新世界の夜明け 〜終劇〜
5月10日 14時34分 エルニア王国エルパレス 王立研究院 院長来賓室
「非現実的な行動と政策を盲信することに嫌気が差し、巨大資本を元にした平等な共生社会創生を目論んだってことか?…働いたものが働いただけの利益を得る…”理想的な共産主義”?」
「でも、必要な過程を経てないから理想的とは言えないんじゃない?あれは”資本主義の想定される末路”だし。ま、遅かれ早かれ破綻してたと思うわ。」
「待って。2人共、今の理解できたの?」
久慈屋にジル、そしてリリーは西方領商都ウェストポートからすぐに戻った。
西方領各”集落”へは、西方領訪問に帯同したリリーの副官と、彼女の姉である行政官が領主代行を勤め、”官僚”と西日本各地を回って西方領平定行脚の旅を行っている。
そして、戻った面々はネルケ嬢(王女)直々に顛末を報告され、久慈屋とジルがさくっと統括したのが現在の場面だ。
2人のあまりに早い理解に、リリーは驚きの表情を示す。
なにせ、彼女たちには発想が至らない動機と目的だったのだ。
その点は、有能な彼女たちもあちら側であることを物語る。
久慈屋はそんなリリーにさらりと説明してあげた。
「まあ、かつて同じような時代があったんだよ、俺らの世界にも。」
「…できれば、詳しく聞かせていただけますか?」
王女が思いの外食いついてきたので、久慈屋はかつての歴史をざっくり説明する。
富により力を得た市民の出現により、”自由闊達な社会”のスタートを切った昔。
しかし、新しい構造が始まると次第にその欠点が露呈していく。
そこで、一部の思想家が、その新しい仕組みを研究し、その上で欠点を提示して、”最終的な到達点”を想像した。
その過程で彼らの提唱した思想は広がり、その”到達点”のみに囚われた国々が続々と構造を変えていった。
ただ、その思想家はあくまでもそれを”自由闊達な社会の末路”として提唱した。
一方、構造を変えた国々は、その過程を十分に経ていない。
結果成立したのは、”ただの独占的権力”だった。
仕組みの違い故に”自由の副作用”からは逃れたことはあったものの、その後数十年を経て、強すぎる権力とそれが隅々まで介在しようとする非効率な社会構造により首が回らなくなり、次々と雲散霧消したのは誰もが知るところだ。
ジルが”破綻していた”と言ったのは、ホランドが必要な過程を色々とすっ飛ばしてそれをやろうとした点に尽きる。
正に”いつか来た道”というわけだ。
断っておくが、本当にそういう末路になるかは誰にも解らない。それが真理だ。
「…面白いですね…」
「まあ、色々と逸話がありますよ。我々の歴史にも。」
「いつか、しっかりと学んでみたいものですね。」
久慈屋のかなり乱暴に噛み砕いた説明でも大筋を理解してくれた王女は、しみじみと言った。その時の彼女は施政者というよりは、好奇心を抱いた一人の女性の表情をしていた。
久慈屋は初めて彼女もある意味では”自分たち”と似ている人種だと気づく。
その興味の対象が、他とは違っただけのようだ。
ただ、彼女の場合は実益も兼ねているかもしれない。
そんな考えを頭の片隅において、久慈屋は改めて本題に入るように話を進めた。
「…で、王女殿下。まさかそれだけのためにお越しいただいたのではないでしょう?」
「ええ、もちろんです。実は、”彼の”処遇について、ご相談が…」
「…伺いましょう?」
もちろん本題は別だ。その話題の彼について。
結局、国王の方針により処罰されるのは首謀者であるホランドのみとなった。
引き換えに、帝国との謀略や一切合財の罪を被るという条件で。
悲しいことに、ホランド以外はその条件に加えて今回の件は一切口外しないという取引に応じた。
ただ、ホランドはそれも含めて織り込み済みの上で、その条件を受け入れた。
日本は王国をまだ国家としては認めていない。それに、認める可能性も低い。
しかし、王国の存在意義は尊重するという方針を示している。そこに今回の問題が起きた。
では、彼を裁くのは誰なのか?
