拠点としても機能する歴史から、その方言は独特の変化を遂げていた。これは諜報を警戒してのものだろう。日本で言えば、薩摩弁のそれが近い。
北方領はさらに暗号や曲解染みているが…
この文章作成時、もちろん王国に推敲を頼んでいる。ただ、その面子までは確認していなかった。
結果、その中に”北方領出身者”が一人も居なかったということに、今気づいたのだ。
完全に、体制不備の管理不足。日本と王国双方の落ち度だった。
圃場や久慈屋は延期の可能性を模索する。ただ、それに反対を述べる者も居た。
「…とりあえず、どうします?」
「延期もやむなしか?」
「いや。行くわ。」
「「「えっ」」」
アミナである。その表情には恐怖がまだ混じっているが、どこか覚悟を決めているものだった。これは恐らく、彼女自身が持つ情報を総合しての判断だろう。
「今起こるのか、後日起こるのかの違いしか無い…でしょ?」
「確かに。」
「で、起こるのであれば…」
「”面識”のあるお前がいるときが望みがある。」
その判断には説得力があった。よっぽど確信があるらしい。稀に見せるアミナの真面目な視線を確認した久慈屋は、圃場に指示を出した。
「わかった。圃場君、関係各所に連絡してね。」
「わかりました。自治体には?」
「念の為、一報入れとこうか。ちょっと騒がしいかもって。」
「…”ちょっと”ですかねぇ…」
圃場は不安を拭えないでいるが、やるしか無い。
こうして、各員が”不測の事態”も踏まえた臨機応変な対応のために行動を開始した。
11時53分 青森県陸奥市 恐山山地 朝比奈岳南東側
「王国軍魔法大隊、第11代大隊長アミナ・フェルデン!国王の政令発布のため、北方領主ヘンリー・ビルクへの取次をお願いしたい!」
滅多に見られないアミナの荘厳な口上。慣れないながらも様になったその姿。
久慈屋は”事情により”見るのは2回目だが、圃場はその変容に驚いていた。
ただ、彼女の頑張りも虚しく、北方領都は一切の動きを見せなかった。
「…動きがありませんね。」
「似たような雰囲気だけど…動きは読めないな。」
「呼びかけましょうか?」
「ああ、そうしよう。アミナ?」
前回の西方領と似てはいる。警戒するのは当然だ。なにせ、”ビラ”もあって相手は降伏と服従を強いられていると思っている可能性がある。西方領より条件が悪い。
久慈屋はアミナに無線で呼びかける。次の一手を決めるのは、この場では彼女の判断しか無い。
「””何?””」
「動きが無いようなら、一旦仕切り直すが?」
「””…今は待ちよ。下手に動かないほうが安全なの。””」
「わかった。その裁量はお前に…」
「””待って””」
久慈屋がアミナに判断を一任する旨を返答しようとした時、アミナがなにかに気づいた。
そして少しの静寂の後、”あまり聞きたくない言葉”が流れてきた。
「””…全員、”衝撃に備えて”””」
「…は?」
久慈屋が呆気に取られる。と同時に、アミナたちが居た場所に半球状の物体が出現した。
あれは、アミナが魔法で作った土を利用した壁だ。足元の土を使用することで、塹壕と壁を一度に構成できるという、彼女考案の防御法だった。
圃場はその様子に慌てる。なにせ、彼はまともな魔法を見るのは始めてだ。
ただ、防御を展開するということは”なにかが起こる”。それには久慈屋も流石に焦った。
「く、久慈屋さん!?」
「えっ、お、おい!」
慌てて久慈屋が無線でアミナに確認を撮ろうとした瞬間、彼女の作った防壁の上部で光が放たれる。
そして、遅れて轟音と爆轟が周辺を縦横無尽と駆け巡った。




