支援物資問題 ~エルニア王国王立研究院~
13時54分 埼玉県秩父市奥秩父山塊 エルニア王国王都エルパレス
役所的な手続きと頭の痛くなる小話を経て、久慈屋たちの車列はやっと”王都”へと入った。
王都の目抜き通りは、馬車の往来を想定されていたために大型車両でも問題なく進入できる…が、こちらの世界ではお目にかかることがないほどの凹凸のある石畳なため、それなりに揺れる。トラックに積んだ電子機器が壊れないか少し心配だ。
久慈屋は王都の風景をつぶさに観察する。一月半前に政府の実務者会議に同行したときよりは幾分雰囲気が良くなったように見える。軒先で遊ぶ子供たちは、支援物資に入っていたと思われるお菓子を美味しそうに頬張っていた。物資は末端まで行き届いているようだ…”今現在まで”は。
王都に入って2分ほどで車列はある建物の前で止まった。その建物は、石造が基本とはなっているが随所にコンクリートらしき構造物も見える。うちの建築学者に言わせると、このコンクリートは”ローマン・コンクリート”とほぼ変わらないとの話だ。この建物の責任者いわく、技術開発の最先端であるこの建物には、最先端の技術を使用するという”伝統”があるらしい。
ちなみに、これから協議を行うのは、その責任者だ。久慈屋たちは車から降り建物の入口へと向かう。
「えー、日本国の調査団です。定例協議のため、院長へお取次ぎをお願いいたします。」
「はい、承知しております。物資の搬入はどうされますか?」
「協議のあとに行おうかと…その際はご協力をお願いいたします。」
「了解しました。鉄車には警護をつけますね。」
入り口を警備している、”王宮警備兵”に取次をお願いする。この1ヶ月で週3ペースで行っているやり取りだ。
この警備兵にも顔が知られているので、その対応には慣れが感じられる。
少しして入館許可を貰い、久慈屋たちは建物へと入る。そして、すぐに”取り囲まれた”。
「クジャ様!お待ちしておりました!!あの、気象学に関する文献で質問が…!」
「おい私が先だ!!冶金学の資料を貰いたい!!」
「あ!本日はウィンストン女史もお出でですか!!今度は解析学の講義をお願いしたい!!」
「えっ!?ちょ、なに、え!?」
久慈屋は戸惑いを隠せない。なんなんだろうか、この騒ぎは?
この建物は、”王立研究院”。王国が、”全ての理を解明する”ことを目的に設立した学術・技術研究の総本山…らしい。王国全土からあらゆる分野の学者、技術者、魔術師をかき集め、500年に渡り最先端の知識を追い求めてきた組織だ。
…つまり、ここにいるのは知的好奇心に毒された、いわば”知欲ジャンキー”だ。
さて、そんなところに”今までの自分たちの常識や理論を簡単に覆す、或いは立証する、または躍進させる術を持つ世界の人間”が現れたらどうなるだろうか?その答えが、今のカオスだ。
「ウィンストン様!!是非、宇宙物理学の講説をお願いします!!」
「おいなんで神教局長がいるんだ!!ここは研究院だぞ!?」
「何を言っているんですか!?神の園たる”宇宙”の存在を証する学問に興味の沸かない宗教家などいません!!」
「うるさい!!研究院が先だ!!あ、お二方、次は熱力学の文献をですね…!」
「いやー、人気者は辛いねぇー!」
「言っとる場合か!!収集がつかんわ!!」
学者に技術者、果ては宗教家まで入り乱れて久慈屋とジルを質問&お願い攻めにする。
呑気なジルはさておき、久慈屋は一応責任者としてこの事態を収めなければならない…そんなときだった。
「静粛に!!!彼らは私の客人です!!」
一人の女性がよく通る声で中二階より場を収めた。彼女はリリー・ウェスト。この王立研究院の院長だ。
このリリー、この場を初めてみた人なら驚くことが一つある。それは、ジルと見た目が瓜二つなのだ。
実務者協議による初対面時、生き写しのような二人にこちらもあちらも大いに混乱したのは記憶に新しい。
白をベースにして、所々に絢爛な装飾が施された特級学者装束に身を包んだ彼女は、ゆっくりと階段を降りて久慈屋とジルの前に立つ。彼女はここの責任者であり、同時に王家と懇意にしているウェスト伯爵家の令嬢でもある。そんな彼女には海千山千な研究員もある程度の礼儀を示す必要があるのだ。
