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他領訪問~北方領~ 憂鬱な旅路

5月13日 9時44分 福島県上空

天気の移ろいが地味に早い春の日本。しかし、今日は全国的に晴れ晴れとしていた。おかげで空の旅も揺れが少なく快適だ。窓から見える景色も格別だった。


が、そんな風景を楽しむ余裕がない者たちがいる。

航空自衛隊所属の多用途支援機、U-4に乗る面々だ。

その内訳は、主に頭を悩ませている科学者1名と官僚2名。

そして、念願の”こちらの技術”の推移を集めた航空機に乗れたことや、初めて見る首都圏の様相を目の当たりにしたために大はしゃぎする狼人女性と、接待役を任された乗務員扱いの空自隊員1名が主になる。他の関係者や王国人は、所管が違ったり、飛行機に乗るのが2回めだったりで、まあ相対的には落ち着いているだろう。


「…とうとう来ましたね。」

「ええ、北米局が大張り切りですよ。」

「…なんで喜ぶんですか…」


久慈屋と外務省官僚の野原室長が悩んでいるのは、いつか来ると想い、そして来たことにため息しか出ない”米国”からの接触だった。

その内容は、”世界的に発生した超常的現象の国際協調体制構築模索のための情報提供依頼”というものだ。

質問項目や政府及び調査関係者との実務者協議の準備が主であり、表面上は”割とおとなしめ”である。

しかし、久慈屋も野原もそんな印象一切信じていなかった。


「で、現時点で日本側が把握している”彼ら”の情報を開示してほしいと…」

「はい。”協力依頼準備”とは言っていますが、彼の国の言うことですから…」

「まあ、”ただの要求”でしょうね。」


一つ出せば追加で三つ、三つ出せば追加で九つという倍々や累乗で要求が増えるだろうことは目に見えている。


「日本が世界に先駆ける格好になって慌てたってとこですかね…」


この1ヶ月と少し、世界は混乱しっぱなしだった。米国はそのいい例だろう。

あの国の不幸は、米国内の出現地点が中西部から南東部だったことが事態を複雑にした。

あの周辺にといえば、”米国が米国であることに愛と勇気を持つ人々”が多い。

そんな中に、得体の知れない存在がある日突然現れたらどうなるだろうか?

彼らは自警団を結成し、自分たちの安全を守り始めた。NRAは大喜びだ。

”不測の事態”が発生すれば、帝国も自衛権を行使するだろう。

そうなれば南北戦争以来の米国”内での戦争”開始だ。


もちろん、”DC”はそれを良しとしなかった。

まず該当地域に緊急事態宣言、米軍及び州兵を連邦政府から動員、そしてそのまま膠着状態となった。もっとも、国防組織が”彼ら”を警戒したのは、日本もロシアも中国も欧州も同じだった。

各国が決定打に欠ける中、先日の日本の映像が世界中の通信社により伝えられ大騒ぎとなる。


彼らは今現時点では、この問題に関しての”権威”だったり、”最先端”だったりと言う評価を受け、注目の的となっている。


「それで、私た」

「えー!だからどういうことなのそれさー!?」

「…少しお待ちを。」


久慈屋が今後の対応を真面目に話そうとしたところで横槍。その発生源はアミナだ。

前述の通り、彼女の念願だった航空機搭乗によりテンションは最高潮だ。

彼女が犬なら尻尾がちぎれんばかりに振ら…狼だったな。

それに尻尾もすでに千切れそうなくらい振れている。

ただ、久慈屋たちは頭の痛い話をしているので、騒がしいのはただ単に邪魔だ。

少しだけ怖い顔になった久慈屋が、野原に断ってからシートベルトを外し席を立つ。

もちろん、向かうのは彼女の下だ。


「おい。」

「えっ何?」

「”好きにしていい”とは言ったが、自重しろ。」

「…だってー」


久慈屋の注意にアミナは少しだけ不満げだ。安定飛行に移ってからというもの、右や左やなんだかんだと動き回り、窓の外をみてはあれはなんだ、官僚の持つタブレットを見てはこれはなんだと落ち着き無いこと極まりない。

見かねた久慈屋が、ねたになりそうな飛行機が飛ぶ原理というのを説明するように、乗員の空自隊員にお願いした。なにせ、あれは航空力学という人類の理論と検証と実証の賜物により今日の姿がある技術のいい例だ。その成り立ちからして、彼女の興味を唆るだろう。

しかし、流体力学のところで理解に躓いたらしい。まあ、面倒くさい分野の一つだから仕方ない。ただ、大声あげて騒いでいい理由にはならない。

とは言うものの、このまま頭ごなしに押さえつけても不満が消えるとも思えないので、久慈屋は咄嗟に自身のタブレットを取り出して、関連する分野の情報を表示して空自の隊員に読み上げるようにお願いした。