それが日本の場合、組織的な集団が犯罪を計画して合意、さらに実行に向けて準備をした段階で処罰される共謀処罰罪を適用できるかもしれない。対象が王国といえ、日本国内での行為だから適用の余地はあるだろう。その理論なら、内乱誘発罪でもいいかもしれないし、決闘防止に犯罪幇助、いくつか考えられるものはある。
ただ、帝国との通謀は適当な法が思い当たらない。
さらに、国という体を持つ王国が法を適用できないとなれば、その面子は丸潰れだ。
そこで王国が再び混乱し、そんな中で証拠不十分で不起訴や立証困難の無罪判決になれば正に悪夢である。
一方、王国が裁くとなると彼らの刑罰権…つまり、王国が王国の法律で刑を決めて罰を実行するという一連の流れをどう扱うか問題になる。
その肝は、ホランドに科せられるであろう罰だ。
反乱未遂に外患誘致…日本であっても、同じ状況であれば首謀者は極刑になるだろう。
もちろん、王国の法でもそれは同じ。
ただ、そこで王国が”死罪”を執行したらそれが”犯罪”となる可能性がある。
刑罰には、状況次第によっては適用を免除するものもあるが、殺人は認知された時点で有無を言わさず犯罪だ。
そうなると日本も見て見ぬふりができなくなる。
計画段階の協議でその問題が提起されたとき、あまりに複雑な問題に政府も王国も頭を抱えた。
結果、その場では役所奥義十八番、”棚上げ”が発動される。
しかしながら、全てを片付けることが出来た今、奥義はいつまでも通用しなかった。
そこで王女が考えた策。
”王国永久追放”で死罪を回避、代わりに日本でホランドを引き取れないか?という内容だった。
王国から追放するだけなら、乱暴に言えば王国だけの決定だから勝手にやればいい。
日本は、民事不介入あたりの原則を拡大解釈すれば黙認できるだろう。
苦肉の策にしては妙案だと思う。しかし、実際問題、日本に受け入れるのか?
今現在の状況で手一杯の日本政府にそんな余力あるのだろうか?
それに、日本にいればそのうち他の王国人が見かける。そしたら”説明”が必要だ。
その管理は、彼らが存在する長い時の間、保持されなければならない。
久慈屋は、公的な立場を表明すると同時に、日本人としての個人的な所見を述べる。
「…我々だけでは判断できません。が、日本での受け入れは恐らく難しい、かと。」
「…やはりですか。」
「次回調査時に必要な政府の人間を連れてきます。そこで極秘の実務者協議開催を速やかに目指しましょう。大変申し訳無いですが、この問題に関してはその橋渡ししかできません。」
王女はもちろん理解していた。それがかなり難しい話であると。
これは彼女の政治家としての経験に裏打ちされた、日本政府面々との顔合わせの雰囲気から自ずと導いていた鋭い勘だろう。
それは全くもって正しい。
それに、久慈屋たちだけで扱うにはあまりにも大きい問題だ。
これは、中田副大臣はおろか、さらに上のレベルで判断してもらわなければならない内容である。
こんな話になるんだったら、駄々をこねてでも今日の”調査”に官僚の一人や二人を引っ張ってくるんだった。
決定はできなくとも、議論は少しばかりは進んだかもしれない。
つまり、ここでも役所奥義”棚上げ”の発動継続が決まろうとしてたときだった。
神妙な面持ちで、ジルが手を上げた。
普段ヘラヘラとした態度をすることの多い彼女が、年に2,3回しか見せない表情だ。
そして、静かに久慈屋に言った。
「…ねぇ、調整が難しいと思うけど、一ついい?」
「ん?何か案が?」
「いやね…その執政官、うちに貰えないかな?」
「…うちって、日本に置くのが難しいのに、研究所におけるわけないだろ?」
ジルの発言に、久慈屋はため息混じりに否定の返答をする。
今の話を聞いていなかったのだろうか?