「久慈屋博士、ウィンストン博士、ご足労いただき感謝いたします。」
「…いえ、仕事ですから。では、移動しても?」
「ええ、行きましょう。」
非常にスマートな態度で久慈屋たちを案内しようとするリリー。普通に見たら、これで収まったと思うだろう。しかし、久慈屋は全く安心していない。なぜなら、彼女の性格も、”彼女”とうり二つなのだ。
案の定、その心配を現実のものにしてくれたのは、”彼女”だった。
「…あ、そういやリリーちゃん。量子力学の基礎理解できた?」
「あ、それ全然わかんないから後で教えて?重ね合わせがどうしても理解できなくて…」
「あー、あれ鬼門なのよねー」
「…おい、二人共。周りを見ろ。」
「「へ?」」
我先に自身の知的欲求を満たそうとしていた周囲は、眼の前で上司の職権乱用を見せられて目を見開いていた。この沈黙は、正しく”嵐の前の静けさ”だ。
「…院長!!あんまりじゃないですか!!私もお二人に質問が山程あるのですよ!!」
「そうだ!なんでリリー嬢だけ先に講説を受けられるのだ!!不平等ではないか!!」
「定期講説の開催を要求します!!」
そしてこうなる。喧々囂々、要求と非難の雨霰だ。
自分たちは礼節を咎められたのに、院長だけ抜け駆けするとは何事だ?という反応である。至極真っ当だ。
この喧騒から抜け出すのに、また時間をかけたのは言うまでもない。
14時31分 エルパレス王立研究院3F 院長来賓室
「いやぁ~、災難だったね?」
「全くだ…しかし、ここまでの騒ぎになるとは思わなかったよ…」
「それは見通しが甘いかな?だって、あなたたちの知識や理論の影響で2週間で研究が30年は進んだって状態よ?”うちの大隊”も、物理学の基礎を理解した隊員は魔法の精度が格段に上がったもの。」
「ええ…学問が進歩するのはまだわかるが、魔法に影響するのは理解できんよ…」
久慈屋たちはなんとか協議の場へと入ることができた。予定はすでに30分押しているが。
そんな彼らをねぎらうのはアミナ・フェルデン。王国軍魔法大隊長だ。その立場が証明するように、魔法学の権威でもある。
彼女のその姿を初めてみたものは、再び驚くだろう。なにせ、顔はそのまんま”狼”だ。
ヴォルフテルという狼人種族らしい。体力があり、武術に長けることが多い種族だが、アミナは幼少のころから魔法にもその才を見せていた。結果、狼人では初の魔法大隊長に就任している、という経歴らしい。
そんな彼女がここにいるのは、”王国”と”日本(久慈屋)”との初遭遇が、彼女の率いる第一大隊だったからだ。
その後日本、ひいてはこちらの世界の姿を一番最初に正しく理解し、日本と王国の橋渡しに奔走した。結果として、国王直々に対日本対応の実務責任者の任を命じられた、という経緯だ。
しかし、久慈屋としてはこの人選に少し不安がある。
おそらく初遭遇から日本との関係構築を最初に主張したため、言い出しっぺの法則で任せられたのだろう。
ただ、彼女は軍を率いているが軍人気質ではない。かといって謀略を巡らせる政治家でもない。直情的な”学者”タイプだ。久慈屋としては、適任は”あの人”だと思っているが、”色々な事情”があるというのも察していた。
さて、アミナの学者気質を証明するかのように、理論や学術に関する議論を久慈屋たちと始めてしまった。
もちろん、ジルとリリーもそれに加わる。この場には”学者気質”しかいないのだから当然かもしれない。
「物理学の理論が魔法に影響したってこと?じゃあやっぱり魔法は物理的な操作を何らかの方法で加えてるのかなぁ…?」
「”理を解する”という魔法学理念が、そちらの物理学と相性いいんじゃないかしら?」
「…待てよ…?」
「え?何?」
「”こちら”と”あちら”の世界は、同じ基本法則で成り立ってるてことだよ。」
「「「あー…」」」
久慈屋の発言に、他の3人も同意の反応を示す。
これはかなり有益な仮説と言える。物理法則が同じなら、世界の成り立ちも同じであると考えられるのだ…理論上は。これは確実な一歩である…スタートラインにたっただけとも言えるが…
「ま、こっから先が本番だな…じゃ、始めるか…」
久慈屋自身もこの手の話のほうが好きだし楽しい。が、他にやることが山積みだ。
それを片付けなければいけない。
19/1/27;体裁修正、語句修正




