新世界の夜明け ~国王の勇気~
18時56分 国王宮殿4F 国王執務室
「不穏分子の沈静化完了との報告です。全て、片付きました。」
「ふむ、大いに結構。」
国王は主席王宮政官クロム卿から報告を受ける。”王女の四肢”やアミナ、今回の計画に加担していないことが確証された王都防衛隊の隊長及び副隊長たちが、提供された情報をもとにしてホランドたちの一派を完全に”説得した”という内容だ。
つまり、今回の作戦目標はすべて達成したことになる。
ようやく一息つける環境になり、国王は静かに目を瞑り、久方ぶりの安息を味わう。
そこに聞こえてくるのは、今王都を包む喧騒の破片だった。
ゆっくりと目を開いた国王は、クロム卿に小さく声をかける。
「…賑やかですな。」
「ああ、そうだな。王都がこのような様相に再び包まれるとは、感慨深いよ。」
「陛下…」
陛下のしみじみとした言葉に、クロム卿はなんとも言えない感情を抱く。
この3年程、王国は戦乱に反乱にと心休まるときがなかった。
国王であってもそうなのだから、民衆も同じ。
日に日に重くなる市井の雰囲気に、表情を曇らせる日々が続いていた。
だが、今日はそれも忘れて皆が笑いあっている。
その多幸感は、なんとも言えないむず痒い感情さえも抱かせていた。
ただ、まだある”一芝居”が残っている。
国王は思考を切り替えて、すくりと立ち上がり、姿勢を伸ばしてクロム卿に言った。
「…さて、そろそろ本日最後の”お仕事”かの。」
「そうですな…」
「…浮かない顔だな?」
「ええ。やはり、このような行動は国王陛下の威厳によろしくない影響がでると考えられます。」
日本からの提案。それは、王国民と同じ場所で、炊き出しを口にされてはどうでしょうか?というものだった。最高権威たる国王陛下である。その威光は、容易に市井に下って良いものではない。だからこそクロム卿は強固に反対した。
ただ、反対した理由はもう一つある。現国王は、絶対に気に入る内容で、確実に実行しろといいだすのが、手に取るようにわかっていたのだ。
クロム卿が苦虫を噛み潰したような表情になるのを堪えつつ国王に上申したら、案の定国王は二つ返事で了承してしまい、クロム卿の反論など全て聞き流された。
ただ、国王とてクロム卿の考えを全く理解していないわけではない。
だからこそ、改めて彼にその真意を丁寧に説明する。
それは、彼が国王の右腕として人生をかけて尽くしてくれたからこその行動だった。
「威厳…か。のう、ジョージ?」
「はっ」
「この先、王国はどうなると思う?」
「…申し訳ありませんが、一介の政官には皆目検討もつきません。」
クロム卿の返答はもっともだ。”何もわからない”。王国にも、日本にも、誰にも。
この事態を完全に把握して的確な判断を下しつつ、全てを丸く収められる存在がいるのだろうか?
それこそ全知全能の存在しかなし得ないことだろう。
ただ、一つだけ誰でも判ることがあった。
「それでも、”変動”が起こることは明白だろ?」
「…仰る通りでございます、陛下。」
世界が変わった。異国と融合した。戦争も続かない、かと言って、このまま今までの王国として日々を過ごすことは絶対に出来ない。であれば、変化するしか無い。
これだけは、全員が平等に理解している事実だった。
「だからこそ、行かねばならん。この先どういう歴史をたどるにしろ、今日を境に王国は変容することを余儀なくされる。それは疑いの余地がないであろう?」
「…」
「であれば、儂は王宮から国民を見下ろすより、国民と共に未来を見たいんだが、悪いかの?威厳というのは、変化してこそのものだと思うのだが…」
「…非常に聡明なお考えだと思います。」
国王の真摯な説明。それに静かに聞き入ったクロム卿は、国王の説明が一段落したときに、全面的な賛同を表した。反論の余地はなく、答えはすでに出ている。
「では、至急準備を始めろ。なに、相応の騒動は織り込み済みだ。ただ、それで儂がすぐにやられることはない…だろ?」
「…承知しました。」
国王は考えていた。変化するのであれば、自分からその一歩を踏み出したいと。
19時17分 王宮広場 国王宮殿大正門前
「…ん?なんだ?」
一人の市民が、その変化に気づいた。突然、国王宮殿の大正門が開かれた。
国王宮殿大正門は、滅諦にその門扉を開くことはない。王宮で働く執政官や、出入りしている商人は、脇の通用門から出入りする。なぜなら、大正門を使用していいのは、”王族のみ”という取り決めがあるのだ。
そんな大正門が開かれて、3人の王宮警備兵を帯同した老齢の男性2人が歩いて広場へと足を踏み入れてきた。
その様子を、広場でシチューに舌鼓をうっていた市民は横目で見ながらコソコソと話していた。
老齢の男性のうち一人はすぐに検討が着いた。主席王宮政官のクロム卿だ。
しかし、もう一人の男性が誰かわからない。それも、”絶対に見たことがあるはずなのに”。
主席王宮政官と歩いているのだから、政官の一人だろうと考える市民が多かったが、答えはすぐに出なかった。
「あんな政官居たか?」
「いや?見たこと無いな…」
次席王宮政官?いやいや、今は次席のポストは空席になっているだろう?であれば、国王が懇意にしている領主?まて、昨日の今日で、今の状況下に領主が王都に来れないだろう。
