支援物資問題 ~新しい集落~
13時08分 埼玉県秩父市 国道140号線
「しっかし、一ヶ月足らずでよくこんな道路敷設できたわねぇ…」
「そりゃあ、日本は土建国家”ガチ勢”だからな。」
「うん、これは凄いわ。」
「…俺もここまでやるとは思わなかったけどな。」
久慈屋たちは10時過ぎには研究所を出発した。国道140号線を進むと、関東の山間地帯である奥秩父山塊が見えてくる。2ヶ月ほど前は、そこにあるのは何の変哲もない山と、日本高度素粒子研究所の施設(跡地)が点在するだけだった。が、今は日本ではあまり見ないような草地に田園、そして”城下町”が存在していた。
これが、日本に現れた特異物群、”エルニア王国”だ。
栃本関所跡付近から”真新しい山道”に入る。久慈屋たちが乗る車両はランドクルーザー。
さらに、後ろには普通トラックも2台ほど連なる。
これらの車両は、山間を縫うように走る山道とは、その巨体ゆえすこぶる相性が悪い。
しかし今は全く問題ない。なぜなら、日本政府がその威信をかけて付近一帯で特異物群地帯に進入する道路の整備を行った。よって、大型車両が問題なく対面通行できるだけの幅員やその重量に耐えられる強度を持つ新道路へと生まれ変わった。これを1ヶ月弱でやり遂げたところに、日本の意地を見た気がする。
山道を上りしばらくすると、これまた山間地帯には似つかわしくないプレハブ作りの味気ない建物が目に入る。これが、日本に現れた”王国”への唯一の出入り口である”特異物地帯検問所”だ。所在地がちょうど白泰山近辺なので、”白泰山検問所”と呼ばれている。
久慈屋たちののる車両が検問所へと入った。IDのチェックと、形式的な荷物検査を受けていると、久慈屋に近づく人物がいた。
「久慈屋先輩、おつかれさまです。」
「ん?あぁ、反田くん、おつかれ…なにかあった?」
「ええ、”アナザーW”より、”蜂蜜は黒く苦い”と。」
「そっか。ありがとね。立場的に変な役目してもらって悪いね。」
「いえ…なぜか上官も黙認しているので…その…」
「…”あいつ”かな…」
彼は反田一尉。第32普通科連隊、第4中隊長。で、久慈屋の高校の後輩である。
これも謎の縁で、久慈屋が団長を務めた先遣調査団の担当になったのが彼だった。
とんでもない現場で、全く想定していない再会にお互いが驚いたのは記憶に新しい。
さて、彼はこの白泰山検問所に詰める自衛隊の担当官という立場だ。さらに、久慈屋との関係もあり、久慈屋の”小間使い”的な動きもしてもらっている。…忠実なる公僕たる自衛隊員に、一民間人である久慈屋の雑務をさせるのはいろいろとよろしくないのだが、”なぜか”なにも言われないらしい。
「…”あいつ”って、ローゼンハ」
「言うな。触れるな。考えるな。それが”平和”だ。」
「…はい。」
「じゃあ、引き続きよろしくね…大丈夫、気に入られれば”最強の後盾”になるから。」
「…さて、なんのことでしょうか?」
咄嗟に”正しい態度”をとった反田一尉に、久慈屋は”いい笑顔”で応える。こういう切り替えができるなら、この後輩は出世できるだろうと思う久慈屋だった。
「IDのチェックと運搬物の確認完了しました。次は物資集積所で王国側の審査になります。」
久慈屋と反田一尉が他愛もないやり取りをしている間に確認作業も終わり、いよいよ王国へと”入国”する。
ランクルに戻った久慈屋は、同じく戻ってきたジルと話す。
「…さて、仕事が増えたぞ。」
「え、なに突然…あ、まさか”物資”の件?」
「ああ、結構きな臭いようだ。」
「それは厄介ね…これは早急に”あなたの政府”に来てもらわないと。」
「そうだな。下手したら他領訪問どころじゃなくなるな…」
「はぁ~、帰ったら中田さんに連絡ね…なんで私達が政治の心配してるのかしら…」
「ま、”わけのわからん事態”だからな。」
憂鬱な雰囲気とともに、久慈屋たちを載せた車列は王国内へと進み始めた。
13時26分 埼玉県秩父市奥秩父山塊 エルニア王国王都エルパレス近郊 物資臨時集積所
久慈屋たちの車列は、王都まで1.5kmのところで一度停車した。今度は王国側の手続きだ。
久慈屋はこの集積所の光景が好きだった。まず王国側の施設は木製の骨組みで作られた質素な天幕。中に入ると、不揃いな木材で作られた簡素なテーブルに棚、そこに積まれるのは”羊皮紙”。そして中にいるのは、革製の防具に身を包んだ”槍兵”に”弓兵”。まさしく”中近世のファンタジー”と言えるような世界だ。