あとの理解は”別でやる”ようにアミナに言って。

久慈屋は席に戻り、改めて野原と話し合いを再開する。


「改めて…”私達”はどうすればいいでしょうか?」

「米国に渡す情報の選別をお願いします…恐らく、我々よりも遥かに多いはずですよね?」

「…問題が?」

「”今は”大丈夫ですよ。」


日本と米国は”蜜月”な同盟国だ。全く何もしないという選択肢は無い。

しかし、そのやり方というのは考える必要がある。

なにせ、日本は独立国家だ。そのくらいの自由はある。

それに、調査研究を行っているのは、あくまでも日本の”一法人”である久慈屋たちの研究所。委託契約では、情報は原則渡すことになっているが、その部分では、”報告する体裁が整った時”か、”報告する必要が発生した時”とぼやかして”書いた”。


裁量権はこちらにある。簡単に渡すか。


「その様子であれば、私達が”あいつら”に全て渡したくないのは理解されているようですね。いいでしょう。せいぜい”制御”してみますよ。」

「お願いします。こんなこと、公式には頼めませんから…あ、それと」

「わかっています。”うちの理事長”も巻き込みますよ。もっとも、”もう動いている”と思いますが。」

「…やはりですね。宜しくお伝え下さい。」


久慈屋たちは大学から財団立ち上げまで、米国にはいろいろと世話になった。

…世話とは言っても迷惑7割。故に、複雑な感情を持ち合わせている。

再びあの国とやり合うなら、ぜひとも”理事長”に動いてもらわなければ。


この件に関してはとりあえず終わり。次の話だ。

気分を少し入れ替えるために、久慈屋は背もたれに背中を付け、姿勢を楽にする。

なにせできることはすぐに増えないが、やることは雪だるま式に増えていく。

移動時間であっても少しずつ処理していかなければ、赤ん坊が就職する年になっても仕事が終わらない可能性がある。冗談抜きで。

しかし、ここで再び邪魔が入る。もちろん、それは一匹の狼によって。


「では…”件の人物”の処遇について、うちの中で極秘の作業部会が立」

「あー!ねーねーあれ”私掠鉄船”でしょー!あれも乗りたいんだけどー!」

「…」


野原が話し始めたところで、アミナが久慈屋側の窓から見える海に、小さく浮かぶ点を見つけた。そして、彼女はそれがこちらの”船”だとすぐに気づき、久慈屋の眼前スレスレをすり抜けて窓にへばりついた。

アミナは体を久慈屋の足に預け窓から見える大海原の景色を見ることだけに集中する。彼女の感情を如実に表す獣毛豊かな尻尾は、その素早い動きに合わせて久慈屋の顔を撫で回し続けた。

流石にこれには久慈屋も顔を引くつかせている。青筋が立ってもいい頃だろう。

務めて冷静に、尚且怒気を孕んだ声で野原に再び断りを入れた。

この断りは、”これから騒ぎを起こす”という意味を含んだものだ。


「…ちょっと、失礼。」

「ええ…いいですよ。」


もちろん、野原の目の前で繰り広げられているみっともない状況故に、久慈屋の言葉の意図を正確に汲み取った彼は承諾する旨の短い返事をした。表情は変えていないあたり、役職持ちの官僚の胆力を表している。


ここで久慈屋は一考する。

この知識欲に塗れた狼女に一泡吹かせるお仕置きはなにか?

犬を飼ったことがある人なら判るかも知れない。

基本飼い主に触られることをそこまで嫌がらないが、尾や後ろ足はよっぽど警戒心が無いと触らせてくれないことが多い。しかしながら、躾を行う場面ではあえて嫌がる行動をしなければならないこともある。


さて、それを”彼女”に当てはめてみよう。

足やお尻をひっぱたくのは?流石に駄目だろう。

体は人間に近く、その姿見は相当上物な部類にはなる。

怒り心頭な久慈屋とは言え、それに対して”乱暴な扱い”というのは気が引けるし、問題となるかも知れない。

彼は責任ある大人としてポリティカルコレクトを支持している…多分。


もちろん頭や上半身においても接触は失礼にあたるの言うまでもない。

かといって、普通の物言いでは今の彼女が聞く耳を持つか怪しい。

であれば、現在久慈屋の顔を撫で回すその逸物に対して、決定的な一打を与えるのが最適と言えるだろう。

その判断に至った久慈屋は両手を拡げ、怪我はしないまでも衝撃を受けるであろう絶妙な握力により、アミナの尻尾を引っ掴んだ。


「ひぎゃあああああああああああ!!!」


尻尾を掴まれたアミナは、その衝撃が中枢神経から脳の感覚野に至ると同時に、狼としても人としても間抜けな叫び声を上げる。


一方、飛行は順調そのものだった。


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