王国軍将軍、新進気鋭の執政官、高名な学者、伝説級の職人…あれやこれやと予想はでるが、一向に答えが出る気配はない。その男性が普段市民が見るような王族が着る正装を着用していない上に、前例が全く無い状況だったため、”正解”を真っ先に思い浮かべるものはいなかった。
ただ、時間が立てばそうでもない。なにせ、王族しか通れない門をくぐって出てきたのだ。ようやく、一人の市民が空になったシチューの器を配給所隣のゴミ捨て場に捨てながら思考を巡らせて、その答えに辿り着き驚愕の声を上げた。
「…おい、冗談だろ!」
「ん?どうした?」
「あれ”国王陛下”だぞ!?」
「…はぁ!?」
一人の発言に、周りがその情報を認識し、静かに、だが加速度的にその驚きが水面を伝う波の様に広がっていく。広場を包んでいた喧騒は徐々に収まり、国王陛下御一行に視線を注ぎながら、静寂へと変貌していった。
喧騒から静寂への転換を終えた頃、誰かが速やかにその膝を地面につけた。
それに呼応して、国王陛下の威光に敬意を示す礼節の輪が広がっていく。
そして、広場には国王とそのお付き以外に立っているものがいなくなった。
面白いのは、自衛隊員や官僚、報道陣までもがそれに倣ったところだ。
ここでそのまま立ち尽くし、非礼だなんだと批判されたら洒落にならないというとっさの判断だ。
こういう時は、右に倣えの習性が役に立つ。
「ジョージ…」
「”騒動は織り込み済み”、では?」
「はぁ…そうだったな…仕方ない。」
予想がついた現在の状態に、国王はクロム卿へ静かに助けを求める。ただ、クロム卿がどうこうできるものではないため、そこはぴしゃりと前言を持ち出されてしまった。
国王は短いため息を付いた後、その場を収集するために声を上げた。
「国民よ、楽にして良い!ひれ伏す必要ない!膝を上げても良い!」
国王の威厳ある第一声に、市民は戸惑いながらも立ち上がり始めた。
なんとか全員が立ち上がった後、国王はその言葉を続ける。
「今日より、喜びも楽しみも悲しみも、全て国民と共に分かち合いたい!その最初の行動がこれだ!」
国王が手を広げる。ただ、その真意をまだ理解するものはいない。
「国民と同じ空気を吸い、同じ糧を口にする。それが、儂の治世だ!今この時、儂は”ただの老人”として振る舞おう。だからこそ、そなたたちの”話”をたくさん、聞かせてくれ!」
一緒に飯を食し、話をしよう。ただの老人が言うのであれば、ああそうしようという気持ちになるが、相手は雲の上の存在に片足突っ込んでいる国王陛下だ。その言葉に、市井の面々はどう反応したらいいか分からない。その大きすぎる権威が、行動しようという決心を阻害しているのは明らかだった。
ただ、この手の社会的風習に疎い者もいる。
「…あ、こら!」
一人の子供が、国王のもとへ走り出した。親の静止も間に合わず、一目散だ。
とっさに国王を警護する警備兵はその前に出ようとする。
ただ、国王はすぐにその行動を制した。
程なくして子供は国王の足元にたどり着く。国王は、彼と話すために自ら膝を曲げ、目線を合わせてあげた。その行動に、一部の市民は驚愕の声を上げる。
国王はその声に気にすることなく、子供と話し始めた。
「…なにかな?」
「陛下、どうぞ。」
子供は、自身が持っていたシチューを国王へ差し出した。国王はそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべながら”お礼”を述べた。
「…ありがとう!…お名前は?」
「サミュエル!」
国王の様子に、少し緊張していた子供も同じく笑顔を浮かべた。
国王はさらに、彼の頭をなでて、子供を抱き上げた。
そして子供の両親がどこにいるか訪ねて教えてもらい、その方向へと歩を進める。
国王が両親の眼前まで行くと、そのまま話し始めた。
お仕事はなんですか、家具職人です。お店をお持ちですか、南商人区33番地です。
他愛もない世間話を続けるうち、両親の緊張も解れてきた。隣の息子さんが戦場で散り、慰めたこと。家具に使う木材の搬入が不安なこと。支援物資の配給には問題がないこと。
話題はあちらこちらに飛ぶが、国王は熱心にその話を聞き入る。そして、会話が一段落すると、王国への献身をねぎらう感謝の言葉を述べる。それに子供の両親は、感動に涙を目に浮かべながら国王に御礼する。
この様子が一段落すると、どこからともなく拍手が始まった。それは徐々に大きくなり、歓声が混じり、そして一つの大きなうねりとなった。
「…陛下!私はあなたの意思を支持します!」
「私もです!感動いたしました!」
「陛下に陽神の光柱あれ!王国に安寧と繁栄あれ!」
広場には国王の言葉への感想や指示、王国の繁栄を願う叫び…あらゆる感情が渦巻いた。
それは全て明るく、希望に満ち溢れていた。
この光景に国王は感無量と言った感じで、今までで一番大きい声で高らかに宣言した。
「さあ!皆で食そう!今宵は宴だ!」
自衛隊員から渡されたシチューを食す国王、その国王と談笑する王国民、そして状況を聞きつけて仮設事務所から出てきた天城官房長官など日本政府の面々もその輪に加わった一場面は、王都を取材していた日本の報道各社によって全世界中に発信された。
”特異物群”と、初めて友好的に接触し関係を築いた、重要な転換点として。
この日の光景は、その全てをまとめてこう呼ばれることとなる。新世界”での”夜明け、と。
これは、王国という存在が、今後大きく変化していくことになる重要な転換点であると、後の人々は口を揃えて言っている。