が、その周りには日本政府が拠出した支援物資が山のように積まれている。もちろん現代日本の物資なので、それらはビニールに包まれていたり、ダンボールに入れられていたり、全てまとめられてプラスチック製のタレットに載せられていたりという感じだ。そして、それを中近世の風貌をした兵隊が警備している。このミスマッチ感はなんとも言えない。”誰も体験したことのない事態”に対処する難しい仕事をしている久慈屋は、こういう光景で現実逃避的に息抜きをしていた。
が、先程耳に入れた情報と、この集積所周辺の見た目の”変化”が久慈屋の表情を曇らせた。
「…集落が建設されてる?」
「そうね。言ってみれば、労働者のドヤ街ってところかしら?」
「…どうやら、”目ざとい連中”が集っているようだな。」
久慈屋は硬い表情をしながら車両から再び降りる。
そして、中近世感あふれる天幕へと入っていった。
「日本国の調査団のものです。定例調査のため、入都審査をお願いいたします。」
「おお、クジャさんじゃないですか!お久しぶりです!」
「え?…ああ、あなたアミナの隊にいた…!」
「はい、ベレンツです。いやぁ、ぜひ一度御礼を言いたくて!」
「へ?御礼?」
「ええ!」
運が良かったのか、今日王国側の監査を担当するのは、久慈屋と面識ある”王国民”だった
…正直、久慈屋には”あの集団にいた”という記憶しかないのは秘密だ。
彼の話を聞くと、日本の支援物資によって妹が元気になったらしい。昔から病気がちであった彼の妹は、”超次元的現象”直前にはまともに起き上がれないほど弱っていた。その後、王国が日本に出現し、なんやかんやで緊急支援が行われ、王都の人間全員に物資が行き渡る。その物資を口にした妹は、あれよあれよと元気になり今では外出できるようになったそうだ。
…詳細を聞くうちに、彼の妹の病気が”脚気”なんじゃないかと気づいたのも、今は胸にとどめておこう…
まあ、その支援が行われるきっかけが、久慈屋率いる臨時調査団と、彼がいた王国軍魔法大隊との遭遇事件であり、その後曲がりなりにも支援を行うまでの道筋を立ててくれた一人として、彼は久慈屋に恩を感じていたということだった。
突然のことに戸惑いながらも、久慈屋は自分たちに好意的な王国民というのは非常に貴重だと考えていた。
なにせ、警戒心を顕にしてくる人もまだまだ多いのだから。
久慈屋はふと思いつく。邪な考えではあるが、彼の感情を利用しない手はない。
「…あ、すいません。私としたことが話し込んでいまって…では審査を行いますね。」
「ええ、お願いします。ところで、確認しながらでいいのでお伺いしてもよろしいですか?」
「はい?なんでしょうか?」
「集積所の周りの集落、少々気になりまして…」
「…あまり大きな声では言えませんが…クジャ様には教えますね…」
ベレンツは周りに気付かれないように実情を話してくれた。
日本が支援物資を送ることになり、王国側の受付基地としてこの集積地が立ち上げられた。当初は王国軍が専任でその管理を請け負っていたが、支援物資があまりに大量だったためにすぐに扱える許容量を超えてしまった。その様子に日本政府も多少の人員を派遣し助力にあたったが、物資の配給に関しては勝手を知る王国側で対応する他なく、王国首脳部は頭を抱えた。ただ、その後なんとかして王国は自力で体制を整えて物資配給を可能にしたらしく、その手腕には日本政府も驚いていた。ここまでは久慈屋も中田副大臣あたりから聞いている。
が、この体制構築が思わぬ問題を引き起こした。
体制構築を取り仕切ったのは、商業組合出身の執政官だった。
この執政官は自身のつてで商業組合と大手商会に配給業務を委託させた。
王国のような封建国家にはかなり珍しい”官民一体”体制を作り上げたのだ。
「…我々からすると、先進的な体制を作り上げたように思えますが…」
「最初はよかったのです。ただ、執政官の狙いは別でした。」
大原則として、支援物資の配給は無償で行われ、必要経費のみ王国持ちというものだった。
が、あまりの事態に混乱していたのは王国も同じであり、完全な”監視体制”を構築する暇はなかった。
さて、”こちらの世界”の調査によれば、”不正を行える立場にある”、”不正を行える機会がある”、”不正が露呈する心配がない”、という条件が揃えば不正を行うと答えた人間が多数を占めている。さらにその割合は、”教育を受けている人間”ほど上がるという。