ただ、それはジルの言葉足らずによる誤解だった。
彼女の本意は、さらに”ぶっ飛んでいた”。
「ごめん、違うのよ。”私の母国”よ。」
「…英国に!?」
世界で問題が起こった時、大きな条約が締結される時。
どこからともなくやってきて、議論の輪に入ったかと思えば、ぬるりと主導権グループに所属して、最後のまとめでは重要な席に着いている国がいる。
そう、みんな大好き英国だ。
ただ、今回の”特異物群”に関しては英国は蚊帳の外である。
なぜなら、特異物群が出現していないのだ。
EU離脱以来、英国は外交的にも難儀を極めている。
そして、今回の世界的な異常事態でも対岸の出来事状態になってしまったため、孤立感が臨界点を超えたらしい。
今や、あの手この手でこの事案に関わろうと必死になっている。
米国が静かな今現在では英国のほうがちょっと煩いと、外務省官僚和泉くんは話していた。
そして、その煽りをジルも受けていた。
なにせ彼女は英国の上流階級出身。親戚には、”偉い人”が結構いる。
そこで、彼女が関わっている日本の対象が仲睦まじく食事をしている映像が全世界に流れた。
であれば、”伝手”を利用しないわけがないのは明白だった。
「というわけ。うちもEU離れて以来しっちゃかめっちゃかでさ。私の親戚も苦労してるんだわ。そこで、ちょっとしたお土産をね…」
「あほか!それこそ調整は至難の業だろ!?」
「だってー!情報をよこせってうるさいのよ!?受信履歴見る!?」
ジルと久慈屋は言い争いを開始した。
日本での受け入れが難しいのに、他国に受け入れる算段をつけて、尚且移送計画を立案する。
さらに、日本からの受け入れにあたって外交的協議も必要で、突然申し出にあの国が足元見ないで交渉するとは思えない。
もちろん、それに至る事情も洗いざらい話すことになる。
下手したら、今久慈屋たち研究所がまとめている”表に出していない情報”も全てだ。
それに、英国は米国とも繋がりが強い。そうなれば、事態はもっと複雑になる。
成り行きも影響も未知数。あまりにリスクが多い。
という内容を、罵詈雑言の雨あられ、最終的にはステレオタイプな国家像に基づく差別用語の応酬になりながら論争を繰り広げ、息が続かなくなったところでリリーの咳払いによって、二人は正気に戻った。
そして、王女からは一言だけ楽しそうに皮肉を頂いた。
「…”そちらの世界”も、相応に楽しそうですね。」
「いや、その…お恥ずかしい。」
「ねー、副大臣に…」
久慈屋は流石に非礼を詫びる。一方で、ジルは話だけでもしてくれるように久慈屋に頼む。
全力で否定した久慈屋だが、冷静になってみると全く無い選択肢ではないと思えてきた。
米国は不気味なほど静かで今は動きが読めない。
さらに、米国に出現した帝国は王国と大戦争を行っていた。
そこに王国人を行かせるのはまず無いだろう。
では、王国と友好的とされる”連合国”が出現した国はどうだろうか?
この案は、”こちら側”の事情により難しい。
王国と交易関係が盛んだった連合国の”東側”は、中国やロシアを中心に出現している。
地政学的に利害関係が衝突しやすい両国は、迂闊に話を通せない。
それに、彼らは特異物群とは戦闘一歩手前レベルで敵対しているという。
よって危険すぎる。
一方、連合国の西側は元の世界の時点で地理的に遠いため、王国との関係が希薄である。
なので、大陸欧州国家も選択肢としては弱い。
となると、”利害関係が一致”しているのは、ジルの母国になってくる。
さらに、もし”引き込めれば”強力な味方になるかもしれない。
彼をどういう扱いで国外に出すのか、そもそも英国が受け入れるのかなど色々あるが…
話してから考えるというのも、無しではない。
久慈屋は深い溜め息をついて、ジルに答えた。
「…わかった。上申する。」
「やった!宜しく!」
「その件はお前がうちの責任者な?」
「…げ。」
「言い出しっぺ。”所長”命令だ。OK?」
当たり前である。そもそも、彼女にすがってきた彼女の親戚が悪い。
せいぜい”とんでもないお土産”に困り果てるが良い。彼女も含めてな。
…という、久慈屋の意趣返しだ。
表面的には、彼女が橋渡し役になるので他に適任も居ないだろう。
渋々ではあるが、ジルも納得せざるを得ない。手振りでその旨を返す。
話が一通り纏まったところで、王女が再び話しかけてきた。ただの御礼だ。
「…度重なる依頼ばかりで申し訳ないですが、何卒宜しくお願いいたします。」
「いえ、こちらも可能な対応はできる限りしていきたいと考えていますので。」
久慈屋も努めて柔和に返答を返す。この先持ちつ持たれつの関係は続くだろう。
であれば、多少の冒険をしてみるのも良いかもしれない。
久慈屋は、この日常を楽しみ始めていた。そして、直近の目標を見据える。
次は、北方領訪問を成功させなければならない。