悲しいかな、知恵のある生き物は不正を行う。それは、”世界”が変わっても同じなのだ。
程なくして、配給業務に携わっていた商会による不正が発覚する。
物資の横流しから不正取引という王道コンボだ。
ここで、聞き耳立てていたジルも話に参加する。
「あ~、それで執政官が私腹を肥やしたんだ?」
「いえ、執政官は不正を厳しく取り締まったのです。」
「あれ?いいことじゃん?」
「ええ、自身が身を寄せていた商会以外が”消える”まではね。」
「「…まずいな(わね)。」」
事情を察した久慈屋とジルは今日1番の苦い顔をした。
執政官は、自身が懇意にしている組合員と商会のみ厚遇し、対立勢力は不正を口実にことごとく排除したのだ。結果、執政官の息がかかった商会が王都の市場を寡占し、執政官の支持者のみとなった王都商業組合は傀儡化した。そして、それらの勢力からの支援をもとに王国首脳部で発言力を増大させている。
「こうして、支援物資配給は彼がかつて奉公していた商会が”幹事”になりました。周りの集落は、その事業に携わる労働者たちです。今や彼は国王にも物が言える立場となりつつあるのです。」
「有事に成り上がる人ってのは、どこにでもいるものね…」
「悠長に言ってる場合か…巨大政商の出現から亡国の危機なんて王道パターンやられたら厄介だぞ…王国の崩壊はすべて日本が尻拭いすることになるんだ…」
「…がんばって、”日本人”。私は”英国人”だからさ?」
「てめぇ」
他人事感を隠さないジルに不快感をあらわにする久慈屋。もちろん悪い冗談だが、遺伝子レベルで二枚舌な民族が言うとまったくもって笑えない。
ベレンツは、そんな二人のやり取りが理解できずに少し困るも、すぐに気を取り直して手続きを進めながら、話を続ける。
「とにかく、あの執政官の増長は非常に憂慮する事態です。最近は、王国軍にも取り込まれた人がいるという噂があって、異質な雰囲気になっていますよ…」
「なるほどね…いや、実に貴重な情報ありがとうございます。」
「いえ、クジャさんたちは妹の恩人です。微力ながらも助けになれば幸いですよ。」
「…手前味噌ですが…日本の代表としても御礼を申し上げます。個人的にも、貴殿とは”縁”を保ちたいです。」
「…私、王国軍魔法大隊第二前衛隊のベレンツ・ジャクルス一等兵でお役に立てることがあれば、何なりとお申し付けください。」
小声で形式張った会話を終えたベレンツと久慈屋は握手をする。さて、この握手を周りに怪しまれてはいけない。
「人員及び運搬物の確認が完了いたしました。ご協力感謝いたします。」
「こちらこそ、迅速なご対応ありがとうございます。」
「では、最後に魔法印による確認を行います。」
王都入場に関する監査が滞りなく進んだことに対する握手だと思わせるための発言…三文芝居であることは気にしても仕方ない。
さて、最後の魔法印による確認だが、このとき久慈屋には気をつけないといけないことがあった。
「…おい、ジル?」
「ん?なに?」
「魔法印台に触るなよ?」
「…だめ?」
「うん、絶対。」
彼らが自由自在に使用する”魔法”。火も水も風も雷も繰り出せるそれは、この調査研究に携わる科学者が好奇心を顕にする最大の対象だ。その最たる例が、久慈屋の隣りにいるジルである。
王国への入場には検問所と集積地に魔法による証明書である”魔法印”が利用される。これを生成・確認する魔法印台は、集積所と検問所に設置された。
先週の調査では、王国により”貸与”された検問所の魔法印台をしらないうちに弄くり回して使えなくし、そのまま魔法印台を王都に運んで再調整をお願いするという失態を晒している。犯人は言うまでもなく、ジルだ。
以降、検問所の魔法印台はその場所が”ジルにのみ”秘匿された。が、集積地は天幕内に普通に設置されているだけ。そのため、”手綱”を久慈屋がしっかりと握る必要があった。
「うう…超常現象が目の前で起こっているのに待てとは…!」
「”待て”ができないなら、お前の親友である”トレーナー”に改めて躾してもらうか?」
「…うん、我慢する。」
「よーし、いい子だ。」
今回はうまく行ったようだ。まあ、久慈屋はなんだかんだでジルには甘い。
早くいろいろな話をまとめて、彼女のためにも魔法研究体制を構築したほうがいいだろうと考えていた。
19/1/27;体裁修正、極々少量の加筆・削除による語句修正




